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ローデス  作者: 左門正利
21/60

因縁試合

 先鋒の桃子と半多が、開始線に立って向きあう。

 双方が構えると、主審が「はじめ!」と試合開始を告げる。


 桃子が少しずつ右にまわりながら、距離を詰めてゆく。

 両者の体格差は歴然で、桃子が146センチなのに対して半多は165センチと、約20センチの差がある。


 身長が20センチほどもちがうと、ふつうに立ち合えば、相手との距離に多少なりとも違和感がある。

 程度の差はあれ、相手の背丈が自分よりも低ければ、いくぶん離れているように感じるものだ。


 しかし、桃子を叩きのめそうと熱くなっている半多は、そこまで頭がまわらない。相対する桃子との間合いが、他の選手と試合をするときよりも近いのだが、半多の頭には違和感がない。


 桃子は、なぎなたを自分の身体の方へ、やや引きぎみに構えている。なぎなたの位置から、自分との正確な間合いを悟られないようにするためだ。

 半多はすでに桃子の術中にはまっており、完全に目測をあやまっている。


 桃子が足をとめ、自分のなぎなたを半多のなぎなたにカンッと軽くぶつける。

 半多は飛び退き、間合いを離す。


 ──このチビ……っ


 楽勝だと思っていた半多は、まったくスキがない桃子に少なからず動揺する。優勝候補の自分たちに向かって、えらそうな口を叩くだけのことはあると思った。


 桃子がふたたび右にまわるように、少しずつ身体を動かす。半多は、桃子の様子をじっとうかがう。


 ──まだ、遠い


 そう思って桃子の接近をゆるす半多の呼吸を、桃子が完璧に読みとった。


 ──絶対に、このチビを叩きつぶして……


 半多がそう思いながら、ひと呼吸ついたときだった。


 ズダンッという音が会場にひびき、半多はうつぶせに倒れる。彼女には、なにが起きたのかわからない。


 脛を打たれた感触があるので、攻撃を受けて転んだらしいのだが、脛だけでなく頭と胴にも衝撃が走った気がする。

 いや、気がするではなく、彼女は実際に面と胴を打たれて、そして脛を払われて転んだのだ。


 半多の身体には、受けた衝撃の感覚がのこっている。だが、ほんのわずかな一瞬の出来事であったため、彼女の頭脳は実際に起きた現実についていけない。


 倒れている半多のよこで、桃子はなぎなたの切っ先を半多の頭に向けている。


 なにが起きたのか理解できなかったのは、半多だけではなかった。

 なぎなたには二段攻撃、三段攻撃の技も実際にはある。桃子の技は非常にはやく、桃子と同じほどに鍛えた人間でなければ、目が追いつかない。


 桃子は最後に低い姿勢でなぎなたをよこに振ったので、脛を攻撃したことが、かろうじてわかる。

 だが、試合を見ている人たちは、その瞬間を視界にとらえることができなかった。


 呆然としていた主審はハッと我にかえり、桃子の一本先取を告げる。

 周比華の選手たちの顔から、血の気がひいてゆく。桃子の先輩たちは、いままでまったく知らなかった桃子本来の実力に、唖然となっているのだった。


 思いもよらぬ試合展開に、会場が静まりかえる。


 桃子が、何事もなかったかのように開始線にもどる。その冷静な足どりは、この選手は本当に人を殺めても、なんとも思わないのではないかと思うほどの冷酷さを感じる。

 桃子を見る人たち全員の背筋に、冷たいものが走った。


 半多も起きあがって開始線に立ち、双方が構える。

 主審が「はじめ!」と二本目の試合を開始させるが、半多はまだ混乱の最中にいる。


 自分になにが起きたのか、いまだに理解できない半多だが、ひとつだけわかったことがある。

 それは、自分はいま、とんでもない相手を敵にまわしているという事実だ。


 桃子の目にたたえられているのは、凍りつくほどに冷たい静かな殺気であった。

 そんな桃子の殺気を、主審は敏感に感じとる。


 自分の合図で二本目の試合をはじめたものの、この異様な雰囲気は、試合がただでは終わらないことを予測させる。


 ──……一旦、中止するか


 主審が、そう思ったときだった。パアンッと弾ける音がひびき、半多がもっていたなぎなたが空に舞う。

 次の瞬間、今度は半多の身体が宙に浮く。


 半多は自分の左側から足を払われて、空中で時計の振り子のように回転している。それは転ぶ感じではなく、身体をもちあげられた拍子に、空中でバランスを崩したかのように見える。

 その身体が床と平行になったとき、桃子のなぎなたが上から打ちおろされ、半多の胴に炸裂する。


 人間業にんげんわざとは思えない、現実にはあり得ないような技に、会場のみんなは息をのんだ。


 ダンッと、背中から床に叩きつけられた半多は、一瞬、呼吸が止まる。

 あきらかにやり過ぎだが、桃子はまだ終わらそうとはしなかった。


 倒れている半多を左足でドンッとふみつけ、なぎなたを逆手に構え、切っ先を半多の面に向ける。

 桃子の目にやどる静かな殺気が、獰猛どうもうな殺意に変わる。


 桃子が逆手に構えたなぎなたをふり上げたとき、半多は叫び声をあげた。


 ──ひっ、ひいいいい!


 だが、叫んだ声が、声にならない。半多に襲いかかる恐怖が、彼女の声帯を締めあげている。


 そのとき


 ──いけない!


 異様な雰囲気を察知していた主審の動きは、はやかった。


「やめなさいっ」


 主審は、手にしている旗を放り投げると、桃子に抱きつくようにして危険な行動を制止しようとする。主審をつとめる彼女は、162センチで60キロのがっしりとした体格だ。


 桃子の身体が、半多からひきはなされる。桃子は両足をふんばり、上半身を左へまわすようにブンッと腰をひねった。


 桃子にしがみついている主審の身体がふりまわされ、彼女の両足が宙に浮く。

 すごい膂力りょりょくだ。


 呆気にとられていた桃子の先輩たちは、目が覚めたように我にかえると、自分たちがやるべき行動に移った。


「やめろ、廿橋!」


 主将の嘉野をはじめ、先輩たちが桃子を抑えこむべく、一斉にかけ出して行く。

 そのあいだに、副審と周比華女学院の顧問の教師が、半多を場外へひきずっていった。


 周比華の選手たちは顔面蒼白になり、金縛りにかかったように、まったく動けずにいる。

 前代未聞の出来事に、会場は騒然となるのだった。


 この事態に大会を主催する連盟は、大久万女子学園を反則負けと処する。

 さらに、翌日に行われる個人戦に、同学園の選手全員が参戦することをゆるさない処罰を与える。


 因みに、周比華女学院の選手たちは、これ以後はとても競技ができる精神状態ではなかったため、三回戦の準々決勝は棄権を申し入れた。


 桃子は会場で怒りをぶちまける。


「優勝候補なら、他の学校を侮辱しても良いというのか!」


 しかし、連盟から伝えられた学園への通達は、厳しいものだった。


「大久万女子学園なぎなた部においては、当分のあいだ、対外試合禁止となるのを覚悟してほしい」



 ここまでマリナの話を聞いていた真悟の顔は、真っ青になっている。あまりにも強くて危険な人物が、そのオーラを放ちながら、自分のすぐそばに立っている。


 マリナの話を呆然となって聞いていた武が、ボソッとつぶやいた。


「おっかねえヤツだな」


 これまでの話は、なぎなたに携わる者にとっては非常に有名である。隣接する県にまで噂がひろまったほどだ。


 マリナのおしゃべりは止まらない。


「小柄な身体で、相手を一方的にねじふせる桃子さんは、すごくかっこよくて」


 格闘オタクのマリナにとっては、桃子の技のすごさしか頭にないようだ。


 マリナが話している途中で、武が桃子の方を見ながら割り込んでくる。


「おまえ、そんなにチビなのか?」

「………」


 桃子は、黙ったまま武をキッとにらんだ。


 しゃべりがすぎたマリナは「しまった」と思い、右手を口元にあてる。自分がみんなに話した事実を「いまの、なしね」と片づけるのは不可能だ。


 不穏な空気が、みんなを包んでゆく。気まずい沈黙が漂い、マリナも真悟もどうすれば良いのかわからない。


 時とともに凍えてゆくような静寂をやぶったのは、美希だった。

 彼女は、いきなり真悟に問いかけた。


「真悟、あなた身長は何センチあるの?」

「160センチです」

「ふうん、わたしと同じくらいね」


 武の眉間に、シワがきざまれる。


「おまえは、156センチ……」

「武は、大きいわよ」


 美希は、武を無視して真悟に話そうとする。


 まあ、高校生の先輩なので、自分よりは身体が大きいだろうと真悟は思った。

 真悟は、軽い感じで武の身長を美希に訊いてみるのだった。


「何センチあるんですか?」


 美希は答えた。


「188センチ」

「で、でかっ!」


 真悟は驚嘆して叫んだ。武と真悟との身長差は、28センチもある。


 まさか、武がそれほど背が高いとは思わなかった真悟である。なにせ、いま自分の目の前にいる武闘家キャラの武は、自分と同じ目線なのだ。


 真悟が驚いて武を見ていると、その武は真剣な顔をしている。


「美希、それはちがうぞ」

「え?」


 また背が伸びたのか?


 そう思う美希に、武は真面目な声で告げるのだった。


「俺は、187.9センチだ」

「………」


 みんなが唖然となる。たった1ミリ、それも高いのではなく低いのだが、武はそういうことに妥協をゆるさない性格なのだ。


 美希が、あきれた声を出す。


「なんで、そういうとこだけ謙虚なのよ」


 みんなを取り巻く空気が、やわらいでくる。マリナは、気まずい雰囲気を変えてくれた美希に感謝するのだった。


 話題を変えるなら、いまだ。マリナは、桃子の方をふり向いていった。


「桃子さん、今年の春まで試合に出ていませんでしたよね?」

「一年ほどな」


 美希がビックリする。


「一年間も出場停止になったの?」

「いや、そういうわけでは……」


 それについて、桃子がみずから理由を話しはじめるのだった。



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