平原を駆けろ!
ニースレイを倒した次の日、ラーズグロム一行に衝撃が走る。
あろうことか西園寺がバドラーゼを殺してしまったというのだ。
ニースレイの死も軽く触れられているがそれどころではなく、ザファーク即位の報が帝都を駆け巡り、見事に先手を打たれた形になってしまった。
式典に乗り込み暗殺を――というのも考えたが、さすがにラーズグロムの印象が悪くなるためこの案は却下。
残る方策としては、ラーズグロム派の貴族を集めて真っ向から対抗するという選択に。
そしてヴァレリー辺境伯の元へとトンボ返りをすると、急ぎ帝都へ向けて進軍を開始。ザファークの即位に異を唱えることとなったのである。
「行くぞ皆! 目指すは帝都。欲に囚われ、皇帝の座を奪ったザファークを許すな!」
「「「オオオッ!!」」」
ラーズグロムの言葉に打ち震え、集まった兵達が武器を突き上げる。
ヴァレリー辺境伯を中心に共感した貴族が集い、参謀として駆け付けた傭兵団――再開の剣のメガロディウスが振るう指示のもと、隊列を整えた複数の部隊がだだっ広い平原を西へと進み始めた。
「指揮は上々だな。この辺りはヴァレリー辺境伯の影響が強いのもあり、こちらに加わった貴族は多い。後は結果さえ出せれば、更に加わる貴族も増えるだろう」
部隊の遥か後方で、前方を広く見渡したメガロディウスが馬上で力説する。
いまだ様子見の貴族も多いが、目敏い輩は優勢に傾いた段階ですぐに協力的になるだろう。
まだまだ正規軍の規模には及ばないが
「それにチョワイツ王国軍の存在も大きい。特にエボルガント元帥はヴァレリー辺境伯と並ぶほどの猛将だ。この二人がいればそうそう押されることもあるまい」
チラリと後ろを振り返り、馬上で肩を並べている二人を見ながら述べる。
ヴァレリーとエボルガントの二人は戦時中に幾度となく剣を交えた仲であり、恐らく今も昔話に華を咲かせているのだろう。
「…………」
「それから勇者エルシドが参戦してるのも影響し――っと、ラーズグロム、なに浮かない顔をしている?」
メガロディウスが先ほどから話しかけている相手はラーズグロムで、本人は緊張のためかほとんど口を開いておらず、照りつける朝日とは対称にラーズグロムの表情はどことなく沈んでいた。
「まさか今さら怖じ気付いたわけじゃないだろうな?」
「……いや、そんなんじゃない」
「だったらなんだ? 接敵予測時間が気になるのか? それとも補給線の心配か?」
そのどちらでもないため、ラーズグロムは黙って頭を振る。
彼が気にしてるのは、自身に関わる者達の末路であった。
「これから多くの血が流れようとしている。否応なしに戦いに駆り出される者もいるだろう。他ならぬ僕のせいで――」
「よせラーズグロム」
ネガティブな発言が飛び出したと気付き、メガロディウスは強制的に話を中断させた。
「今の台詞は兵達の前では絶対に話すなよ? いいな?」
改めてラーズグロムに釘を刺す。
辛気くさい話は士気を低下させるだけで、良いことなど一つもない。
「分かってるよ。だからここで言ってるんだ」
「ならいい。――それで、犠牲者が出るのがそんなに嫌だっていうのか?」
「そうだよ。僕が助かりたい一心で、多くの犠牲者が出てしまう。そう考えると……」
「…………」
メガロディウスは軽く息を吐いて肩を竦めた。
人の感情としてはラーズグロムが言っている事も間違いではないのだが、敵兵を蹴散らす毎に痛みを感じていてはきりがない。
「……よく聞けラーズグロム。誰しもが生きる権利があり、誰しもが生き抜こうと必死だ。生きることを放棄したやつは真っ先に犠牲になる――それが世の常だ」
「その通り」
メガロディウスの言葉にフールが同意して続ける。
「人の上に立とうとすれば、必ず足元には死体が転がるのだ。これまで多くの者がお前に挑み、その命を散らしていった。これは決して偶然ではない――必然だったのだ」
遠回しに犠牲者が出るのはやむを得ないと告げる。
相手に遠慮しようものなら忽ち自分が餌食になるのだ、死にたくなければ勝つしかない。
「そう……だな……、すまない二人とも」
一応は払拭できたようで、俯かせていた顔を上げる。
その様子にホッと胸を撫で下ろしたフールとメガロディウスが、いよいよ敵が近付いて来たのを各々の方法で感知した。
「さて、お喋りはここまでにしよう。さっそく前哨戦に突入しそうなのでな」
「うむ、そのようだな」
遥か前方から赤い狼煙が上がる。
これはメガロディウスの傭兵仲間が行っている伝達方法で、赤の狼煙は敵の発見を意味していた。
一方のフールも生命反応が複数固まっているのを感知し、敵が集まっているのだと知る。
ちなみにフールは魔力が多く貯まっているせいか、2キロの索敵範囲が3キロにまで及ぶようになっていた。
「いよいよ儂らの出番か。腕がなるのぅヴァレリーよ!」
「うむ。かつて閃光と恐れられたこの腕――存分に振るってくれようぞ!」
後ろにいた猛将二人が前方へと馬を走らせた。
目は子供のように輝かせており、戦を楽しみにしていたかのような印象すら受ける。
「よいのか? 勝手に行ってしまったが……」
「問題ない。前哨戦は彼らに任せようと考えていたし、何より戦は勢いが必要だ」
フールが心配するも、メガロディウスはメガネを持ち上げ問題ないと告げた。
見れば二人の登場にプラーガ兵チョワイツ兵の両軍が湧いており、士気は充分だと伝わってくる。
「恐らく最初に出てきたのはガリー侯爵で間違いないはず。真面目な老人だが頭が固すぎる――いわゆる融通の利かない男だな」
進軍してきた場所はガリーという侯爵の領地に近く、新皇帝であるザファークにも黙って頭を垂れたらしい彼が迎え撃つべく出てきたと考えられた。
白髪でガリガリに痩せたこの御老体は、よく言えば国に忠実、悪く言えば石頭である。
「ガリー侯爵か……。なんとか――」
「こちらに引き込もうなどと考えるなよ? 国に無条件で従うような主体性のない存在など足を引っ張るだけだ」
ラーズグロムの意図を掴み、メガロディウスがやんわりと牽制してきた。
「こちらはお前を中心にまとまらねばならないんだ、不和を起こす可能性の芽は摘み取るが吉だろう」
「だが戦わずにすめば兵の消耗も抑えられる。頭数を増やせば――」
「そんなのは相手によりけりだ」
食い下がるラーズグロムを再び一蹴する。
「あの頑固者を説得するのに時間をかけるくらいなら、少しでも進軍させたほうがマシだ。時間をかければかけるほど、こちらが不利になるという事を忘れるな」
ザファークの視点では帝都に籠って消耗を抑えればよいわけで、攻め込む側のラーズグロム視点では兵糧が尽きる前に決着をつける必要があるのだ、貴重な時間を無駄にはできない。
「メガロディウス、ここは僕も前に出ようかと思う。左翼か右翼、どちらかを率いて行軍したいんだが」
「ふむ……」
目を瞑り、眉間に指を当てたメガロディウスが思考する。
本来総大将であるラーズグロムは後ろで構えるのが鉄則なのだが、前に出れば自ずと士気が高まるというもの。
比較的容易い相手ならば、勢いに任せて飲み込んでしまえばいい。
幸いにして勇者の由良川は帝都に呼び戻されたらしく、前線に姿は確認できない。
「分かった、ならば右翼側を頼む。但し無理はするなよ?」
「ありがとう!」
左翼側の更に南には森があり、伏兵による奇襲が考えられた。
一方で右翼側の北には平原が続いているため、奇襲の心配は殆どない。
メガロディウスはより安全な方を選んでくれたようだ。
「珍しいな? 戦いを好まぬお前が、自ら前線に行こうとするとは」
「勿論好きじゃないさ。しかしどうあっても犠牲者が出るのなら、せめて味方の犠牲を少なく済ませられればと思ってね」
「ふむ、なるほどな」
「さ、そんなことより召喚の準備も頼む。敵軍が見えてきたからね」
「フッ、任せろ」
懐のフールが魔物の召喚をスタンバイする。
ラーズグロムの後ろからはライザとリオンが後に続いてき、レシル達3人娘は遥か後方で行方を見守っていた。
こうして今、行く手を阻む敵との戦いが始まろうとしていた。




