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ヴォルテール公爵の行方

「追跡させていた部隊からの連絡が途絶えたって!?」


 ヴォルテールの娘――キルレインを捕らえた翌日のことだ。

 先行していたヴァレリー並びにエボルガントの部隊と合流したラーズグロムは、追跡部隊と連絡がつかずヴォルテールの行方が分からなくなっていると告げられた。


「途絶えた小隊とは別に、新たな調査隊を編成して向かわせたのが昨日の夜です――が、こちらの方も……」

「連絡がつかず――ですか……」


 ヴァレリーが悲痛な表情で頷く。

 すでに二つの部隊が行方不明となっており、どうしたものかと頭を悩ます。


「申し訳ない、ラーズグロム殿。(それがし)がキチンと追撃を行っていればこのようなことには……」

「ラーズグロム様、これは儂の失態です。儂が追跡部隊に指示を出したがため、エボルガントはその場に留まったので御座います」

「何を言うヴァレリー。あの時、ヴォルテールに一番近い位置にいたのは某だ。某が逃したのがそもそもの過ちよ」

「お前こそ何を言う。儂の話を聞いて追撃の必要はないと改めたではないか」

「いやいや――」

「いやいや――」


 永遠と庇いあっている御老体二人だが、大まかな事情は理解した。

 恐らく追跡中の部隊が上手い具合に誘い込まれて迎撃されたのだろう――そうメガロディウスは判断し、今後の予想を語りだす。


「これは少々危険だな。時に追いつめられた者は何をしてくるか分からん。少なくとも追跡部隊が撃破されたのなら、まだ諦めてはいないということだ。狙うとするならば、奇襲によりラーズグロム(おまえ)を討つ事だろう」


 もっともな展開である。

 本隊を撃破されたヴォルテールには少数の兵しか残されていないと思われ、できることと言えば本丸を一気に仕留める事だ。


「ならいっその事、僕が出向けば――」

「却下だ。前にも言ったが、飛んで火に入る夏の虫だ。季節外れの虫に憧れるなよ」


 自ら囮になろうとするも、メガロディウスにより却下された。

 かといってこのまま放置して進むのもあり得ない話で、やはり居場所を突き止めて無力化する必要があるだろう。


「しかし参りましたぞ。居場所の不明な輩を討ち取るのは至難の技。せめて目の前にいれば叩きのめしてやるものの……」


 エボルガントが悔しそうに唇を噛む。

 ヴォルテールを逃したのが尾を引いているのだろう。

 そんな彼を含め、皆がそろって首を捻っていたところ、そういえばとラーズグロムが掌をポンと叩く。

 

「奴の娘であるキルレインなら、潜伏先に心当たりがあるかもしれない」

「そうだ、その手があったか!」


 ラーズグロム暗殺を企てたキルレインは捕らえたままで、まだ生きている。

 本来なら即座に手打ちにしててもおかしくないのだが、公爵家が没落するとなれば戦後にどのような影響を及ぼすか分からないという理由から、いまだ処分は保留となっていた。

 



「――で、言いたい事はそれだけかしら?」


 ラーズグロム達のいる天幕に連れて来られたキルレインは、後ろ手に拘束されたまま不機嫌そうに顔を上げる。

 理由は聞かされたが、教えてやる義理はないというのが彼女の本音だろう。


「それだけだ――と言いたいところだが、キチンと見返りは考えてあるぞ?」

「見返りねぇ……。未来の皇帝陛下を暗殺しようとした私に対する見返りなんて、たかが知れていると思うのだけれど?」 


 すでに諦めた雰囲気で話しているが、メガロディウスが発した見返りというフレーズにピクリと眉が反応し、期待しているのが分かる。

 わざわざ連れて来られたのだ、場合によっては命が助かると考えるのが普通で、チラチラと顔色を伺いながら話の続きを促してきた。


「まずは死罪からの無罪放免。更に戦後は功労者として扱い、公爵家の当主としてヴォルテールの代わりに勤めてもらう。暗殺未遂に関しては聖プリムラ教に洗脳されていた事にすれば問題ない。どうだ? これほどの厚待遇は中々あるまい?」

「…………」


 確かに厚待遇だ。

 ザファークが投げて寄越した飴玉に比べ、こちらが用意したのは滅多に食すことのないドラゴン肉の極上ステーキである。

 しかもそれを当主という特等席に座って味わえるのだから、まさに願ったり叶ったりだろう。

 ちなみにこの待遇を提案したのはメガロディウスで、これが人伝に広まれば寝返る貴族が増えるだろうと見越したためだ。


「なら決まりね。もちろん契約書は用意してくれるのでしょうね?」

「無論だ。口約束で済ませるつもりはない」


 契約書とは、記した内容を反故にした場合に強力な呪いを発動させる紙のことで、これを使用すれば互いに違反することはほぼない。

 そんなマジックアイテムを前に、拘束を解かれたキルレインが善は急げと筆を走らせた。


「――と、これで契約はなされたわ。それにしても、ヴォルテールの居場所なんて簡単に見つけられそうな気もするのだけれど?」

「そう思っていたのだが、事実儂の二個小隊が戻って来ぬのだ。これ以上無駄な時間をかけるのも躊躇(ためら)われる」

「……え?」


 ヴァレリーの台詞を聞いたキルレインが、思わず眉を潜める。

 父であるヴォルテールは公爵でこそあっても戦略家ではなく、ゲリラ戦のような真似をできるとは到底思えない。

 仮に参謀としての知将がいたとするならば、本隊が撃破される前に撤退していただろう。

 そこで改めて浮かんだ言葉を(つぶや)いた。


「本当にヴォルテールがやったのかしら」

「……どういう意味だ?」

「そのままよ。臆病で邸に隠りがちな父が二個小隊を壊滅に追い込む……。とてもじゃないけど信じられないわ。何か別の魔物にでも殺られたのではなくて?」

「その可能性も考えてはみたが……」


 言われるまでもなく、メガロディウスは付近の地理に詳しい兵達から情報を集めていた。

 しかし北の平原から西の樹海、更には南の山脈に渡って凶悪な魔物の存在は確認されておらず、魔物が原因だとは考えにくい。


「魔物の可能性は低いと見た。ゆえに何らかのトラップを用いた奇襲によるものと思ったのだが……まあいい。それよりも心当たりを教えてくれ」

「それなら――」


 キルレインが告げた場所は、山と樹海の間に挟まるように建てられているヴォルテールの別荘だ。

 食料もあり少数で逃げ込むならもってこいの場所と言えよう。


「ほとぼりが冷めるまで別荘の奥に引きこもってるはずよ」


 居場所の見当はついた。

 そこで今度は、誰を向かわせるかが問題なのだが……


「そういえばエルシド殿を見なかったかい? 僕が向かうのがダメなら、彼に頼もうかと思ったんだけれど」

「ああ、先ほど伝令が来てな、調()()するにはもう少し時間がかかるらしい」

「ちょ、調教?」

「俺にもよく分からんが、由良川を相手に善戦しているらしくてな、倒すのに時間を要するのだろう。アンジェラ殿も一緒らしいし、戻ってきたら詳しく確認するつもりだ」

「つまりエルシド殿とアンジェラは無理と」


 となれば、他の誰かに頼むしかない。

 再び頭を悩ます一同であったが……


「その役目、我々が引き受けよう」

「「「!?」」」


 どこからともなく男の声が聴こえてくる。

 一同が驚いてキョロキョロと見渡す中、ラーズグロムだけはその声に覚えがあった。


「その声はボルチェかい?」

「ああ、そうだ」


 シュタ!


 呼び掛けると、誰もいないはずの天井から三人の黒装束が降りてきた。

 彼らの正体はダンマスのアイリが抱えている諜報員で、今回はボルチェ、オリベル、カズヨの三人が協力してくれるようだ。


「……ラーズグロム、お前の手駒か?」

「いや、正確には違う。だけどチョワイツ王国に滞在中には何度も助けてくれた、知人の配下達だよ」


 時間が惜しいため簡単に紹介を済ませると、改めてボルチェ達に託すこととなった。

 少数ではあるがいずれも強者揃い。

 彼らなら期待に応えてくれるだろう。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 ヴォルテールの別荘を目指し、日が沈みかけている獣道を四人の男女が進んでいく。

 先頭に立つのは案内役のキルレインで、ボルチェ達三人は周囲を警戒しつつ慎重に歩を進めた。


「……ねぇ、あんまり殺気をぶつけてこないでくれる? 契約書にサインした以上、裏切るつもりなんてないんだからさ」


 チラリと振り向いたキルレインが不機嫌そうに告げる。

 どうみても闇ギルドの構成員にしか見えない三人が後ろに居ては、生きた心地がしないというものだ。


「ああ、悪いね。別にアンタに向けてる訳じゃないんだ。でもアンタが急に操られる――なんて可能性も危惧しなきゃならねぇだろ?」

「ちょっ、仮にそうなったとしても殺したりしないでよね! お願いよ!?」

「おぅおぅ、分かってるから前見て歩け」


 ふざけたやり取りをしながらも、オリベルはキチンと警戒を行っていた。

 彼は魔力感知に優れており、魔法士が近くにいたりマジックアイテムによる仕掛け等には敏感に反応するのだが……


「魔力反応はなし。魔法やマジックアイテムによるトラップの線は低いな。そっちは?」

「真新しい足跡があちこちにあるな。恐らくはヴォルテールを含む敵兵と、追跡していた小隊のものだろう」


 オリベルの魔力感知には掛からなかったものの、この獣道を通った痕跡をボルチェが掴んだ。

 足跡はしばらく続いていき、やがて開けたら場所に到着すると、山の麓にヒッソリと建つ洋館を発見した。

 数100人なら簡単に収容できる大きさに見え、籠城するにはもってこいだ。


「うん、あの洋館で間違いないわ」

「なら早いとこ――ん?」


 カズヨが地面に残っていた血痕を発見する。

 それは引きずられるように洋館へと続いており、倒した兵士を何者かが引きずり込んでいったのだと予想がつく――が……


「絶対におかしいわ。ヴォルテールは血を見るのも苦手なのよ。部下が勝手にやるはずものいし、絶対変よ!」


 どうもヴォルテール以外の何者かが潜んでいる可能性が高い。

 四人は慎重に別荘へと近付いていく。


 ギギギギ……


 正面の扉を明けると中は真っ暗であり、とても人が住んでいるようには見えない。

 それに侵入した彼らを迎撃しに来ないのも不自然だ。


「気をつけろ、血の臭いがする。オリベルは令嬢を、カズヨは俺と共に周囲の警戒だ」

「「了解」」


 邸中に漂う血の臭いを敏感に嗅ぎわけたボルチェが指示を出す。

 ここには何者かが潜んでいる!


「トーチ! ……と。これでよく見え――」


 キルレインが周囲を照らすと同時に固まってしまう。

 ロビーのあちこちに天井から吊るされた兵士の死体があり、まるで血抜きをされてるかのような光景が目に焼き付く。


「ななななな、なんなのこれぇぇぇ! いったい何が起こってるの!?」

「こいつぁえげつねぇ。ガチでヤバい奴が潜んでやがるぜ……」

 

 キルレインが腰を抜かしたため、オリベルが助け起こしつつ息を吐く。

 これで知性のある猟奇的な者が潜んでいると確定した。

 ボルチェとカズヨも顔をしかめて周囲を観察する。

 すると、正しく猟奇的というフレーズに相応しい笑い声が辺りに響いた。


「アーーーッヒャッヒャッヒャッ! 新しい生け贄がやって来やがったぜぇ! やっぱ戦場は最高だよなぁぁぁ!」

「……コイツは」


 透かさずボルチェが声の主へと視線を向ける。

 そこには長身で腕の長い不気味な男が、目を真っ赤に血走らせていた。


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