不快な結末
今回の戦闘フィールドは地下室ではなく、ひたすら暗闇がひろがる亜空間だ。いつものように、みんなの姿はハッキリと認識できる。
ザノーアの盗人は、それほど身体は大きくない。マリナや美希と同じくらいだ。
チョッキのような上着と、ダボダボのズボンを身にまとっている格好は、映画の「アラジン」を彷彿とさせる。
靴の先は男の耳と同様に、尖って上を向いている。
戦闘がはじまるなり、真悟たちは度肝を抜かれた。男の身体が二体に分身する。
まったく同じ敵が二人してならび、武と桃子はどっちから攻めれば良いのか躊躇する。
真悟が全体攻撃魔法で攻める。そのファイヤー・ショットの魔法攻撃を、盗人はガードする。
武も桃子も全体攻撃のスキルをそなえてはいるのだが、単体攻撃にくらべると威力は低い。
桃子が、武の方に顔を向ける。
「武、左の敵から攻めていこう」
「わかった」
言葉どおり、二人は左にいる敵から攻めるが、攻撃を避けられてダメージを与えられない。
盗人の身体がさらに分身して、四体になる。武の頭は混乱する。
「くそっ、どいつから攻めればいいんだ?」
武が悩んでいる間に、美希が攻撃力が倍になるエンチャントスキルを武にかける。
武は、とりあえず右端にいる敵にスキル攻撃を放った。しかし、前回同様に武の攻撃はかわされ、さらに左端の敵を狙った桃子の攻撃も、あえなく避けられた。
次の瞬間、真悟は、この盗人がただのこそ泥ではないことを思い知らされる。
四体の盗人は、美希に狙いを定めて攻撃を集中させる。
「きゃっ」
瞬く間に、美希の体力が一気に減ってゆく。
運の良さが突出している美希だが、さすがに四体もの集中攻撃は避けきれない。
真悟は戦慄を覚えた。敵は、これまで戦ってきたモンスターとちがい、戦い方を知っている。
──まずい
やっかいなスキルを使う美希を、真っ先に片づけようとする盗人は、かなり頭のキレる敵である。
思えば、厳しい管理状態にあったといわれる賢者の秘宝を、もののみごとに奪い去るほどの腕前だ。頭が悪いはずがない。
真悟は美希に大きな声で伝える。
「美希先輩、防御して!」
真悟の声に、美希は防御に専念する。というより、防御に専念せざるをえなかった。
マリナが美希の体力を回復させてはいるものの、盗人の集中攻撃は激しく、気をゆるめると体力は即座にレッドゾーンまで減少しかねない。
武と桃子の攻撃はなかなかヒットせず、真悟の魔法攻撃は敵全体をとらえてはいるが、ガードされると与えるダメージは格段に落ちる。
ザノーアの民族は、魔法には強いのだ。
盗人が美希を集中攻撃し、美希は防御以外なにもできず、マリナは美希の回復に専念する。真悟の全体攻撃は盗人にガードされ、武と桃子の攻撃は避けられる。
このパターンが繰り返される。
桃子は戦っているうちに、ある疑問が浮かんでくる。
──攻撃が当たらなすぎる
さらに、もうひとつ。
──なぜ真悟の攻撃は、避けずに防御するんだ?
最初は、魔法攻撃だから防御していると思った。だがひょっとして、この敵はすべてが実体ではなく、本体以外は幻ではないか?
幻というより、実際に攻撃力があることを考えると、幻術で操るマリオネットのようなものかもしれない。そうであれば、マリオネットを操って美希を攻撃し、こちらの単体攻撃は避けるようにしているのかもしれない。
いずれにせよ、本体を叩かない限りダメージは与えられないだろう。
──しかし、全体攻撃なら……必ず本体にヒットするので避けられない、ということか?
だから、防御している。彼女は、そう考えた。
「武!」
桃子の声に、武がふり向く。
「武、全体攻撃で攻めてみよう」
「わかった」
二人は、全体攻撃で敵を攻める。すると、敵は全員、ガードに徹した。
思ったとおりだ。桃子は、自分の考えが正しいという確信を深める。
真悟は真悟で、戦いのパターンをどうやって崩すかを考えていた。ちょうど、いまの桃子たちの攻撃で、そのパターンが崩れかかっているところだ。
真悟はすかさず、みんなに指示を送る。
「雪本、回復じゃなくて、バリアを張って!」
「はいっ」
マリナは、すぐにバリアのスキルを発動する。
「美希先輩、桃子先輩にエンチャントスキルを」
「了解」
武でなく桃子にエンチャントスキルをかけるのは、桃子の方が全体攻撃の威力が高いからだ。
「武先輩と桃子先輩は、さっきのように全体攻撃をお願いしますっ」
「おう!」
「わかった、まかせろ」
先に動くのは、盗人の方だ。美希から狙いをそらさない。
だが、盗人の攻撃は、マリナのバリアで弾かれる。
予想外の展開に動揺している盗人に、真悟の魔法攻撃ブリザード・パラベラムが命中する。
盗人が苦痛の声をもらした。
「ぐあっ、しまった!」
敵四体が、寒さで凍りつくように動けなくなる。
そこへ、武のスキル攻撃が敵をとらえる。静かに気合いをためていた武は、右正拳を地面に叩きつけた。
「ハアッ」
地を這う衝撃波が四体の敵に向かって走り、敵は爆発を食らったように吹っ飛んだ。
最後は桃子だ。美希のエンチャントスキルにより、彼女の攻撃力が倍増する。
槍を袈裟斬りに八の字にふりまわしたあと、頭上でくるくると回転させると、槍を上段から叩き割るようにふり降ろした。
四体の敵の頭上に、雷の刃がズバッと炸裂する。
「ぐおおおっ」
シューッという音とともに、三体の敵が霧のように消えてゆく。やはり本体以外の敵は、魔法で作りあげたエネルギー体のマリオネットだったのだ。
盗人は仰向けに倒れ、もはや虫の息である。このまま放っておいても、その命は間もなく終わりを迎えるだろう。
武が盗人を見おろしながらいった。
「賢者の秘宝は、返してもらうぞ」
さらに言葉を続ける。
「こんなもの盗んで、ザノーアのみんなに恨みでもあるのかよ」
盗人が声をしぼり出す。
「俺が、恨みがあるのは……国王だっ」
みんなが唖然となる。ザノーアに国王がいるとは思わなかった。てっきり、王女エルレア姫が、ザノーアの国を統べているものだと思っていた。
もっとくわしい話を聞きたい美希は、マリナに頼んだ。
「マリナ、こいつを回復して話せるようにしてくれる?」
マリナが盗人を回復させる。だが、話せる時間は、そう長くはない。
美希が問いただす。
「ザノーアに、国王っているの?」
「そいつが、俺の家族を殺したんだ!」
思わぬ話に声も出ないみんなは、盗人の次の言葉を待った。
「俺の家族だけじゃない。多くの民が、あいつの犠牲となったんだ。俺は、あいつだけはゆるさないっ」
「…………」
「バンデーバとの結界を解けば、モンスターが侵入してくる。そうなると、国王が出てくると思った。だが、あいつは……逃げて……」
一概には、信じられない話だ。
「いま、やっと国王を……見つけた……あいつだけは……」
盗人の命が、終わりに近づいてゆく。薄れてゆく意識のなかで盗人が想うのは、すでに命を絶たれた自分の家族だった。
「父さん、母さん……リゼラ……」
リゼラとは、妹の名前である。盗人は一粒の涙を流したあと、分子レベルで分解し、跡形もなく消え去るのだった。
みんなは、戦闘フィールドからもとの場所、地下室にもどる。
盗人が嘘を話していたとは思えなかった。みんなの心が重くなる。
武が、苦い想いを顔にあらわす。
「全然、しっくりこねえな」
戦いには勝った。賢者の秘宝も取り返した。
しかし、この後味の悪さは、いかんともしがたい真悟たちであった。




