闇ギルド・貴人の密会
夜の樹海で動くのは危険だという理由もあり、断腸の思いで日が上るのを待っていたラーズグロム達。
ようやく樹海の奥から後光が差し始めたのを見て、樹海へと足を踏み入れた。
「うぅ……ラーグ、兄ちゃん……」
「大丈夫かレシル? 必ず助けてやるから、もう少し耐えてくれ」
意識が朦朧としてるレシルを背負い、樹海の奥へと進むラーズグロム。
その前をライザが先導するように歩き、フールはいつもの定位置だ。
「霧払いは私が行います。ラーズグロム、レシルは任せますよ?」
「ああ、任せてくれ」
樹海と言われるだけあり、天まで轟く勢いの樹木が光を遮り、腰の位置まで生い茂る草木を掻き分けつつ進む。
昼間だというのに灯りが必要なほど暗く、ラーズグロムの腰にぶら下げたランプが辛うじて光源を果たしている。
それでもシルバーウルフであるライザの目は暗闇でも見透せるので、戦闘に支障がないのが救いだ。
「嫌な場所だな。これではチャージクロウも召喚できんし、グリーンウルフもまともに動けん……」
上空からの監視要員は使用不可。
敵を撹乱させようにも、グリーンウルフも動き回れない。
もしも敵がそれをも想定してたのなら恐ろしいことなのだが……。
「……む? 上に生命反応があるな」
フールの声で二人が立ち止まる。
注意深く探ってると、微かな鳴き声が聴こえてきた。
キキ……キキィ……
「魔物……なのか?」
「ああ。この反応はフライングモンキーだな。数は10体程度だろう」
高い樹木の上から獲物を狙って飛び降りてくる魔物で、尻尾を枝に巻きつけ逆さまにぶら下がってることから、別名逆さ猿とも呼ばれている。
「ライザ」
「お任せください」
シュシュシュシュ!
「キキィーーッ!?」
「グギィィィ……」
フールが位置を特定し、ライザが爪を飛ばしていく。
結果向こうが襲いかかってくるより先にすべてを撃ち落とすことに成功した。
上から一方的に攻撃出来るためかランクはDランクに指定されてるが、実際の強さはEランクと同等なので、ライザからしてみれば雑魚同然である。
「キィィィ……」
最後の1体が茂みへと沈み、静けさを取り戻す。
「他に反応はない。先へ進むぞ」
フールが安全を確認し、再び歩き始める一行。
ライザが地図を覗きながら進むこと数分、遥か前方に光が見えてきた。
「あれは……何の光でしょう?」
「分からない……。けれど、もうすぐ目的の十字ヘゴが見えてくるはずだし、とにかく行ってみよう」
ライザの疑問はどうあれ、行けば分かるの精神で再び歩き出す。
徐々に光も強くなり、同時に何があるのかと不安も高まっていく中、草木が刈り取られたような開けた場所が見えてくる。
「あそこに十字ヘゴが生えてるのかもしれない」
歩く速度を早めるラーズグロム。
見上げると木々の隙間から日光が漏れてるのに気付き、その下で照らされてる樹木が十字ヘゴであることが分かった。
「この紙に記されてる情報と一致します。アレが十字ヘゴですね」
枝が真横に生えるという特徴ゆえに、パッと見で十字架のように見えることからその名がついた十字ヘゴ。
この木の樹液が傷口に入り込むことで毒として作用するため、採取には注意する必要がある。
一方で樹液を飲むことで解毒作用もあるという、文字通り毒にも薬にもなる不思議な木として一部では知られていた。
「よし、早く採取を――「待ちなさい」
無警戒に駆け寄ろうとしたラーズグロムをライザが手で制する。
周囲に潜んでる生命反応をフールが感知したのだ。
「人間と獣人の反応だ。数は20ってところか。恐らくは連中だろうが、随分と豪勢なもてなしだな」
頭上にいるフールが小声で伝えてくる。
「やはり待ち伏せか。少々数が多いが……フール、本当に大丈夫かい?」
「秘策のことか? それならば問題ない。いざという時は期待しとけ」
樹海での待ち伏せを想定し、フールが密かに仕込んだ策がある。
上手くいけば連中を一網打尽に出来るらしい。
担いでたレシルをライザに預け、ラーズグロムが先頭になって近付いていく。
「ちょいと待っておくんなせぇ」
もう少しで十字ヘゴに触れるかといったところで、茂みから一斉に顔を出す男達。
皆一定の距離を保ち、ラーズグロム達を囲んでいた。
「ただでソイツを持ち帰られた日にゃあ、商売あがったりってやつでさぁ」
「コイツ!」
一人の男がゆっくりと近付いてくると、見覚えのあったライザが眉を潜める。
「ライザ?」
「コイツです。コイツのせいでレシルが」
「なんだって!?」
ラーズグロムはザルムスを見てないので知らなかったが、ライザの一言により敵意を剥き出しにして睨み付けた。
「やぁやぁ皆さんお揃いで。ラーズグロムさんは初めまして……かな? オジサンはザルムスっていう裏家業の人間さ。代表して自己紹介させてもらったよ」
「裏家業……やはり闇ギルドか!」
「御名答。ついでに所属組織も紹介しちゃうよ。この組織は【貴人の密会】という名前でね、チョワイツ王国内じゃちょいと有名なギルドなのさ」
ザルムスの言うことが真実であれば、チョワイツ王国の闇ギルドにまで狙われてるという厄介な状態である。
これではこの国でも気を休めることはできない。
「さて、正解者のラーズグロムさんには特別に選択権を上げましょうかねぇ」
ザルムスがニヤケけつつ3本の指を立てる。
どうやら選択肢は3つあるらしい。
「1つ目。おとなしくオジサンに従って拘束される」
「2つ目。その娘を見捨てて逃げる」
「3つ目。無謀にも徹底抗戦に出る」
指折り紹介された三択であるが、選ぶのは最初から決まっていた。
「僕が捕まれば彼女は助かるのだろう? ならば選択は1番目だ」
「……ほぅ?」
あっさりと降伏する意思を示したため、ザルムスが目を細める。
彼としては徹底抗戦を挑んでくる前提で考えていたので、良い意味で予想が外れたと思っているだろう。
「そっちへ行ってもいいかい? 早く彼女を助けたいんだ」
「良うござんすよ。こちらとしても、対象以外を殺めるのは遠慮したいのでねぇ」
両手を上げて歩いていくと、警戒しつつも男達が取り囲む。
結果、何事もなくラーズグロムは拘束され、男達は肩透かしをくらう。
が、それはそれと割り切り、特に不満に思うことはなかった。
「すまないライザ。レシルを頼むよ」
「分かりました。後の事はおまかせください」
レシルをライザに託し、ラーズグロムは男達に連れられて行く。
直後ライザは枝を切り落とすと樹液を搾り出す作業に入り、やがて男達が見えなくなったのを見計らい、フールが口を開いた。
「どうだ? 上手くいきそうか?」
「はい、問題ありません。後は湯で溶かして飲ませるだけですが……」
「湯か……」
フールは勿論のこと、ライザも火属性の魔法は使えない。
そこで急遽レッドウルフを召喚し、火種を作ることを命じた。
「レッドウルフよ、そこにある1本の木を燃やせ」
「グルルル――」
ボゥ!
フールに命じられるまま吐き出されたファイヤーボールで、名も知らぬ木が燃え上がる。
1本だけ独立してたため、周囲に燃え広がる心配はない。
燃え続ける木にラーズグロムが愛用してたグラスを近付け、温めること数分。
程好く溶け込んだ樹液をレシルの口へ少しずつ流し込み、しばし様子を見ていると……
「う……ん……ん? あれ? ここは……」
すっかり顔色が良くなったレシルが、意識をはっきりさせて起き上がった。
見慣れない景色のためか、キョロキョロと周りを見渡している。
「ヤーマルの街から東にある樹海だ。お前はいままで毒によって苦しめられていたのだ。覚えているか?」
「……うん。何となくだけど、ラーグ兄ちゃんに背負われてたのは覚えてる。――あ!」
ここでレシルが重要なことに気付く。
肝心の人物がいないのだ。
「ラーグ兄ちゃんはどこ!?」
「落ち着きなさいレシル。ラーズグロムは無事ですよ。――ほら」
ライザが指した場所には魔法陣が出現しており、今まさに何かが召喚されようとしていた。
「これって……まさか!」
レシルがハッと息を飲む。
見覚えのあるシルエットが浮かび上がってきたのだ。
間もなくしてシルエットが実体化すると、自身の恩人がそこに現れた。
「ラーグ兄ちゃん!」
「レシル! 良かった、もう治ったんだね」
「うん!」
レシルが勢いよく飛び付いてスンスンと匂いを嗅ぐと、ラーズグロムはしっかりと抱き止めて頭を撫でてやる。
端から見れば、仲の良い兄妹に見えることだろう。
「ラーズグロムよ、どうやら上手くいったようだな」
「うん。今頃向こうは大パニックだろうね。これもフールのお陰だよ、ありがとう」
「当然です、フール様に不可能はありません。さぁラーズグロム、もっとフール様を崇めなさい」
拘束されたはずのラーズグロムが無事帰還した。
当然これはフールの打った策で、予め用意した仕込みが上手く作用した形だ。
「さぁ、早いとこ戻ろう。できれば今日はゆっくりと寝ていたい」
「甘えるな。このまま北の街を目指すぞ。同じ街に留まる方が危険だろう」
「はぁ、分かったよ……」
ゾロゾロと引き返していく彼らとは別に、闇ギルド【貴人の密会】は多大な被害を被っていた。
それはもう、ラーズグロム本人を危険視するほどに……。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
時は少々遡り、ラーズグロムが拘束された直後のところだ。
十字ヘゴの枝を切り落とすライザを尻目に、男達へとついていく。
しばらくして緊張感が切れたのか、男の一人が口を開いた。
「しかし予想外だな。もっと抵抗されるのかと思っていたが……」
「確かに。我が組織のナンバー1であるザルムスが苦戦するって話を聞いて、警戒してたんだがな」
「へいへい、悪ぅござんしたね。どうせオジサンは焼が回りましたよ」
口々に感想を漏らす彼らも、フールの正体までは知らない。
それどころか、フールにより施された策すらも気付いてないという有り様だ。
そんな彼らに悲劇が訪れる瞬間が、刻一刻と迫っていた。
「さぁて、そろそろ我が拠点が見えてきましたねぇ。ラーズグロムさんのような貴族様にゃ居心地の悪い場所で御座いましょうが……なぁに、そこにいるのは一時でさぁ。後は眠ってる間に依頼人の元へ――ってな感じにねぇ」
彼ら【貴人の密会】は、この樹海に拠点を築いてたようだ。
腰まであった草木が更に延び放題になっていき、巨木の麓まで近付くとポッカリと穴が空いてるのが見えた。
遠くからではまず見つからない場所にあり、それに加えたラーズグロムは目隠しをされてるため、再びここまでたどり着くのはほぼ不可能だろう。
「さ、着きましたぜ」
穴の中まで手を引かれテキトーに座らされる。
所々に設置されたマジックアイテムが光源を担い、世話しなく動き回る男達をぼんやりと照らしていた。
そこへザルムスが薬を持ってくると、ラーズグロムの口を開けさせる。
「ささ、コイツをグイッと一気に飲み干してくんな。死にゃしないんで安心してくだせぇ」
そして今まさにラーズグロムの口へと薬が押し込まれようとしたその時!
シュゥゥゥゥゥゥ……
「な!?」
ザルムスが驚くと共に後ずさる。
ラーズグロムの全身が突如として点滅しだしたのだ。
「どうしたザルムス!?」
「分からねぇ! 獲物の全身が光りだしやがった!」
切迫した雰囲気のザルムスに、他の男達がラーズグロムを取り囲む。
暴れだすなら殺すこともやむ無しという依頼人との取り決めに従い、全員が得物を抜いて得意の距離を保った。
シュゥゥゥゥゥゥ!
「「「!?」」」
間もなくラーズグロムがシルエットになり姿を消すと、代わりに別のシルエットが浮かび上がる。
それはみるみるうちに巨大化し、男達の倍はあろうかという巨体で実体化した。
「な、なんだコイツは!?」
「まさか魔物!」
「落ち着け、コイツはドレッドコングというAランクの魔物だ!」
「「「なんだと!?」」」
男の一人が鑑定結果を伝えると、他の連中が盛大にハモる。
当然この辺りの樹海にはAランクの魔物は生息しておらず、意図的に召喚されない限り遭遇することはない。
これこそがフールの仕込んだ罠であり、ラーズグロムに危機が迫ると自動転移するように仕向けてあったのだ。
結果ラーズグロムは無事に送還され、代わりに彼らのレベルに合わせた置き土産が召喚された。
「ブゴォォォ!」
ドゴォ!
「ゴハッ!」
腕を大きく振りかぶり、飛びかかると同時に殴り付けてきた。
狙われた男はガードするが効果は薄く、背後の壁に叩きつけられる。
相当威力があったのだろう、男の血で壁画を描きつつズルリと落ちていく。
「チッ、オジサンとしたことが、まんまと罠に掛かっちまうとは! ――やむを得ん、作戦は失敗。各自速やかに脱出を!」
Aランクなだけはあり、ザルムスが指示を出してる間にも更に3人が血祭りにあげられた。
「ブゴォォォ!」
「くそ、なんだってこんな事に――グワァ!」
「ちきしょう、身動きがとれ――ギャッ!」
更に2人を犠牲にしつつ、男達は出口を目指す。
狭い拠点で暴れまわるため、連中の回避能力を著しく低下させていた。
何者かが侵入してきても対処しやすいようにと作られた拠点――それが仇となった形だ。
「……生き残りは?」
「アンタを入れて8人だ」
「……はぁ。手酷くやられたもんだ」
逃げ切った人数は合計8人。
その中にはザルムスも含まれている。
「どうする? このままじゃ依頼は失敗。拠点も新しく作る必要がある」
「こうなりゃしゃーない。この補填はラーズグロム様にしてもらおう。最悪は死体でも良いんだし、あっちに何言われるか分かったもんじゃない」
どうやらラーズグロムが彼らと再戦する日も近いかもしれない。




