追い詰められた公爵家
「以上で報告を終わります」
「ご苦労だったね、下がっていいよ」
「ハッ!」
報告を終えた兵が書斎から退室したのを見届けたザファークは、改めて報告書に視線を落とす。
「ガリー侯爵は早くも敗北。反乱軍は勢い衰えぬまま西へ――か。期待してなかったとはいえ、こうも容易く乗り越えてくるとはねぇ……」
実のところ、ガリー侯爵の敗北は織り込み済みであった。
ヴァレリー辺境伯とエボルガント元帥の二人は武勲を残した猛将であり、簡単に撃破はできないことなど予想されていた事である。
「よいのか? 俺が出向けば簡単に終わらせてやるが」
「いや、それには及ばないさ」
傍らに居た勇者本城――もとい、クロカゲの提案にパタパタと手を振る。
「すでに手は打ってある。彼なら死に物狂いで戦ってくれるはずだよ」
「……彼?」
「ほら、あの公爵だよ、聖プリムラ教を陰ながら支援していたヴォルテール公爵さ」
にこやかな笑みを浮かべて告げた名は、悪名高い邪教とも言える聖プリムラ教を支援していた公爵であった。
屋敷の地下を提供して教団施設を作らせた張本人であり、地下施設の炎上で自身の屋敷までが焼け落ちてしまったことで明るみになった事実である。
「本来なら死罪だよ、あの忌々しい教団と関わっていた時点でね。けれどせっかく利用できるなら、使ってやってもいいかと思ったのさ」
ヴォルテールの本音ではラーズグロム派に寝返りたいと思っただろうが、すでにラーズグロムと教団が敵対していたためそれは叶わず、やむ無くザファークに命乞いをしたのだ。
その結果、ラーズグロムを担ぎ上げる反乱軍を討伐することで不問にすると言われれば、首を縦に振る以外はなかったと言えよう。
「そんな崖っぷちをさ迷っている公爵が、奴らに勝てるとは思えんがな。身の程を知って逃げ帰って来るのではないか?」
「それならそれで構わないけれど、もしも逃げ帰ってきたのなら、その時点で死罪が確定してしまうね、可哀想だけれど」
可哀想と言う割には楽しそうなザファーク。
自身に痛手はないので、存分に消耗させてこいと思ってたりする。
「それよりも――」
ドタドタドタドタ――バタン!
話題を変えようとしたところで、思いっきり扉が開け放たれる。
視線を移せば、黒髪でショートカットの若い女がしかめっ面でツカツカと向かってくるところだった。
「ちょっとアンタ、いつまであたしを待たせる気だい!?」
「そんなに語気を強めてどうしたんだい、由良川さん?」
ノックも無しに入って来たのは、最後の勇者として生き残っている由良川という人間であった。
そんな由良川はザファークの態度が気にくわなかったのかテーブルをバンと叩き、ますますヒートアップさせていく。
「どうしたんだ――じゃないでしょ!? あたしは早いとこ仕返しに行きたいんだ、さっさと出撃許可を出せっつ~の!」
どうやら由良川は、アルカナウ王国の専属勇者であるエルシドに負かされたのが余程悔しかったらしく、全力で叩きのめすために気合い充分の様子だ。
しかし、ザファークからは勝手な行動は控えるよう言いつけられており、フラストレーションの溜まる日々を過ごしていたのである。
「……キミの気持ちは分かっているよ」
「だったら――」
「だけど僕にも思い描いた筋書きというものがある。勝手な行動は慎んでもらおう」
にこやかではあるが、目は笑ってはいなかった。
ザファークはそれとなく勇者を毛嫌いしている節があり、由良川に対しても同様に接してたりする。
しかし、当の由良川が納得できる筈がなく……
「もういい、アンタがその気なら勝手にやらせてもらうよ!」
ついに命令を無視して書斎を飛び出していく。
その様子を見ていたクロカゲが「どうする?」と視線で問いかけるが、ザファークは肩を竦めると手をプラプラと振って答える。
放って置けという意味らしい。
「勇者の制御が難しいのは今更だよ。結果が出れば万々歳だと思って、好きにやらせてみようじゃないか」
下手に抑圧するよりはマシだと考え、由良川のことは放置を決め込んだのである。
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前哨戦を難なく勝利したラーズグロムの軍勢は、勢いをそのままに次なる戦地――ブルファイト山の山道へと向かう。
ここでは時おり山頂から転げ落ちてくる岩が発生し、それを闘牛に準えたことからその名がついた危険な山道でもある。
「斥候隊より報告! 山道を封鎖していた敵部隊を発見。こちらが接近すると、即座に撤退を開始したとのことです!」
「ふむ……」
伝令からの報告に、参謀であるメガロディウスが思考する。
敵の動きは明らかに誘い込もうとするソレであり、わざわざ乗っかってやる義理はない。
しかし、士気の高い今なら強行突破するという手もあり、悩ましいところだ。
「どうする? 時間をかければ回り込んで挟撃することも可能だろうが、短期決戦なら穴を開けて押し広げてやるのもありだ」
「う~ん……戦略的な話になると正直分からないんだけどね」
さすがに兵を指揮するのが初めてのラーズグロムでは簡単には決めかねる。
そこでヴァレリーとエボルガントの両名に視線を送り、助言を求めることにした。
「こちらの地形に詳しくはないが、山越えとなれば時間を要するのが鉄則。腰を据えて構えるのがセオリーと言えようが……」
エボルガントが言葉を濁すと、ヴァレリーが後を引き継ぐ。
「時間をかけて有利になるのはザファークの方でしょう。幸いガリー侯爵との戦闘では消耗は少なかった事ですし、多少の犠牲には目を瞑って強行突破するが吉かと」
慎重になりすぎても、かえって自分の首を締めることに繋がる。
ならばここは強行突破もありかもしれないと、ラーズグロムも考えた。
「強行突破しようと思う。僕が先頭に――」
「ダメに決まってるだろう……」
思わず額に手を当てたメガロディウスが告げる。
「強行突破はいいが、今回は後ろで控えててもらうぞ? 相手は罠を使った盛大なパーティーを企画してるはずだ。飛んで火に入る夏の虫には成りたくあるまい?」
「分かった。後方からの奇襲も考えられるし、後ろを警戒するよ」
罠が有ると知ってて総大将が向かうのはあまりにも危険だ。
メガロディウスの台詞で納得したラーズグロムは、後方に控えることに決めた。
本隊をメガロディウスに任せ、ラーズグロム――ならびにライザとリオンも共に後方へと下がると、懐かしい顔ぶれ(数時間離れてただけだが)が見えてくる。
「あ、ラーグ兄ちゃんだ!」
「ホントだ、どうしたのラーグ?」
「でしゅ?」
敬礼をした重装兵の後ろから、レシル達三人組が顔を見せた。
敵の奇襲もなく、異常はなかったらしい。
「罠が有ると危険だって話になって、僕はしばらく後方にいることにしたよ」
「じゃあしばらくは安全だね!」
――と、レシルは言うが、まったく危険がないかと言われればそうでもない。
ザファーク派の別動隊がこっそりと接近してくる可能性もあり、決して油断はできないのだ。
ちなみにアンジェラは「この程度では物足りぬ!」と喚き、勇者エルシドと共に前線へ加わっている。
「報告します。ヴォルテール公爵からの使者が訪れております」
「ヴォルテール公爵……」
伝令からその名を聞き、ラーズグロムが表情を曇らせる。
ヴォルテール公爵は聖プリムラ教を支援していた貴族の代表格であり、教団との関係が明るみになった今、極刑は免れない。
「密約の申し入れかもしれない。会うだけ会ってみよう」
「畏まりました。使者殿には別の天幕で待たせておきます」
あの聖プリムラ教と関わっていたヴォルテール公爵だ。手を組むつもりはないが使者として訪れている以上、丁重に扱わなければならない。
そこでラーズグロムは、ライザとリオンを護衛として伴い、使者の前へと出た。
「お初にお目にかかります、ラーズグロム様。私はヴォルテール公爵の長女――キルレインと申します」
「知っているでしょうが、僕がムンゾヴァイスの三男――ラーズグロムです。さっそくですが、用件を伺いましょう」
「……はい、実は――」
両サイドの護衛に目配せをし、意を決したようにキルレインは語る。
しかし、それは少々困惑する内容であり、どうしたものかと首を捻るのであった。




