いろいろな疑問
パナンというおじいさんの家は、こじんまりとした木造の家である。
それを間近で見た武は、唖然とした顔でつぶやいた。
「よく、モンスターにぶっ壊されなかったな」
家そのものに攻撃は受けていないようだ。モンスターが触れた様子もない。怪物どもは、家のまわりを取り囲んでいただけらしい。
あまり話さないマリナが、めずらしく言葉を口にする。
「なにか、いい匂いがしますよ」
それを聞いた美希が、スンッスンッと鼻を鳴らした。甘いお菓子のような匂いがする。
「この匂いが、モンスターを家のなかへ入らせなかったのかもね」
アリッサが驚いて美希を見上げた。
「そのとおりよ。よくわかったわね」
「ま、まあね」
美希は得意満面な笑顔を見せるが、単なる偶然である。
武が「ところで」といって、みんなの顔を見渡すと、本題にはいろうとする。
「誰が、パナンとかいうじいさんに声をかけるんだ?」
真悟が提案する。
「女子の方がいいでしょう。安心すると思います」
武がソッコーで決める。
「なら、マリナちゃんに決まりだな」
それを聞いた美希が、ブスッとなる。
「ちょっと、わたしも女子なんだけどっ」
「………」
「なによ、その沈黙は」
「まあ、いいじゃねえか。マリナちゃんの方が、優しそうな声だし」
「むうううっ」
確かにそうだと思う美希は、武の言葉を否定できずに頬をぷくっとふくらます。
「じゃあ、マリナちゃん、頼むよ」
武は、マリナに向かって明るく微笑んだ。しかし、マリナはとまどっている。
「あの、わたしでいいんですか?」
「もちろんだよ、マリナちゃん」
しかし美希の態度を目にすると、本当にいいのかと困惑する。
そんなマリナに真悟が近よってきて、彼女の耳元でささやいた。
「美希先輩が自分を抑えているうちに、はやく」
変な汗を流している真悟を見たマリナは、仕方ないと思いながら扉をノックした。
「すみません、レトロットのムーレンさんから、お話をうかがってきた者ですが」
みんなの視線が扉に集中する。
「怪物は、すべてやっつけました。パナンさんは、いらっしゃいますか?」
シーンとしたまま、なにも返事がない。
武が首をひねる。
「出てこねえな」
美希の顔に、不安の色があらわれる。
「まさか、モンスターに食べられたんじゃ……」
真悟がアリッサの方をふり向いた。
「アリッサ」
「いいえ、それはないわ」
そんなことになれば、ミッションが成り立たない。
みんなが心配していると、扉からガチャッと音が聞こえてくる。わずかに開いた扉のすきまから、誰かがのぞいている様子がうかがえる。
マリナが、その誰かに優しく話しかけてみる。
「あの、パナンさんですか?」
数秒後、ゆっくりと扉が開き、頭がツルツルに禿げた小柄なおじいさんが、姿を見せた。
彼が、パナンという名のおじいさんである。
「おお、あんたたち、本当に怪物どもを倒したのか!」
パナンじいさんは驚きながら叫んだ。
「ありがたやあ~」
パナンじいさんは喜びながら、マリナの胸に飛び込んでゆく。
武がムッとした表情でパナンじいさんの襟首を右手でつかみ、マリナからひきはなした。
「こら、じじいっ」
武に片手で宙ぶらりんにされたパナンじいさんは、まるでミノムシだ。
それを見た美希が、眉間にシワをよせる。
「やめなさいっ」
武はゴミでも捨てるように、パナンじいさんをポイッと放り投げると、この老人は両腕をひろげながら、あざやかに着地する。
そして、今度は美希の胸に飛び込んでいった。老人が美希にガバッと抱きつくと、武がマリナに話しかける。
「マリナちゃん、その杖、ちょっと貸してくれる?」
そして武は、マリナから杖を借りると
ゴンッ
パナンじいさんの頭を杖でぶん殴り、彼は仰向けにドサッと倒れた。
美希が「ハア……」と、ため息をつく。
「やりすぎよ、あんた」
「美希に変なことをするヤツは、俺がゆるさん」
「もう」
真悟が複雑な想いをその顔にあらわしながら、アリッサに話す。
「アリッサ、あのおじいさんはどう見てもエロじじいなんだけど、そういうキャラなのか?」
「いや、ちがうけど」
アリッサの心情も複雑だ。
「今回の冒険は、なにかいつもとちがって、おかしいわ」
本来、パナンというおじいさんにしても、こんな活発なエロじじいではなく、もっとおっとりしたキャラクターなのだ。
「アリッサ、やっぱりバグが起きているのかな?」
「わかんない」
この世界をシステム的に監視しているアリッサだが、いまのところ、バグが発生している様子はみられない。
しかし、この世界は明らかにアリッサに異常を訴えている。
バグ以外に、なにがあるのか?
真悟は「もしや」と思いながら、アリッサに訊いてみる。
「ひょっとして、コンピューターウィルスのようなものが……」
「それはないと思う」
速答で返された。
「なんで?」
理由を問いただす真悟に、アリッサはわかりやすく教える。
「ウィルスの場合は感染力が凄まじいから、この世界はあっという間に破壊されるわ」
「なるほど」
納得のいく簡潔な説明である。
ふと、マリナが扉の方から投げかけてくる視線に気づいた。
ふり向くと、扉からこちらの様子を見ている男の子がいる。ショタコンの女性たちがヨダレを垂らしそうな、かわいい男の子だ。
マリナは、その子供のところまで近づいて行くと、しゃがんで目線を等しく合わせようとする。
「ええと、ムーファン君かな?」
男の子は、コクンと首をたてにふった。マリナはムーファンに優しく微笑んだ。
「わたしたち、あなたを迎えにきたの。レトロットのおばあさんのお家に帰りましょうね」
「うん!」
ムーファンは元気に返事をすると、マリナと手をつなぐ。
それを見た武がニカッと笑い、ひと声あげるのだった。
「よっしゃ、それじゃあ行くか」
みんながレトロットへ帰ろうとしたとき、仰向けにのびていたパナンじいさんが、みんなを呼び止める。
「ま、待て待て、おまえさんたち」
武が、けげんな顔を老人に向ける。
「なんだよ、エロじじい」
そのエロじじいはムーファンを呼びよせると、レトロットのムーレンさんに向けて、伝言を託すのだった。
「『助けてくれたこの人たちに、お礼を忘れないように』と、おばあさんに伝えるんじゃぞ」
それを聞いた武の顔が、ホロッとほころぶ。
「良いじいさんじゃねえか……」
アリッサが、ホッとするように微笑んだ。
「もともと、そういうキャラだからね」
真悟たちはキノッコ村を出ると、ケガをしたレトロットの有志たちがいる小屋に、ふたたび立ちよった。
そこにいるみんなが、ムーファンを見て驚いた。
「おおっ、ムーファン、ぶじだったか!」
「あんたたち、本当にモンスターを倒したのか。すごいな」
小屋にはすでに救護隊が到着しており、みんなは救護隊員の手当てをうけていた。
武が有志の一人に話しかける。
「あんたたちも、これからレトロットへ帰るのか?」
「いや、俺たちはリザーレの街へ行き、そこの病院できちんとした治療をうけるよ」
「リザーレ?」
「ああ、ここからだとレトロットよりは近いからね」
救護隊は、そのリザーレの街からやってきたのだ。
真悟たちは、小屋にいる有志たちに別れのあいさつを交わすと、レトロットの町をめざす。
レトロットへ帰る道すがら、真悟は忘れていた疑問を思い出す。
「アリッサ」
「なあに?」
「踊り子のキャラって、攻撃力が低いよね」
「うん」
アリッサは、当然のように返事をする。踊り子の攻撃は、武闘家の武にくらべてその威力は半分ほどである。スキル攻撃だと、さらに威力の差は大きくなる。
なんとなく、真悟のいいたいことがわかるアリッサである。しかし、彼女はなにもいわずに、真悟の次の言葉を待った。
「美希先輩のサマーソルトキックが、すんごい強烈だったんだけど」
「ああ、それはね」
アリッサにすれば、別に不思議なことではない。
スキル攻撃に限っては現在のレベルに関係なく、そのスキルを発動できるレベルでの攻撃力が、そのまま反映されるのだ。
美希のサマーソルトキックは、本来レベル20にならないと修得できない。
真悟たちみんなは、まだレベル10なのだが、サマーソルトキックは発動すれば、必ずレベル20の攻撃力を発揮するのだ。
「なるほどね」
アリッサの解説に、疑問が解けた真悟である。
真悟が抱いていた疑問は解けたのだが、アリッサの表情が妙にスッキリしない。
「アリッサ、今回のミッションで、なにか変に思うことでもあるの?」
アリッサは「うん」とうなずく。
「最後に戦ったモンスター、やけに強かったわよね」
「あの猪?」
「そう。他の二匹も、思ったより手こずったんじゃないの?」
確かにそうだ。正直、最初のミッションで、あんなに苦戦するとは思わなかった真悟である。
アリッサが、真面目な顔つきになる。
「あなたたちの実力なら、もっと楽に倒せるはずなのよ」
「それって、モンスターが強すぎるってこと?」
「うん。最後の猪も、美希ちゃんのサマーソルトキックなら、一発で倒せるはずなの」
まだ遠いとはいえ、真悟たちを待ちかまえている危機に、みんなは確実に近づいているのだった。




