予想外の展開
真悟が美希に伝える。
「美希先輩、もう一度、あの猪を眠らせてくれませんか」
「え~」
美希が、またしてもイヤそうな顔をする。
「わたし、あの猪をサマーソルトキックでやっつけたいんだけど」
「眠らせてからの方が、安全ですよ」
「それもそう……って、それ、さっきもいったじゃないっ」
「あの猪が目を覚ますと、またあっという間に迫ってきて、吹っ飛ばされるかもしれませんよ」
実際にそういう攻撃を味わった美希自身の記憶が、彼女の顔をひきつらせる。
猪頭のモンスターは防御が硬く、体力もある。武がスキル攻撃を使いながら戦っているにもかかわらず、体力を半分ほど削るのがやっとだ。
さらに、なみはずれた攻撃力もそなえている。やはり、眠らせている間にダメージを与え続ける以外に、勝てる要素はなさそうだ。
──ここで判断をあやまるわけにはいかない
ひとつ間違えば、一気に窮地に追い込まれるだろう。
「もっとも頼りになる美希先輩なら、みんなのためにベストな判断ができると思うんですが」
「ま、まあね」
なんとかして美希を説得させようと、真悟も必死だ。
「敵を眠らせるスキルは、ぼくらのリーダーにふさわしいスキルですからね」
美希の心が「リーダー」という言葉に動かされる。
「わ、わかってるわよ、猪を眠らせればいいんでしょ」
真悟と美希が話している間に、猪頭のモンスターが完全に目を覚ました。
美希が、幻術スキルを発動する体勢にはいる。
「いくわよ。あんたはもう一度、眠りなさいっ」
結局、真悟の言葉にのせられた美希は、猪頭のモンスターを相手に、リプリーのスキルを再発動する。
すると、モンスターは「ぐう……」と、ふたたび眠りにおちるのだった。
真悟はホッとする。
──うまくいった
そう思いながら、クモのモンスターにファイヤーボールを命中させて、トドメをさす。
背中ごしに、武の声が聞こえる。
「こっちも片づいたぜ」
骸骨のモンスターもやっつけたいま、のこる敵は眠っている猪頭の怪物だけだ。
武が真悟のそばに駆けよってくるなり、口をひらいた。
「この猪野郎は、どう攻めればいいんだ?」
「とにかく、眠っている間に……」
話の途中で、美希がマリナに話しかけている声が耳にはいる。
「マリナ、スキルバーを一本ちょうだい」
その言葉に、真悟は焦った。攻撃力の低い踊り子では、敵に大きなダメージを与えることは期待できない。
スキルバーのむだ使いになりかねない。
やっと最初のミッションに出くわした真悟たちにとって、スキルバーはそんなにやすやすと手にはいるアイテムだとは思えない。
できるなら、そういう貴重なアイテムを使うことなく、敵を倒したいのだが……。
「あの、美希先輩、スキルバーはちょっと」
「わたし、もらうからね。絶対にもらうからね、スキルバー。武には、あげたんでしょ?」
「確かに、そうですが」
美希がここでスキルバーを使うと、のこりは一本となる。
スキルバーは、一本のものを二つや三つに分けることができないアイテムだ。
SP回復アイテムは、とても貴重なアイテムである。ひとつはストックをのこしておきたい。
いざというときにSPが回復できずに、スキル攻撃が使えない状態になると、パーティー全滅の恐れがある。
困った顔をしている真悟に、美希は当然のようにいった。
「あと一本はマリナにあげれば、それでいいじゃない」
真悟が唖然となる。
──ぼくには?
猪頭の怪物には、物理攻撃があまり効かない。有効なのは魔法攻撃ではないかと思う真悟は、スキルバーは自分にこそ必要だと考える。
しかし、それを美希に話すと、美希とケンカになりそうだ。
──まいったな
真悟の思考が、そこで立ち止まる。真悟とて、SPに余裕があるわけではない。ファイヤーボールをあと二回発動すれば、真悟のSPは空になる。
美希の攻撃力が低いことは、武にもわかる。武は、真悟に耳打ちするようにささやいた。
「それでいいのか、真悟?」
いや、良くない。真悟にすれば、数ある選択肢のなかから、最悪の結果になることを選ぶようなものだ。
美希のわがままが真悟を悩ませているうちに、美希はマリナからスキルバーをもらってかじりついた。あっという間に食べ終えて、美希のSPが一気に回復する。
「よーし!」
サマーソルトキックしか頭にないSP満タンの美希が、モンスターに向かって駆け出して行く。
真悟の顔に、嘆くような想いが浮かびあがる。
──もう、あの人は放っておこう
あきらめたように、そう思う真悟だった。
だが美希の、この行動が、真悟にとって予想外の展開をひきおこす。
真悟と武は、猪頭のモンスターに突っこんでゆく美希を確認すると、サマーソルトキックの二次災害を防ぐため顔を下に向ける。
ふたたび鼻血を吹き出すようなことがあれば、進歩のない馬鹿だと思われかねない。
美希がモンスターの手前で身体をかがませる。そして「やあっ」というかけ声とともに、ジャンプしながら敵を蹴りあげる。
ズバッという炸裂音がひびき、モンスターはほとんどの体力を瞬時に奪いさられた。
真悟と武が頭の中でモンスターのデータを確認すると、モンスターの体力はレッドゾーンに突入し、瀕死の状態となる。
彼らは、二人して驚嘆する。
「うおおっ、マジか美希!」
「美希先輩、すごい!」
二人は思わず顔をあげる。目をみはるほどの威力を発揮したサマーソルトキックは、着地態勢にはいった美希の、目をみはるほどの下半身をあらわにさせる。
武が美希から目をそらすべく、あわててうつむいた。
「ぐっ、やべえ」
鼻血がタラ~ッと垂れてくるのがわかり、左手で鼻をおさえる。
一方、真悟はブバッと勢いよく鼻血を吹き出すと後ろへのけぞり、そのまま背中から倒れそうになった。
真悟の近くにいたマリナが、倒れかけた真悟の背中をどうにか支える。
「久松くん、しっかりして」
「ご、ごめん」
マリナは、やっぱり進歩のなかった二人の馬鹿を、文句もいわずに回復魔法で健気に治癒する。
大人から見れば「良い奥さんになれるよ」と、いってあげたくなるようなシチュエーションではある。
元気になった武が、マリナに笑顔を見せた。
「ありがとう、マリナちゃん!」
武はマリナに礼をいうと、モンスターに向かって突進して行く。
「せりゃあっ」
すでにSPがなくなり必殺技のスキルが使えない武は、通常攻撃しかできないのが残念だ。
かろうじて生きている猪頭のモンスターは、まだ眠りから覚めない。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「今度は、ぼくだ」
真悟はそういうと、杖からファイヤーボールを発射する。それが命中し、ここでモンスターは目を覚ました。
だが、モンスターが攻撃するより先に、真悟がファイヤーボールを連発する。
ドガーンという派手な爆発音がひびく。立ちのぼる煙のなかに、仁王立ちするモンスターの影が見える。
真悟の額から汗が流れる。
──ダメだったのか?
これでトドメをさせなければ、もうあとがない。
どうすれば良いかと焦っていると、猪頭のモンスターは前のめりにズズーンと倒れ、分子レベルで分解するように消えてゆくのだった。
そこには宝箱がのこされ、みんなのHPとSPが自動的に回復する。
武が感嘆の声をあげる。
「やったぜ!」
武が宝箱まで近よってふたを開けると、宝箱の中にはたくさんの金貨が入っていた。
それは、この世界でのみ使用できる通貨である。だいたいは、モンスターとの戦闘で勝利したときに獲得できるものだ。
今回のように宝箱の中に入っている場合は、金額が桁違いであり、大量の金貨が獲得できるのだ。
通貨の単位は「ダット」と呼ばれ、データでは「D」と表示される。
真悟は、さっそく頭の中でデータをチェックする。
「あ、取得したお金の金額が、一気に増えてますね」
みんなが宝箱のまわりをぐるっと取り囲むように集まると、美希が代表して全員に伝える。
「じゃあ、これ、亜空間ポケットに収容するわね」
亜空間ポケットとは、どんな場所にいてもアイテムを収容できる、亜空間の倉庫のようなものだ。みんなは、はじまりの村を出発するまえに、アリッサから説明を受けている。
美希は宝箱のふたを閉じると、その上から右手の掌をかざした。
すると、宝箱の下に魔法陣があらわれ、宝箱が魔法陣のなかに沈むように吸い込まれてゆく。
「これでよし、と」
美希が処置を終えると、まわりの景色が瞬時に一回転する。
みんなが戦闘フィールドの亜空間からもとの場所にもどると、アリッサが真悟の後ろから、ひょっこりと顔を出した。
「サマーソルトキックが強烈だったわね」
美希は両手を腰にあてて、どや顔になる。
「わたしにかかれば、こんなもんよ」
思わず、笑みがこぼれる。サマーソルトキックのスキルは、実に爽快な気分にさせてくれるものらしい。
美希はニコニコしながら、真悟の方をふり向いた。
「これで終わりよね。次は、どこへ行けばいいの?」
「ムーレンさんの孫のムーファンを、ぶじに連れて帰らなければ」
「あ、そっか」
「美希先輩、ひょっとして完璧に忘れさっていたんじゃ……」
「さ、さあ、ムーファンを連れて帰るわよ、みんな!」
やるべきことを完璧に忘れさっていた美希は、それをごまかすように大きな声を出しながら、パナンじいさんの家に向かうのだった。




