悲しき国王
「あれは、百年前のことでした」
王女エルレアの目に、悲しみがたたえられている。
百年前、すでにザノーアとバンデーバの間には、モンスターが侵入できないように結界が築かれていた。
だが、その結界の一部が、あるモンスターによって破られた。
侵入してくる敵のなかで、ひときわ強いモンスターがザノーアに驚異を与える。
魔術師団がそのモンスターに応戦するが、まったく歯が立たなかった。モンスターは魔術士たちを蹴散らしながら、ザノーアの中心部へ向かって行った。
そこで登場したのが、ザノーア最強の魔道士、国王アールドットである。
国王が立ち上がると、魔術師団だけでなく、多くの国民が前線に出てくる。
「防壁魔法で結界を造れる者は、バンデーバとの境界へ行ってくれ。これ以上、モンスターを境界から侵入させてはならぬ!」
国王の指示により、国民と魔術師団が一体となり、破られた結界が修復される。これで、さらなる敵の侵入を食い止めることができた。
だが、すでにザノーアに入りこんでいる十数匹のモンスターが、猛威をふるっている。
どの敵も手強かったが、国王を中心に一匹づつ仕止めていった。
そして最後に、もっとも強いモンスターがのこった。
最強の敵に、国王は妙な違和感を覚える。
ここまで話した王女は、やるせない想いをかみしめる。
「この敵が、問題でした。この一体のモンスターだけで、ザノーアが滅ぼされる危険がありました」
彼女の話に、みんなは固唾をのむ。
「ただのモンスターではなかったのです。それは、もともとザノーアにいたモンスターではありませんでした。異世界からの侵入者だったのです」
「!」
「わたしたちは、異世界からの侵入者を『ローデス』と呼んでいます。そういう意味では、あなた方も同じく、ローデスと呼ぶべき存在ですね」
真悟たちは、不思議に……というより、けげんに思う。国王は、そのローデスの魔物と戦っていたのだろうが、なぜザノーアの国民が、国王に殺されることになったのか?
話の先が、まったく読めない。
王女エルレアは真実を語る。
「ローデスの魔物を倒すには、究極奥義の魔法を使わねばならない。国王はそう考えて、実行に移したのです。究極の必殺魔法により、どうにか魔物の息の根を止めることができました。ですが……」
彼女は、悲痛な想いに満ちた声をひびかせる。
「その魔法はあまりにも凄絶で、いっしょに戦っていた同胞をも巻き込み、多大な犠牲を払ってしまったのです」
真悟たちは、ようやく理解した。ザノーアの国民は、国王に殺されたわけではなく、国王の魔法の巻き添えとなったのだ。
彼女の話は、まだ続く。
「わたしの母も、それで命を失いました」
「!」
パルモの目から、悲哀の涙がこぼれ落ちる。
あの当時、もっともショックを受けたのは、他の誰でもない国王だった。自らの魔法が、ザノーアの民の命を奪い去ったことに、国王は愕然とする。
悲嘆する彼は、ひと言つぶやいた。
「余に、国王の資格あらず……」
それ以降、国王アールドットは、ザノーアの民の前に姿をあらわすことはなかった。
王女は、なおも話し続ける。
「犠牲になった者たちの家族のほとんどは、自分たちの運命を受け入れています。ザノーアの国民の多くは、国王に帰ってきてほしいと願っているのです」
すべてを話し終えた王女エルレアは、真悟たちに告げる。
「これが、わが国王に関する事実です」
みんなの心に、沈痛な想いがひろがる。悲しい真実に、胸が痛む。
美希が王女にたずねた。
「国王は、いまどこに?」
王女の顔に、わずかだが明るい光がさした。
「ずっと、ザノーアのどこかにいると思って方々を探していました。しかし、なかなか見つからなかったのですが、やっとその居場所をつかむことができました」
まったく予期せぬ場所だった。
「ラディストスに居をかまえていたのです」
「ラ、ラディストス?」
そういえば、賢者の秘宝をもち去った盗人が「やっと国王を見つけた」といっていたことを、真悟たちは思い出した。
だから、盗人もラディストスに──サナトリウムの職員宿舎の地下室に、潜んでいたのだろう。
しかし、桃子は腑に落ちないことがある。彼女はその思いを言葉に出した。
「国王の居場所がわかっているのに、あなたたちはなにも行動に移さないのか?」
これについては、王女に代わってパルモが説明する。
「賢者の秘宝を取り返すべく、そのエネルギーの痕跡を追っていたときでした。偶然、国王の住んでいる家がわかりました。しかし……」
あまり単純な話ではなさそうだ。
「その家には、結界が張られていたのです」
「…………」
「その結界はモンスターはもとより、わたしたちザノーアの民を入らせないための結界でした」
よほど独りにしてほしいと、思いつめているのだろう。
「結界は家のまわりに何重にも築かれ、なかに入ろうとしたわたしは、家に触れることすらできませんでした。モンスターよりもわたしたちザノーアの民が、結界に弾き飛ばされるのです」
武が訊いてみる。
「その家は、ラディストスのどこにあるんだ?」
パルモの返答に、みんなは驚嘆する。
「キノッコ村の入口からほど近く、ポラーネの泉のほとりに、一軒の家があります」
思いあたる家が、ひとつある。
「モンスターに対する結界も、もちろん張っているのですが、それは甘いお菓子のような匂いがします」
美希が目をみはりながら、みんなの顔を見るなり、叫ぶような声をあげる。
「あのおじいちゃん!」
パナンじいさんである。武が、信じられないという顔をする。
「お、おい、待てよ。あのじいさんが、ザノーアの国王? 嘘だろっ」
桃子は、冷静に頭をはたらかせる。
「ポラーネの泉の近くにある家は、ただひとつだ。あのお年寄りの家しかないぞ」
さらに、盗人が潜んでいた建物が、わりと近い場所にあることも、パナンじいさんがザノーアの国王だという確信を深めている。
ここで、王女がみんなに声をかけた。
「みなさんに、無理を承知でお願いがあります」
ザノーアの民である自分たちでは、どうにもできない問題ゆえに、ラディストスの彼らに託すしかない。
「わが国王……わたしの父アールドットを、ザノーアに連れもどしてくれませんか?」
真悟たちに、断る理由はまったくなかった。
武がみんなを代表して、王女に答える。
「わかった。俺たちにまかせてくれ」
王女の顔に、笑みがもどる。王女の側近の一人であるラーゼが、美希に近づいてゆく。
「これをあなたに、あずけておきます」
彼女はそういって、美希にペンダントを手渡した。ひし形の透明なガラスのような石が、美希の目のひく。
「この石が、あなたを災難から守ってくれるでしょう」
「あ、ありがとう」
美希は、さっそくそのペンダントを首にかける。
──必ず、国王を王女のもとへ連れて帰るからね
そういう決意を示すかのように。




