第三話(知らなかった、は言い訳ですね)・3
前回までのアリスティア
木の上で釣り床を張って休むことにしたナナシたち。食事が終わるとアリスティアの口から大剣使いのことが語られる。
ここまでの登場人物
○アリスティア
自称ラティカの王子で凄腕の詠術師の少女。私が名付けた名前を言うとナナシさんはクラリスと同じ表情をします。
○ナナシ
大剣使いを追う赤い髪の剣士。大陸中を渡り歩いている。姫を名付け親にしなかったクラリスとかいうやつはたぶん有能だな。
もうすっかり日は落ちて、空には夜だけ揃う5人兄弟が、それぞれ青や黄色に輝いている。神話には太陽に嫌われたとされる5つの星。
2人は隣あって釣り床の縁に座り、アリスティア姫は行儀悪く足をぷらぷらさせながら落ちてきそうなくらい大きな兄弟星を眺めていた。
「エーレンフェスト公国の騎士。それがブロスの経歴の始まり」
「エーレン、フェスト? 聞いたことない国だな」
「現ボーア公国です。エーレンフェストは滅んだのです。18年前に」
「国が滅ぶ。そんなことがあったのか」
「私が生まれる1年前の出来事です」
「国が滅ぶなんて、想像もできねえな。なんで滅んだんだ?」
「首都に神罰が下ったそうですよ。それで首都は壊滅、周辺の街は無事だったので、混乱は長引かなかったそうです」
「神罰だあ? 神罰獣か? じゃあなにか、エーレンなんちゃらの首都は山界よりにでもあったってのか?」
「いいえ、他の公国同様、その国の中心にありました。でもそれが、現ボーア公王の公式発表です。エーレンフェストの首都アルベルトは現在も放棄されたまま。そのまま山界になったのかどうかも実は曖昧です」
ナナシはボーア公国の都市にも赴いたことがあったが、そんなものは初耳だった。
(所詮、首都なんてものは貴族と貴族に使われる奴が住む街だよな)
周辺の街や集落にとって支配者が変わろうと、税金の納める相手の名前が変わるだけ。納める額が変わらなければいつまでも話題にはしないのだろう。
「話を戻すと、亡国の騎士ブロスを有名にしたのは約35年も前の戦争、新帝国がこちらの大陸に攻めてきた上陸戦争です。詩にうたわれるほどだったそうですね」
「もうみんなうろ覚えさ」
「その一振りで敵を黙らせ、二振りで味方が沸き立つ」
「一度戦場に姿をあらわせば、敵も味方もこう呟く。戦が終わる」
「ナナシさんはうろ覚えではないのですね」
ナナシは軽く首を振る。
「あんたんとこの王の剣だって、その戦争で有名になったんだろ」
「当時は、例の奴隷解放のせいで周辺国との関係が最悪でしたからね。なんとか関係改善したかったお母さんの宣伝計画の1つです。ただ……」
「ただ?」
「帝国が撤退したあと、騎士ブロスは消息を断っています。一切の記録がありません。周辺国では死んだことを隠蔽しているのだろうと噂がたちました。新帝国との戦争が終われば、ブロスは脅威そのものですからね。エーレンフェスト側はなにも答えないまま、時間は過ぎ、18年前の首都アルベルト壊滅事件が起きます」
「おいおい、なんだそりゃ。結局どこ行ったかわかんないまま、国が滅んじゃったってことか?」
アリスティア姫はナナシから視線を外し、その長いまつげが伏せられる。
「これは公式の情報ではありません。公式ではありませんけれど……」
「歯切れわりぃな。なんだよ?」
「アルベルトの住民は、そのほとんどが、なにか巨大な刃物で殺されていたそうですよ」
その意味に、ナナシのまず感情が拒んだ。
「有り得ない!」
立ち上がらんばかりの勢いでアリスティア姫に迫まるナナシ。
「エーレンなんちゃらが滅んだのは18年前だろう!? そんなの大剣使いのはずがない!」
木々にぶら下がる釣り床は、ナナシの激昂でぐらぐらと揺れる。
「ナナシさん、落ち着いて」
釣り床の揺れが収まるにつれて、ナナシも呼吸を平静に戻す。
「私は別に、大剣使いの仕業とは言ってはいませんよ」
「言っているようなもんだろう」
「どうして有り得ない、と思うのですか?」
「たった1人が首都を滅ぼす。誰が聞いても信じねえよ。エーレンなんちゃらなんか知らねえが、一体何人住んでたんだ? 2、30人ぐらいか? 軍は揃って里帰りでもしていたか?」
小馬鹿にしたようにまくしたてるナナシに、アリスティア姫は生真面目に答える。
「もちろん守備軍は常駐していましたし、当時のアルベルトは、そうですね、推定約4万人ほどの人口だったはずですよ」
「千人切りどころの話じゃねえな。おい、有り得ないという俺がおかしいのか?」
アリスティア姫はただ首を横に振るばかり。
「このアルベルト壊滅のあと、混乱の中でもハイブ・ブロスの目撃情報は増えていきます。どうやら遊郭を拠点に、傭兵をしていたようですね」
「遊郭……」
「数年間そうしていた後、彼はなぜか拠点の遊郭を離れ、各地を転々とするようになります。問題は今から6年前です」
ナナシは相づちはうたず、ぎゅっと目をつむる。
「アムト旅団全滅事件。アムト旅団は表の世界でも裏の世界でも、とても有名でした」
剣士はぱっと顔をあげる。
「裏の世界?」
「彼らは半ば公然の新帝国の耳目たちだったんです。表の隊商という顔は、新帝国にもこちらの国々にも情報を売買する、新帝国の退役軍人が始めた新しい商売の仮面だった。強く美しい彼らは、芸事にも通じていてどこへ行っても歓迎されていたそうですからね。当時こちらの国々も彼らを黙認し、利用していたのです」
(家族になろう……。帰ってきたら……)
「え?」
あまりにか細く、かすれた声。剣士が大切にしている遠い記憶のなかの言葉。風に揺れる木々の葉音に紛れていく。
「いや、なにも言ってない。それで」
「だからこそ当時かなりの衝撃をもって全滅の情報が裏の世界に走りました。アムトは規模が大きくなって、構成員全員が騎士というわけではなくなっていましたが、それでも荒事に強いはずだった。それこそ名のある傭兵団にもひけをとらない程に。神罰狩りにも長けていたはず。なのにたった一夜でみんな殺されてしまった。このまま一気に新帝国との戦争がまた始まるかもしれないと、当時は緊張が走ったそうです。結局新帝国は今も沈黙を保ったままですけれど」
ナナシの脳裏に再生される赤色の記憶。
バラバラの体、むせかえる血の匂い。中心に大剣、赤い文字。
『お前の剣を待つ』。
「どうしてそれが大剣使いの仕業だと?」
「それは……」
アリスティア姫は、なにか喉が引っかかったように言いよどむ。しかし大きく息を吸い込み、姫は記憶を口から紡ぎ出す。
「まず、死体の状態。埋められていた死体はすべて、とても大きな刃物で切断されていたそうです」
「それだけなら神罰獣の可能性もある。相討ちになったとか」
「そうかも知れませんね。もう1つは旅団の生き残りの存在です。女の子が死体の埋まっていた近くで座り込み、うわごとのように、大剣使いがくる、と繰り返していたそうです」
「女の子?」
「はい。アムト旅団唯一の生き残りとされています」
ナナシは鼻で笑う。
「そんなガキの言うことを信じたのか? ありえない」
「このアムト旅団の事件が大剣使いと関連付けたのは私だけです。あなたの言うとおり、その女の子はことは、凄惨な現場を見て正気を失ったのだろうと当初判断されていました。大剣使いの名前が挙がったのは、半年間続いた農村皆殺し事件のほうです」
「半年間!?」
甲高い喫驚の声を上げてしまい、むしろナナシが自分の口を抑えた。ここは安全地帯ではない。
「いや、すまん。半年間ってのはどういうことだ?」
アリスティア姫は神妙な面もちのまま話を再開する。
「アムト旅団の全滅から、ブロイ公国の狩師団の里が3カ所襲われた事件までが半年間なんです。それ以降大剣使いは活動を突如やめ、本当に今の今まで行方不明となっています」
「理由は!?」
「記録には不明とだけ。特徴的な2本の大剣も見つかっていませんからね。潜伏の可能性や、新帝国に渡った可能性が示唆されていました」
「あんたはそう考えてないんだな?」
「あなたも。そうですよね?」
姫の問いに剣士は答えない。その力強い眼差しが語っている。
「本題はここから。当初は被害にあっていたのは農村だけと思われていました。見て下さい」
姫は腰の合切袋から地図を取り出すと、予め日付と赤い印がついた箇所を順番に指さす。
「私は情報を自分なりに整理し、関連されたとされる事件を時系列順に地図上に並べました。農村だけを見てみると、何の計画性もなく行き当たりばったりの印象を受けます」
道をわざわざ外れてまで襲う村もあれば、近くを通ったいるのに襲われていない村もある。
「先ほどブロイ公国の狩師の里が襲われたと言いましたけど、あれは実は最近わかったことなんです。狩猟物が減り続けることにブロイ公王がついに重い腰をあげたとき、やっと狩師達が口を開きました。人の形をした化け物に襲われた里があると。なんでも巨大な剣を持っていたとか」
ナナシは眼下の茂みに隠した鞘をちらりとだけみて、話の先を促す。
「それで?」
「狩師達の証言が正しいとして、その情報を追記すると」
言いながら、姫はいつの間にか手にしていた細い筆で里の場所と日付を書き込んでいく。
「見て下さい」
その地図上に表れたのは引き寄せられるように里に向かう一本の曲線。
「最初に襲われた、荒海狩師団を起点として、途中、変位谷狩師団を通り、最後、奇禍山狩師団の里が終点。その間の村落が順番に被害にあっています。こう見ると狩師団の里に向かっているとしか思えません」
「狩師の里から別の狩師の里へ向かう通り道に、村があれば通りがかりに皆殺しにしたってのか?」
「私はそう考えています。荒海狩師団の里はアムトの事件現場の割と近く、日付も近い」
「そして、今日のあいつら、奴隷になりかけた奴らの言葉か」
「北の狼族の里、行ってみる価値があると思いませんか?」
鈴を転がすような虫の音が耳に染み着くほどの沈黙の後、ナナシは低く答える。
「ああ、行ってみたいな。狩師の里に」
「まだ、お試し期間でかまいませんからね。あたなが私の説に納得いくまでの間は」
ナナシは長く長く息を吐いた。そして、そういえばさ、と夜の気温より冷えた言葉をかける。
「その、アムト旅団の生き残りのガキはどうなったんだ?」
「記録にはその女の子がその後どうなったかは記載がありません。『何をどうしても大剣使いが来るとしか言わない。心が完全に壊れている』としか記述されていませんでした」
ナナシは微笑んだ。
「心が壊れちまったなら、もう人としても生きちゃいねえだろうな」
そう言って、目尻に涙まで浮かべて、小さな声で笑い続けた。




