冒険者ラーグ
「まいどあり~!」
チョワイツ王国に入ってから最初に行ったこと――それは、ラーズグロムの身形を変えることであり、たった今そのクエストを終了したところだ。
「ラーグ兄ちゃん冒険者みたい!」
「そうかい? でも……う~ん、やっぱり落ち着かないなぁ」
「慣れてみせろ。そのくらい」
国境から一番近くの街――ヤーマルに着くと、すぐに防具屋へと直行。
貴族物の衣類を売り払い、冒険者が身につける装備品を揃えた。
とりあえずは目立たなくなるだろう。
「お似合いだと思いますよラーグさん。どう見てもモブの冒険者ですので、誰も皇族だとは思いませんし、雑魚の貴方にはピッタリの姿と言えるでしょう」
「ありがとうライザ。心なしか貶されてる気がするのは気のせいだと思いたいけど……」
そしてこの長い銀髪をなびかせたライザという女。
見た目は少々露出の多い獣人女性にしか見えないが、フールが召喚したシルバーウルフというCランクの魔物が人化した姿である。
魔力保有量がだいぶ上昇したため、護衛のため召喚したシルバーウルフを眷属としたのだ。
それをふまえれば、ライザから見たラーズグロムは確かに雑魚なのだが……。
「そういえば身分証が必要だな。街に入るのに一々銅貨を払うのも面倒だし、無いと逆に怪しまれる」
貴族のうちは家紋を見せることで通過できても、平民だとそうはいかない。
不審に思われたら、詰所で調べられることだって有り得る。
「ならばどこかのギルドに入会するしかあるまい。さしずめ冒険者ギルドあたりが無難なのではないか?」
「冒険者ギルドかぁ……」
ラーズグロム自身、冒険者ギルドは元より下町のギルドと接触したことはない。
逃亡する前は関わることは無いだろうと考えてたので当然ではあるが。
ちなみに一番最初に関わったのが、幸か不幸か闇ギルドである。
ギィィ……
「あら、いらっしゃい。ようこそ冒険者ギルドへ」
入口付近で掃き掃除をしていた中年女性が声をかけてくる。
結局ラーズグロムが選択したのは冒険者ギルドだった。
「冒険者登録をしたいんですが……」
「ああ、でしたらあちらのカウンターでお願いね~」
女性が指した奥にあるカウンターを見ると、一人の冒険者と思われる男と受付嬢が話をしてる以外に、人は殆ど見当たらない。
あまり目立ちたくないラーズグロムにとっては好都合なので、さっそくカウンターに向かうが……
バタン!
「くそっ、まさか早々と失敗するとはな!」
「まったくだ。ただの骨折り損だぜ」
ちょうどカウンターが空いたタイミングで、入口から3人の荒々しい男が入ってくる。
先程の女性職員が顔を背けるあたり、評判は良くないようだ。
ラーズグロムとしても男達と関わる気はなく、そのまま登録をすませようとするのだが、どうやらそうも行きそうにない。
「おい、さっさとどけ。邪魔だ」
3人組の一人が、ラーズグロム達を手で払う仕草をする。
後からやって来ておきながら順番を譲れと言ってるのだ。
「君達は後から来ただろう? ならば僕が終わるまでまっててくれないかい?」
「あ~ん? なんでテメェの番が必要なんだぁ? ガキは黙って大人の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
ガシッ!
男が突き飛ばそうとしてきたので、伸ばされた手を掴み正面から睨みつけた。
「……なんの真似だい?」
「コ、コイツ……」
男のやり方に内心で憤り、真っ向から対立することになった。
こうなると男達も引くわけにはいかず、益々ヒートアップさせる。
「俺達を知らねぇのか? あの有名な【荒野の3人】だぞ!?」
「分かったらさっさとどけ! それともそっちの姉ちゃんが酌でもしてくれんなら見逃してやってもいいぜ?」
「おう、いいなそれ! そんなら文句はねぇぜ!」
ライザに気付いた男達が、途端にイヤらしい視線を向ける。
どうやらラーズグロムからライザへと目標が移ってしまったらしい。
が、そんな男達をバッサリと両断する言葉が投げ掛けられた。
「お断りします。そのような義理は有りませんし、吐き気を誘発するような体臭に気が狂いそうです。あなた方のような人間には、似たような体臭のゴブリンがお似合いでしょう――いえ、寧ろゴブリンが可哀想かもしれませんね。――以上の言葉がその無価値な頭で理解できたのなら、さっさとこの場から消えてください、クソ雑魚野郎共」
散々吐き出された毒に、男達は顔を真っ赤に染め上げていく。
断られるだけではなく、馬鹿にされるとまでは思ってなかっただろう。
先程のラーズグロムに向けられた言葉は遥かにマシである。
「このアマァ、黙って聞いてりゃ調子にのりやがって!」
「もう許さねぇ――オラァ!」
ガシッ!
男の一人が殴りかかる――が、ライザはそれを受け止め、腕を捻り上げる。
「グ、グワァァァ! は、離せ、ちきしょうめぇぇぇ!」
「触るなと言ったはずです。口で言っても分からないのなら――」
「ギェェェ! わ、分かった、分かったから離してくれぇぇ!」
そのままネジ切るつもりで力を込めると、あっさりと男は降伏宣言。
ライザは呆れつつも手を離した。
「ク、クソッ、覚えてやがれ!」
テンプレ的な捨て台詞を吐くと、男達はドタドタと去っていった。
「あの人達、嫌な匂いだった」
「大丈夫ですよレシル。汗臭い連中は追い払いましたからね」
なぜかレシルには優しいライザ。
レシルが犬獣人であるため、親近感を感じてるのかもしれない。
「あ、あの……気を付けた方がいいと思いますよ?」
一部始終を見ていた受付嬢が心配そうな表情で注意を促してきた。
「あの人達【荒野の3人】というパーティなのですが、この辺りでは悪い噂が絶えないんです。依頼人とのトラブルや、冒険者に成り立ての初心者を訓練だと言って暴行したりと」
粗暴なのは見た目だけじゃなかったらしい。
無精髭を生やし目付きも鋭いところは、それこそ絵に描いたようなガラの悪さのようだ。
「忠告ありがとう。まぁなんとかなるから大丈夫ですよ。それよりギルドガードの発行をお願いします」
「分かりました。依頼を横取りするって噂もあるので、くれぐれもご注意ください。――では、こちらがギルドガードになります」
受付嬢より手渡されたのは、ラーグという偽名が書かれたGランクのカードだ。
冒険者は例外なくGランクからスタートし、Cランクになれば一人前と言えるだろう。
ちなみに【荒野の3人】はDランクとのことだ。
「さて、この後はどうするのです? 日が暮れる前に、宿か野宿を決めてくれません?」
フールの言葉を代弁してライザが尋ねてくる。
人前でフールが喋るのはリスクが大きいという理由から、人気の多い場所ではライザが代わりに話すことを事前に決めていた。
「今日は宿に泊まろうと思う。ここしばらく野宿だったしね」
実はラーズグロム自身、さほど野宿には抵抗はない。
これには彼に剣術指南した人物が影響しており、剣の扱いはもちろんサバイバル戦術を伝授されたのが大きい。
「でもその前に、いくつか依頼をこなしておきたい。路銀もバカにならないしね」
テキトーな採取依頼を受ける(Gランクは採取依頼しか受けられない)と、さっそく街の近くの森へと繰り出す。
今回受けたのはグリーンクラブという植物の採取で、ポーションの材料に欠かせない素材だ。
比較的どこにでも生えてるが、報酬と時間効率を考えると普通の冒険者で引き受ける者は少なく、子供の小遣い稼ぎに近い。
「まさにGランクの依頼だな。これなら魔物を相手にした方がよっぽど楽だ……」
つまらなさそうにフールが愚痴る。
もっとも彼が直接戦うことはないのだが。
「申し訳ありませんフール様。この人間がGランクという不甲斐ない存在ゆえに……」
「いや、ライザもGランクだからね?」
顔をひきつらせたラーズグロムが反論する。
彼もライザもレシルも等しくGランクなので、こればかりはどうしようもない。
「あ、あたし、匂いで分かるよ?」
「本当かい? それは助かる!」
レシルの鼻を頼りにグリーンクラブをかき集めていく。
思わぬ形で役に立ったレシルがあっちこっちと飛び回り、そろそろ日が暮れてきたと思われたその時、再びレシルが鼻をヒクつかせた。
「嫌な匂い。昼間に嗅いだのと同じ匂いがする……」
「レシルよ、昼間というとあの3人の男達のことか?」
「うん。でも昼間よりも濃くなってる」
フールの問いにレシルが頷くと、フールも注意深く気配を探る。
「ラーズグロムよ、どうやら街の方角で待ち伏せされてるようだぞ? 数は6以上いるな」
どうやって呼びかけたのか不明だが、昼間の男達が数を増やして待ち伏せを行ってるらしい。
当然これは犯罪行為であり、反撃で殺しても罪には問われない。
「採取依頼で物足りなかったところです。連中の始末はこの私に……よろしいですか?」
「構わん。これ以上付きまとわれるのも面倒だ。ならば早めに処分しておこう」
フールによる死刑判決が下り、犬歯をギラつかせたライザが先頭を歩く。
もう少しで森を抜けるかというところで、左右の茂みから複数の男が現れた。
「ちょっと待ちなぁ!」
「……何か御用でしょうか?」
「ああ、用ならあるぜ? テメェを奴隷にしてやるって用ならなぁ――やっちまえ!」
懲りずに男達が襲いかかる。
一斉に襲えば勝てると考えたのだろう。
だがそれは甘い考えだっと、痛みを伴うことで理解することとなる。
ドスッドスッ!
「ゲハッ!」
「ゴフッ!」
手前二人の首に、ライザの爪が深々と突き刺さる。
それにより、後ろの男達は動きを止めた。
この間約2秒だ。
「「「なっ!?」」」
「何をよそ見してるのです?」
ドスドスッ! ドシュ! グシャ!
「「「ギョェェェ!」」」
気付けば8人いた男が6人になり、呆気にとられてる間に最後の一人を残すのみとなっていた。
「ヒ、ヒィィィ化け物ぉぉぉ!」
血で出来た即席の池を前にして、最後の一人が腰を抜かして後ずさる。
他の男達が絶命してるのが一目で分かり、初めて目の前の女が殺しにきてると理解したのだ。
「理解するのが遅すぎたようですね?」
「ままま、待ってくれ! 悪かった、俺が悪かったから許してくれぇ!」
偶然か意図的か、最後の一人は冒険者ギルドで腕を捻られた男であった。
一応の命乞いにライザは主であるフールに判断を仰ぐが、結果は……
ドシュ!
「ガフッ!?」
喉を突かれ、仲間の後を追う男。
残念なことに決断は覆らなかったようだ。
「はい、依頼達成ですね。Eランクに昇格しましたので、次回からは討伐依頼も受けられます」
何事もなかったかのようにギルドへと戻り、受付嬢からEランクへと変更されたギルドカードを受け取る。
依頼報酬も受け取ったが、男達の所持金の方が多いという皮肉な結果に思わずラーズグロムは苦笑いをするが。
「さて、久々に宿で1泊しよう」
「そうですね。貴方はともかく、レシルにはフカフカのベッドで寛いでもらいたいですし」
さりげなく毒を吐くライザにため息をつきつつギルドを出ようとした一行。
バタン!
「た、大変だ!」
彼らよりも先にギルドへと駆け込んで来た冒険者の言葉を耳にし、思わず足を止めた。
「アルカナウ王国が攻め込んできた! 既に北部の大部分は奴らの手に落ちたらしい!」
その言葉にギルド内が騒然とする。
緊張が高まってるという噂は耳にしていたため、とうとう始まったかという反応が大半を占めていた。
(アルカナウ王国には、プラーガ帝国から脱走した勇者達が多くいる。彼らとの接触は避けたいところだが……)
どうしようかと思い悩んでいるところへ、更に別の冒険者が駆け込んで来た。
そしてこの冒険者の発言が、ますますラーズグロムを悩ますこととなる。
「北西にあるゴビンの街に、プラーガ帝国の軍隊が近付いてるらしいぞ!」
こうなると混乱するなという方が無理というもの。
よりいっそう騒然とするギルド内で、ラーズグロムは頭を抱えた。
(僕を捕らえるために越境を!? ――いや、さすがにそれは考え難い。だが見つかれば追い回される可能性がある分、動向には注意する必要があるし、これじゃあ迂闊に動けない……)
脱走した勇者とプラーガ帝国軍。
下手をすると双方から狙われかねない事態に、ラーズグロムがとる行動は……




