竜の咆哮
「アンジェラ師匠! まさか御一人であのドラゴンとやり合うおつもりで!?」
「無論じゃ。言っておくが手出しは無用じゃぞ? 愛弟子とはいえ、妾の馳走を横取りするような真似は許さんからのぅ」
加勢しようと思ったのであろうエルシドに釘を刺すと、アンジェラもまたクロカゲと同様に人化を解き始める。
その様子にまたしてもざわめきが起こるが、終いには皆が言葉を失った。
なぜなら、アンジェラの正体は竜の中でも最上位に位置すると言っても過言ではないバハムートだからだ。
そんなアンジェラを固唾を飲んで見上げる。
「ア、アンジェラ、まさかキミまで竜だというのか……」
「うむ、見ての通りじゃ。主からは正体を隠しとくように言われとった気もするが……まぁ、今さらじゃの。相手が相手じゃし、人化を解かずに殺り合うのはさすがに無理があるからのぅ」
ラーズグロムらにしてみれば現状を理解する方に無理があるが、彼女の主であるアイリが隠していたのには理解できる。
実はバハムートですなどと軽々しく紹介できるはずがないのだから。
ともあれ、クロカゲの相手はアンジェラしかできないとなれば、ここは彼女に任せる以外に選択肢はないだろう。
「グォォォ……貴様ぁ! よくもやってくれたな!? このブラックメタリクス・シャドウドラゴンに挑むとはいい度胸だ!」
ズゥーーーーーーン!
投げ飛ばされたクロカゲが起き上がり、足元を踏み鳴らして怒りを露にする。
その怒りは敵味方の兵をまとめて震え上がらせ、敵同士だった者達が互いに抱きあい身を縮ませた。
「ほれほれ、さっさとかかって参れ。吠えるだけならゴブリンでもできるぞ?」
怒るクロカゲを更に挑発するアンジェラ。
見てる側からすれば止めてくれと言いたくなるところだが、兵達の願いもむなしくクロカゲの口内にドス黒いモヤが集まり出した。
「ほざけぇぇぇ! こうなったら皆殺しだ! 纏めて消し炭にしてくれるわ!」
ゴォォォォォォォ!!
黒塗りのブレスが放たれた。
これが破裂すれば、ラーズグロム達を含む兵達は間違いなく助からない!
しかし、アンジェラは正面に構えると……
ドゴゴゴゴゴゴォォォォォォ……
「ア、アンジェラ!?」
「師匠!」
なんと、真っ正面からクロカゲのブレスを受け止めた!
すると徐々にブレスは縮小していき、ついには完全に消滅するにいたる。
「バカな! この俺のブレスを受け止めるだとぉ!?」
「クックックッ、この程度のブレスで勝ち誇るとは片腹痛わ! どれ、妾が本物のブレスを見せてやろう――」
今度はこちらの番だと言いたげなアンジェラが大きく息を吸い込むと、上空へと飛び上がり、クロカゲに狙いを定めて特大のブレスを吐き出す!
「これが本物のドラゴンブレスというものじゃ!」
バシューーーーーーゥゥゥ!
「グゥオェアァァァァァァ!?」
クロカゲを多い尽くすような真っ白なブレスが直進し、見事その巨体を捉えた。
すると堅い鱗で覆われているはずのクロカゲが、土手っ腹に大穴を開けてフッ飛んでいく。
「あ、あのクロカゲがこうも容易く……」
「凄いです! さすがは師匠!」
ラーズグロムは信じられないと言った顔で眺め、エルシドは手放しに称賛する。
メガロディウスはいまだに口をパクパクさせて混乱の最中にあり、レシル達も次元の違う戦いを目せられ、見守る事しかてきない。
「さてラーズグロムよ、ここは妾に任せておけ。しばしの間、アヤツと楽しんでおるからのぅ」
「あ、ああ……」
そう言い残し、地平線の遥か彼方へ飛ばされたクロカゲを追いかけて行った。
戦況を見るに、アンジェラ一人でも大丈夫だろうと考え止める事はしない。
「も、もうダメだぁ。ザファーク様にゃ悪いが、俺は降りるぞ」
「俺もだ。あのドラゴンを上回るドラゴンなんか相手にしてられっか!」
「俺も俺も! どうせ後継者争いなんだ、勝った方につけばいい」
しかし敵兵はというと、アンジェラの圧倒的強さを見て勝ち目はないと判断した者が多く、多数が投降してきた。
「ラーズグロム、敵兵の殆どが投降するようだ。このまま帝都に乗り込み、一気にかたをつけよう!」
「ああ!」
正気に戻ったメガロディウスが進言してくる。
確かに、ザファークに余計な策を施される前に決着をつけるのがベストだろう。
「行くぞ皆の者! 本隊を撃破した今こそ勝機! 後は帝都にいるザファークを捕らえるだけだ!」
「「「おおおっ!」」」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ガハッ!」
岩山の深い位置までめり込んだクロカゲが、悲鳴を上げつつある身体を起こす。
よく見れば、簡単に傷のつかないはずの身体から多数の鱗が剥がれているのに気付く。
「こ、こんな……こんな事があるはずが……。俺はブラックメタリクス・シャドウドラゴンなのだ! たかがAランクやSランクのドラゴンなんぞとはわけが違う! その俺に傷を負わせるアイツはなんなのだ!?」
納得がいかないのも無理はない。
クロカゲはSSランクのドラゴンであり、そのクロカゲに太刀打ちできるのは同じSSランクかSSSランクしかあり得ないのだ。
例外的に神という存在も居るが、彼らが下界の争いに首を突っ込む可能性は皆無。
つまり、今戦っている相手はSSランク以上という事に……
「あり得ん……そんな事はあり得ない! SSランクやSSSランクがこんな身近に存在する可能性なんぞ――」
「あり得ない――と言いたいのかや?」
「っ!」
気付けばアンジェラが見下ろしており、これにはクロカゲも恐怖する。
なぜなら、いつでも襲える状態にありながら敢えて攻撃を仕掛けて来なかったのだ、それだけ余裕があるのだと思うのが当たり前だ。
「言っておくが、妾のランクはSSSランクじゃぞ? SSランクのお主に遅れをとるわけなかろう」
「っ!?」
理解したくはないが、嫌でも理解してしまう。
SSSランクが相手なら、SSランクのクロカゲが勝てる可能性は三割以下だ。
だがこれは奇襲なども含めた割合であり、それが行われなかった現状では一割を切るだろう。
はっきり言ってしまえば、アンジェラが油断しない限りクロカゲに勝ち目はないと言っていい。
そのためクロカゲの恐怖心は最大限に達し、無意識のうちに身震いを起こしていた。
「クックックッ、そう恐縮するでない。お主は妾に対して咆哮を浴びせたのじゃ、まさか今さら吐いた唾を飲み込もうなどと、都合のいい事を考えてるわけではあるまいな?」
「うっ……」
すでに泣きそうな表情で、クロカゲが顔を伏せる。
竜族が同種に対して咆哮を浴びせるのには特別の意味があるのだ。
「自分よりも格下相手への咆哮は……まぁ簡単に言えば恫喝じゃな。同格相手なら決闘を挑むのに使われておるのぅ。妾は実際に見たことはないが。そして格上相手への咆哮は――まさか知らぬわけではあるまい?」
ゴクッ……
勿論知っている。
だからこそ生唾を飲み込み、脂汗を流しているのだ。
クロカゲがアンジェラに咆哮を浴びせたという事実を思い出して……
「ククククク、格上への咆哮は下克上を意味する。さぁ、心して妾に挑むがいい。お主が朽ち果てるその時まで!」
「ヒィ!?」
今まさに地獄が始まろうとしている。
すでにクロカゲは戦意を喪失しており、彼の運命はアンジェラの掌というわけだ。
ちなみにこの地獄も、勇者由良川の時と同様にアンジェラの腹が鳴るまで続けられるのであった。
一方のラーズグロム達は帝都デルフォンへと進軍を開始するが、その帝都でもまた地獄が始まろうとしていた……。




