第二話(楽しみだったことは否定しません)・7
人買い全員の視線が一斉にナナシに向けられた。
そして地面に散らばる鎖の残骸を見て、アリスティア姫に向かうつもりだった男がナイフ片手につっこんで来る。
ナナシは鎖を断った長剣を地面に突き刺したまま、腹を狙ったナイフを持つ手を無造作に掴む。そのまま握り潰して骨を砕く。
耳障りな悲鳴を上げて崩れ落ちる男の頭を掴むと、その場で頭だけを半回転させる。ちょうど真後ろを見る事になった男は口から血泡を吹いて絶命した。
あまりにも簡単にあっけなく命が散り、その場が凍りついた。誰もがナナシに視線が釘付けになったまま動くことができない。
驚嘆恐怖入り混じる視線を一切無視し、近くにいた別の人買いの男にナナシは乱暴ともいえる歩幅で距離を詰めていく。
近づかれた男は、鼓舞なのか悲鳴なのか判別出来ない、不明瞭な奇声を発して殴りかかってきた。
滑稽なほど予備動作が大きい男の拳を、ナナシはわずかな動きでかわしつつ、すれ違いざまに首と肩の間から手刀を叩き込んだ。肺を砕き心臓まで達する一撃で、男は血を吹き吐きながら膝をつき、二度と立ち上がれなくなった。
3人目の人買いは、後ろでになにかをカチャカチャいじっていた。ナナシは予想済みだが、あえてゆっくりその男に詰め寄る。
ようやく男が背後の腰あたりから取り出したのは案の定、重しのついた投げ網だった。人買い達が好んで使う、漁師とうそぶく由縁である。
恐らくナナシが出ていかなければ、アリスティア姫の死角から投げて、不意打ちで捕らえようとしたのだろう。人買いどものまさしく頼みの綱だ。
男は引きつったにやけ顔で振りかぶり、そして網を投げる前に仰向けにゆっくりとひっくり返る。その額には短刀が深々と突き刺さっていた。
ナナシが最初に殺した男から奪っておいた短刀を、ほぼ手首の返しだけで投げていたのだ。
最後に残った人買いは、祈るように膝を屈した。
どうか命だけは、と繰り返し繰り返し懇願する最後の男に、ナナシは突然走り出して距離を縮め、走った勢いを乗せた蹴りを男の頭にぶち当てる。その衝撃に首は耐えられず、頭は胴体から飛び出していった。
噴き出す血に背を向けて、ナナシは捕まえられていた奴隷達を見据える。
突然の殺戮劇に、助かったという安堵はなく、新たな脅威の出現に奴隷達は肩を寄せ合って震えている。
そんな彼らに対し、ナナシは全くの無表情でベルトにつけた小型の装置を操作しながら、片足ずつつま先を地面に打ち付ける。すると靴の裏側から細かい針が飛び出すように現れた。そして足に力を入れ、少しだけ腰を落とす。
すると背面側のベルトに付けられた装置が、ギリギリギリと甲高い音を立てて糸が巻かれ、先程地面に突き刺した長剣が飛んできた。柄の部分と背中側のベルトの装置が糸で繋がっており巻き取ったのだ。
飛んできた長剣を掴むと、ナナシは剣を構える。鈍い長剣の光の反射に、奴隷達は悲鳴をあげた。
血相をかえて、ナナシとうずくまって震える奴隷達の間に飛び込んだのはアリスティア姫だった。彼女は奴隷達を庇うように大きく手を広げて、ナナシに対峙する。
「どうして今剣をかまえるのですか!?」
「斬るためだ。当然だろ」
「奴隷商人は今、みんなあなたが殺してしまったじゃない!」
「これから殺すのは、お前の後ろで震えているそいつらだよ。分かってるだろ? 剣なら、俺の腕なら苦痛なく送ってやれる。あの世に」
アリスティア姫は何度も首を横に振った。
「わからない! 少しも、あなたが何を言ってるのか、全然わからない!」
「そうか? 俺は逆に、初めてあんたの素を見た気がしているよ」
その言葉が、さも針で出来ていたかのように、アリスティア姫は顔を苦痛に歪めた。
ナナシは捕らわれの人間達に向けていた剣をアリスティア姫に向け直して続ける。
「なぁ、目立ちすぎるんだよ、俺もお前も。俺はよそ者で、こんな長剣なんか使ってる傭兵なんて他にいない。お前はもうその容姿だけで、人目を引くわ印象に残るわの、歩く目印みたいなもんだ。こいつらはしゃべるぜ、絶対にな。俺が追っ手ならまず間違いなくそこから辿れる」
アリスティア姫は小声で反論する。
「そこまで目立ってない……」
「だから隠れたのに、あんたは飛び出していっちまった。でもまだ間に合う。目撃者さえ消せば、な」
姫の話が全て本当ならば、王の楯は騎士にして詠術師。モトの状態から嘘を見破る詠術師だって存在することをナナシは知っている。
「こいつらをここで逃がしたら、絶対に情報が割れる。追っ手のかかっているあんたが、目的を果たすのを最優先にするならば、皆殺しにすべきだ」
「無関係な人を巻き込むのは私の本意ではありません!」
「もう無関係じゃない! ちゃんと止めたぞ、俺は。こいつらを見かけたときに。あんたが関わったんだ、自分から、こいつらに!」
うなだれるアリスティア姫に、剣を向け続け、畳みかける剣士。
「お前の追っ手はさ、俺が殺したこいつらより素直なのか?」
左手で、近くの人買いの死体を指し示すナナシに、アリスティア姫は困惑の表情を浮かべる。
「なぁ、あんた説得するって言ってたよな。もし追いつかれたのなら、その時は説得するって。だから俺は様子を見たよ。あんたの説得ぶりをさ。死んだ奴隷商を説得出来なかったあんたは、でも追っ手は説得できるのか? んなわけねぇよな? だったらあんたは1人で城を抜け出さないし、追っ手なんかはじめからいない。説得できる材料がないからあんたは一人で抜け出したんだろ? じゃあ、追いつかれたら、本当はどうする気だ。そこでお終いか? そんな中途半端じゃあ、お試しなんか関係ねぇ、俺はこの依頼受けねぇぞ!」
姫はうなだれたまま。その態度が、ナナシの言ったことが的を得ていることを示していた。
貴族の落としどころを必要とする習性を、ナナシはよくわかっていた。アリスティア姫は保護される可能性はまだある。だがまず間違いなくナナシ自身は雇われた護衛ではなく、誘拐犯に仕立て上げられ、殺しにかかってくる。
ナナシは剣の切っ先を下げて促す。
「それで?」
沈黙のあと、彼女は言葉を絞り出した。
「そうです。あなたの言うとおり。私は数少ない私の味方ですら、今回のことを説得できませんでした。だから、一人で抜け出した」
姫の拳が震えているのがはっきりわかる。
「でも、それでも、この人達を殺すことはできない! この人達が私達のことをどう言おうとも、そこから私達のことが辿れてしまうんだとしても、その時は、その時は!」
アリスティア姫は顔を上げて真正面からナナシを見据える。
「闘います! 王の盾達と。私の説得にも応じずに、私を連れ戻そうとするのなら、例え殺し合いになったとしても、私は私の目的を貫きます。それが私の覚悟です」
ナナシは差し向けていた剣を、背中の鞘にぐるりと納めると、今度は鞘ごと背中から外して地面に突き立てる。アリスティア姫は覚悟を示した。なれば、こちらも応じるべきだろう。
「ああ、その覚悟が知りたかった。いいんだな、追っ手があんたの幼馴染でも。邪魔するなら、俺はそいつらを切っていいんだな」
アリスティア姫は、重々しく、はっきりとうなずいた。
「いいだろう。あんた、俺を雇うなら、あんたの敵は全部俺が切り砕いてやる」
ナナシは剣を背中に戻す。アリスティア姫は、改めて奴隷にされかけた者達に向き合う。
「もう大丈夫ですよ。あなた達のすんでる場所は? どこから連れられてきたのですか?」
震えながらなんとか応えたのは、一番年嵩の男。なぜか、ナナシをちらちら怯えながらも見ている。正確にはその背の得物を見ている様子だ。
「もう村はない……」
「ない?」
「襲われた。みんなあの化け物に殺された……」
「化け物……? 神罰獣のことですか?」
「化け物だった。人のかたちはしていても、あんなの人間じゃなかった。剣を、馬鹿でかい剣を、両手にそれぞれ持っていた……」
第三話 予告
「謎を解かないと、なにもできないまま殺されます」
「神話獣がいるってのか!」
「はい。たぶん太陽を喰らうもの、マナガルム」
「使うなら、俺の命から使えよ。戦場で傭兵を雇うってさ、命の売り買いだろ」
次回(知らなかった、は言い訳ですね)




