異世界
「も……し……」
静かな眠りにひたっている真悟に、誰かが呼びかける。
「もしもし、もしもし」
妙に聞き覚えのある、女性の声だ。
「う……ん」
「あ、起きた」
眠りから覚めた真悟の目に、綺麗な女性の顔がうつる。
ブロンドの長い髪に青い目をした彼女は、誰が見ても明らかに外国人だと思うだろう。ロシア人のように白い肌の彼女は、ごくふつうに、なんの違和感もない日本語を話す。
頭がぼんやりしている真悟は、そういうことを変だとも思わない。
原っぱの上に仰向けに寝ていた状態から、ゆっくりと上半身を起こした真悟は、まわりを見渡した。空気が、やけに澄みきっているように思える。
真っ青な空がひろがり、前方に山が見える他はなにも見当たらない。
「ここは?」
「わたしにもわからないわ」
ひとり言をつぶやいた真悟に、外国人に見える美女がそういった。
──ぼくは……
なぜ、こんな、なにもない所にいるのか。そもそも、ここはどこなのか?
頭が混乱している真悟に、美女が話しかける。
「あの、えっと」
彼女が着ている真っ白な服が、彼女によく似合っている。
「あなたの名前は?」
そういえば、まだおたがいに名前も知らない。
「ああ、ぼくは久松っていうんだ」
「!」
真悟の名前をきいた彼女は、目を丸くする。
「ひょっとして、織音中学の二年A組の久松くん?」
真悟は、彼女の言葉に唖然となった。
「な、なんで、ぼくのこと知ってるの?」
びっくりしてたずねる真悟に、彼女は答えた。
「わたし、同じクラスの雪本マリナ」
「ええっ、雪本?」
「うん」
雪本マリナは、織音中学校の同級生であり、真悟のクラスメートだ。
真悟の教室は、他の教室の男子たちから「ブスが集まった悲惨なクラス」と呼ばれ、真悟たちはこの上ない屈辱を味わっている。
だが、そのかわり『織音のマドンナ』と噂される校内一の美少女、雪本マリナのいるクラスなのだ。
真悟のいる二年A組は、同級生の男子たちにいわせると「雪本マリナひとりの存在が、多くのブスたちを浄化する」という、そんなクラスである。
他のクラスの男子たちは、真悟たちを馬鹿にしつつも、真悟と同じ教室にマリナがいることが羨ましくてたまらないのだった。
ともあれ──
「なんで雪本が、ここへ……てか、全然、顔がちがうんだけど」
「久松くんもよ」
真悟も顔が変わっている。茶髪の髪は長めのザンバラで、瞳は黒く、少年漫画の主人公のような顔立ちである。
二人とも顔はちがうが、確かに真悟の声であり、マリナの声だ。
真悟はスクッと立ち上がると、下を向いて自分の着ている服を見る。ハイネックのトレーナーに裾の長いコート、そして学生服のようなズボン。履いている靴は、短めのブーツである。
上から下まで、紫の色あいが強い青色だ。
──この色は?
つい最近、見たことがあるような気がする色彩だが、どこで見たのか思い出せない。
マリナも立ち上がり、右手にもっている杖を真悟にわたす。
「はい」
「ああ、ありがとう雪本」
彼女も左手に自分の杖を手にしている。
彼女が着ているコートは、真悟より裾がずっと短い。ミニスカートに長めのブーツと、全体的に真っ白で統一されている。
「久松くん、なんだか魔法使いみたいね」
「それなら、雪本はクレリックだね」
「クレリック?」
「回復魔法を使う僧侶ってとこかな」
マリナとそんな話をしながら、真悟は思う。
──なにか、ゲームの世界にいるみたいだ
真悟は、ひとり言をつぶやくようにいった。
「これは夢なのかな?」
すると──
ゴンッ
「あいたっ」
いきなり、マリナが自分のもっている杖で真悟の頭を叩く。痛いというより、感電するようなしびれるショックが、真悟の頭に走った。
「ごめんなさい。でも、これで夢じゃないってわかったでしょ?」
真悟は叩かれた頭を手でおさえ、妙に納得できないという顔をする。
「雪本って、そういうキャラだったっけ?」
「………」
マリナは、なにもいわない。真悟は、マリナの思わぬ一面を見た気がした。
しばらくして、マリナが話題を変えるように話しだす。
「久松くん、カッコイイわね」
「そ、そお?」
「現実の久松くんと、全然ちがう感じがするわ」
サラリと真悟を傷つけるマリナである。わざとではないのだろうが、ムッとなった真悟は、マリナにいい返すのだった。
「雪本も全然ちがうよね。こっちではグラマーだけど、リアルでは幼児体型……」
ガンッ!
いってはいけないことを口にしてしまった真悟は、マリナに杖で思いきり頭を殴られ、ドサッと後ろに倒れた。
うーん、うーんと唸る真悟に、マリナはひと言、投げつける。
「バカっ」
その直後だった。
「おーい」
山のある方向とは反対の方から、二人に向かって呼びかける男の声がひびいた。
のそのそと上半身を起こした真悟は、声のする方に目を移す。一組の男女が、こちらに向かって歩いてくるのが見える。
男の着ている赤い服が、なによりも目についた。それは、空手着のようだ。
女性の方はかなり露出度が高く、ビキニのようなもので胸を隠し、スカートは非常に短い。履いている靴は、ブーツではなさそうだ。
一見、踊り子のように思える。ネックレスや腕輪など、彼女が身につけているものすべてが銀色に輝く様は、ある種の気風を感じさせる。
マリナほど髪は長くない金髪の彼女は、真悟たちから5メートル以上手前で足を止める。
真悟たちを警戒しているのだろう。その思いが、透きとおるような緑色の目に、強くあらわれている。
色の白い彼女とちがって、男の方は、うっすらと日焼けしたような肌である。そんな彼は、真悟たちに向かってさらに近づいてくる。
角刈りの黒い頭をした彼は、立ち上がった真悟を見て驚いた。マリナに杖で殴られた真悟は、額から血を流している。
「大丈夫か、血が出てるぞ」
男が黒い目を見開きながら、真悟に問いかけた。
おそらくこの世界では、マリナであれば回復魔法が使えるのではないかと、真悟は思う。
マリナにこの傷を治してほしい真悟だが、いまは非常に頼みにくい。
「雪本、あの」
「知らないっ」
マリナはプイッと顔をそむけると、もうひとりの女性の方へ、足を進めるのだった。
赤い空手着の男が、眉をよせながら真悟に顔を向ける。
「おまえ、あの子になにをしたんだ?」
「いや、ぼくは……」
真悟があたふたしていると、いきなり突風が彼ら四人に吹きすさんだ。
真悟たちの方を向いている踊り子の姿をした女性のスカートと、真悟たちに背を向けるマリナのスカートが、勢いよくひるがえる。
その瞬間、彼女たち二人の下半身があらわになった。
空手着の男は鼻血を垂らしながら、ボソッとつぶやいた。
「なんで……パンツ、はいてないんだよ……」
彼女たちは二人とも、下着を身につけていなかった。
真悟はガクッと両ひざを落とし、左手を地につき、血がドバドバと吹き出る鼻を右手で必死に押さえるのだった。




