エンダー・ザ・バイオレンス
「な、なんなのよコイツ!? 見た目はキモいし血を滴らせて笑ってるし、どうみても精神異常者だわ!」
声を発した男を見上げ、キルレインは身震いしながら後ずさる。
器用に壁に張り付き、ニヤけながら兵士を吊るしていく姿は誰が見ても異常だ。
しかも全身が返り血に染まっているのもそれを後押ししていた。
「確かにコイツは異常だ。これなら魔物に襲われてた方がマシってもんだぜ」
「同意するわ。恐らくヴォルテールもすでに殺されてるんでしょうね」
オリベルの感想にカズヨも頷く。
兵の甲冑にはそれぞれが所属する貴族家の家紋が印されており、見た限りではヴァレリーとヴォルテール双方の兵士が不規則に吊るされているのが分かる。
つまりこの男はどちら側でもない全く無関係な存在だと言え、やっている事はただの殺戮でしかない。
しかし、その猟奇的な男に向い、ボルチェは意外な言葉を投げかける。
「……やはり生きていたのか……ロック!」
「……ボルチェ?」
口調は静かだが、明らかに怒気を含んだ物言だ。
その様子にオリベルは疑問に思うも、目の前の脅威に注意すべく言及はしなかった。
だがロックという男はそうはいかず、ボルチェの存在に気付いた途端、抱えてた兵士を放りだすと赤く染まった床へと着地する。
「おおおっ、誰かと思えば腰抜けのボルチェじゃねぇか! まさかテメェも生きてやがるとはなぁ?」
「ああ。だが貴様には死んでてもらった方がありがたかったんだがな」
二人は顔見知りのようだが反応は対称的で、ロックは嬉しそうな反面ボルチェの表情は険しい。
「ボルチェ、コイツはいったい……」
「……昔の仲間だ。あまりにも反りが合わないため組織から追放してやった。その後【極上鮮血】という闇ギルドを立ち上げたとは聞いていたが……」
「ああ、分かった。コイツがエンダーロックとかいうイカれ野郎か!」
オリベルが正体に気付いた。
以前ラーズグロム一行と戦闘になった【極上鮮血】の事はすでに知っていたので、その首領がエンダーロックという猟奇的な青年なのも把握済みだ。
「ちょっと待ってよ! 極上鮮血って、あの極上鮮血なの!? 貴族の間では絶対に近付いたらダメだって言われてる有名な組織じゃないのさ!」
「ヒャッヒャッヒャッ! 別に近付いたっていいんだぜぇ? 勢い余って手足を引き千切るかもしれねぇがなぁ?」
「絶対に嫌よ!」
貴族の間でも有名らしく、キルレインはカズヨを盾にして後ろに下がった。
それを見たエンダーロックは愉快そうに笑い、一歩前へと踏み出すと……
「そんな事よりよぉ、もっと楽しもうぜぇ? 今この瞬間をよぉぉぉ!」
薄手の服のどこにあったのか不明ながらも、エンダーロックがナイフを連続で投擲してきた。
キルレイン以外は既に臨戦態勢を整えてたため、それを弾きながらも隙を窺う。
「カズヨ、オリベル、令嬢を連れて離脱しろ! コイツは俺一人で殺る!」
「了解!」
「……了解」
まずはキルレインの身を優先し、カズヨが抱えて邸から飛び出していく。
オリベルは渋々といった感じに視線を投げ、カズヨの後に続いた。
「ケケケケ、精々逃げ延びなぁ。どうせ行き先はラーズグロムんとこだろうしなぁ?」
「っ! 貴様、何故それを!?」
「ハッ、簡単なことだ。ここに飾ってる兵士が吐いたのさ、どこから来たのかをな。お陰でだいたいの位置は予測できるぜぇ?」
「…………」
ボルチェは内心で舌打ちする。
仕留めるのが無理そうなら、一度撤退するのも有りだと考えたからだ。
しかしボルチェ達が撤退すると、今度はラーズグロムらに危険が及んでしまう。
それを防ぐにはここで確実に殺すしかない。
「!」
ガキン!
「――っと、急にやる気だしてどうしたんだぁ? そんなに俺が恋しかったかぁ?」
一瞬のうちに肉薄したボルチェがダガーを振るうも、エンダーロックは難なく捌く。
まるで動きを予測してるかのような反応だが、ボルチェは表情を変えずに距離をとる。
「抜かせゴミが。殺る気なら最初からある。貴様が隙を見せてくれるなら、すぐにでもあの世へ送ってやるんだがな」
「クヒヒヒヒヒ! やれるもんならやってみなぁぁぁ!」
何故か目の前のボルチェを無視して天井へとナイフを放つ。
チラリと視線で追えば、吊るした兵士のロープを切断したのだと気付いた。
「チィッ!」
ドスッ! ドスドスッ!
降ってきた亡骸を避けるため、一瞬だけ目を離したボルチェ。
しかしその一瞬の内に、エンダーロックは視界から姿を消す。
(……どこだ……奴はどこにいる?)
ゆっくりと顔だけを動かし気配を探る。
するとほんの僅かだが、天井が軋んだ音が聴こえた気がした。
位置にしてやや後ろの天井付近。
ならばとボルチェは正面を見据えたままの状態を保ち、手にしたダガーを構え直す。
上から見れば前だけを警戒しているように見えるはずだ。
そして思惑通りに何かが降ってきた!
ドスドスッ!
「ゲハァ!?」
振り向き様にダガーを見舞い、心臓に突き刺す。
結果エンダーロックはナイフを振るう隙もなく、その場に倒れ込んだ。
「フン、呆気ないものだ」
心臓を貫いた時点で恐らくは死亡していると考えたが、完全に脈が停止してるのを確認する必要がある。
万が一にも生きている可能性を考慮し、慎重に近付いていく――が、次の瞬間!
「ヒャッハァーーーーーーッ!」
「何っ!?」
ザシュ!
突然飛び起きたエンダーロックが、飛び退くと同時にナイフを振るった。
「クッ!」
瞬時に身体を逸らしたボルチェだが完全には回避しきれず、切りつけられた腕からは血が滴り始める。
「惜しいなぁ……ああ惜しい。昔の俺だったらくたばってただろうなぁ?」
「…………」
ボルチェは注意深く考察する。
エンダーロックの持つ特殊スキル――ウィルスハートは当然知っていた。
だからこそ心臓を移動させられる前に貫いたつもりだったのだが……
「狙いは完璧だった。確かに音を辿って放ったはず……」
思わず疑問を口に出す。
ボルチェは心臓の鼓動を辿ったのだ。そう、エンダーロックの鼓動に耳を澄ませて。
「だから言ったろ? 惜しかったってよぉ。だが今のでテメェが俺に勝てる確率は限りなくゼロになったぜぇ?」
「……どういう事だ?」
「さぁな? んなこたぁ――」
話しながらもにじり寄っていたエンダーロックの両手には、いつの間にかナイフが握られており……
「自分で考えなぁぁぁぁぁぁ!」
刹那、奴は一気に加速し、ボルチェの前に躍り出た!
ガキン! ガキガキ――キキキキン!
「ヒャーーーッハッハッハッ! 楽しい楽しい、楽しいぜぇ! なぁ、テメェもそうなんだろ? 血渋きが舞うのが見たいんだろ? 肉が裂ける感触がたまんねぇんだろ? なぁ、テメェも同類なんだろうがよぉぉぉ!?」
実に……本気で楽しそうにエンダーロックがナイフを振るう。
「殺しを楽しむ貴様と同類だと? フン、寝言は寝て言え。俺が殺してきたのは金を得るためだ。殺すのが目的の貴様と一緒にするな」
一方で鋭い視線で目の前の男を射抜くボルチェが、淡々とナイフを捌き続ける。
その顔からは不愉快という三文字が滲み出ており、明らかにエンダーロックを意味嫌っているのが見てとれた。
「ハン、何を言おうがテメェと俺は端から見りゃおんなじさ。今さらテメェが日の当たる場所を歩こうと、やってきた事実は消せやしねぇ。どっちも世間から恐れられる存在にぁ違いないのさぁ!」
「……かもな。やってきた事実は消えない。ならば貴様という忌々しい存在を消し去るのが、俺にとっての贖罪だ」
まるで疲れを感じないのかと思われるほどに同じ動きを繰り返す二人。
時おり発生する会話をも苦にしない動きがどれほど続いくのかと思われたところで、ボルチェが困惑の表情を浮かべた。
(……バカな、鼓動が聴こえないだと!?)
ナイフを捌きながらも心臓の位置を探っているものの、肝心の鼓動が聴こえてこないのだ。
これではまるで、目の前の男には心臓が存在しないかのように思えてくる。
「貴様いったい……」
「ウケケケケ! ヒントをやろうか?」
片手で応戦しつつも、空いた手で器用に指を折り始める。
「さっきのテメェのダガーで、俺の心臓は確かに殺られたぜ? これが一つだ」
「!?」
意味不明である。
これでは死んだはずなのに死んでないと言っているようなものだ。
困惑するボルチェをよそに、エンダーロックは口の端を吊り上げ続ける。
「実はよぉ? つい最近、幸運にも俺の心臓が一つ増えたんだよ。これが二つめだな」
「…………」
更に意味不明な事を口走った。
新たな生命を手に入れたように聞こえ、ますます困惑するボルチェを差し置き得意気に続ける。
「この邸のどこかに俺の心臓を隠した。それが無事な内は俺は死なねぇ、これが最後だ。どうだ? テメェが置かれてる状況が理解できたか?」
「……そういうことか」
理由までは分からないが、目の前にいるエンダーロックは無敵と言ってもいい。
コイツを殺すにはどこかに隠されている心臓を叩き潰す必要があるのだ。
「ならば貴様を相手にするだけ無駄だという事だな」
「よぅよぅ冷てぇじゃねぇか。感動の再会なんだからよ、もっと楽しもうじゃ――」
ドムッ!
「――!?」
一瞬の隙をつき、煙と共にボルチェが姿を眩ます。
視界を遮るマジックアイテムを使用したらしく、エンダーロックが周囲を探りだした頃にはすでに近くにはいなかった。
「ケケケケケ! 精々楽しませてくれよなぁ――アーーーッヒヤッヒャッヒャッヒャッ!」
死体だらけの夜の邸で、因縁とも言える戦いが始まった。




