第三話(知らなかった、は言い訳ですね)・4
2人は見張りを交代で行うことにして、1人ずつ仮眠をとった。
「少し、うなされていましたよ」
深夜はナナシが見張るほうがいいという判断から、先に見張りをしていたアリスティア姫は、心配そうな顔をしたままナナシを起こした。
「いびきだろ。すまねぇな」
「かまいませんけど、いびきにしては、人を呼んでいたように聞こえましたね」
「寝ろ。明け方には出発する」
食い下がってくるかと思いきや、ナナシの予想とは裏腹にあっさりとアリスティア姫は横になった。
心配しなければならないのは昼も夜もない神罰獣。
(師匠は暗闇戦、得意だったな)
あの人に苦手な戦なんてなかったか。そう思いだしてしまうと、目頭が熱くなってナナシは片膝を抱えた。
いまいち見張りに集中できないまま、幸か不幸か何ごともなく夜は明けた。
翌朝。
(この贅沢に慣れなくねぇな)
起こす前に、気味が悪いくらいすんなり目をあけた姫とともに下に降り、釣り床を片づけていると、アリスティア姫が詠術で水を作っていた。
姫によれば空気中の水分を集めて清潔な水にしているらしい。
飲むにせよなんにせよ、水は非常に重要ではあるが、重くかさばる。水源を探すのも一苦労だ。ナナシは体内モトが少ない自分の器を恨んだ。
痕跡を隠しつつ、簡単な朝食をとり身繕いをし出発する2人。
もう降り止んだとはいえ、長雨によって道が沢にようになっているかと思いきや、端に水たまりが点々とあるだけで、多少のぬかるみはあるものの、予想より歩きやすい。
「北の狼族か、その氏族の仕事の賜物ですね。狩師は道の整備にも長けていますから」
「おかげで痕跡も残っている。ありがたいことだ」
車輪の轍、道を広げようと払った枝や雑草、どけた枯れ木、捨てられた塵などが、雄弁に軍が通ったあとだということ示している。
「少し不気味なくらいだな。この静けさは」
昼を越え、太陽は下り始めたころ。
道の両脇には背の高い梯子木や、無造作に生えている雑草で覆われて、日の届かぬ死角を作り出している。道自体広くはあるが、ゆるやかに曲がっていたりと視界が悪い。
気配に聡いと自負しているナナシではあるが、もう大分街道を北上しているのに戦闘の気配がなさすぎることに、神経が徐々に削られていく思いだった。
「おかしくないか? 戦闘の跡くらいあってもよさそうなのに」
神罰獣の死体は残らない。しかしだからといって戦闘の爪痕がなくなるというわけではない。
実際に神罰獣は、ナナシが遭遇した輜重部隊のいるところまで抜けてきていた。神罰の害は明らかにあるのだ。
なにか異常な事態が起きている。でもその異常が言語化も予想もできず、不気味な胸騒ぎがこの森を一層暗くさせていた。
故に、その異常な物体に気がついたときには、2人は顔を見合わせて走り出した。
枝葉の合間の空にちらちらと見える、明らかな人工物。陽光に鈍く反射するそれは、金属の塊のようにナナシには思えた。
「なんだあれは?」
「ここからではなんとも」
全容を視界にとらえた時、2人は絶句する。
巨大にして長大なる壁。
突如として銀灰色の金属光沢を放つ壁が屹立していた。
高さは大人を5、6人重ねても届くかどうか。横は見当もつかず、見える範囲はこの壁がぐるりと続いている。
表面は見た目からしてとても滑らかで、ひっかかりなどは見あたらない。
「銀の、壁?」
「銀、にしては輝きが鈍い、気もしますが」
ナナシのか細い疑問に、アリスティア姫もまた首をひねる。
異常はそれだけではない。
「木が、なんで」
もう1つの異変。梯子木がごっそりと途切れていた。壁の周辺に根本から引っこ抜かれたとしか思えない穴がいくつもいくつもある。明らかに不自然だった。
「詠術で造られたものですね。まわりに木々にしても」
ぽつりとアリスティア姫はつぶやく。
「あんたんとこの軍がやったってのか」
アリスティア姫はその壁に近づきそっと触れる。
「いいえ、違うと思います」
「じゃあ、なんなんだこれは?」
「ナナシさん。ここを見てください」
壁近くの地面を指し示すアリスティア姫の近くにより、ナナシも下を覗き見る。
「轍か?」
それはここを通った、おそらくはラティカ地方軍の痕跡だった。雨に晒されたとしても、大量の人間や重たい荷物を積んだ荷車が通れば跡は必ず残る。
「これがどうしたって?」
「途切れているんです。ここでぷっつりと」
「だからそれが……。あーあ、なるほど」
アリスティア姫は鎮圧軍が通ってから、この壁が築かれたと言いたいことがナナシにもわかった。
「そもそもこんなところに壁をつくる意味がわかんねぇ」
「でしょう? 迂回している様子もないですし」
左右に広がる森に軍が通ったとしたら、大量の人が通るのだから必ず痕跡が残る。そもそも木に引っこ抜かれたような穴だらけの道を大量の人間と荷物が通るなら、何かしら処理しそうなものだ。
「神罰獣を後ろに行かせないように築いた可能性は?」
「農地部分に被害がでないように壁を築くなら、もっと後方でないと。これだと軍の退路を塞いでいます」
言うなり、自分の言葉にアリスティア姫の顔がみるみる青ざめる。ナナシもまた最悪の想像が頭をよぎる。
「もしかして退路を塞がれたのか? 軍を逃がさないために」
当てずっぽうではある。誰がなんのために、かもわからない。しかしナナシはこの壁に明確な悪意を感じ、自分の推量があながち間違いではないと確信していた。
「退いてろ!」
いうやいなや同時にさがって助走をつけたナナシが、走りながら抜いた剣を叩きつける。銀なら切れる。その自負がナナシから慎重さを奪っていた。
「ナナシさん待って!」
姫の制止は、ナナシの勢いを削ぐには遅すぎた。
甲高い激突音。一拍おいてナナシの悲鳴。
「痛ってぇ」
剣は弾かれた。
「なんて堅さだよこれ」
剣を落とさなかったものの、衝撃にナナシの両腕は痺れてしまった。
「銀、じゃないのか」
アリスティア姫が両手を壁について目を瞑る。
「ニホウ化レニウム!?」
ナナシの全くわからない言葉で驚くアリスティア姫は、いきなりしゃがんで地べたに手を置いた。
「レニウム鉱そのものが地下深くに眠ってる! 山界は大体鉱床だけど、よりにもよってレニウム鉱床なの!」
姫の苦々しい表情に、だんだんと怒りがにじみだしてきていた。
「アマリア様のご遺体を弄んでるのね」
「なんだ、姫さんどうした?」
「ナナシさん! これは銀ではありません。金剛石にも傷をつけ、鉄を溶かす火にも容易に耐えるレニウムです」




