渡る世間は敵だらけ
「ふぁぁぁ……」
「なんだその腑抜け面は。街に着いたことで気が緩んでるのではないか?」
「仕方ないじゃないか、昨日から殆ど寝てないんだから……」
ラーズグロムの大きなアクビにフールが眉間に皺を寄せつつも、一行はジェローの街へとやってきた。
ヤーマルから2日の距離だが、道中はトルネードホースによって大幅な時間短縮に成功し、その日のうちにたどり着いたのである。
「……やれやれですね。そのアクビが雑魚の遠吠えのように聴こえるので、大変耳障りです。早く宿を探しましょう」
「賛成だよ。このままじゃ――『ドン!』
しゃべりながら歩いてると、前から走ってきた獣人の少女に正面からぶつかってしまった。
「――っと、大丈夫かいキミ?」
「す、すみません! よそ見してたみたいです」
ラーズグロムはよろけつつも少女を助け起こすと、彼女はペコリと頭を下げてそのまま走って行く。
「しっかりしろ、ラーズグロム。今のやつが刺客だったらどうするつもりだ?」
「まさか。刺客なら正面から堂々と来ないし、さほど僕と変わらない年頃の娘が――「ラーグ兄ちゃん! 今の人、ちょっとだけ嫌な匂いがした」――え!?」
まさかのレシルによる発言に目を丸くする。
念のためと懐を探るが……
「け、けれど、どこも刺されたりは――あ!」
刺し傷などは無いが、代わりにあるものが無くなってることに気付いた。
「さ、財布が無くなってる!」
雑貨屋で物資を購入したばかりなので、ついさっきまで有ったのは間違いない。
ならば無くしたのはたった今という事になる。
「バカが、言わんこっちゃない。さっさと追うぞ腑抜けが」
「くぅぅ、僕としたことが!」
フールの誘導によって遠ざかる反応を追跡する。
向こうは走りながら背後を気にしているだろうが、こちらの姿は視認できないルートで辿ってるため、恐らくは上手くいったと思ってるだろう。
「そこの路地裏だ。一つめの十字路のすぐ右側にいるぞ」
「分かった」
向こうは足を止めたようなので、音を立てずに慎重に近付く。
十字路をそっと覗き込むと、さきほどの娘が戦利品を勘定してる最中だった。
「七、八、九……キャフフ♪ あの男、駆け出しの冒険者に見えて結構持ってるじゃない。大漁大漁♪」
当然といえば当然だ。
皇族ゆえに、ラーズグロムが普段身につけていた物はどれもこれも極上品。
ヤーマルの雑貨屋で売り捌いた時も店主は安く買い叩いたつもりだったろうが、庶民から見たら破格の値がつけられていた。
そのため元々は心許なかった懐が厚くなったところを、見事に盗られたのである。
「これならしばらくは楽できそ――『パシッ!』――な!?」
娘が手にしてた財布が突如消え去る。
直後慌てて振り向き、盗ったであろう相手に掴みかかった。
「ちょっとアンタ! 他人の物盗るなんて、どういう神経してんのさ!?」
「同感だね。キミはどういう神経をしてるんだい?」
「どういうって――あ……」
ラーズグロムが仁王立ちすると、娘の方も気付いたらしい。
後ずさろうとしたところを、透かさず腕を掴んで捕獲に成功した。
ガシッ!
「ちょっ、離せ! 離せったら!」
「そうはいかないだろ? 恐らく今まで同様の事を繰り返してたんだろうし、このまま詰め所まで連れて行くよ」
猫耳をピーンと立ててジタバタ暴れる娘を連行し、路地裏を出ようとした――のだが、どうやらこの娘の悪運が強かったらしく……
スルッ!
「あ!」
「――よっと、脱出成功! その上着はジュリアからの餞別だよ、じゃあね~♪」
上着からスルリと抜け出た娘が、再び逃走を開始する。
「あ~もぅ、またしても!」
「油断し過ぎだバカ者が。――ホレ、さっさと行くぞ」
地団駄踏みたいところを堪えると、再び追跡を開始した。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「いいんですかジルコルフ隊長~、勝手に別行動とるような真似して?」
「構うかよ。聞いた話じゃかなり深いところまで侵攻してるってことだし、どうせここまでは来ねぇだろ」
「それはそうですが……」
一方こちらはジェローに滞在してるプラーガ帝国の小隊長。
彼らが話してる内容は勇者達が乗っ取ったアルカナウ王国の事で、チョワイツ王国への宣戦布告を行った直後から、数日足らずで王都に到達する勢いらしい。
だがこの街は王都よりも南に位置するので、北にあるアルカナウ王国が王都を迂回して来ない限り戦闘にはならないと見ていた。
「ま、アレだ。もし王都が陥落したら、王都奪還っていう大義名分でもって堂々と軍を動かせる。俺達にとっちゃ陥落してくれた方がありがたいぜ」
彼らプラーガ帝国も長男バドラーゼの命令により、アルカナウ王国を利用してチョワイツ王国を乗っ取ろうと画策していた。
つまり自分達プラーガ帝国は手を汚さず、アルカナウ王国に全てを押し付けようとしてるのである。
「ですが独断専行は……」
「はぁ……、お前はかったいな~! もっと気を抜いて楽にしろって。そうそう厄介事なんて起きないん――『ドン!』――ッテェ!」
隊長の男に何かがぶつかってきた。
見ると相手は獣人の少女で、ぶつけたであろう顔を擦って立ち上がったところだ。
「このクソガキ、どこ見て歩いてやがんだ!」
「ヒッ!?」
隊長のジルコルフが少女の胸ぐらを掴み上げる。
少女は今ラーズグロムから逃走してる最中であったため、脇見をして走ってたのがこの不幸に繋がった形だ。
「ご、ごめんなさい! 悪気はなかったんです!」
「悪気はないだぁ? だったらそれを証明してもらおうじゃねぇか!」
「そ、その……どうすれば……」
「土下座だよ土下座。できんだろ、そんくらい?」
少女は戸惑う。
本当なら今すぐにでも走り去りたいが、なにぶん相手が悪い。
兵士や騎士相手にその行動は、手打ちにされる可能性だってある。
やむを得ず少女が地べたに這いつくばると、そこへラーズグロム達が追い付く。
「追い付いた、もう逃がさないぞ!」
「――ん?」
ふとジルコルフが顔を動かす。
後から来たラーズグロム達を――いや、正確にはラーズグロムを見て、ギョッとした。
「あ、ああ……」
「ジルコルフ隊長、いかがなさいました?」
「ラ、ラーズグロムだぁ! コイツ、ラーズグロムじゃねぇか!」
「し、しまった!」
不運にもジルコルフはラーズグロムの顔を知ってたようだ。
一方の兵士達はまさかという顔をして半信半疑ではあるが。
「逃げるぞ、ホラ!」
「え、ええ? な、なんで!?」
訳が分からないという顔をした少女の手を引き、ラーズグロムが走り出す。
「ハッ!」
ドスッ!
「グオォォォ!? こ、このアマ!」
機転を利かしたライザがジルコルフの脛を蹴りつけ、レシルの手を引きラーズグロムに続いた。
「大丈夫ですか隊長!」
「くぅぅ……バ、バカ者ぉ! 早く奴らを追うぞ!」
「は、はい!」
防具の上からだったのが幸いしたのか、ほどなく動けるようになった隊長が、後を追って走り出す。
「おいお前! お前は本隊への報告だ、早く行けぇ!」
「わ、分かりました」
「どうやら俺にも運が巡ってきたようだぜ!」
時折脛を擦りつつ、ジルコルフが出世を夢見て追跡する。
もしここでラーズグロムを捕らえれば大手柄間違いなしだ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ちょちょちょ、ちょっと、街の外まで出てきていったいどこまで逃げるつもり!?」
「身を隠せる場所までだよ。少なくとも街道はマズイ、こっちの雑木林に入ろう」
ジェローの街を出た一行は、街道を外れて東にある雑木林へと入り込む。
「そもそも何だってジュリアまで逃げなきゃなんないの? アンタと関係ないじゃない」
「あ……そう言われればそうかも」
「そうかもって、アンタねぇ……」
咄嗟の事で手を引いてきてしまったが、本来彼女はラーズグロム達とは無関係である。
「身から出た錆です。それに今からノコノコと街に戻れば、捕縛されるのは確実。逃れてたところで、どこまでも追い回されるでしょうね」
「そんなぁ……」
ガックリと項垂れるジュリア。
そもそも彼女が財布を盗まなければこんな事にはならなかったので、ライザの言う通り身から出た錆なのは違いない。
「はぁ、もぅツイてないなぁ……。財布は取り返されるし、どこぞの兵士にはぶつかるし、挙げ句の果てには逃亡中の貴族様とか……」
その後もジュリアの愚痴は続く。
樹木の隙間から差し込む夕日が、彼女の顔を赤く照らす。
その光景はまるで照れ隠しを行ってるかのようにも見える。
「だいたいフールって何さ? 魔物を召喚できる小動物なんて聴いたことないよ」
「「「!」」」
聞き捨てならない言葉が飛び出た。
ラーズグロムは元より、ライザやレシルもフールには一切言及していない。
「ジュリア――と言ったな? 貴様はいったい何者だ?」
「え? いや、何者だって言わ――ええ!?」
「ん? 何を驚いている?」
背後から聴こえた声にジュリアが振り向くと、小動物であるフールが人言を発しているではないか。
「いや、普通驚くでしょ!? 何だってこんな動物が喋ってんのよ!」
「僕からすれば、どうしてフールの正体を見破られたのかが気になるんだけれど?」
「え? そんなこと?」
「いや、そんなことって……」
だが答えはいたってシンプルだった。
なんとジュリアは鑑定スキルの所持者であり、その鑑定結果が口を滑らせて出てきたのである。
「このスキルには世話になってるよ。相手を見れば強いか弱いかくらいは分かるし、物の価値だって一目瞭然だもん」
ラーズグロムをスリのターゲットにしたのも、冒険者ランクがEランクという初心者だったからだ。
「言っておくが他言無用だぞ? もしバラすようなら……」
「わ、分かってるって! どうせジュリアもアンタらの一味だと思われただろうし、絶対に言わないよ」
ジュリアの秘密が明らかになったところで改めて歩き出す。
するとどこからか、ドッドッドッドッという地を蹴る音が聴こえてきた。
「この音は……」
魔物かもしれない――そう思いライザが警戒を強めると、レシルの口からウンザリするような事実が告げられる。
「この匂い――さっき街で嗅いだ匂い」
「街でかい?」
「うん。ジュリアちゃんを土下座させてた人と同じ匂い」
「うげっ!」
どうやらさきほどの兵士が追って来たらしい。
振り向くと、こちらに迫る騎馬隊が強引に雑木林を突っ切ってる様が遠くに見える。
それを見たジュリアは顔をひきつらせてのけ反った。
「にぃがさんぞぉ~~~!」
「マズイ、走るぞ!」
上手く巻いたと思ったが、キッチリと追跡されてたらしい。
再び当てもなく走り出すと、ジュリアが何かを発見したらしくある方向を指でさした。
「あそこ! あそこにダンジョンがある!」
「ダンジョンだって!?」
何か利用できるものはないかと周囲を鑑定しまくったジュリアが、ダンジョンを発見したようだ。
ダンジョンとは、魔物が徘徊してたりトラップがあったりと大変危険な場所なのだが、その代わりに財宝やレアアイテムがある場所として知られている。
また、そこを管理するダンジョンマスターによっては国と取引を行ってるところも多く、その場合は入口に冒険者ギルドの職員が派遣されてるケースが殆どだ。
しかし今回発見したものは巧妙に隠されてることから、チョワイツ王国とは関わってない可能性が高い。
「迷ってる場合じゃない、ひとまずダンジョンでやり過ごそう!」
このまま追い付かれては大規模な戦闘に発展する――そう思い、ラーズグロムはダンジョンに避難することを選択した。
「くそっ、こんなところにダンジョンがあるとはな……」
「ジルコルフ隊長、いかが致しましょう?」
「構わん。見張りを数名残し、残りは全て突入だ。――行くぞ、俺に続けぇぇ!」
「「「ハッ!」」」
本来彼らのような軍がダンジョンを勝手に攻略すると、国際問題に発展しかねない。
ただでさえ無許可で越境してきてチョワイツ王国の領主達と揉めてる最中なのに、これでは摩擦を大きくするだけだ。
しかしジルコルフ隊長の脳内はラーズグロム捕縛による手柄でいっぱいのため、冷静な判断ができなくなっていたのである。
だが問題はそれだけではなかった。
遠くから彼らの部隊を尾行してた存在がいたのだ。
「どうやらあのダンジョンらしいな」
「ああ。だがあの場所のダンジョンは国への報告として上がってないはずだ。つまり――」
「遠慮なく潰せるってわけか」
黒装束を身に纏った彼らの会話を解釈すると、国がダンジョンの存在を知らないのなら、消えて無くなっても問題ないだろうという意味である。
「どうするザルムス?」
「この機を逃すのは下策だねぇ。ここは当然決行さぁ」
黒装束達――【貴人の密会】のリーダーであるザルムスが突入の意を伝える。
「せめて仲間の仇はとらなきゃ、貴人の密会の名が廃る。邪魔をするならあのプラーガ軍もろとも消すまでよ――ってねぇ」
国と関わらないダンジョンで侵入者に優しいところは少ない。
ここにきて、プラーガ軍、貴人の密会、ダンジョンマスター、ラーズグロム達による戦いが巻き起ころうとしていた。




