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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第三話(知らなかった、は言い訳ですね)・8

ネタばれは極力避けたいのですが、人によってはショッキングなシーンがごさいます。あらかじめご容赦ください。

「太陽を喰らうもの、という2つ名に惑わされました。まさか指向性超音波振動とは」


 壁の内側は背の低い雑木がまばらに生え、雑草も短い、壁の外側に比べれば貧相な印象を与える土地だった。


 道の端、雑木に身をよせた2人。姫はナナシの応急処置をするために、自分の行李から水の入った革袋と粉薬をおっとりとした口調とは裏腹に手際よく用意しながら、語り出した。


「そもそも私の声を真似しだしたのも、今から思えば違和感でした。進化の方向性が飛躍し過ぎていましたからね。でも最初から振動を発生させる器官があったとするなら納得です」


 ナナシは姫の解説を、この辺り季節地帯の変わり目だな、と思いながら聞き流す。


「微弱な振動でも、正確無比に背側皮質視覚路に絞ることで阻害していたなんて。どんな願いがそんな詠術を顕現させるのかしら?」


「願い?」


 その単語にだけ反応するナナシに、革袋に粉薬を入れてブンブンと振りながら姫は答える。


「私、詠術は願いから生まれると思っています。なにかをしたい、解決したい、どうしたらできるのか。そんな想いから詠術は発展していくのものですから。たぶん、神話獣の使う詠術もそうやって産まれたのでしょう」


 ズタズタにされた人蜘蛛帷子を脱いで、獣皮製の具足下着を肩紐を外して緩め、血だらけのさらしの上から血をふき取りつつナナシは無表情に答える。


「気持ち悪い話だ。それじゃあまるで人みたいじゃねえか」


「獣であっても思考も感情もあります。でも、そうですね。人のそれと、似たようなものと考えるのは危険ですね」


 ナナシは清潔な布を咥えると、姫から粉薬の溶けた革袋を受け取る。大きく息を吸い込んでから咥えた布を思い切り噛み締めて、その薬液を首から掛け流した。


 灼熱の体を持つ蛇が、全身をゆっくりと這い回るような痛みがナナシを襲う。苦悶の声はすべて噛み殺す。


 粉薬の正体は、赤熱球根と呼ばれている名の通り根が赤い薬草を乾燥させたもの。切り傷に良く効き、消毒と皮膚の再生を促す。しかし傷口によく沁みる。


 耐えきったナナシは、服を整え始める。


「せめてさらしを替えないと」


「排他的縄張り現象」


 替えのさらしを取りだそうとする姫を視線と言葉で留める。


「はじめて俺たちが出会ったとき、あの時の神罰どもは、ここの狼型に追い出されていたんだ。そうだろ?」


「そう、だと思います。私も」


 場を支配する獣が肉食獣で、群の意識が強く残る場合に起こるのが、排他的縄張り現象。多くの獣の神罰化がある程度進むと、場を支配者のように振る舞う獣が現れる。その獣が肉食獣だと違う型の神罰獣を追い出してしまう現象である。


 決していいことではない。神罰獣が人里へ向かう遠因であるし、獣型が統一されると連携をとった集団戦闘を仕掛けてくる。個別で来られるより、よぼと恐ろしい。


「もう俺達は補足されている、そう考えたほうがいい。ならそこまでの余裕はない」


 次は4体なんて数ではないかもしれない。今この瞬間にも狼型神罰はおびただしい数で周辺を囲っている可能性もある。


「そんな顔するんじゃねぇよ。いけるさ」


 先行した軍がいるはずなのに、先ほどの狼型は波紋照合がされていなかった。その理由。ナナシは言わない。姫も口にしない。


「わかりました。せめてこれを。私の替えです」


 差し出してきたのは新しい人蜘蛛帷子だった。姫には大きめに作ってあるのか、むしろナナシにちょうど良い。


「人蜘蛛の糸でよられた防刃のこいつを、ここまでにするとはな」


「刃を細かく振動させていたのでしょう。切れ味が増すのです」


 真新しい人蜘蛛帷子を身につけ、外套に袖を通し、幅広く重苦しい鞘に納めた剣を背負う。


「待たせたな。行こう」

(もう軍は全滅してる)


 小走りで移動しつつ、姫は行き先を説明する。


「この先また森に入ります。その森の街道をほんの少し進んだら、獣道を偽装した道に曲がります。そしたら入り口が隠されている洞窟があるので、その奥から狩師の里へ行くことができます」


 いつ襲ってくるのか、その先触れを掴もうと警戒していた2人に真っ先に届いたのはいびつな笑い声。


 1人の声ではない。窃笑せっしょうではあるが、集団が行うことによって大きなさざ波となりナナシ達の耳を打つ。


 楽しくて楽しくたまらないのに、その笑い声を必死に抑え、それでも漏れ出てしまっているような声。姿なき人の肉声は、ナナシの胸のうちを不安へとかきたてる。


 となりの姫を伺うと、彼女もまた困惑して顔で首を振った。


 その不気味な笑い声の正体がわからないまま、視界が悪い森の道へと突入する。日は傾きはじめていた。


 その森で、笑い声の謎はすぐに解けた。解けてしまった。


 道の両端に沿って、整然と並んでいる軍人達。彼らはあぐらをかいて地べたに座る者と、その座っている軍人の前であおむけになっている者とに分かれていた。笑っているのは、あぐらをかいて座っているほうだ。


「おい、なに、やってんだ?」


 ナナシはその情景を理解できない。思考が止まる。


 座っている者は食事をしていた。涙を流し、顔を醜く歪めながら、そして薄く笑い声を漏らして咀嚼し続けている。


 笑い声に混じる、噛み潰す音。飲み下す音。やけに水分混じる不快な響き。


 アリスティア姫は悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちた。その絶叫は恐怖からくるものではない。絶望を由来とする叫び。


「これを私に見せるのか! この光景を! この私に!」


 仰向けになっているのは死体。装備からここに派遣された軍人。つまりは座っている軍人の仲間。その亡骸。腹を裂かれて、赤黒い内臓をさらしている。


 その内臓に手を突っ込んで、彼らは食べていた。仲間の死体を食べていた。涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、でも笑いながら、戦友を貪り食っていた。


 ナナシはこの惨憺さんたん極まる場景の意味を考えることもできず、足も止まる。


 そのナナシがアリスティア姫よりも先に動けたのは、戦場で死ぬ確率が上がる行為は転ぶ倒れるなどの姿勢を崩した奴だと、叩き込まれていたからだ。ナナシは姫を立たそうと振り返る。その視界の隅に金属光沢の銀。


 慌てて背後を確認すれば、そこにはこれまで来た道を埋め尽くす、顔、顔、顔。うつろな双眸がナナシ達をいっせいに凝望する。距離は離れていても、目が合った。


 数は百ではきかない。千に届く狼型神罰の群。地を走り、うねるように飛び跳ねて、濁流のごとくこちらに向かってくる。

(音がなかった!)


 音どころではない。あれだけの数なら地響きがあってもおかしくない。


 ナナシは直感する。

(振動を操るなら、音を立てずに移動することができるんだ。いや、なったんだ!)


 ナナシは腰の隠し小袋の中身をすべてあたりにぶちまけて、茫然自失する姫を無理矢理立たせる。


「走れ!」


 ひきつった怒鳴り声を姫の耳の叩き込みながら、ひきずるように走り出す。


 両脇の軍人達は食事を止めない。ナナシ達や、迫る狼型すら顔も向けない。ただひたすらに死体を食らっている。

 その彼らの後ろに木々から、ぼとりぼとりと熟れすぎた果実が地に落ちるように狼型神罰が次々と降ってくる。


 貪り食らう軍人達を飛び越えて、こちら側に来ようとする狼型を、ナナシは投げ刃を放てるだけ放って、前方を塞がれないようただひたすら走り抜ける。


 そうこうする間に背後から連続する爆裂音。


「破裂瓜!?」


「気休めだ!」


 種子をより多く遠くへ飛ばすため爆発する植物の種、それをより大きく破裂するよう加工したナナシの隠し道具。逃げる直前に地面にばらまいておいたものだ。しかし音はいつもの出来よりも鈍い。


 人ならおののく衝撃にも狼型の大群はひるまない、崩せない。稼げたのは数秒か、瞬き程か。


 しかし、姫には気付けになった。彼女は自分で走るようになると、指を動かす。


「つちのかみ!」


 2人駆け抜けた道が即座に液状化していく。その沼に盛大に泥のしぶきあげて落ちていく狼型神罰。その流れは止まらない。数にもの言わせ、沈みゆくものを次々に踏み台に、そして道にしていく。狼型の濁流は止まらない。道の両脇で食べ続ける人間達を踏み潰し、止まらない。


「このままじゃ追いつかれる!」


「こっち!」


 姫は突然道を外れ、藪へとつっこむ。ナナシも後に続く。

 藪をかき分けて進むその先に、垂直に立ちはだかる断崖絶壁。姫は臆することなくその絶壁に向かう。ナナシはもうついて行くしかない。


「管理者権限! コード・アリスティア!」


 姫の言葉に、絶壁の一部がはじめからなかったかのようにかき消える。ぽっかりと虚をみせる隠し洞窟。


 迷いなく姫は洞窟へ飛び込む。その背をナナシは追いかける。


「ひかりのかみ」


 姫の両手、その指先に光がともる。その光をしるべに、ナナシは闇を駆け抜ける。その後を狼型の群が殺到する。

 小部屋のようになっている空間に入り込む。早々に行き止まり、ナナシは叫ぶ。


「どうした!?」


「上です!」


 見上げると、この空間はどうやら井戸の底のようになっており、天井にあたる部分にわずかに光が差し込んでいる。


 理解したナナシは装備から鉤爪を取り出し、腰の糸巻取機に連結、素早く放り投げる。噛み合う金属音が響いた瞬間、姫の腰を抱いて装置を作動、2人は空中へ舞い上がった。


 その直後、壁に激突音。ついに追いついた狼型の群の先端が、その小部屋を自らの体で埋めていく。次々と自分達の身体を礎に群は2人に迫りゆく。


 渦を巻いてその空間を埋め尽くし、昇っていく2人に追いすがる先頭の牙が、ナナシの足を捉えようとした時、周りを囲む壁が崩れていく。姫の詠術が周囲の壁を壊したのだ。


 岩の雪崩が狼型の群を無理矢理飲み込んでいく。


 出口の高さまで達し、網の目のようになっている蓋をどかして2人は地上にでると、姫はすかさず詠術を発動し、周りの土で出口を塞いだ。地面に両手をついて、姫にしては長く詠唱し続ける。

 地震のような轟きが静かになり、ようやく姫も詠唱を止める。


「とりあえず、あの洞口に入り込んでいた狼型はもう追ってくることはないでしょう」


 その言葉にナナシは地面に座り込んで、暮れ始めた空を眺める。


「さすがにやばかった。危なかった」


 姫はそんなにナナシに自分の背後を指差した。


「ナナシさん、この先真っ直ぐ進めばもうそこが里になります。そこで合流しましょう」


「合流?」


「はい、先に行って下さい。必ず、追いつきますから」


「なに言ってるんだ、あんた?」


 俯く姫の頬から雫が滴り落ちる。


「生きているんです……」


「なに?」


「まだ、大勢生きているんです! ナナシさんも見たんでしょう! 生きている人も大勢いるんです!」


「助けたいとでも言うつもりか! あんなの、あんなことやっているやつらを、助けるのかよ!?」


「無理矢理やらせれているんです! 脳内麻薬を強制的に出させられて、恐怖と痛みに快楽を伴うようさせられて。夢と現の境を壊されて、強制的にやらせているんです……。家畜化の再現を、この私の目の前で……」


「そうだったとしても、あんな大群に、たった1人なにをどうしようって言うんだよ」


「私の、私の詠唱でどうにか」


 ついにナナシは怒鳴りつける。


「それは! 現実的な話か!?」


「私は王族なんです。この地に住まう人達を守るため、アマリア様は国をおつくりになられた。私はその血に連なるもの。王は民を守ってこそ、王たりうる。もうこれ以上、見捨てることは出来ない。でもあなたにこれ以上頼めないよ。ただでさえ危険な依頼をもうしているのに、私の民を救って欲しいなんて……」


「義理もねぇし、道理もねぇな」


 アリスティア姫は涙顔で頷く、その様子にナナシは微笑んだ。


「深窓の令嬢ってやつは、こう生真面目なんだなぁ」


「ナナシさん、こんなときに」


 姫の言葉を遮る。


「あんたの依頼、終わったらでいいからさ、その神器の偽物をくれよ。蒼色金剛石としては本物なんだろ?」


「え?」


「酒場の親父だって、依頼の後からああしろ、これしろ言ってきやがるんだぜ? そういう時さ、俺はこう言うんだ。追加報酬を寄越せってよ」


「ナナシさん、でも」


「引き際は知っている。切り上げるさ、適当なところでよ。傭兵だからな」

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