罠
何者かの足跡をたどってピラミッドの入口まできた真悟たちは、その全体を見上げる。
思ったよりも巨大だったことに唖然となっていた美希が、誰にいうでもなくつぶやいた。
「けっこう、大きいわね……」
ウーパが倒れていた場所からは、それほど大きいとは思えなかったが、どうやら建物までの距離を見誤っていたらしい。たどり着くまで、思ったよりも時間がかかった。
リザーレにある十階建ての病院と、いい勝負だ。近くで見ると、その存在感に圧倒される。
ピラミッドの入口は扉がなく、石畳のせまい通路が奥の方へと続いている。
ウーパひとりを砂漠にのこしておくと、またなにが起きるかわからないということで、武がトロフィーでもかかえるように左手でウーパを抱きあげている。
通路の両側には、ところどころに電気ポットが入るぐらいの窪みがあり、そこに据えられたロウソクが道案内をするかのように、淡い光を放っている。
まっすぐ歩き続ける真悟たちだが、ひたすら時間が過ぎるだけで、どこにもたどり着かない。迷路をさまよっているわけではないのだが、永遠に続く道を歩いているようだ。
足を進ませるほど、不安が募ってゆく。
先頭を行くアリッサが、急に足を止める。美希とマリナの顔が、一瞬こわばる。
桃子が防御態勢にはいり、真悟は戦闘態勢をとる。武は右足を前に出し、ウーパを守るように右肩を前方へ向け、左足に体重をのせる。
アリッサが後ろをふり向いて、みんなに告げる。
「着いたわよ。準備はいい?」
暗闇の通路はまだ続いているように見えるのだが、ここで行き止まりらしい。
アリッサはその行き止まりの闇に、ゆっくりと右手をのばしてゆく。前方に差し出したアリッサの手が、闇のなかに消えてゆく。
この場所も、亜空間トンネルのようだ。
やがてアリッサの身体は、その亜空間トンネルへ吸い込まれる。順次、桃子そして美希、マリナと続き、全員が亜空間トンネルのなかに入って行った。
トンネルを抜けると、その世界は真っ暗だった。ひたすら闇におおわれた世界だが、なぜかみんなの姿はハッキリと見える。
10メートルほど先に、なにかある。よく見ると、ベッドと呼んでよさそうな台座の上に、誰かが寝ている。
それを見たウーパが叫んだ。
「ルーパ!」
台座で眠っているのは、ウーパと同じ緑色の髪に白い服を着た少女だ。
ウーパが何度も妹の名を呼ぶ。
桃子が、チラッと武の方へ視線を送った。
「武、焦るなよ」
「ああ、わかってる」
罠が仕掛けてあるとすれば、ここからだ。武は抱いていたウーパを地におろすと、その少女に笑顔を向ける。
「俺がお嬢ちゃんの妹を連れてくるから、ここで待ってるんだよ」
真悟がマリナに声をかけた。
「雪本、この子といっしょにいてあげて」
「うん」
妹を心配する想いが顔いっぱいにあらわれ、目に涙をためているウーパに、マリナがよりそう。
それを見た武は、ルーパが寝ているベッドの方を向いて、胸のまえで右手の拳と左手の掌をパシッと合わせた。
「じゃ、行ってくる」
武は台座に向かって、ゆっくりと歩き出す。
そのすぐ後ろを、危険を察知する能力が高い美希がついて行き、桃子が美希の左側にならぶ。真悟は桃子とは反対に、美希の右側にいる。
アリッサはマリナとウーパとともに、動くことなくじっとしている。
武は罠を警戒しながら歩いていたが、何事もなく台座までたどり着いた。
ピリピリと張りつめていた緊張が解ける。
武は「フウ」と、ため息をつくと、台座に寝ているルーパを両手で抱きあげる。ウーパにそっくりだ。寝顔がとてもかわいい。
武のいかつい表情が、おのずとほころぶ。
武は、眠っているルーパに微笑みながら、優しく語りかけた。
「君のお姉さんが、君を待ってる」
武が踵をかえして、みんなのところへ行こうとした、そのとき──
「!」
美希は気づいたが、声を出す間もなかった。台座の奥の闇から、植物の蔦のような触手がビュッとのびてくる。その触手は素早い動きで、無防備な武の首に巻きついた。
「ぐっ」
武は両手がふさがっている。苦しまぎれに、必死で美希の名を呼ぼうとする。
「美希っ」
美希はすぐに武からルーパを抱きとる。
武に接近した桃子は、武の首に巻きついた触手を切断しようと、槍を頭上へふり上げる。すると、武の背後からもう一本の触手が飛び出し、桃子の槍にからみついた。
桃子に襲いかかる触手は、それだけではなかった。がら空きになった桃子の胴体にも、触手が巻きついてくる。
ここで予想外の動きを見せたのは、真悟だった。
「このっ」
真悟は桃子に向かって杖を突き出し、ウィンドカッターというスキル魔法を発動させる。杖の先からほとばしる三日月形の風のカッターが、桃子にまとわりつく触手をすべて断ち切る。
そして真悟は武の方へ視線を移し、武の背後にいる正体不明の敵に向かって、スキル攻撃の準備にはいろうとする。だが、敵はのんびりと待ってはくれなかった。
真悟がウィンドカッターを発動している間に、ひときわ太い触手が、武の胴にぐるっと巻きついていた。
桃子が自由になったとたんに、武の身体が瞬時に後方へ引っぱられる。
ルーパが寝ていた台座に武が当たり、ひきずられるようにガタンと倒れると、台座はバラバラに弾けるように分解する。
桃子と真悟が武を追う。敵は、本体が見えないうえに、体力などのデータもまったく把握できない。
明らかに、シナリオにはない敵である。こんな戦闘ははじめてで、実にやりにくい。
武に追いつきそうになったとき、真悟たちの必死の追跡を嘲笑うかのように、後退する敵のスピードが一気に加速するのだった。
桃子があきらめ、ギリッと歯ぎしりをして足を止める。
「ダメか……」
そのとき
「まだだ!」
真悟が叫んだ。桃子は真悟の声に驚き、眼を見開きながら真悟に顔を向ける。
真悟は杖を後ろにふりかぶり、ブンッと前方へ思いきり叩きつけるようにふりまわした。
杖から放たれた三つの光が上、右、左に別れて武に向かって飛んで行く。その光は、武の身体を過ぎたところで、一点に集まるようにククッと曲がった。
光がめざすのは、武の後ろにいる敵の本体だ。武の背後で三つの光がひとつになる。
ドガンッという音がひびき、武の動きが止まる。
確かな手応えを感じた真悟は、次の魔法を発動すべく杖を身体の前で一回転させる。
桃子がふたたび走り出す。
真悟は杖を頭上に掲げ、その柄を地面に突きさすようにダンッと地におろした。杖の先から青白い光が立ちのぼる。
花火の打ち上げを思わせるその光が空中で静止した直後、ピカッとまぶしく輝いた。刹那、バシーンッという轟音とともに、一筋の雷が敵に炸裂する。
敵の動きは完全に止まっている。武との距離が、桃子の射程にはいった。
桃子が右足をふみ込みながら槍を上段に構える。武は、桃子が仕事をしやすくするために身体を左にひねった。
桃子が槍をふりおろす。だが、感じるはずの手応えは得られなかった。
槍の刃が触手にふれる直前、武の身体は弾くように奥へ飛ばされる。
追う間もなく、武の姿はそのまま見えなくなってしまうのだった。
悔しさに顔をしかめる桃子の後ろで、ダンッと音がひびく。
真悟が右手ににぎりしめる杖の柄を、地面に叩きつけたのだ。
「くそっ」
美希は呆然となり、全身から怒りの想いを漂わせる真悟を見つめる。
──はじめて会ったときは、全然、頼りない感じがしたけど……
桃子も同じように感じていた。
──なかなか、どうして
真悟の思わぬ一面を、垣間みた気がする二人だった。
マリナは、凛々しく戦う真悟の姿に、胸が高鳴る。
──久松くん、カッコいい!
マリナの頬が、うっすらとピンクに染まる。リアルではまったく想像もつかない、自分の知らない真悟に、心臓の鼓動がドキドキと強くなるのを感じるマリナである。
武が連れさられ、不謹慎だとは思うのだが、マリナは胸のトキメキを抑えることができなかった。




