師を超えろ!
「義は我らにあり、機もまた我らにあり! 皆で力を合わせ、帝都を取り戻すんだ! 進めぇぇぇ!」
「「「おおおっ!!」」」
ラーズグロムの鼓舞により味方の兵の士気が上がる。
彼らが進む先は帝都デルフォンであり、この戦いの終演を迎える場所だ。
「まさかこれほど早く好機が訪れるとは思わなかった。アイリさんには本当に世話になりっぱなしだな」
本隊を指揮するラーズグロムが、晴れやかな表情で呟きつつ平原を駆ける。
アイリが策を実行した翌日に、帝都の軍が慌ただしく動き出したのだ。
一つは南西のグロスエレム方面に、一つは北のミリオネック方面にと分かれ、各々出撃したのが確認された。
これにより帝都の兵力は半分近くまで減少し、まさに絶好のチャンスが到来したと言えよう。
「まったくだ。しかもグロスエレムの教祖と個人的に繋がりがあるのも驚かされた。まさかザファークも国単位で動くとは思ってなかっただろう」
懐のフールも同意して頷く。
あの後再び戻ってきたアイリが告げたのは、グロスエレムの教祖に帝国領内へ侵攻するよう頼んだという内容で、これにはメガロディウスらも口を開けて言葉を失ったほどである。
「それに他のダンマスに依頼して魔物をかき集めたとも言ってたっけ。それを使ってミリオネック方面への陽動も成功したしね」
そう、アイリが行ったのはグロスエレムの件だけではなく、ミリオネック方面のダンマスに掛け合い魔物を大量発生させたのだ。
これによりスタンピードのような現象が帝国北部で目撃され、こちらにも軍を差し向ける必要が出てきたのである。
「兄上の――ザファークの悲痛な表情が目に浮かぶよ。逆の立場なら絶対に冷静じゃいられないと思う」
「だが油断はするなよ? こうして打って出てくるという事は、何かしらの勝算があるという事だ」
「うん、分かってるよ。最後まで気は抜かないさ」
浮かれ過ぎないようフールが戒める。
こちらの進軍を見て帝都で籠城するかと思いきや、まさか野戦に出てくるとは思ってもみなかった。
そこでヴァレリーとエボルガントが両翼の部隊を指揮し、後方にある食糧をメガロディウスが守り、ラーズグロムが本隊を率いて応戦する形となったのだ。
「ここまでお膳立てしてくれたんだ。絶対に負ける訳にはいかない。戦いが終わったら、アイリさんにはもう一度礼を言わないと」
「ですがフール様のお陰でボルチェは助かったのです。その点については礼を言われましたし、これで貸し借り無しなのでは?」
「いやいや、借りの方が遥かに多いんだけれど……」
ライザの言うボルチェが助かったという話……実は、フールが召喚したチャージクロウがこっそりキルレイン達を追跡していたのだ。
やがてヴォルテールの別荘であの男と戦闘になったのも把握していたが、残念な事に別荘には魔除けの結界が施されており、加勢することができなかった。
そこで帰還中のカズヨ達にボルチェの危機を知らせ、急遽アイリが駆けつけたのである。
「む? ヴァレリー辺境伯とエボルガント元帥の部隊がやや先行してるな……。よし僕らも前に出よう」
遅れないようにとラーズグロムが駆け出すと、その両サイドをフォローするようにライザとリオンも同時に走る。
レシル達三人はメガロディウスと共に後方に控えているので、そこは安心していいだろう。
「……ほぅ、どうやら腕の立つ人間がいるようです。雑魚にしては中々の太刀筋でしょう」
遥か前方を眺めてライザが呟く。
相手にとって不足はないと思ったのか、口の端を吊り上げ嬉しそうにも見える。
「敵将か。ソイツを倒せば士気を削れる。一気に攻め立て――え?」
ライザが眺めてた方角に、見覚えのある姿を見た気がした。
それはかつての恩師の姿に似ており、気付けば無意識のうちに走り出していた。
「ラーズグロム、いったいどうしたのだ?」
(あの姿は間違いなくタケゾウ師匠!)
自身に剣技を教えた師が戦場にいる。
しかも敵軍の中にその姿を見たとなれば、すなわち敵として討たなければならないという事であり、フールの言葉も耳に届かず師匠の元へと向かっていく。
「おい、何をそんなに急いでいる? このまま突っ切れば孤立するぞ!?」
「敵将が僕の知っている人物なんだ。どうにか説得して投降させたい!」
並走するリオンに警告されるも、考えは変わらない。
ようやくハッキリと敵将の姿が見えた時には、案の定すでに孤立していた。
「師匠!」
敵兵に囲まれる中、ラーズグロムが大声で叫ぶ。
すると師匠と呼ばれた中年男が振り向き、ニヤリと不適に笑った。
「よ~ぅ、久しぶりだなぁ? 元気そうで何よりだが……オメェさん、この状況を理解してっか?」
片手で無精髭を撫でつつ投げ掛けてきた言葉の意味……当然理解はしている。
恐らく誘い込まれたであろう事も気付いていたが、それでも説得を試みたかったのだ。
「勿論承知の上です。だけど僕は貴方を斬りたくはない!」
「…………」
斬りたくはない……そう言われ無言で目を細めたタケゾウ。
説得を受けるべきかを吟味しているのか――と思いきや……
「甘いな」
「……え?」
目をカッと開ききり言い放った言葉には、明らかな拒絶の感情が込められていた。
「甘いと言ったんだ」
「で、ですが僕は――」
「ダァホ! ここは戦場だ。例え肉親でも相まみえたら敵同士なんだよ、んな事も理解出来ねぇのかボケ! そんな甘い考えだから見事に誘い込まれてこのザマだ。もうオメェに勝ち目はねぇんだよ!」
「…………」
頭を木槌で殴られたような衝撃を受ける。
話せば分かると考えていた自分が、いかに浅はかな思考を持っていたのかも身をもって理解する羽目になった。
しかし、ここで死ぬつもりは毛頭なく、懐のフールからはいつでも召喚できるという合図を受けると、切っ先をタケゾウへと向けた。
チャキ……
「……分かりました。説得は無理なら、せめてこの手で終わらせます」
「……ほぅ? だったら証明してもらおうじゃねぇか」
強気な発言を受け、ニッと口の端を吊り上げたタケゾウが近くの兵に顎でしゃくる。
すると意図を読み取った兵が剣を掲げ……
「かかれぇーーーーーーっ!」
「「「うおおおおおっ!」」」
号令と共に剣が振り下ろされると、周囲の兵が一斉に襲いかかってきた!
敵から見ればたったの三人。
数で押せば、どうという事はない――が!
「フン、詠唱する時間を与えるとはバカな奴らめ――ファイヤーストーム!」
「「「ぐわぁぁぁぁぁぁ!」」」
詠唱を終えていたリオンの火魔法により、密集していた兵の中心に大穴ができる。
まさかという表情を浮かべ、一時的に多くの敵兵が及び腰になった。
「わたくしも負けてられません――アクアスプラッシュ!」
「おご、あが、ごふ!?」
「あだだだだだだ!」
「ちょ、やめっ――グゴッ!」
ファイヤーストームよりも威力は低いが、ライザの放ったアクアスプラッシュにより多くの兵が悶える。
密集している状況での足止めのため、実に効果的だ。
「今だ!」
タケゾウの周りから敵兵を退けた隙をつき、ラーズグロムが駆ける。
「師匠――お覚悟を!」
ガギギギギギィィィン!
「フッ、少々強引だが……まぁ悪くはねぇ戦い方だ。けどなぁ――」
さすがは師といったところだろうか。
二本の剣で挟むように防ぎ、それ以上は刃が進まない……いや、それどころか徐々に押し戻されていく。
「一対一で俺に勝とうなんざ10年は早ぇ! 青いケツしまって出直して来い!」
ザスッ!
「クッ!」
タケゾウの横薙ぎが目の前を通過し、前髪がハラリと落ちていく。
咄嗟に後ろへ下がらなければ、顔が上下に分断されていただろう。
「おぉい、休んでる隙はねぇぜ? それとも一人じゃ何もできねぇってか?」
間髪入れず斬撃を繰り出し、反撃する間を与えない。
いくらラーズグロムが強くなったとはいえ、師であるタケゾウは更に上だ。
しかも口達者なのか挑発までしてくる始末。
だがラーズグロムは不意にニヤリと笑って見せた。
「……フッ」
「……なんだ? 追い込まれておかしくなっちまったか?」
「いえ、師匠は気付いてないんだなと思いまして」
「あ? どういう意味だ?」
何かがあると察知したタケゾウが斬撃を止めて下がる……が、直後!
「ガルルルルッ!」
ガブッ!
「グァァァッ! クソッ、いつの間に!?」
ラーズグロムに集中してたせいか、死角にいたブラックウルフに気付かず噛みつかれたのだ。
この魔物は隠密走牙という視覚察知されにくいスキルを持っており、タケゾウは噛みつかれるまで気付かなかったのである。
しかし、それだけでは終わらない。
ガブッ! ガブッ!
「ぐぉぉぉぉぉぉ! まだいやがったのか!」
腕に噛みついたブラックウルフを振りほどくと、今度は別の2体が両足に噛みついた。
「終わりです――師匠!」
「っ!」
マズイ! ――と思ったタケゾウだが、足が取られた状態では思うように動けるはずもなく……
ザシュッ!
「グッハァァァ!」
袈裟斬りをまともに受け、ヨロヨロとその場に倒れ込むタケゾウに切っ先を突きつける。
すでにタケゾウは剣を手離しており、斬られるのを待っているかのようにも見えた。
「敢えてトドメは刺しません」
「……この期に及んで情けをかけるってか?」
「いえ、運がよければ助かると思うので、師匠に天運があるかは自分で確かめてください」
「おま、運がよけりゃって――」
「もしも師匠が助かったなら、その時は従う相手を選んでから腕を振るうべきかと」
敵将を殺さず負傷させ、相手の士気を低下させる。
今のラーズグロムにはこれが最大級の妥協であった。
もっとも、深傷を負ったタケゾウが助かる確率は五割がいいところだが。
「ご存知の通り、僕は一人じゃありません。頼れる仲間と共に皇帝へと成り上がります」
「フッ、この世界にゃ末は勇者か宰相かってことわざがあるらしいが、まさか皇帝が出てくるとはな……」
バタッ!
「……師匠?」
「少し疲れた……。先に休ませてもらうぜ」
仰向けに倒れたタケゾウは、静かに目を閉じるのであった。
「隊長がやられた! 弔い合戦だぁ!」
「「「うおおおおおっ!」」」
「チッ!」
余韻に浸る間もなく、敵兵が殺到する。
ライザやリオンとは別にウルフ達も善戦しているが、さすがに周りを囲まれては部が悪い。
「ラーズグロムよ、一端引くのだ」
「分かった!」
多勢に無勢では実力を発揮できないとあって、すぐに離脱しようとするが……
「その必要はないぞ」
――という台詞と共に、ラーズグロムの頭上を何かが通り越していった。
「ハァッ!」
ドゴォォォ!
「「「ブッハァァァァァァ!?」」」
そして着地と同時に拳を突き出すと、敵兵が四方に飛び散っていくではないか。
その人物がラーズグロムへと振り向き、顔を見て納得した。
「アンジェラ!」
なんと、やって来たのはアンジェラで、気付けば勇者エルシドも加わり敵兵を薙ぎ倒しているところであった。
「そりゃそりゃぁぁぁ! この程度では妾は満足せぬぞ!?」
「「「ひぃーーーーーーっ!」」」
地面のあちこちに大穴を開けていくという無茶苦茶な戦い方に、敵兵は恐れおののき逃げ惑う。
もはや形勢は完全に逆転し、敵部隊に綻びが出始める。
「な、なんというか、最初からアンジェラに任せておけばよかったのかもしれない……」
離脱の必要はなくなったが、何か納得いかないラーズグロムが呟くのであった。
「よいではないか。離脱する必要が――む? この反応は!」
「フール?」
「奴だ――勇者本城だ!」
「なんだって!?」
タケゾウを倒したのも束の間、今度は勇者本城がラーズグロム達の元へ接近してくるのであった。




