ダンジョンマスター
「まさか異国の地でダンジョンに潜ることになるとは……」
眠気眼をこすりつつラーズグロムが呟く。
危険なダンジョンに踏みいるのは得策ではないが、軍隊との戦闘はなるべく避けたいところだったので、今回に関してはやむを得ない。
「思った以上に足元が不安定です。極力私の真後ろをついてきてください」
ライザが先頭に立ち、足場を選びながら進んでいく。
後ろをレシルとジュリアがピタリと続き、最後尾はラーズグロムが警戒している。
光の全くない洞窟のため、ジュリアとラーズグロムのランプのみが馬車一台が通れるくらいの通路を照らす。
ライザは暗闇でも見通せるので、障害にはならないのが救いだ。
「ねぇラーグ、アンタはダンジョンに潜ったことあんの?」
「ないよ。潜る必要も危険を冒すつもりもなかったしね」
「ちょっとちょっと、大丈夫なのそれ? 私こんなとこで死ぬのは嫌よ!?」
ジュリアの鑑定スキルでは冒険者ラーグとして鑑定してたので、いまだラーズグロムを初心者冒険者ラーグだと認識している。
だが彼は知識が豊富なフールによりダンジョンの事を一応は教えてもらったので、全くの初心者とも違う。
加えてフールがついている今、簡単に仕留められることはあり得ない。
「落ち着けジュリア。ダンジョンに関しては俺の右に出る者はいないと自負できる。安心するがいい」
「……それ、本当に信じていいの?」
「無論だ。これでも前世ではダンジョンマスターだったのでな、このダンジョンの仕組みも手に取るように分かる」
「「ええっ!?」」
フールのカミングアウトに、ラーズグロムとジュリアが仰天した。
本当ならこれほど心強いことはないのだが……。
「どうやら俺はダンジョンとシンクロできるらしくてな、トラップのONとOFFが自由自在だ」
これはフール自身がダンジョンに入ってから気付いたことで、今現在進行上のトラップを全てOFFにし、通過後にはしっかりとONにしてある。
そのため迫ってたプラーガ兵は罠に掛かりまくり、どエライ目にあっていた。
「追っ手が全然来ないから妙だとは思ってたけど、まさかそんな理由が……」
「ひょっとしてフールってば、物凄く御大層な存在!?」
ラーズグロムは合点がいったとばかりにウンウンと頷き、ジュリアは目を丸くしてフールを凝視する。
いまだ全容を明かしてないが、少なくとも頼れる存在である事は確かであった。
「さ、セーフティエリアに着いたぞ」
フールが誘導してたどり着いた場所は、壁面が綺麗に抉られた100人ほどが雑魚寝できるスペースだ。
「フールちゃん、セーフティエリアって何?」
「魔物が発生しない場所のことだ。ここなら安心して休むことができる」
セーフティエリアとはダンジョン内部にある安全地帯のことで、ここではモンスターは一切出現しない。
「追っ手が来るまで少々時間が掛かるだろうし、今のうちに寝ておけ」
「ありがとう、そうするよ」
「おやすみ~……」
度々睡魔に襲われてたラーズグロムがシーツを敷いて横になると、すぐに寝息をたて始めた。
レシルも彼に続いて横になると、他二人も
岩の出っぱりに腰を下ろす。
一方でフールは意識を集中させ警戒を続けており、不思議に思ったジュリアが尋ねてきた。
「ここって安全地帯なんだよね? なら警戒しなくてもよくない?」
「ああ、それはな――」
まさかの事実が語られ、思わずジュリアが飛び上がる。
「そ、それってマジなの!?」
「嘘をついても仕方あるまい?」
安心しきっていた顔が180変わり、緊張感丸出しの顔で冷や汗を流す。
当然それだけの理由があるのだが、これはダンジョンマスターしか知らない、いわば裏情報だった。
詳しい内容は先ほど話した安全地帯に直結するのだが、実はセーフティエリアとはダンジョンマスターが意図的に変えることができるのだ。
つまり今まで安全地帯だったものが突然消滅する可能性があり、もしこの事実を知らなければ100%奇襲を受けるはめになるだろう。
「もうやめてよ~。そんなこと言われたら安心して寝れないじゃん!」
「俺は事実を言ったまでだ。危機が迫ったら起こしてやるから、さっさと寝とけ」
最終的には、ぶつくさと文句を言いながらも眠りにつくジュリア。
それを見届けたフールはヤレヤレと首を振り、再びダンジョン全体に意識を集中する。
これまで一切罠に掛からず、魔物にも遭遇しないラーズグロム一行。
しかし、彼らに対し危機感を募らせる者が居るのもまた事実であり……。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「奴らは何者なんだ? 罠が発動しないどころか、魔物まで避けてしまうとは……」
コアルームというダンジョンの管理室にて、ラーズグロム一行を監察する茶髪の青年――ダンジョンマスターが、頭を悩ます。
彼らの行動を、全体がスクリーンになっている壁に映して一部始終を見ていたのだ。
「コア、いったいどうなっている?」
「申し訳ありませんマスター。ダンジョンシステムが一時的に制御不能となり、進行を阻止することができませんでした」
「制御不能……だと?」
ダンジョンコアというダンジョンの心臓とも言える赤い魔石。
そのコアによる言葉を受け、青年が顔をしかめる。
「何者かがシステムに干渉し、罠を強制的に停止させたようです。また魔物に関しても同様で、進行ルートに近寄らせないように強制変更されました。今は本来の状態に戻っておりますが」
「…………」
衝撃の事実に言葉を失う。
ダンジョンシステムに直接干渉してくる輩とは前代未聞だ。
「あの……大丈夫ですかグーチェス様?」
「ベネリアか……。大丈夫だ、まだ打つ手はある」
グーチェスと呼ばれたダンジョンマスターの傍らで、銀髪の少女――ベネリアが不安そうに見つめる。
彼女は花の妖精が人化した存在で、現在はグーチェスの眷族だ。
ちなみに眷族とは、ダンジョンシステムを使用して召喚した魔物と契約することで誕生した者を指し、意味合いは眷属とさほど変わらなかったりする。
(チョワイツ王国とは中立を保つため敢えて隠してたのだが、これでは国に知られるのも時間の問題。ここは友好的に接してお引き取り願うのが吉か?)
頭の中でシミュレートし、なんとか穏便に済ませる方法を模索するグーチェス。
彼はダンジョン外部との関わりを避け細々とした生活を送っていたので、これまでは動物か魔物かのどちらかしか接触したことはない。
それに加え、初の侵入者がダンジョンそのものに干渉するというのだから、どのような展開になるのか予想が難しい。
……が、侵入者は彼らだけではなかった。
「マスター、後から侵入してきた兵士ですが、どうやらプラーガ帝国の兵士のようです」
「プラーガ帝国だと!?」
「はい。先に侵入した一行を追って、入り込んだと思われます」
コアがプラーガ兵の会話を拾ったために判明した事実だ。
だがお陰で謎が深まる。
なぜチョワイツ王国内にプラーガ兵が入り込んでいるのか。
グーチェスはラーズグロムの経緯を知らないため、余計に分からない。
(最初の彼らはセーフティエリアで休憩中。しばらくは動かないだろう。後からきたプラーガ兵は、絶賛罠にハマってる。ならば今のうちに情報をあつめるべきだな)
しばらくは安全だろうが、何より侵入者達の情報が必要だと感じたグーチェスは、急いでダンジョン通信というダンマス同士の交流システムを起動させた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
その頃ダンジョンの入口では、残されたプラーガ帝国の兵士達が周囲への警戒もほどほどに雑談を交わしていた。
「なぁ、俺は伝令に言われて後から来たんだが、本当にラーズグロムだったのか?」
「それな。俺も思ったぜ」
「ですね。僕も口頭でしか伝えられてないので、実際に見たわけではないですし」
彼らはジルコルフ隊長からの伝令を受け急遽馬を走らせたのであって、実物を見てはいない。
しかも独断で行動してたジルコルフに対して良い感情は持っておらず、サボってたのを誤魔化すための嘘ではないかと思い始めていた。
「だいたいにしてよ、こんなところにラーズグロムが居るってこと事態、無理がないか? 奴が国外へ脱出したって情報もないし、ますます怪しいぜ」
「「うんうん」」
言い出しっぺの兵士に他の面々が同調する。
彼らを動かしている長男バドラーゼは国内の捜索を徹底的に行わせているが、既に国外へ逃れたとは思ってもみないだろう。
もはやラーズグロムの行方を正確に把握してるのは、極一部の者達だけ。
残念ながらその中には、彼らもバドラーゼも含まれてはいない。
「しっかしもうすぐ日が暮れるってのに、これじゃあ今日は野宿だな……」
「はぁ……しゃ~ない。今のうちに夜営の準備をしとくか」
すっかり警戒が薄れ、バラバラになって夜営準備に移る兵士達。
そんな彼らの動きを見張ってた者からすれば、今は隙だらけもいいところだ。
ゴソゴソ……
「……確かまだ干し肉が残って――『トスッ!』――ウグッ……」
一人の兵士が背後から首を刺され、そのまま絶命する。
「お~い、いつまで食料漁ってんだ? さっさとし――『トスッ!』――ガハッ!?」
様子を見にきた一人も、首を掻っ切られた。
トントントン
「とりあえず隊長が戻って来てもいいように、天幕は用意しとかなきゃな」
「ですね。無きゃ無いでうるさいですし」
「ハハッ! お前、おとなしそうに見えて中々言うな!」
他二人が仕留められてるとは知らない三人が、呑気に天幕を張っている。
「よし、次のやつをくれ」
「はいよっと」
「そういえば外が静かすぎ――ムグッ? ――フグッ……」
二人が後ろ向きで作業してる間に残り一人が口を塞がれ、透かさず心臓からダガーが生える。
残り二人はいまだに気付いておらず、黙々と作業を続けていた。
「よしっと、次だ」
「ほらよ――フググッ? ――カフッ……」
更に一人、先程の兵士と同じ末路を辿ると、最後の一人は杭を受け取る手を出したまま待ち続ける。
「――おい、ふざけるのはよせ。さっさと終らせて――『ドスッ!』――ガハッ!?」
残りの一人が振り向いた瞬間、杭を心臓で受け取ってしまい、状況を理解する間もなくその場に崩れた。
全ての見張りが片付き、黒装束達――貴人の密会は少しだけ緊張感を緩ませる。
「どうやらコイツら、ラーズグロムの所在地を割り出せてないらしいな。今回はたまたま見つけただけのビギナーズラックのようだ」
「ま、そのほうが有り難い。ターゲットが正規軍の手に渡ったら、護送中を襲わなきゃならねぇ」
彼ら貴人の密会も兵士達の会話を記憶しており、街で偶々みつけただけなのだと判明した。
ならばやるべき事は、正規軍よりも先にラーズグロムの身柄を押さえる事だ。
「ほんじゃあ俺らも突入しますかね。ラーズグロム様に死なれちゃダンジョンに吸収されちまう」
ダンジョンで死んだ生命体は、そのダンジョンに吸収されてしまうのだ。
せめて死体だけでも持ち帰らなければ、依頼人からの報酬はない。
(今度は逃しやせんぜ、ラーズグロム様よぉ)
外で様子を窺っていた厄介な者達が、ゾロゾロとダンジョンに入っていく。




