第三話(知らなかった、は言い訳ですね)・2
前回までのアリスティア
旅の途中、自称ラティカの王子アリスティアのお試し依頼を引き受けた名もなき剣士は、目的地に向かう途中で奴隷商人を皆殺しにする。助け出した人達の口からは剣士の追う大剣使いの情報が飛び出したのであった。
ここまでの登場人物
○アリスティア
自称ラティカの王子で凄腕の詠術師の少女。まだナナシさんには信用されていませんね。でも胃袋は掴んだ予感。
○ナナシ
大剣使いを追う赤い髪の剣士。大陸中を渡り歩いている。姫は胡散臭いけど、持っている携帯食料は旨いんだよな。
「ナナシさん、今日はもう少しだけ先に進みましょう」
ああ、とだけ返事をして放り投げた自分の荷物を探し当てると、いつのまにかあの勝手についてくる行李2つが姫のそばに佇んでいて、無性にナナシはけっ飛ばしてやりたくなる。
もちろんそんなことをナナシが思っているとはつゆしらず、歩き出したアリスティア姫はところで、と話を切り出した。
「本当はどうするつもりだったのですか?」
「はあ? なんの話だ」
「もし私が目撃者は消しましょう、と言っていたら、です」
「言ってる意味がわかんねぇな。本当もなにもねぇよ」
「私、こう見えて民衆には人気があるのです」
「なんだ、いきなり」
「でも、王宮内では真逆でして、14歳くらいまではほぼ毎日暗殺されかけていました」
そう語る横顔はどこまでも透明で、昨日の天気を語るくらいの温度だった。
「そう、なのか」
好かれているとか嫌われているとかの類の話ではないはずだが、ナナシはなんと言えば分からない。
「だから私、殺気には敏感です。あの人達を、本当は殺す気なかったでしょう? 私を試しましたね?」
ナナシはそっぽを向いた。アリスティア姫は言葉を重ねる。
「だからそう、もし私が目撃者を消すことに賛同したら、本当はどうしていたのですか?」
歩きながら顔をのぞき込んでくる姫に、あからさまにため息をつくナナシ。
「どうしたかな。あんたの地図とあの旨い携帯食料でも奪って逃げたかな」
「ナナシさんが、地図を?」
含み笑いする姫に、ナナシは憮然とする。
「なんだよ、なんで笑う」
「ナナシさん、地図読むの苦手でしょう?」
「はあ? 地図くらい読めるっつーの」
「私達が最初に出逢ったあの場所。ナナシさんの地図の印どうり進んでいたら、たどり着けませんよ」
「え!?」
ナナシが素で驚いたのが面白かったのか、アリスティア姫はついに声に出して笑いだした。
「そんなに笑うこたぁねぇだろう」
「だって、なんで獣品の隊商道に入ったんですか。全然違う道ですよ」
しばらくムスッとしたナナシだか、とうとう釣られて笑いだす。
「おかしいとは思ったんだよな」
「でもおかげで私はあなたと出逢えました。あんなに腕が立つのに、意外な弱点ですね」
「意外ね。あんたも変なくせがあるじゃないか。自分の祖父母をさん付けなんてさ。貴族なんて、こう、なんかかたっくるしい感じだろう」
「公式の場ではちゃんと様で呼びますよ。でも本当は嫌なんです。自分の親を様づけするのは。他人行儀で距離が離れているようで」
「違うな」
「え?」
「いや、すまない。俺が本当に聞きたいのは、それじゃない。それじゃないんだ」
大きく息を吸って、ナナシは言葉を吐き出す。
「なんで、あの……大剣使いは狩師を狙うんだ? 捕まっていたのは狩師の里の人間、だよな?」
そうですね。そう言ってアリスティア姫は立ち止まる。
「ナナシさん、もう夕方が迫っています。夜に移動するのは危険ですから野営の準備をしましょう。その時に、私の知っていることをお話しします」
日が落ちれば、辺りはあっという間に暗闇に包まれる。夜目のきく獣たちに見つかるのは非常に面倒くさい。
そうだな、と返事をするとナナシは自分の荷物のなかから4本の小刀と折り畳まれた布を取り出した。
「あんた、寝相はいいほうか?」
「ぴくりとも動かないと評判です」
いやそれはむしろ怖ぇよ、と言う代わりにそうかとだけ返し、ナナシは小刀に紐をくくりつける。
手際よく紐付きの小刀を4本分用意すると、道の脇、群生する梯子木の上部の幹に投げつけた。
4本それぞれ別の梯子木に投げて突き刺し、垂れた糸に今度は布を4隅をくくりつける。その頑丈そうな布の両脇は袋状になっていて、ナナシはそこらに落ちている木の棒を差し込みいれた。
「もしかして釣り床ですか?」
「ああ、そうだ。1枚しかねぇが十分広いから2人でも問題ない」
返事をしながら紐を勢いよく引っ張ると、布はぐんと頭上を越えて木の上へと飛び上がっていく。
「人も獣も、案外自分の頭よりも上には気を配らないもんでな。いままでこれで見つかったことはねぇ」
言いながら今度は剣を引き抜き、太い鞘を木々に隠すと、さきほどの小刀と同じく投げて幹に突き刺す。
「さて、どうすっかな」
と、ナナシはアリスティアを見て思案していると、当の姫はいきなり抱きついてきた。ふわりと甘くやさしい香りがナナシを包む。
「お、おい」
「え? こういうことだったのでは?」
向こうの、なんでもないように落ち着き払っている声がなんだか小憎らしい。
「いや、まあそうだが」
わざと大きく息をはく。この振動は自分の心臓の鼓動なのか。
「舌、噛むんじゃねえぞ」
腰の装置を操作すると2人は糸に引っ張られ、燃えるような夕陽がつくる雑木林の陰の中、ゆっくりと昇りゆく。
くるくると揺れながら進む空中に、アリスティア姫はぎゅっとナナシにしがみついた。
布が張られた高さ近くの枝に足を置くと、ナナシはアリスティア姫を布へ落とす。
「ちょっと乱暴では!?」
「悪い。手が滑った」
「まだ日は落ちきっていませんからね。にやついたお顔が見えますよ」
ナナシは舌を出しながら、姫の隣へと腰をおろす。
「重くって腕が痺れたんだよ」
「嘘つき。そして失礼」
頬を膨らませながら、姫は巾着袋から紙に包まれた棒状の物をナナシに差し出す。
「なんだこれは?」
「今日の夕飯です。私の自信作」
包みを解くと、真っ黒い棒に砕いた木の実がまぶしてある。
「チョコレートです。私が厳選した木の実もふんだんに使い、栄養価も味もばっちり」
その言葉にナナシは驚いて手に握るチョコレートを落としそうになる。
「高級品じゃねぇか」
しかし同時に疑問にも思う。
「飲み物じゃねぇの? チョコレートって」
「保存と持ち運びできるように、砂糖をまぜこんで固めたんですよ。まだ普及していませんが。名付けてチョコレート棒」
「あー」
「なんです?」
「いや、なんでもない。頂こう」
固い食感だが、口の中の体温でほろほろと溶け出すと、濃い甘みと独特の苦みがせめぎ合い、多幸感に包まれていく。適度にあらわれる木の実の食感もざくざくと楽しい。
「おいしいでしょう?」
にんまりとこちらをうかがうアリスティア姫は腹立たしくも、ナナシは素直にうなづいた。
「あんたは食べないのか?」
「太っているそうですから」
「根に持つんじゃねぇよ。倒れられても困るんだ。あんたの詠術はこの先絶対条件だぞ」
「冗談ですよ。私は食べる時間が決まっているだけ。大丈夫です。倒れたりしません」
「体調管理まで面倒見れないからな」
そう言って、ナナシは夢中になってかぶりつく。
食べ終わったのを見計らい、アリスティア姫は口を開いた。
「それではお話しましょうか。大剣使いと呼ばれる男、ハイブ・ブロスのことを」




