異端
数分後──仰向けに寝ている真悟のまわりを、みんなが囲んでいる。
女戦士が真悟に問いかけた。
「大丈夫か」
「な、なんとか、ぶじです」
「そういうことではない」
「え?」
彼女は、真悟の身体を心配しているわけではなかった。
「あんなことで鼻血を吹いて倒れるようなざまで、この先、やっていけるのかといっているのだ」
真悟には、かえす言葉がない。そんな真悟に、武が助け船をいれる。
「まあ、そういうなよ」
頼りになる兄きだ。
「真悟はこんなヤツだが、まあ、なんつうか、人間なにかひとつぐらいは長所があるだろ」
たいしてフォローになっていない。残念な兄きだ。
「まだ中坊だしな」
「中坊?」
戦士である彼女は、武のいった「中坊」という言葉に、驚きの表情を見せる。
「中坊って、中学生なのか?」
美希が、不意に思い出したように口をひらいた。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね」
美希にいわれるまで、誰も気づかなかった。みんなは立ち上がり、さっそく武から自己紹介がはじまる。
「俺は日野武、辺賀高校二年の空手部だ」
次は美希だ。
「わたしは枝川美希、武とはクラスメートよ」
美希のあとに、マリナが続く。
「雪本マリナです。織音中学の二年生で、久松くんとはクラスメートです」
そして真悟が、いかにも病みあがりというような疲れた声を出す。
「久松真悟です。雪本と同じ二年で、同じクラスです」
最後にのこった槍の戦士の自己紹介を、みんなは静かに待っている。
しばらくの間、なにもいわずに黙っていた彼女だが、自分だけ名のらないのはフェアじゃないと思ったのだろう。
やがて彼女は、あまりいいたくなさそうな顔をして、自分の名前を告げるのだった。
「わたしは、ニジュウバシ。大久万女子の二年生だ」
その名を聞いて驚いたマリナが、目を大きく見開いた。
マリナは、この女性を知っている。
「も、もしかして」
マリナは自分のなかで確信していることを、驚いた顔をそのままに、彼女にたずねた。
「大久万女子学園なぎなた部の、廿橋桃子さんですか?」
今度は、問われた戦士が驚く番だった。
「わたしを知っているのか?」
真悟もびっくりする。
──なんで雪本が、そんなこと知ってるの?
自分と同じクラスの『織音のマドンナ』が、半端ではない格闘オタクであることを、真悟は知るよしもない。
ともあれ、マリナは話を続ける。
「桃子さんの名前は、その方では去年の大会から有名ですよ」
「………」
桃子が呆然となる。石のように固まっている桃子は、少しうつむいて重そうに口をひらいた。
「あの一件は、いまだに有名なのか……」
武が眉をよせる。
「あの一件?」
なにがあったのか、気になるところだ。それを、桃子ではなくマリナが話す。
一昨年のことだ。なぎなたの春季県大会で、桃子の学校は団体戦で二回戦に進んだ。
桃子の一族は、古来なぎなたの流派を継承する家系である。
桃子は大久万女子学園に入学当初から、三年生でもかなわないほどの強さを発揮していた。
なぎなた部に入部したとき、一年生ながら最初の大会から選手として出場する。しかし、学園のなぎなた部は、それほど強くはなかった。
桃子たちが二回戦で戦う相手は、優勝候補の周比華女学院である。
両校の試合が開始されるまえに、ちょっとしたイザコザが起きた。それは、一回戦で追紫高校に勝利した桃子たちが、試合会場である体育館の、二階の観覧席へ向かっているときだった。
彼女たちは、次に対戦する周比華女学院の選手たちと、はちあわせする。相手の選手のひとりが、ニヤニヤしながら桃子たちに一瞥をくれる。
そして、わざと桃子たちに聞こえるようにつぶやいた。
「二回戦の相手は、てっきり追紫だと思ったんだけどなあ」
その言葉には、明らかに侮蔑がふくまれていた。他の選手たちも、クスクス笑っている。
大久万女子学園と周比華女学院の実力差は、考えなくてもわかるというほどの開きがあった。そのため、桃子の先輩たちは、なにもいい返せずに黙っていた。
だが、桃子だけは、黙ったままで終わろうとはしなかった。先輩たちの後ろにいた桃子は、その小柄な身体をズイッと前にもって行く。
「全国大会では万年一回戦負けのくせに、県大会になると態度がでかいんだな」
「な、なんですって!」
痛いところを突かれた周比華の選手たちの顔から、人を馬鹿にしたような笑みが、一瞬で消え失せる。
「よせ、廿橋」
桃子に声をかけたのは、先輩である主将の三年生、嘉野敦子だ。
まわりの空気が、ピリピリと張りつめる。数秒間、桃子と周比華の選手たちのにらみ合いが続く。
やがて、周比華の選手のひとりが同胞に告げる。
「みんな、行こう。わたしたちの実力は、試合で教えてやればいい」
周比華女学院なぎなた部の主将、武藤はそういうと、みんなを連れて階下に向かおうとするのだった。
すれちがいざまに、侮蔑な言葉を吐いた周比華の選手が、桃子に鋭い視線を突きさした。
「おまえ、確か先鋒だったな」
「そうだ」
「ちょうどいい、わたしもそうだ。実力の差を思い知らせてやる」
「ならば、こっちも本気で相手をしてやろう」
桃子と話している相手は、昨年秋の県大会個人戦で、ベスト4に進んだ実力者だ。
半多清美という名前の彼女は、個人戦でも優勝候補の一人に挙げられている。
周比華の選手たちが、またしてもクスクスと笑う。
そんな彼女らを、桃子の先輩たちは哀れむ目で見るのだった。
──かわいそうに
桃子は個人戦には出場しない。本人いわく「母上から、個人戦には絶対に出場してはならないといわれました」ということである。
どういう事情があるのかわからないが、もし桃子が個人戦に出場すれば、彼女に勝てる選手は県内にはいないだろう。いや、全国でも桃子と肩をならべる選手が、はたしているかどうか。
それは、桃子と練習をともにする彼女たちしか知らないことだ。しかも桃子は、まだ誰にも己の実力の底を見せてはいなかった。
桃子たちは、周比華女学院と因縁をのこしたまま試合に挑む。
そして──悲劇は起きた。桃子にとっては、あまり思い出したくない記憶を、マリナが無垢な笑顔で掘りかえす。
当時、マリナは試合会場へ足をはこび、二階の観覧席で一回戦から試合を見ていた。
目についたのは、小柄な身体でなぎなたを華麗に扱う、桃子の姿だった。
真悟たちの目の前で、モンスターを相手にしていた槍さばきは、この大会の一回戦で桃子が見せたなぎなたの動きと、非常によく似ていた。
試合会場では、優勝候補の周比華女学院に注目が集まっている。
しかしマリナだけは、無名の大久万女子学園の桃子に一目おいていた。
やがて、両校の試合がはじまる。




