第三話(知らなかった、は言い訳ですね)・1
話すべきはあった。聞きたいことは山ほどあるはずだった。
しかし、ナナシは道の端、地べたに座り込んでぼんやりとアリスティア姫と解放された人達のやり取りを眺め続ける。
地図らしき分厚い布地や、朝食べたような、あの例の塊やらを渡し、甲斐甲斐しく世話するアリスティア姫の姿は、とてもあの千年王国と言われる大国ラティカの、第一王位継承者とは思えないなと、とりとめもなく考えていたら、いつの間にか捕らわれの人達はナナシの視界から消えていた。
「人買いラティカ」
ドキリとして隣を見上げるといつの間にかにアリスティア姫が佇んでいた。
「我が国の蔑称です。憤ることはできませんね。事実だから」
「取り締まっているんじゃないのか」
「取り締まる法を施行したのは私のおばあちゃん、先王アイル・エル・ラティカ」
「ぎゃくさ……」
言いかけて、ナナシは慌てて口をつぐんだ。
「そうです。占術狂いの虐殺王。気を使わなくて大丈夫ですよ。事実ですから」
「意外だな。処刑が趣味、とまでうたわれている王だろう。奴隷解放をしていたのか」
ゆるゆると姫は首をふった。
「実際はそうはなりませんでした。当時の法は、単純に自国内部のみ奴隷身分を禁止としたのです。私個人も奴隷制には反対ですが、ラティカは農業で成り立つ国。常に労働力を必要としています。その結果、他国との関係がますます悪化する結果となりました」
「そうか、そうだったな。『悪い子は人買いラティカに連れて行かれるぞ』か」
「他国ではそんな詩が流行ったそうですね。当時のラティカは他国人を戦争を仕掛けてまで奴隷にしました。お母さんの代でようやく改善してきましたが、まだまだ撲滅にはほど遠い……」
「で、結局あいつらはどうしたんだ?」
「私達が来た農道を遡り、農村までの道のりを教えました。そこまでたどり着ければなんとかなるでしょう」
本当になんとかなるのか、ナナシにはどうにもわからない。しかし、共に行くことはできない以上ナナシに反論なぞしようもなかった。
さて、と言ってアリスティア姫は人買い達の死体へと歩きだす。
「ナナシさん。もう少しだけ時間を下さいね」
姫が手をわずかに動かすと、人買い達の死体がその場に沈んでいく。死体の辺りだけ地面が沼に変化していた。
時間を下さいとの言葉とは裏腹に、あっというに間に死体は跡形もなくなった。地面すらすでに元通りだ。
姫は極々小さな声で歌を歌い始めた。ラティカの人間ではないナナシには初めて聴くものだが、おそらく弔歌ではあるとわかった。
アリスティア姫の透き通るような美しい歌声に、ナナシは知らず知らずに自分の胸を苦しげに掴んだ。
歌い終わった姫は申し訳なそうにナナシを振り返る。
「ここも土葬なんだな」
「彼らもラティカ国民ですからね。死ねばその罪は体ともに土のなかで解けていきます。罪も罰も生きている人間のみが背負うもの」
「そうか。俺はあんたの国民を殺したんだな」
「その罪は私のものです。私が依頼したのですから。邪魔するなら斬っていいと」
ナナシはようやく立ち上がった。
「あんた、よくモト切れを起こさないな。こんだけの詠術を使っておいて」
倒れてもらっても困るという意味も込めてナナシは問いかける。なにせ姫は朝から詠術をちょっとしたことで使い続けている。
「ナナシさんはモトをどう認識していますか?」
「詠術を火で例えれば、モトは火にくべる薪だって言ってた奴を知っている」
「わかりやすい例えですね。優秀な人のようです」
「ああ、すごい詠術師だった。でもあんたの前では正直かすんじまうな」
「私は優秀とは違います。モトは空気中に溢れています。なくなることはまずありえません。でも、詠術を使うためには詠術師の体内にあるモトを使わないと発動しない。体内モトは誰にでもあるものですが、どれだけ蓄えていられるかは個人差があります」
「その体内モトが多い奴が詠術師になれるんだろ」
「そうですね。それで言うと私は体内モトが多いんです。異常なくらいに。だからむしろある程度は詠術を使って体外に放出しないといけないのです」
「でも、あいつらに詠術は使わなかった。あの人買い達に。もっとうまくやれたんじゃないのか、あんたの詠術なら」
アリスティア姫は初めてナナシの出会った時に見せた表情になった。あの神罰獣に立ち向かう前に見せた、泣き笑い。
「私は人に詠術は滅多に使いたくないのです。遠い遠い時間に、私は人に詠術を使って大事故を起こして。だから、私は人に向けて詠術を使いたくない。でもそんな甘さの結果がこれですからね。だからこの人達の死は私の罪。いつか私は必ず報いを受けるでしょう」
「だれが、あんたに罰を下すっていうんだ? そんなの、貴族の自己満足となにが違う?」
そうかもしれませんね、という姫の表情をナナシは胸が締め付けられるようで、目を逸らす。




