追撃
「どうするのだ? ここから北上すればプラーガ軍とかち合う可能性があるぞ? かといって――」
「東は樹海に覆われてるし、南は切り立った崖に阻まれてる……か……」
宿に入るなり、ラーズグロムが頭を捻る。
「今さら後戻りはできない。けれど今進むのは得策じゃないし……はぁ」
ポスン!
考えがまとまらず、ベッドに身を投げた。
状況的にはここヤーマルに滞在するのがベストなのだろうが、冒険者パーティ【荒野の3人】を含む8人のゴロツキを皆殺しにしたのがあるので、あまり永く滞在したくはない。
もしバレれば注目を集めるのは必至だ。
「一応は身形を変えたのだ、案外気付かれないかもしれぬぞ?」
「もし気付かれたら?」
「その時はその時だ。断っておくが、俺は責任は取らんぞ? 代わりに後始末ならやってやろう」
フールの言う後始末とは、当然ながら武をもって対処することを指す。
今のフールなら、軍の包囲を食い破る魔物くらいは召喚できるだろう。
「勿論、その時は是非とも私に」
寝ているレシルを撫でつつライザが口を挟むが、できれば避けたい展開だ。
「はぁ……。進むしかない……か」
ラーズグロムはバレない可能性に賭け北上することに決めると、そのまま寝息を立て始めた。
「さて……」
それを見届けたフールがゆっくりと立ち上がり、窓の外へと意識を集中する。
何故か睡眠の必要がないフールは、ラーズグロムが寝てる間に周囲を警戒するのが日課となっていた。
「近くに不審者はなしか。だが一応チャージクロウは飛ばしておこう」
4体のチャージクロウを上空へと放つ。
夜空に溶け込んだ烏が街の中心から外へ向けて監視を行ってると、闇に紛れてコソコソと動く物体を発見した。
「あれは……」
高度が高く正確には分からないため、チャージクロウを近付けた次の瞬間!
バシュ!
「何!?」
突然チャージクロウとの接続が断たれる。
これは何者かによって討ち取られたことを意味していた。
「フール様、いかがなさいました?」
「チャージクロウがやられた。高度を下げた途端気付かれたらしい。――ライザ、警戒を強めろ」
「承知しました」
残りの3体で監視を続けると、動く物体は1体で、物影から物影へと移りながら街の中心へと向かっているのが辛うじて窺える。
「正体を掴みたいが、近付き過ぎると撃ち落とされる。目的がラーズグロムでなければいいが……」
しかしそんなフールの願いも虚しく、動く物体は脇道に逸れ、突き当たりにあるこの宿へと向かって来ている。
「チッ、まさか追っ手か!?」
この時点でラーズグロムが目的であると当たりをつけた。
恐らくアスランとは別の闇ギルドに依頼したのだろう。
「気を付けろライザ、追っ手と思われる輩がここへ向かってくる!」
「心配には及びません。このライザ、命にかえてもフール様をお護りいたします」
「……護るのはラーズグロムだからな?」
ちょっとズレた返答のライザをよそに、動く物体は宿の前までたどり着く。
間もなく夜空を見上げ大きく足場を踏み込むと、フール達のいる3階へと飛び上がる。
「やはりか!」
窓の外で月明かりに照らされた不気味な物体――いや、人影が写り込み、ライザと向き合う形でニヤリと笑う。
「フール様、お下がりください!」
人影はそのまま窓を突き破り、ライザの足元へと転がってきた。
「フール様を狙う不届き者め、覚悟!」
即座にライザが爪を立てようとするが、相手は身を翻して飛び上がり、大の字で天井に貼り付いた。
「いやいやいや、こりゃまた血の気の多いお姉さんだ、こら少々しんどいわぁ。オジサン困っちゃうよ~」
天井に貼り付いた黒装束が、おちゃらけ口調で感想を洩らす。
しかし、言葉とは裏腹に困ってるようには見えない。
「目的はラーズグロムですか?」
「うい。とあるクライアントの依頼でねぇ、そこの少年様をちょうだいしに来たのさ~」
ベッドで横になったターゲットを指して目的を明かす。
どうやって情報を得たのか不明だが、既にラーズグロムの所在地が一部の者にバレてる事だけは間違いない。
「依頼主は誰です?」
「そいつぁ無理だ。教えてあげないよ――ジャン♪ って感じかなぁ――っと!」
シュバババッ! ――タタタタン!
落下と同時に数本のナイフを投げつけてくるが、ライザは素早く飛び退いた。
「ありゃりゃ、失敗失敗。こりゃオジサンも困惑だぁ」
男のふざけた口調が、より深く得たいの知れなさを演出している。
これも作戦のうちなのかもしれないが、ライザは関係ないとばかりに動き出す。
「その表情――少々イラッときますね!」
スッ――ガキン! ギギギギ……
「――っと、今のはちょっと危なかったぜ?」
敢えて一撃目を掠め本命の二撃目を当てようとするが、やはりダガーで防がれ鍔迫り合いに持ち込まれる。
フェイクを見切られたことで、ライザは警戒レベルを更に引き上げた。
正面からとはいえCランクのシルバーウルフに対抗できるのは、強者の中の強者だ。
「お姉さん、嫁入り前の爪は大事にしたほうがいい。家事が不器用になっちまう」
「大きなお世話です。そんなことより自分の入る棺桶でも気にかけてください。もっとも――ハァァッ!」
キィィィン! ――カラン!
「うっ!?」
「――貴方に選択肢はありませんが」
鍔迫り合いで押しきったライザが、男のダガーを弾き飛ばす。
武器なしで彼女に挑むのは無謀だろう。
「さぁ、そろそろ終わりにしようかしら?」
「いやいやいや、そう簡単には終われませんや。あつ~い夜はこれからですぜ?」
軽口を叩く男は、懐から別のダガーを取り出
す。
やはり簡単には倒せそうにない。
「チッ、しぶとい男ですね……」
「しぶとさ、図太さ、しつこさ――この三拍子がオジサンのモットーなんでね。あ、ちなみにザルムスってのがオジサンの名前ね。今後ともヨロシクね――と!」
「くっ!」
キィィィン!
取り出したばかりのダガーを投げてくるとは思っておらず、ダガーを弾いた直後にザルムスの姿を見失ってしまう。
視線のみで探ってると、あのおちゃらけ声が部屋に響く。
「ほぅほぅ、ま~た随分と熱心に集中してくれちゃってぇ。そんなに知りたいならオジサンのスリーサイズを教えてあげよっか?」
「不要です。ついでに言えばその言動が不快でたまらないので、今すぐ消えてください」
「この場合、もう消えてるよって反論は許されるかな?」
「チッ、口の減らない……」
見えない相手に焦りをつのらせるライザ。
しかし、フールの念話により窮地を脱することに成功した。
『奴は真上だ。また天井に貼り付いてるのだろう』
「ハッ!」
シュシュシュ!
「うぉ!? 飛び道具か!」
真上に向かって爪を飛ばと、焦りながら回避するザルムスが姿を現す。
素手で戦ってたライザが飛び道具を使うとは思わなかったようだ。
「今度こそ仕留めます!」
「おっとっと! なんのなんの~」
話しながらも攻防は続く。
ライザが怒濤のラッシュで拳と蹴りを繰り出すと、相手は巧みに捌いていった。
「いやいやいや、本当に困っちゃったなぁ。お姉さん全然隙がないんだもん、これじゃあ攻める間もないよ」
「だったらおとなしく諦めてくださらない? 私、貴方のようなふざけた男は大嫌いですので……ね!」
ドスッ!
「ぐっ!?」
ガードを弾いた瞬間を狙い、回し蹴りが腹部に命中。
顔を苦痛で歪ませると、ザルムスはジリジリと後退し、逃げの姿勢を見せ始めた。
「やれやれ、こうなったら最後の手段だよ」
「フン、逃げるのですか?」
「うい。そうさせてもらうよ。――但し!」
シャッ! ――トス!
「な! レシルが!?」
ザルムスが投げたダガーがレシルの腕に命中し、ライザが慌ててダガーを引き抜く。
「少々賭けだったが、オジサンの勝ちみたいだね~?」
「このっ!」
シュシュシュシュ!
透かさず爪を飛ばすが動きは予想済みだったらしく、ザルムスはニヤついたまま後退した。
「おっとっと! 感情的なお姉さんも魅力的だが、今はその娘が大事なんじゃないかい? 何せオジサンのような裏家業が使うダガーが普通なわきゃありませんや」
「くぅぅ、やはりあのダガーには!」
「うい。きっちりと毒を仕込んでまさぁ」
途端ライザの顔が青ざめる。
放って置けばはレシルが死ぬ!
「ほいっと。その紙に解毒する方法が書いてますぜ? まぁ乗るか反るかはそちらさん次第ってやつでさぁ――したらば!」
丸めた紙をライザへ放ると、ザルムスはチラリとだけラーズグロムに視線を向け、そのまま窓から飛び出していった。
「申し訳ありませんフール様! 私のせいでレシルが……」
「落ち着けライザ。解毒する方法が書かれてるなら、速効性は無いはずだ。――おい、さっさと起きろ!」
ガジッ!
「……イダダダダダダッ! な、なんだ、いったい何が!」
非常時ということもあり、ラーズグロムの腕に噛みつくフール。
毒とは別にこちらは速効性があったようで、見事飛び起こすことに成功した。
「緊急事態だ。先程追っ手の襲撃を受けた」
「お、追っ手が!」
「落ち着け。そっちは撃退したが、今はそれよりコチラが大事だ」
フールが視線を移したのを見て、ラーズグロムも釣られて目を動かす。
そこには腕から血を流したレシルが、顔中に汗を滴らせつつ魘されていた。
「レ、レシル!」
「毒を仕込んだダガーを食らったのだ。放置すれば命はない」
「そんな……な、何とか助ける方法は!?」
「お、落ち着けと言ったろう」
フールにしがみつきガクガクと揺する。
ライザ同様に顔が青ざめたラーズグロムを再度落ち着かせると、フールが紙を手渡してきた。
「刺客が去り際に残した紙だ。俺の予想が正しければ……」
紙を広げると、そこにはこう書かれていた。
【此度使用した毒は、東の樹海のみに生息する十字ヘゴと呼ばれる樹木から採取したもので、解毒薬も同じ樹木から採取が可能である。詳しい場所も記すので、是非ともラーズグロム殿も同伴でお越しいただきたい。尚、ラーズグロムがお越しにならない場合、十字ヘゴを残らず燃さすことになりますゆえ、ご注意いただきたい。では良い決断を】
「レシル、絶対に助けてやるからな!」
「お、おい待て!」
部屋から飛び出そうとしたラーズグロムをフールが呼び止める。
「これは明らかに罠だぞ? それでも行くつもりか?」
「勿論だ。人1人救えないで上に立つ存在には成れない。僕は父上とは違う!」
もしも亡きムンゾヴァイスだったなら、レシルを助けようとはしなかっただろう。
それどころか堂々と捨て駒として扱ってたはずだ。
「分かった。やはりお前は俺が見込んだ男のようだ。だが何もお前一人で行くこともあるまい」
「フール……」
「ふざけた真似をしてくれた連中に、俺の恐ろしさを教えてやらねばなるまい」
フールとしてもレシルを見捨てるつもりはなく、ライザも同様だろう。
「無策で行くのは無謀。あらゆる可能性を想定して挑むのだ」
「ああ!」




