闘う女たち
オレンジ色の球体のなかは、薄暗いトンネルのような通路だった。けっこう広い。大型トラックが二台、余裕で通れるほどの幅がある。
彼女たちは桃子を先頭に、その左右に美希とマリナが、少し下がった状態で歩いてゆく。
十分ほどの時間が過ぎたと思われたとき、美希が急に足を止めて、注意を施す。
「くるわよ」
しばらくして、なにかが奥の方から迫ってくる。
桃子が警戒態勢にはいる。左右にその身をくねらせながらこちらに向かってくるのは、巨大な蛇だった。
桃子が上からふりおろす槍の一撃で、蛇は一蹴される。たいして強くない敵だが、彼女たちが一定の距離を進むたびに襲いかかってくる。
蛇がこなくなったと思うと、こんどはサソリがあらわれる。これも大きい。尾までの高さが、彼女たちの身長と変わらない。
桃子は、槍で毒のある尾をよこに薙ぎ払い、間髪をいれずサソリの頭部を狙ってトドメをさす。次々に襲ってくる三匹のサソリを片づけると、そのまま前に進んで行く。
そんな彼女たちの様子を、真悟と武そして古宮は、アリッサとともにオレンジ色の球体の外から見ている。
彼らはアリッサに連れられて別の異次元に移動しており、そこで球体の内部を見ることができるのだ。いうなれば、人間の世界でテレビや動画を見るような感覚である。
だが、やはり球体のなかに入ることは、かなわない。
不意に、アリッサが感心するようにいった。
「強いわね、桃子ちゃん」
ふつうの女の子なら、蛇やサソリと聞いただけで、気味が悪くて身体が思うように動かなかったりするだろう。しかも、敵はかなり巨大だ。
桃子はそういう敵に、果敢に挑んでいる。
しかし、真悟は不安をぬぐい去ることができない。せめてもうひとり、自分かあるいは武が彼女たちといっしょにいれば、まだ安心できるのだが。
──雪本……
マリナを守りたくても守れない自分に、やきもきする。
真悟のとなりにいる武は、真剣な表情で桃子たちの戦う様子を見ている。武もまた、参戦できずにここでじっとしていることしかできない自分に、いらだっている。
ひたすら真っ直ぐ進む美希たちの前方に、黄金色に輝く丸い物体が見えてくる。しばらく歩くとトンネルの通路は終わって、暗闇がひろがる空間に出る。
彼女たちがさらに進んで行くと、丸い物体の正体がわかった。
竜である。大事なものを守るかのように、なにかをぐるぐると身体で包んでいるその状態が、丸い物体に見えていたのだ。
美希たちが10メートルほどの距離まで近づいてくると、竜は身体をときほぐすようにして彼女たちの前に立ちふさがる。
そのとき、竜が守ろうとしていたものを、彼女たちの目がとらえる。竜の後ろにある大きなシャボン玉のような球体のなかに、子供が膝をかかえた格好で眠っている。
男の子だ。異次元から様子を見ていた古宮が、叫ぶような声をあげた。
「高志!」
まぎれもなく、息子の高志である。やはりこの異空間に、とらわれの身となっていたのだ。
アリッサは、別のことに注意をひかれていた。彼女は、思わず声に出す。
「あの竜は……」
アリッサは、それだけいって黙りこくった。真悟は、彼女の言葉の続きが、ちょっと気になる。
「アリッサ、あの竜を知っているの?」
アリッサの顔に、複雑な心情があらわれる。
「あれは、三十年前のビル火災で亡くなった、女の人たちの魂よ」
一人だけではない。火災で命を落とした数多くの女性の魂がひとつに集まった姿が、この竜なのだ。それは、美希たち三人にも直感的にわかった。
彼女たちをにらんでいる竜が、声を発する。
「コノ子ハ、ワタサナイ」
被害に遭った女性たちは、子をもつ母親だったのだろう。高志をわが子だと思い、いや、わが子だと信じ、絶対にわたさないという凄まじい執念がビリビリと伝わってくる。
美希が竜をにらみかえす。
「高志くんは、返してもらうわよ」
竜はわずかに後ろにのけぞると、美希たちに向かって口から火を放つ。新しいスキルを身につけたマリナが、とっさにバリアを張り、みんなを防御する。
竜の攻撃を防ぐと、桃子が飛び出して槍をよこ薙ぎにふるう。だが、竜の首を狙った桃子の一撃は、ガキンッとはね返された。鱗が硬い。
美希も敵を眠らせるスキルで応戦するが、まったく効かない。
竜は、強烈な火炎弾を口から発射してくる。バリアが耐えきれない。ビシッとヒビがはいった直後にあえなく破壊され、彼女たちはダメージを被る。
バリアで威力が緩和されているので、重症を負うほどのダメージではない。マリナの回復魔法で、体力はすぐに回復できる。
しかし、戦闘が長びけばSPがたりなくなり、みんなはピンチに立たされるだろう。
クレリックは誰よりもSPに余裕があるキャラクターだが、マリナのSPは思ったよりも減りがはやい。
その上、こちらの攻撃は、竜にほとんどダメージを与えられないようだ。
味方のデータは確認できるが、シナリオにはない敵のデータは表示されない。そのため、敵の体力や、敵へ加えたダメージがまったくわからず、非常にやりにくい。
真悟は心配になる。
「大丈夫かな」
真悟の不安が、武に伝染する。彼女たちの戦う様子を、ただ見守ることしかできない武は、ギュッと拳をにぎりしめる。
美希が桃子の方に顔を向ける。
「あいつの弱点、わかる?」
桃子は推測しながら答えた。
「たぶん、鱗のない喉のあたりだと思う」
竜の喉に強烈な打撃を与えれば、致命傷とはならなくても、竜は攻めあぐむにちがいない。
桃子の言葉を聞いた美希の目が、キラッと光る。
──それなら
彼女はやるべきことを決断すると、その足をズイッと前にふみ込んだ。




