大決戦、VSクロカゲ
ラーズグロム達の活躍(主にアンジェラ)により、逃走を開始する敵兵達。
敵本隊がこの様子では、両翼を相手にしているヴァレリーとエボルガントも時期に勝利を収めるだろう。
そんな中、一人だけ逃走せずに留まっている人物がいた。
「やれやれ、このまま行けば負け戦で確定しそうだな」
逃げ惑う敵兵を掻き分けていくと、すでにアンジェラと対峙している背中に剣を携えた勇者――本城の姿があった。
同じ勇者である西園寺と戦った時に、僅かな間だけだが顔を覚えている。
だが、不可解にも本城は負け戦だと認めているようだ。
「ならばお主が戦えばよかろう? 何を躊躇っておるのじゃ?」
「躊躇っているのではない。勇者として戦うのを諦めただけだ」
「ますます分からんのじゃが……」
謎めいた発言をする本城。
更におかしな事に、手にした剣をポイッと投げ捨てた。
「つまり、投降するという事でいいのかな?」
「いや、投降はしない。勇者の真似事を止めるって意味だ」
ラーズグロムが尋ねるも、投降は拒否。
どういう事かと様子を窺っていると……
「……え?」
「な、なんじゃコヤツ!?」
突如として本城の全身が変化し始める。
一同が驚く中、本城であった者が見知った姿に成り行く。
これまで何度も見た、全身黒ずくめの青年が目の前に現れた!
「お、お前は……クロカゲ!」
一同が驚き言葉を失うも、ラーズグロムがなんとか口から絞り出した。
「この戦いはザファークの敗北。俺が勇者に扮して戦ったところで形勢は変わらん」
「勇者に扮して……つまりお前は本城に成り済ましていたと?」
「その通りだ。勇者本城はとっくの前に死んでいる。まぁ……始末したのは俺だが、これはザファークの要望だったのでな、手を貸してやっただけだ」
冷静さを取り戻したラーズグロムが言葉を繋げると、驚くべき事実が明るみになる。
戦力であるはずの勇者を殺すようザファークが指示したというのだ。
「兄上は……ザファークは何を考えている?」
「フッ、さぁな。俺が知っているのは皇帝暗殺の罪をお前に被せ、バドラーゼとニースレイの矛先をお前に向けたという事と、最終的にはお前も始末して皇帝の座を確固たるものにする事だったな」
「っ! や、やはり兄上が……」
改めて衝撃を受ける。
以前ダンマスであるアイリの妹――アイカにより聞かされた事実であるが、どこか否定したい自分も存在したのだ。
しかし現実は非情なもので、黒幕はやはりザファークであった。
「どちらにしろザファークの計画は失敗に終わった。ならば力による強制的な支配しか残されておるまい」
「そ、それはどういう――」
「決まっている、元々そういう契約を結んでいたのだ。例えどのような手段を用いても、帝国の支配者となる――とな」
つまりはこうだ。
ザファークとクロカゲは契約により協力関係を結び、国外逃亡したラーズグロムを延命させるために手を貸した。
その後バドラーゼとニースレイの排除に成功すると、帝都に戻ってきたラーズグロムを討って目的達成という流れだったらしい。
しかし、計画そのものが潰れた場合、クロカゲの絶対的な力による支配を強引に押し進めるという保険もかけられていた。
「表面上はザファークが支配する形になるが、俺は妥協するつもりはないぞ? なにせ国一つを好きにできるのだ、全ては俺の匙加減で決まる――クククク、実に愉快ではないか」
再びクロカゲの見た目が変化を始める。
人間であったものとは比べ物にならないくらい、大きな異形のものへと変貌を遂げていく。
「こ、これはいったい!?」
「メガロディウス!」
後方に控えてたメガロディウスが駆けつける。
ラーズグロムが先走ったという報告を受け急いで合流しにきたのだが、変貌途中のクロカゲを見て唖然と立ち尽くした。
「ラーグ兄ちゃん!」
「レシル?」
「ちょっとちょっと、アレはいったい何!?」
「ジュリア!?」
「アレ――なんかヤバそうでしゅよ?」
「メッツまで!」
レシル達三人も、メガロディウスの後ろからやって来る。
「こっちは危険だ、早く後ろに――」
「でもメガロディウスさんが、勇者のエルシドさんがいるところの方が安全だって」
「……ああ、そういう事か」
しかしこの場合は裏目に出たと言えよう。
今まさにクロカゲが得たいの知れない魔物へと姿を変えたのだから。
「ちょ、ラーグ、呑気に納得してる場合じゃないって!」
「前を見るでしゅ、前を!」
「え……んな!?」
思わず仰け反ってしまうほどの存在がそこにいた。
人の何倍もある巨体――人を10人ほどまとめて踏み潰せるくらいの前足――見るからに強靭だと思わせる真っ黒な鱗――二つの翼を背中から生やし――その見た目はまさに!
「「「ブラックドラゴン!」」」
光沢のある黒々とした鱗に覆われた姿を前に、一同の声がハモる。
ドラゴンは最低でもAランクの魔物で、知性のあるものだとSランクやSSランク、更にはSSSランクの可能性もあるのだ。
その脅威的な存在を目の当たりにし、敵も味方も関係なく言葉を失う。
「ヤヤヤヤ、ヤバイって! コイツただのブラックドラゴンじゃないよ!」
「え!?」
「コイツの名前はブラックメタリクス・シャドウドラゴン――SSランクのドラゴンだよ!」
「な!?」
ジュリアの鑑定スキルにより、衝撃の事実が明らかになる!
クロカゲの正体はドラゴン――しかもただのドラゴンにあらず、SSランクという国が崩壊するほどの強さを有してるというのだ。
さすがのラーズグロムも二度ビックリで、恐怖で足が震えてくる。
「ふむ……この姿になるのも久しぶりだ。――どれ、ちょいとウォーミングアップをしようではないか」
ドゴォーーーーーーン!
ウォーミングアップとは名ばかりのファイヤーブレスが光線のように放たれ、遠くに見える山を吹き飛ばす。
衝撃の光景を見た誰しもが思う。
その脅威を自分に向けられたらと……。
「聞け、プラーガ帝国の者共よ!」
どこか威厳を感じる声に、皆が直立不動でクロカゲを見上げる。
「我はブラックメタリクス・シャドウドラゴン、プラーガ帝国の陰の支配者なり」
唐突な発言にどよめきが起こる。
それこそ先ほどまで剣を交えてた相手と顔を見合わせるくらいにして。
だがクロカゲは構わず続ける。
「貴様らに選ばせてやろう。黙って俺に従うか、愚かにも刃向かうかをな」
クロカゲの咆哮が辺りに響く。
ただでさえ脅威に身を縮ませてるところを咆哮が炸裂したのだ、足がすくんで動けない者が続出するのは見るまでもなく明らかだ。
(クッ、なんて凄まじさだ。もしかしなくても今の僕達に勝ち目はない!)
咆哮で動けない者も含め挑もうとする者は皆無であり、ラーズグロムも例外ではない。
一目散に逃げるか、そのまま立ち竦むかのいずれかである――かと思われたが……
「ほほぅ、このような場所にドラゴンが巣くっておるとはのぅ。世間は面白いというものじゃ」
「え……し、師匠!?」
なんと、アンジェラだけはクロカゲに挑もうと、両手をグルグルと振り回し息巻いているではないか。
これにはさすがのエルシドも驚きを隠さず、ギョッとした顔をアンジェラに向けた。
「コヤツばかりはお主にも荷が重いじゃろうて。ここは妾に任せるがよい――ゆくぞ、何ちゃらドラゴンとやら!」
正気か!? という皆の脳裏に浮かんだ台詞を無視するかのように、アンジェラが飛び出していく。
そんな彼女に気付いたクロカゲが、まるで虫が集ってきたかのような視線を向ける。
「フン、身のほど知らずの虫けらが。無様な死を迎えるがいい!」
足元に掛けよってきたアンジェラに狙いを定め、思いっきり踏みつける。
ズズゥーーーーーーン!
「アンジェラーーーーーーッ!」
一瞬であった。
瞬きする間もなくラーズグロム達の目の前で、アンジェラが踏み潰されてしまったのだ。
「見たか者共、これが刃向かった者の末路だ。いかに強かな存在であっても、このブラックメタリクス・シャドウドラゴンの前では無力。これを教訓とし、俺を崇め続けるがいい」
大地を揺るがす震動を響かせ、呆気ないものだと言わんばかりに大きく鼻息を吹く。
挑むだけ愚か事だ――そう言いたげな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。
「フール……僕は悪夢を見ているのか?」
「残酷だが現実だ。今できるのは残された兵を率いて撤退し、再び機会を窺うことだけだ」
「……それであのドラゴンを討てる機会が訪れると?」
「それは……」
ハッキリ言えば無いと言え、辛うじてフールは言葉を濁した。
だが、そんな事を考えてる隙はなさそうで、我に返った敵兵達の目に再び希望の灯火が宿っていく。
「ザファーク様にはあのドラゴンがついている! 俺達に敗けはない!」
「そ、そうだ、プラーガ帝国の守護竜が降臨したんだ、俺達が正義なんだ!」
「守護竜――守護竜だ! 我々の味方は守護竜だぁ!」
形勢が一気に劣勢へと傾く。
逃げ出そうとしていた敵兵達が再び戻ってきたのだ。
(クソッ、ここまで来て諦めなきゃならないのか!?)
退けば士気はガタ落ち、離れる貴族は続出するだろう。
かといって挑んでも勝ち目はない。
退くも地獄――進むも地獄の現状に悶えていると、クロカゲに変化が訪れる。
グググググ……
「……む?」
クロカゲの足元がグラつき、その震動が周囲にも広がる。
それは徐々に大きくなり、何事かと兵達も動きを止めた。
(今度はなんだ? 何をしようとしている?)
もしかするとクロカゲが暴れだすかもしれない――そう警戒していると、その考えを大きく裏切る事態に発展しようとしていた!
「黒龍ごときがぁぁぁ……」
なんと、クロカゲの足が持ち上げるアンジェラが見え始めたではないか!
「な、なんだと!? この俺の足を!」
これにはクロカゲも驚き思わず口に出してしまったようだ。
それに気を良くしたかは不明だが、更にアンジェラは力を込め……
「頭に乗るでないわぁぁぁぁぁぁ!」
「ぬぉっ!?」
ズシィーーーーーーン!
ついには巨体を投げ飛ばし、遠くの平原に大穴を開けて沈ませてしまう。
これには敵も味方も驚き、口を開けっ放しにしてその光景を眺めていた。
「クッフフフフ――ハハハハハ! よいぞよいぞ――実によい! まさかこのような催しが残されているとは思わなんだ。それでこそやって来た甲斐があったというものじゃ」
死にそうに――いや、実際は死からは程遠い状態だったようだが、端から見れば死にそうになったにもかかわらず嬉しそうに高笑いをする姿に、周囲からは奇妙なものを見る目が向けられる。
「アンジェラ、無事だったか!」
「おぉ、ラーズグロムよ。あれしきの事で妾が死ぬはずなかろう。妾を瀕死に追い込んだのは、過去に遡ればイチゴ大福くらいじゃ。あれが喉に張りついた時は本気で死ぬかと思ったわい」
「……うん、まぁよく分からないけれど、無事でよかったよ」
ラーズグロムが気遣うが何も問題ないようで、アンジェラ本人はピンピンとしていた。
「さて……、ここから先は妾に譲ってもらうぞ? なにせ一ヶ月ぶりの馳走じゃ、存分に堪能せねば満足できんのでな」
大胆な発言とともに、アンジェラの逆襲が始まろうとしていた。




