オレンジ色の球体
武が号泣しながら叫んだ。
「会わせてやろうじゃねえかああああ!」
涙が止まらない。
「あまりにも、かわいそうじゃねえかああああ!」
美希が鬱陶しい顔をして、眉をよせる。
「ええい、うるさいっ」
桃子はやれやれとため息をつくと、警戒を解いて右手にもった槍の柄を、トンッと地におろす。
だが、真悟だけは戦闘態勢を崩さない。マリナの前に立つ真悟は、いつでも戦える状態で男をにらみつけている。
──雪本は、ぼくが守るっ
そういう真悟の想いが、背中ごしにマリナに伝わってくる。
──やだ、ドキドキする
見知らぬ男は、真悟に伝える。
「そんなに警戒しなくていいよ」
安心させようとしているわけではなかった。
「わたしにはもう、君たちを捕らえる力は、のこっていないからね」
事実だった。アリッサが彼に語りかける。
「だいぶ、ダメージを受けているわね。あなたには、もう……」
彼を心配するアリッサの目が、言葉には出さない想いを語っている。男はその目を見て、アリッサがいいたいことがわかった。彼自身、すでにわかっていることなのだ。
「そう、わたしには時間がない」
美希が口をはさんでくる。
「時間がないって、どういう意味?」
アリッサが答える。
「前回のあなたたちとの戦いで、この人の身体はボロボロなの」
アリッサはそういうが、彼が着ている服を見るかぎり、ボロボロというほどひどい状態とは思えない。
しかし──
「身体のエネルギー密度が、かなり低下しているの。魂のエネルギーが弱くなっているのね」
結局、どういうことになるのか。
「エネルギーの低下が限界までくると、ちがう次元へ飛ばされるの」
アリッサの言葉をひきつぐように、男が寂しそうに語る。
「本来いくべき死後の世界へ、否応なしに引き込まれるんだ。このままだと……」
彼のまなざしが、絶望的な想いに染まる。
「息子に会えずに終わってしまう」
真悟は顔を下に向けて、考える。
──ぼくのせいなのか
自責の念にかられそうになる。だが、真悟の頭に浮かんでくるのは、マリナが重症を負ったシーンだ。
──ぼくは雪本を傷つけるヤツを、絶対にゆるさない
そう思いなおした。
美希が男に向かって問いかける。
「あなたの息子さんは、どこにいるの?」
訊かれた彼は、美希をまじまじと見ながら言葉を返した。
「いっしょにきてくれるのかい?」
桃子が、当然だというようにうなずいた。
「この問題は、我々があなたを倒すことではなく、あなたの息子を助けることだ」
男は、ホッとした笑顔を見せた。
「ありがとう。息子がいるところへ案内しよう」
彼はそういって後ろをふり返ると、右手を前にかざす。
すると、そこに魔法陣があらわれ、亜空間トンネルが作られる。
アリッサが感心しながらいった。
「亜空間トンネルの作り方を、どうやって覚えたの?」
男は優しい微笑みをアリッサに向ける。
「この世界が人間の世界ではないのなら、ひょっとして、こういうこともできるんじゃないかと思って、やってみたんだ」
彼はそういうと、みんなの方へふり返る。
「息子の名前は、高志というんだ」
小学一年生の男の子である。
美希が彼にたずねた。
「おじさんの名前は?」
「ああ、わたしはフルミヤ。古宮という名前だよ」
桃子が、思っていたことを彼に投げかける。
「息子の居場所はわかるのに、会うことができないのは、誰かに捕まっているということか?」
古宮は、首をたてにふった。
「それについては、行ってから説明しよう」
ともあれ、みんなは古宮の作った亜空間トンネルに入り、彼の息子のいる場所に向かうのだった。
暗闇を飛行するように進むと、しばらくして問題の地点に到着する。そこには、オレンジ色をした大きな球体があった。
二階建ての建物ほどある大きな球体から感じるのは、得体のしれない異様な気配だ。
古宮がみんなに伝える。
「このなかに、高志がいるんだ」
美希が、当たり前のように彼に訊く。
「どうやって、なかに入るの?」
「それが……」
古宮の顔が、困惑の色に染まる。
「入れないんだ」
みんなは唖然となった。まだなにもしていないこの時点で、はやばやと壁にぶつかることになるとは、夢にも思っていなかった。
武が球体のそばまで歩き、いきなり右足で蹴りを放つ。
「おりゃあっ」
ボフッと、ゴムの壁でも蹴った感触がしたあと、バインと弾かれる。
突きの連打をためしてみたが、同じことだった。
武は顔をしかめながらいった。
「確かに、なかに入れないな、これは」
どうすればいいのかと真悟が悩んでいると、マリナが杖を球体に触れさせる。すると、杖はなんの抵抗もなく、球体内部に入ってゆく。
それを見た真悟が、マリナと同じことをやろうとする。だが、なぜか真悟の杖は弾かれた。
今度は、桃子が槍を球体に突っこむ。槍はマリナのときと同様に、球体に吸いこまれる。
もしやと思って、美希が球体に向けて手をのばした。美希の手は、スーッと球体に受け入れられるように飲み込まれるのだった。
美希は、納得した顔をみんなに向けて、断言する。
「女じゃないと、入れないのよ」
桃子が古宮に視線を移すと、気の毒な想いを抱きながら彼に語った。
「あなたでは、どうにもならないわけだ」
アリッサは、どうするのか?
真悟はその疑問をアリッサに投げた。
「アリッサは、どうするの?」
「わたしは、なかへは入れないわ。このなかへ入るということは、いっしょに戦うっていうことだから」
システム的に戦えないアリッサは、最初から問題外だ。
戦えるのは桃子と美希、そしてマリナの三人だけだ。
アリッサは彼女たちに助言する。
「球体の内部は、こことは別の亜空間の世界になってると思うわ」
もっと具体的に知りたいと思うマリナは、アリッサに問いただす。
「どういう感じになっているのかしら?」
アリッサは、わかりやすく説明する。
「見た目よりもずっと広くて、高志くんにたどり着くまで、けっこう距離があると思うの。おそらく、敵も出てくるでしょうね」
桃子が納得して、うなずいた。
「なるほど、そういうことか」
美希が、桃子とマリナに声をかける。
「じゃあ、行こうか」
球体に入っていこうとするマリナを、真悟が呼び止めた。
「雪本!」
真悟は、もう心配でたまらないという想いを、ありありと顔に出している。
まるで、だいじに育てた娘を、どこの馬の骨ともわからぬ男に嫁がせる父親みたいである。
マリナは優しく微笑んだ。
「久松くん、そんな顔しないで」
「でも……」
「わたしは大丈夫だから」
姉が弟にいいきかせるような感じで話したマリナは、美希と桃子のところへもどる。
三人がそろうと、美希が真悟たちの方へふり返った。
「高志くんを、必ずつれて帰るからね」
武がそれに応える。
「おう、待ってるぞ」
母性本能に目覚めたかのような彼女たちは、真悟たちの見送るなか、得体のしれない球体のなかへ入ってゆくのだった。




