公爵令嬢キルレイン
「そ、それは本当ですか?」
春の木枯らしではためく天幕の中で、ラーズグロムは困惑の色を浮かべる。
重々しく口を開いたキルレインが語った内容――それは、今日の夜に訪れるヴォルテールからの使者は、暗殺するために送り込まれるというのだ。
「勿論本当のことです。残念ながら物的証拠はありませんが、父上から密かに明かしたのです」
「…………」
それが本当なら訪れた瞬間に捕縛するべきだが、目の前の令嬢の話を鵜呑みにはできない。
しばし考え込んでいると、キルレインは再び護衛に目配せをして話を進める。
「父上は追い詰められております。邪教である聖プリムラ教との繋がりが露呈し、もはや死罪は免れない。そこで新皇帝ザファークが告げたのが、反乱軍を撃破すれば此度の件は不問にする――というものでした」
聞けば謁見の間に引きずり出され、ザファーク直々に告げられたのだとか。
そうなれば二つ返事で了承するしか選択肢はなく、まさしく首の皮一枚で生き残っていると言ってもいい。
「聖プリムラ教の一件以降、父上の派閥から離れる貴族は増え続ける一方。このままでは戦わずして勝敗が決してしまう――そう考えた父上は残っている貴族に召集をかける傍ら、部下に命じました。ラーズグロムを暗殺せよと」
「……っ!」
嘘だとは言い切れない。
頭の回転が良いザファークなら言いそうではあるし、追い詰められた公爵にしても一か八かで賭けに出るのも頷ける。
しかし、それでいて不可解な部分もある。
誰しもが思うであろうが、キルレインが暴露しに来たのが最大の疑問だ。
「……なぜそれを僕に? 貴女にとってのメリットとはどこにあるのです?」
ラーズグロムの問いかけに一瞬ピタリと動きを止めるも、すぐに口を開き……
「……私は父上を見限りました。急拵えの暗殺計画など上手くいくはずもありません。残念ながら我が家は没落を免れず、待っているのは一族郎党での打ち首でしょう。ならば――」
一度言葉を区切ると、ラーズグロムの目を真っ直ぐに捉えた。
「私は父を斬り捨て、新たに成り上がる道を選びます。幸いなことに私には魔法士としての心得もございます。ご命令とあらば、父ヴォルテールを打つため前線に出されても構いません。どうか私を兵の末端にでも加えて下さい」
これが演技なのか素なのかは判別がつかない。
だが、少なくとも僅かな護衛でやって来るのには覚悟が必要であり、軽々しくできる事ではないだろう。
「事情は分かりました。すぐに我が陣営に加えることは出来ませんが、貴重な情報をもたらしていただいたのを踏まえ、客人として歓迎いたします」
「手厚い後考慮、ありがとうございます」
面会を終えた彼らを一旦下がらせると、入れ代わるようにレシル達三人組が天幕に入ってきた。
どうやらすぐ外で聞き耳を立ててたらしい。
「何々? もしかして今のって側室候補だったりする? あんまライバル増やさないでほしいんだけどな~?」
「そんなんじゃない……。それより丁度いいから皆の意見を聞きたい」
ジュリアの戯言をスルーすると、改めて意見を求める。
初めて顔を合わせた相手であるし、出来るだけ多くの意見を参考にしたいと思ったのだ。
「正直なところ、僕だけではとても判断しきれない。雰囲気だけは鬼気迫るものを感じたけれど……」
聞く限りでは、まるで悲劇のヒロインだ。
話している最中、所々で肩を震わせていたのも印象深い。
「特に嫌な匂いはしなかったよ? 悪い人じゃないと思う」
「護衛の二人も不審な感じはなかったでしゅ。少なくとも闇ギルドの構成員――って事はないでしゅよ」
「年上の女が好みにしても、あれはちょっとキツい性格だと思うよ? 男を顎で使うタイプだから絶対止めた方がいいって」
ジュリアだけは的外れな意見を述べたが、レシルとメッツからは参考になる話を聞けた。
これなら一応は信用してもいいのかもしれないと思っていると、ライザとリオンからは反対の意見が飛び出す。
「不審な点がないのは逆に怪しいと思います。思い切った行動に出た割には、計画的な感じがしましたが……」
「だな。どんなに善人でも追い詰められた者のやる事は予想できん。油断は禁物だ」
言われてみればその通りで、ヴォルテール公爵の使者として来たのなら、同情を誘うことで油断させようとしてる可能性もある。
結局のところ結論が出ずに終わり、夜を迎えてしまった。
するとキルレインの言う通り、ヴォルテール公爵から使者が送られて来たとメガロディウスから一報が届けられる。
その使者はしきりにラーズグロムに直接伝えたいと譲らず、詳しい内容は一切明かそうとしなかったらしい。
不審に思ったメガロディウスが問い詰めると、これ以上は無駄だと悟ったのか忍ばせていたナイフを取り出し、斬りかかってきたのだそうな。
幸いメガロディウスに怪我はなかったものの、これでキルレインの言った話の信憑性が増したと言っていい。
「少々疑いすぎたかもしれないな。他の兵達も警戒心が薄れたみたいだし、僕だけ態度を硬化させるのもバカらしい」
「早まるなラーズグロムよ。確かに送られて来た使者に関しては正しい情報だった。だからと言って、キルレインの本心が本物とは限らないのだぞ?」
床につく前、何気なくフールと話し合う。
やはりフールもライザやリオンと同様にキルレインを疑っていた。
「まぁ、たったこれだけで判断しろというのも無理がある。考えの甘いところは相変わらずだが、俺が見張っているから問題ない。さっさと寝とけ」
「分かったよ……」
尻尾でラーズグロムの顔をペシペシと叩き、懐に潜り込んでいったフール。
ラーズグロムとしては反論したいところだったが、渋々眠りにつくのであった。
そして深夜、最低限の見張り以外は眠りについてる時間帯。
ラーズグロムの寝ているすぐ傍に魔法陣が出現し、中から三人の人影が現れた。
その正体は、父であるヴォルテール公爵を見限りラーズグロムの陣営へと鞍替えしたキルレインと、彼女の護衛二人だ。
「上手くいきましたな、キルレイン様。標的はぐっすりと眠りこけておりますぞ」
「フッ、そのようね」
護衛の一人に耳打ちされると、腰に手をあて当然のように頷くキルレイン。
なぜこのような芸当が成されたのかというと、全ては彼女――キルレインの魔法士としての術によるものだ。
「私は一度見た相手なら、半径一キロ以内にいる場合のみ感知できる魔法――サーチアナライズを使用できる。更に500メートル範囲で転移できる魔法――ショートジャンプと組み合わせれば、こういう使い方も可能なのよ」
自ら明かした通り、魔力の消耗は激しいものの、使い方しだいでは脅威になるのだ。
もっとも、逃げ切れるかどうかは別の話になってくるが。
「ま、コイツに恨みはないけれど、こうでもしないと泥船と一緒に沈むだけだしね」
父であるヴォルテールを泥船と例えるのは、見限ったという部分は本当の事だからだ。
キルレインの思惑は父を出し抜いて独立する事であり、そのための手土産としてラーズグロムの首を狙ってきたのである。
「さ、お喋りはここまで。早いとこコイツを捌いちゃいましょ」
「承知致しました」
護衛の一人が剣を抜くと、迷わずラーズグロムの首へと振り下ろす。
呆気なく終わったなと思っただろうが、そう上手くは行かない。
バシン!
「グッ!」
物陰から飛び出てきた何者かが、護衛の剣を弾き飛ばした。
ドスッ!
「グェッ!」
いつの間に――と思ったのも束の間、続いて腹部に肘打ちを受けた護衛は、あっさりと意識を手離すのであった。
「お、お前はラーズグロムの――」
キルレインは驚き目を見開く。
ライザは予めフールによりラーズグロムの近くで身を潜めておくよう命じられてたのだ。
「ええ、護衛をしてましたライザです――よっと!」
ドガッ!
「ゴハッ!」
話している最中も、ライザの動きは止まらない。
もう一人の護衛を蹴り飛ばして意識を刈り取ると、後はキルレインを残すのみとなる。
「ラーズグロム様! いったい何事で――こ、これは!?」
「ライザ殿、それに……」
物音に気付いた見張りが、慌てて天幕に入ってきた。
倒れている護衛二人、それからライザにキルレインを見て、見張りの兵士が困惑する。
「チッ、こうなったら!」
最後の手段として残る魔力を使い果たし、いずこかへ転移で逃げていった。
すぐに追いたいところだったが、ライザは仕方なく兵士に指示をだす。
「彼女達はヴォルテール公爵からの刺客でした。そこの二人を捕らえなさい」
「なんと! 分かりました!」
残るはキルレインのみ。
即座に天幕を飛び出そうとしたが……
『キルレインは捕らえたから安心しろ』
どうやらリオンが捕縛したらしく、念話が送られてくる。
こうしてラーズグロム暗殺は防がれ、無事に次の日を迎えることができたのであった。




