戦場の華
「行け、グリーンウルフよ! 敵兵を撹乱させるのだ!」
「「「ウォン!」」」
フールが召喚したグリーンウルフ100匹が敵軍へと突っ込んでいく。
見渡しのよい平原が戦場であるため、その様子は敵味方双方からハッキリと伺えた。
「ななな、なんだこの狼の群は!?」
「こんな数、いったいどこから!」
「ボヤッとするな、早く迎え撃て!」
突如として魔法陣から大量の狼が現れたのだ、狼狽えた敵兵が動きを止めるのも無理はない。
例えFランクと言えど、これほどの大群は脅威として目に焼き付いたことだろう。
そしてこの初動の遅れが勝敗に大きく関わる事となる。
「敵が混乱している。一気に攻め立てるぞ!」
「うむ! ――ライザ、リオン、存分に暴れるがよい!」
「「承知しました」」
初動が遅れた上、グリーンウルフを蹴散らす必要に迫られた敵兵は、続いて迫るライザとリオンにまで手は回らない。
「まとめて焼き払ってくれよう――ファイヤーストーム!」
馬から飛び降りたリオンがグリーンウルフと戦っている敵の後方に火柱を発生させ、これにより益々混乱が激しくなった。
「ま、魔法士だ、魔法士がいやがる!」
「んなこと言ったって、グリーンウルフが邪魔で対処できねぇよ!」
「ちきしょう、せめてあの魔法士を――ギャァァァ!」
グリーンウルフの間をすり抜け、リオンに迫ろうとした敵兵に鋭い爪が突き刺さる。
飛ばしたのはライザ。いまだ狼と戯れている敵兵を次々と薙ぎ倒していく。
「さぁ、死にたくなければ退きなさい。さもなくば、わたくしの爪で名府へと誘うことになりますよ!」
見た目は獣人ながらも中身はBランクのプラチナウルフ。
対魔物の戦歴が少ない一般兵など恐れるに足らず、次第に敵兵は腰が退けていく。
しかし、相手もやられてばかりではない。
「射て射てぇ! 奴らを近付けさせるなぁ!」
前列の歩兵が後退すると、後方に控えてた弓兵による一斉射撃が開始された。
単身で前に出た二人に弓矢の雨が降り注ぐ。
これが一般兵なら確実に死んでいるところだが、幸い二人はただの獣人とダークエルフではない。
キキキキキン!
「フン、その程度の矢で我々を討ち取ろうとは愚かな」
「雑魚は雑魚らしく、身の程を知るべきでしょうね」
リオンは障壁を展開して防げば、ライザは自力で回避する。
一騎当千の働きに、思わず味方も見とれてしまう。
「す、凄いぞあの二人!」
「ありゃ相当な強者だ。高ランクで名のある冒険者かもしれん」
「これなら勝てる、勝てるぞぉ!」
それを見ていた味方の兵からは歓声が上がり、二人に続くべく敵兵に突っ込んでいった。
ようやくグリーンウルフを片付けたらと思ったら、情け容赦なく攻め立てられるのだ。
敵兵にしたらたまったものではない。
「てててて、撤退だぁ! 退けぇ、退けぇぇぇ!」
「くっそ~、なんなんだよあの二人は! あんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ!?」
「いいから逃げるぞ! こんな戦いやってられっか!」
ガリー侯爵の左翼部隊が撤退を――というより逃走を開始した。
向かう先がてんでバラバラなのがその証拠であり、恐怖を植えつけられた兵は二度と戻っては来ないだろう。
「敵左翼は瓦解した! 次は大将であるガリー侯爵の本隊だ!」
「「「おおおっ!」」」
勢いのまま敵の左翼部隊を撃破したラーズグロムの部隊は、そのまま敵本隊へと向かっていく。
もはや士気は最高潮に達し、余程のことがない限り勢いは止まらない。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ぐぬぬぬぬ、さすがはヴァレリー。閃光と言う二つ名は伊達ではないか。」
「ハッ、噂に違わぬ猛将であると存じ上げますが、それだけでは御座いません」
「……何?」
「チョワイツ王国から進軍してきたエボルガントも、ヴァレリーに勝るとも劣らぬ武人。彼らの猛威で我が軍は押され気味。一度撤退し、立て直したほうがよろしいかと」
「むぅ……それほどか」
敵本隊の後方に張られている天幕の中で、ガリガリに痩せ細った老人――ガリー侯爵が顎に手を添え唸る。
新皇帝ザファークの反乱軍鎮圧要請により出陣したまではよかったが、圧倒的な武を見せつける二人――ヴァレリー辺境伯とエボルガント元帥により前線は苦戦。早くも押されつつあった。
部下により撤退を進言されどうしようかと頭を捻る中、新たな報を持った伝令が息を切らせて天幕に転がり込んでくる。
「ほ、報告致します! 左翼が反乱軍との戦闘に突入、そこに反乱軍の総大将であるラーズグロムを発見したとのことです!」
「なんだと!?」
ガリー侯爵は驚きながらも色めき立つ。
この戦いはラーズグロムを討ち取れば勝ちであり、それを満たす条件が目の前に転がっているのだ。
「フッ、青二才め。総大将がのこのこ前に出てくるとは、余程のバカか常識はずれの強者かのどちらかだ」
当然ガリーは前者だと高をくくる。
まだ未成年であるラーズグロムが強者なわけがない。
「右翼のデオレント伯爵に伝えろ。敵中央を足止めし、守りに徹せよ。その間に我々本隊が左翼と共にラーズグロムを討ち取ると!」
「ハッ!」
伝令を送り出し内心でほくそ笑むガリー。
本来であればこの選択肢は間違ってはおらず、寧ろ正しいと言えるだろう。
しかし、ガリーにとっては不運なことに、ラーズグロムは決してバカではない。
フールのお陰ではあるが常識はずれな強者に分類されると言えるし、何を隠そうこの時すでに左翼は瓦解しているのだ。
残念ながら、その報を受けるのはもう少し後になるが。
「行くぞ皆の者ぉ! 勝利は目前、一気にケリをつけるのだぁ!」
「「「おおおっ!」」」
この機を逃すまいと、天幕を放置してラーズグロムのいる右翼へと向かわせる。
姿を見たということは前に出て戦っているという事になり、一気に攻め立てれば充分に撃破は可能であろう――そう考えたガリーであったが……
「ほほほ、報告します! 我が軍の左翼が撃破されましたぁ!」
「……は?」
「ですから、我が軍の左翼が撃破されましたぁ!」
「……へ?」
「で、ですから、我が軍の左翼が撃破されたのです! もうすぐ敵右翼がこちらにやって来ます!」
「ななな――」
聞き間違いかと尋ねたが、間違ってはいないらしい。
驚きと共にのけ反ったガリーが大きく息を吸いこみ、そして……
「なんだとぉぉぉ!?」
声を大にして叫んだ。
何せ接敵したと報告を受けてから殆ど間がないのだ、いくらなんでも早すぎると思うのが普通で、伝令に掴みかかるのは無理もない事であり……
「どういう事だ! 戦闘開始から間もなく瓦解したとでもいうのか!?」
……その通りである。
「ラーズグロムが魔物を使役するという噂は本当です! 他にも妙に強い冒険者を味方につけており、それらが原因で健闘むなしく瓦解に至りました」
「なんと……」
伝令が冗談を言うはずもないため、ガリーは戦う相手を過小評価していたのに気付く。
事実、左翼を指揮していた貴族はすでに逃走中であり、伝令と共に本隊へと合流しに来たのはほんの僅かだ。
思わず天を仰いだガリーがポツリと呟く。
「撤退……するしかないか……」
引き際を誤れば最悪は討ち死にだ。
そうなる前に撤退するのはやむを得ない。
「なんじゃ撤退するのかや?」
「うむ。これ以上は無駄な犠牲を増やすだけ。ならば潔く引くしかあるまい」
「つまらんのぅ。潔くあるならば、玉砕覚悟で戦えばよかろう?」
「バカな。そんなことをして何に――」
ここでガリーは気付く。
自分はいったい誰と話しているのかと。
背後から聴こえるのは若い女性の声であり、女を戦場に連れてきた覚えはない。
ガバッ!
「そ、そこにいるのは誰だ!?」
振り向くと同時に這うようにして距離をとる。
そこに居たのは、紫色の髪を短く整えた女――いや、美女と言っても差し支えない人間が、クツクツと笑いながらガリーを見下ろしていた。
「そう慌てんでもよかろうに。妾は卑怯な手段を好まぬ。ゆえに堂々と一騎討ちでケリをつけようと思ったまでじゃ」
「一騎討ち……だと?」
一騎討ちを申し出てくるのならやはり敵なのだろう。
しかし、ガリーがそれに応じるかは別の話であり、応じる義理もない。
「フン、バカバカしい。誰ぞコヤツを引っ捕らえよ!」
勿論答えはNO。
近くにいる兵に捕らえるよう命じるが……
「……何をしておる、さっさとソイツを捕らえんか! たかだか女一人に何を――」
誰も動かない事を不審に思い辺りを見渡す。
すると驚くべき光景が広がっていた!
「ななな――なんじゃこれはーーーっ!?」
ガリーが改めて腰を抜かした。
あろうことか付近にいた兵が、すべて山積みになって倒れているではないか!
しかも気を利かせてか、邪魔にならないよう隅っこでまとめられている始末だ。
「お主と相手をするのに邪魔だったのでな。隅っこに片付けといてやったぞ?」
「ひぃーーーっ!」
誰も頼んではいなかったが、お陰で実力はよく分かった。
ガリーは這いつくばったまま美女から逃げていく。
このような化け物と一騎討ちなど死んでも御免だろう――が、更なる絶望がガリーを突き落としにくる。
トン!
「――んなっ!?」
這っていく先で何かにぶつかったガリーが前方を見上げる。
なんと、目の前にあったのはラーズグロムを討ち取るべく向かわせたはずの兵であり、同様に山積みにされている光景であった。
「ひぃ……」
ここがガリーの限界だったようで、そのまま気を失ってしまった。
「……むぅ、大将というからにはどれ程の強さか楽しみにしていたのじゃがのぅ」
がっかりする美女――アンジェラであったが、そこへラーズグロム率いる右翼隊が駆けつける。
「ガリー侯爵! 覚悟を決めてもら――って、これは……」
「おお、ようやく来たかラーズグロムよ。残念ながらガリーとやらは気絶してもうたわぃ」
足元を見れば、口から泡を吹いているガリーが仰向けで倒れているのを発見した。
よく分からないが撃破したことには変わらない。
「あの山積みになった敵兵もアンジェラがやったのかい?」
「うむ。手応えのない連中であったが、一応は生きておるぞ?」
「そ、そうかい……」
幾つかの要因が重なり、初戦を華々しく飾ることに成功したラーズグロム。
しかし、帝都にはまだ正規軍も残っており、勇者も控えている。
今後も厳しい戦いが続くであろうと、より一層気を引き締めるのであった。




