ザノーアからの使者
アリッサは、わずか一歩で魔法陣の出口へ足をふみ入れる。
──ここは……
晴天のもと、砂漠がひろがっている。アリッサは数歩ザクザクと歩くと、遠くを見るような目をして呆然となる。
彼女のあとから、みんなが次々に砂漠の世界へ入ってくる。
真悟は、ぼーっと立っているアリッサに声をかけた。
「アリッサ」
だが、アリッサは返事をせずに黙っている。ちょっと様子がおかしい。
マリナが心配して、アリッサのそばに行く。
「アリッサちゃん、大丈夫?」
「ここは」
アリッサは呆然とした顔をそのままに、ひとり言をいうようにつぶやいた。
「物語では使われなかった世界……」
アリッサの知っている世界だった。
美希が眉をひそめる。
「どういうこと?」
美希の問いかけに、アリッサはみんなの方をふり向いて説明をはじめる。
「ゲームの開発段階で作られたけど、物語には登場することのない、ボツになった世界よ」
ゲームの制作において捨てられた世界であり、異次元というより亜空間と呼んだ方が良いかもしれない。
アリッサの思考が素早く回転する。
自分が感知できなかった異常。
亜空間に眠っていた世界。
アリッサにわかったことが、ひとつある。ゲームの世界に侵入したのが何者かは不明だが、その存在はゲームクリエイターの五人と、なんらかの関係がある。
──間違いない
アリッサは確信する。予期せぬ侵入者がゲームクリエイターたちと無関係であれば、ゲームの世界における異常は、すべてアリッサのアンテナに引っかかるはずだ。
そうならないということは、システムが侵入者を、ゲームクリエイターたちの「仲間」だと認識したのであろう。
ただ、この世界を作ったもととなるゲーム会社「ナッツ」の関係者ではないらしい。ふだんは感じることのない警戒心が、アリッサにそれを教えている。仲間どころか、敵である公算が高い。
アリッサがあれこれと考えをめぐらせていると、武が急に声をはりあげた。
「おい、あれ見ろよ!」
アリッサが顔を上げる。アリッサの方を見ていたみんなが、後ろをふり向いた。
彼らの最後尾にいた武が右手の人差し指で示した方を見ると、誰かが倒れている。
みんなが一斉に、倒れている人物のもとに駆けよって行く。それほど遠くない距離だったので、すぐにたどり着いた。
うつぶせになって気を失っていたのは、王様から派遣された捜索隊員ではなかった。
真悟は目を丸くしながら、驚きの声をもらす。
「子供?」
アリッサよりも小さな女の子が倒れていたのだ。
ゆっくりと仰向けにすると、今度はアリッサが驚いた。
「トレトナ族よ、彼女」
トレトナ族……どこかで聞いたことがある。
マリナが回復魔法でトレトナ族の少女を回復させる。しかし、なぜか少女は目を覚まさない。
美希が深刻な顔をアリッサに向けて、訊いてみる。
「病気にでもかかっているのかしら」
アリッサには、少女の容態がいくぶん把握できる。
「いいえ、病気じゃないけどトレトナ族の彼女には、ここの空間が合わないみたいね」
真悟は、トレトナ族のことをどこで聞いたか、必死で思い出そうとしていた。
──確か……
思い出した。キノッコ村のパナンじいさんの家で、ちらっと聞いたのだった。
「雪本っ」
いきなり大きな声を出す真悟に、マリナはビクッと身体を震わせる。
そんな彼女に、真悟は言葉を続ける。
「確か、ポラーネの泉の水が」
「あっ!」
頭の良いマリナは、真悟がすべてを話し終えるまえに思い出した。ポラーネの泉の水は、トレトナ族にとっては特効薬に値する。
マリナは亜空間ポケットから、ポラーネの泉の水が入った水筒をとり出す。水筒の水を、目を覚まさないトレトナ族の少女の口に、少しずつふくませた。
すると、少女はうっすらと目をあける。まさかこんなところで、あの水筒の水が役に立つとは思わなかった真悟たちである。
美希が、ホッとした顔になる。
「ぶじなようね。良かったわ」
目を覚ました少女は、みんなに見つめられてオドオドしている。気がつけば、全然知らない人間に取り囲まれているのだから、無理もない。
真悟は、ふと思う。
──アリッサに似ているな
緑色の髪、ビリジアンの瞳、白い服と、そういう色こそちがうものの、この少女はアリッサをもとにして考えられたキャラクターのような気がする。
NPCとは思えない。そんな少女に、マリナが笑顔を投げかける。
「大丈夫、心配しなくていいのよ」
マリナがそういうと、少女はすこし落ち着いたように見えた。しかし、その直後に少女の目からポロポロと涙がこぼれる。
武が血相を変えながら、叫ぶような声をあげる。
「ど、どうしたんだ!」
美希が眉をよせながら、武をにらんだ。
「あんたの顔が恐いのよっ」
「ひでえな、おいっ」
桃子があきれたように、ため息をついた。
「ケンカしている場合ではないだろう」
とにかく、少女から話を聞こうと、マリナは笑顔をくずさずに少女に優しく問いかける。
「ね、なにがあったの?」
真悟は、言葉が通じるか不安だったが、それは杞憂だったようだ。
「ルーパが、ルーパが……ぐすっ」
話を聞く者には「ルーパ」の意味がわからない。
マリナが、さらにたずねる。
「ルーパって、なあに?」
「わたしの妹」
考えてみれば、この少女の名前を知らないままだ。
真悟がそれを訊こうとする。
「君の名前は?」
「ウーパ」
姉妹二人でウーパ、ルーパ。なんか覚えやすい名前だと、真悟は思った。
だが、あまりのんびりとしてもいられない。
この少女たちになにがあったのか、聞き出さねばならない。
美希がウーパの顔をのぞきこむ。
「あなたは、なんでこんな場所に倒れていたの?」
ウーパは答える。
「ラディストスの王様と儀式を交わしたあと、帰る途中でいきなり、この世界へひっぱりこまれて……」
なんと、ウーパはザノーアからの使者だった。
──この子が!
みんなの目が点になる。アリッサより幼そうに見えるウーパは、国どうしの友好関係にかかわる重要な役割を担う存在だったのだ。
その証拠に、ラディストスの王様から送られたというピンポン玉ほどの宝石を、彼女は服のポケットからとり出して見せてくれた。
まぬけなことに、誰も王様から使者の容姿を聞いていなかったのを、みんなはここで思い出す。
物語のシナリオにはないことが、この亜空間の世界で勝手に進行している。
美希が、妹のルーパはどうしたのかとウーパに訊いてみる。
すると
「誰かに、あっちの方へ連れて行かれたの」
ルーパはそういって、右手の人差し指で建造物がある方向をさした。 そこには、ピラミッドの形をした黄色の建物が、三つならんでいる。
近くはないが、そんなに遠すぎる距離でもなさそうだ。
ウーパのいる位置からピラミッドまで、靴型の足跡が続いている。
桃子はその足跡を目で追うと、到達地点となるピラミッドを厳しい目つきでにらんだ。
「罠かもしれんな」
みんなの表情が固くなる。
罠かもしれない。しかし、そこに飛び込んで行かないことには、この異常事態は継続したままで、なにも解決できないだろう。
みんなは、すでに覚悟を決めている。ただ、アリッサだけが別の視点で、今回の事件を見極めようとしていた。
侵入者は、やはり「仲間」ではない。これが罠だとすると、敵の狙いはなんなのか。
ここまでのことをふり返ると、まるで真悟たちを誘い出すように……。
ということは、敵の狙いは真悟たちなのか?
そうだとすると、その理由はいったいなんなのか。
アリッサは、混乱の泥沼に沈んでゆく自分を思う。敵対する相手と真悟たちとの接点が、まったく見えない。
相手のことが全然わからないまま突っ走って行くのは、非常に危険である。
いろいろなことについて、もっとじっくり調べたいと思うアリッサだが、そんな時間がないような気がする。アリッサのなかで「急げ!」と、声なき声が身体に伝えてくる。
うつむきながら、どうしたものかと悩んでいたアリッサは、ふと顔を上げる。
みんながアリッサを見ている。自分を待っているのだと察したアリッサは、迷いを捨てるのだった。
この亜空間へ足をふみ入れるときに、決めたではないか。彼らとともに、前に進むと。
「みんな、行きましょう」
アリッサはそういって真悟たちの先頭に立ち、ピラミッドに向かって歩きはじめるのだった。




