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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第三話(知らなかった、は言い訳ですね)・7

 神罰は人を殺すためになんでもやってくる。反撃するなら、反撃に合わして。殺しにくいなら殺しやすいように。


 声はつまるところ音。アリスティア姫が発する音にナナシが反応している。そこを狼型は形態進化の啓示とした。

(わかっちゃいたが、ここまでとは)


 内心の動揺を隠し、ナナシは叫ぶ。


「まだいける! まだ聞き分けできる」


「新手が来てるの、後方3体、狼型!」


 ナナシは反応しかけて留まる。どうせ見えはしないのだ。計4体。ナナシの目には数十体。


 耳には複数のアリスティア姫の声で右、左、前、後ろの大合唱。


「集中しろ!」


 不協和音を吹き飛ばすナナシの大声は、自分に、そして壁向こうのアリスティア姫に。


 片膝をついて、正面に剣を構える。


「俺の負けを想像するんじゃねぇよ」


 アリスティア姫の方向へ、わざと歯をだして笑ってみせて。


「俺が勝てないのは師匠だけだ。こいつらなんかじゃあない」

(そうさ、これは暗闇戦。そうだよな師匠)


『師匠は気配がよめるの?』


 幼いナナシは師匠にそう問うた。その大きな手でナナシの頭を撫でながら、師匠は答えた。


『そんな胡乱なものを頼りにした事はない』


『じゃあどうしてあんな真っ暗闇で戦えたの?』


『目だけが感覚じゃない。耳も皮膚も周りの動きを感知している。お前がそれに無頓着なだけでな』


『ひふ?』


『そうだ。どんなやつも動くなら必ず空気に触れ、空気を動かす。空気の割れる音を聞き、空気の流れを感じ、地の振動を捉えろ。そうすれば目を閉じても周囲の動きはわかる』


 瞼をかたく閉じて目からの情報を遮断する。冷たく臓腑を抉る恐怖が沸き出して、目をこじ開けようとする誘惑を呼吸と理性で抑えつける。

(できる。俺なら、師匠の弟子ならできる!)


 アリスティア姫を真似た声の奥から、地面を蹴る音が、空気の流れを掻き乱す振動がナナシに僅かに感じ取れる。


 ナナシの周りをぐるぐる回る音と振動の塊。アリスティア姫の言によれば4体分。ナナシにはそこまで判別は出来ない。


 こちらに跳ねる音に振動、背中側。伝わる空気の流れから狙いは恐らく首筋。ナナシは腕を翻して剣を背中へ持ってくる。瞬間、刀身に衝撃、剣そのものに噛みつかれている。そして前方から迫る1体の重圧。


 ナナシは立ち上がりながら噛みつかれたままの剣を振り上げ、正面から来ているらしい狼型神罰にそのまま叩きつける。剣が軽くなり、2体が衝突する音を聞きながら、左右からの風圧を感じ取る。


 捌ききれない。ナナシは思い切って前方に飛び込む。その鍛え上げた背を易々と刻む刃。自分の体から血が吹き出すのがわかる。剣を支点に態勢を立て直す。傷は浅い。


「全身が刃物みたいになってる」


 かろうじて聞こえるアリスティア姫の声。


「そういうことかよ」


 狼型神罰は戦術を切り替えた。必殺の牙をかわされても、肉を引き裂き出血するように刃を生やす。形態進化はすぐさま伝播する。ナナシには見えないが、もう4体が似たような形状と判断する。


 すれすれでかわせば切り刻まれる。剣で弾くか、大きく避ければどちらも体力はより消耗し、隙も生みやすい。神罰獣との消耗戦ほど愚かしい戦術はない。しかし相手はそれを強いてくる。


 ナナシは刀身を触ると、そのごくわずかな温もりにため息をついた。


(まだこいつらが飛びかかって殺すことに執着しているのが救いか)


 つまりは己の牙で、獲物の命を噛み締める快感に縛られている。そう察したとき、ナナシは全身から可能な限り脱力し、せっかく拾った剣すら手からすり落ちる。


「ナナシさん!」


 構えもせず、諦めたように見えるナナシの姿にアリスティア姫は悲鳴を上げる。その声が虚しく響き渡ったとき、狼型神罰が4体同時にナナシの体を通り抜けた。


 直視していたアリスティア姫も、狼型神罰すら心なしか理解が追いつかず茫然としている。捉えたはずの獲物がなぜか避けた様子がないのに避けられている。


 アリスティア姫が総毛立つ。


「“触れ得ぬ高貴”……。私の動きを一度見た、それだけで?」


 人買い達に対峙した際にアリスティア姫が見せた王族にのみ口伝される護身術、“触れ得ぬ高貴”。


その神髄は徹底的な抵抗の排除にある。身体の余分な力を抜き、外的要因はおろか、自身の内なる抵抗ですら排除することで、予備動作なく最速で身体を操作する。ナナシは動きの型ではなく、基本原理にして奥義を再現している。


 極限まで予備動作のない動きは、相手側に取って動きの予想ができない状態になるため、見えていても脳の処理が追いつかず、まるですり抜けているような錯覚に陥らせる。


 とは言え、ナナシの体が縮まったわけでも本当にすり抜けているわけでもない。狼型の牙と、抑えつけようとする前脚をよけているだけで、刃と化した体毛は細かくナナシの全身を切り刻む。この方法ではすべては避けきれない。


 アリスティア姫にはナナシの意図がわからない。ナナシにはまだ剣を持ったまま脱力することはできない。だから剣を捨てた。それはつまり避けに徹することを意味する。


しかし脱力している以上大きく動くこともできないのだ。なぜ囲まれないように立ち回ったり、剣で弾かないのか。これでは最悪の結末を薄く引き延ばしているに過ぎない。


「時間稼ぎ……。私を待っている!」


 アリスティア姫とて役割を忘れていたわけではない。ただ、ナナシが自分よりも遙かに的確に動いていたことを見せつけられたのだ。


 剣で弾いてしまったなら、神罰獣にとっては反撃に他ならない。いかに牙に殺すことに囚われているとはいえ、より厄介に形態進化する可能性は否めない。


 より大きくかわすなら、隙も大きく体力の消耗も激しい、避けられないように、さらなる形態進化をしてくるかもしれない。


 しかし、わけもわからず致命傷だけを避けられ続けているのなら、少しずつ攻撃が当たっている以上、同じ戦法を取り続ける可能性が高い。より時間を稼ぐためナナシはその可能性にかけて、血を流すことを選んだ。


 アリスティア姫は手の甲から流れる血に気づかないほど両の手を握りしめて目を見開き、耳をすませる。その視線の先に、アリスティア姫がこれまで見たどんな舞よりも美しく、力強い舞踏。


 もはやナナシが狼型神罰を従えているかに写る、血の雨降り注ぐ演舞。たった一人の観客が見る舞台には命が流れ出していた。


 少しずつ削られて出血してゆくナナシに耐えられなかったは本人ではなくアリスティア姫だった。

「戻って、お願い!」


 すぐさま狼型はその言葉を真似し始める。

 ナナシの返答は拒絶だった。


「今しかない。風が吹いてない今しか、風が出てきたらもう俺では暗闇戦はできない!」


 ナナシに余裕など一切ない。極限の集中力でなんとか目に頼らず攻撃をかわしているが、少しでも情報量が増えれば、そこからは一気に崩れる。ナナシにはその自覚があった。


 ナナシの言葉に、アリスティア姫は目を見開く。驚いたのはナナシの限界についてではない。


 探していた違和感。その発言こそアリスティア姫に違和感を抱かせた。ぶつぶつと口の中で風がないとつぶやき続けている。


 手を広げ風の有無を確かめると、姫は壁の内側へとその身をさらす。


「外側には風があるのに、こちら側は全くの無風。詠術によるものだわ。でも何で? どうしてわざわざ無風にする必要があるの?」


 当然狼型は気づき、その一体が姫へと向かう。


「馬鹿! 逃げろティア!」


 叫ぶナナシ。突進してくる狼型。意図的に無風にしていること。声真似をする神罰。その器官があるということ。その器官を作ったということ。脳への干渉。触れられていないこと。太陽を喰らうもの。地面から伝わる振動。


「わかったあ!」


 言うやいなや、喉に手を当てるアリスティア姫。


「ナナシさん、目を開けて!」


 その指示のあとに、姫は聞こえない叫びを放つ。


 ナナシにはなにが起きたかさっぱりわからない。わかるのは、今目の前に小刻みに震えてよろめく狼型が見えていることだ。


「指向性超音波振動! 私達の脳の一部を正確に断続的に極々小さく揺らしていた。あまりにもかすかな揺れで、神のみえざる手が反応しないなんて」


 アリスティア姫の言葉もまたナナシにはわからない。しかし。


「跳んで!」


 姫の言う通り、ナナシはその場で宙返り。滞空の瞬間にアリスティア姫へ向かっていた1体が、吹き飛んでいくのが見えた。姫の詠術。


 3体の群れの真ん中にすっ飛ばされた1体は、追撃で放たれた詠術で粉々に砕かれる。その余波で残った狼型もその表面がざわついている。


「波紋照合が終わったんならよぉ!」


 ナナシは着地したと同時に懐に隠した投げ刃を放って一番離れた1体の額を貫き、剣を拾って、近くの1体を両断。


「死ねるときに死んどけや」


 最後の1体を突き刺し、その顔面を蹴り飛ばして引き抜いた。

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