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ローデス  作者: 左門正利
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はじめてのキス

 戦いが終わったあと、暗闇がだんだんと明るくなってゆく。やがて、まわりの景色は青空がまぶしい砂漠地帯となる。


 リアルだと、かなり暑いにちがいないが、この世界は暑さを感じない。ピラミッドは、跡形もなく消え失せている。


 ウーパが美希の方へ駆けよってくる。


「ルーパ!」


 美希がルーパを抱いたまましゃがみ、ルーパの様子をまじまじと観察する。双子かと思うほどウーパにそっくりだ。


 ただ、目を閉じて人形のように動かないその様子に、妙な違和感を覚える。

 生きていない感じがするのだ。


 ──まさか!


 美希は焦ってアリッサの方をふり向いた。アリッサはウーパとともに、ぴくりとも動かないルーパをのぞきこむ。


「だいじょうぶ、心配いらないわ」


 アリッサは、すべてを了としているように語る。


「深い眠りに入っているようね」


 トレトナ族は、精神的に極度のストレスにさらされると、仮死状態とも思える眠りに陥るのだ。この世界で最初に見つけたウーパも、そうなる一歩手前であった。

 これほど深い眠りのなかにいると、ポラーネの泉の水を飲ませるのは難しそうだ。


 マリナは、ルーパがこのまま目を覚まさないのではないかと憂える。


「どうすれば良いのかしら」


 マリナの声に、ウーパが答える。


「ルーパは、異性のキスで目を覚まします」


 みんなが一斉に真悟を見る。


 一瞬ビクッとなった真悟は、左手の人差し指を自分に向けて、弱気な声を出した。


「ぼ、ぼく?」


 みんなの突きさすような視線をあびて固まる真悟を、アリッサが飼い犬を呼びよせるように手招きする。


「はやく、こっちへきて」


 呼ばれるままに真悟がトコトコとアリッサのそばに行くと、彼女は真悟が着ているコートをひっぱった。


「これ、脱いで。この子を寝かせるから」


 真悟がアリッサのいうとおりにすると、アリッサは真悟の脱いだコートを砂の上に敷き、美希がルーパをそっと寝かせる。


 美希が、でくの坊のように突っ立っている真悟を見上げていった。


「なに、ボサッとしてんのよ」


 美希にそういわれても、真悟は動けずにいる。

 相手が幼い子供とはいえ、キスは真悟にとって、はじめての経験である。それゆえ、心も身体も萎縮している。


 そんな真悟の心情を、桃子はまったく理解できない。


「どうした? どうせゲームの世界だろ。さっさと済ませるんだ」


 そうしたいのはやまやまだが、真悟はなかなか行動に移れない。

 イヤだというわけではない。ただ、この世界は攻撃を受けたときのダメージを実際に感じるために、やけにリアルに思えるのだ。

 そのぶん、真悟は自分にとってのファーストキスを、意識しないではいられない。


 さらに、変な気づかいまで考えてしまう。


 ──ぼくで、いいのかな


 真悟がもたもたしていると


 ガンッ!


「あいたっ」


 マリナに後ろから杖で殴られる。


「はやくしなさいよ」

「な、なんで怒ってるの?」


 なぜだかわからないが、マリナの機嫌が悪い。

 これ以上、ルーパにキスすることを躊躇ちゅうちょしていると、みんなからの非難が大きくなりそうだ。


 ルーパの左側に美希が座っているので、真悟は反対側にまわる。そして、顔を近づける。


 ──な、なにか、ドキドキするな


 真悟の唇とルーパの唇が触れようとする、その直前で


 ズゴッ!


「あいてっ」


 真悟の脳天に、対面に座る美希のパンチが炸裂する。


「バカか、あんたは!」


 えらい剣幕で美希に怒鳴られた。真悟は、なんで自分が怒られるのかわからない。


 桃子も、美希と同様に憤っている。


「ほっぺでいいだろが、ほっぺでっ」

「………」


 真悟は思う。


 ──キスって、唇と唇を重ねるものではなかったのか?


 マリナが、思いっきり軽蔑の想いをこめたまなざしを、真悟に向ける。


「久松くん、不潔」


 さすがに、そこまでいわれるとは思わなかった真悟は、ショックが全身をとおり抜けて呆然となる。

 だが、美希は容赦しない。生きた石像と化している真悟に向かって、目をつりあげながら、はやくしろと催促する。


「もう、さっさとしなさいっ」


 桃子が念をおす。


「ほっぺにな」


 真悟は思った。


 ──この人、「どうせゲームの世界だろ」とかいってなかったか?


 妙に腑に落ちない真悟だが、ゲームの世界でも唇を重ねあわせるキスは、ダメらしい。


 あまりトロトロしていると、またなにをいわれるかわからない。

 真悟はひとつ深呼吸したあと、ルーパのほっぺたにチュッとキスをする。


 ルーパは、静かにまぶたをひらく。

 みんなに、安堵のため息がもれる。だが、まだ半分眠っているようで、完全には目が覚めていない感じだ。


 妹の顔をのぞきこむウーパが、何度も名前を呼びかける。


「ルーパ、ルーパ」


 しかし、ルーパは姉の声に反応しない。

 マリナが亜空間ポケットから水筒をとり出して、その水をルーパにゆっくり飲ませた。ポラーネの泉の水は、この少女たちにとっては、まさに特効薬らしい。


 ルーパの目が、ぱっちりと開く。


「お姉ちゃん……」

「ルーパ!」


 これで、やっとひと安心といったところだが、深刻な問題がまだ手つかずのまま、のこされている。

 正体不明の敵から、武を取り返さなければならない。しかし、具体的にどうすれば良いのか見当もつかない。


 頼りになるのは、アリッサだけだ。そう思う真悟は、アリッサの方をふり向いた。


「アリッサ、これからどうしよう。ぼくたちは、なにをすればいい?」

「わたし、探したいものがあるの」

「探したいもの?」


 アリッサの筋違いのような返事に、真悟はとまどった。

 彼女は言葉を続ける。


「このままじゃ、また敵と戦ってもダメかもしれないでしょ。だから、強化アイテムを探しに行くの」


 真悟は、そういうものがあるとは知らなかった。アリッサの言い方からして、店で売っている一般的なものではなく、隠れ要素的なものだろう。


 アリッサの目から、焦りの色が見える。


「たぶん、亜空間のずっと奥の倉庫にあると思うから、いまから行ってくるわ」


 アリッサの足元に魔法陣があらわれ、光を放射するように輝きだす。


「なるべくはやく帰ってくるから、待ってて」


 真悟が声をかける間もなく、アリッサは亜空間のなかへ姿を消して行った。それだけ、アリッサも必死なのだろう。


 ただ、アリッサがいなくなると、心もとない気分になる。

 考えてみれば、武もいないのだ。いま敵が攻めてくると、マリナたちを守りきれるかどうか。


 不安が一気に押しよせる。武の存在が大きいのは確かだが、アリッサにしてもいままでどれほど精神的な支えになっていたことか、思い知らされる。


 真悟は空の一点を見つめながら、つぶやいた。


「アリッサ……」

「なあに?」


 自分の後ろから、聞き覚えのある声がかえってくる。まさかと思い、ふり向いた真悟の目に、アリッサの姿が飛び込んでくる。


「ア、アリッサ、さっき亜空間へ強化アイテムを探しに行ったんじゃ……」

「見つけたから帰ってきたの」

「はやっ!」


 あまりのはやさに驚いた真悟だが、アリッサが語る話に、さらに驚かされる。


「あっちの方で、そうねえ……あなたたちの世界でいうと、一週間ぐらい探してたんだけどね」

「!」


 どうやら、時間に関する概念や法則が、真悟たちの世界と異次元では異なるようだ。


 とにかく、アリッサがもってきた強化アイテムがどういうものなのか気になる。しかし、帰ってきたアリッサを見ても、なんの装備も道具もひっさげてはいない。


「アリッサ、強化アイテムって、どういうものなんだ」

「これよ」


 アリッサは、左手を真悟の目の前に差しだした。その手のひらの上には、四つのキャンディがのせられている。


 白、青、緑、そして透明感のあるキャンディがひとつずつだ。


「これを食べれば、レベルが格段にアップするわ」


 レベルが桁違いに上昇するため、あまりにも反則的だということで、葬り去られたアイテムだ。

 アリッサはみんなを呼んで、着ている服の色に合わせてキャンディを配った。


 透明感のあるキャンディは、美希にわたされる。銀色ではなくクリアな色合いなのは、さすがに銀色だと金属の質感が強すぎるからである。


 美希がそれを、ぽいっと口のなかに入れる。


「すっ、すっぱあああ!」


 無警戒だったぶん、そのすっぱさは強烈で、美希は涙目になって口をすぼめる。


 桃子が緑色のキャンディを口にほうる。


「に、苦っ!」


 これもまた凄絶で、思わず吐き出したくなるのをなんとかがまんする桃子である。


 白いキャンディを口のなかで転がすマリナは、ほっこりした笑顔を見せる。


「あま~い」


 青いキャンディを口に入れた真悟は、神妙な顔をして黙りこんだ。


 ──味が……ない……


 とりあえず、一応、準備は整った真悟たちである。


 レベルアップした真悟の胸に、ひとつの決心が固まってゆくのだった。


 ──今度は、絶対に逃がさないぞ



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