襲撃の行方
「これで終わりだぜぇぇぇ!」
ドズン!
「グハァッ!」
ガタイのいい中年男の振り下ろした斧が、魔力が尽きて膝をついた青年をカチ割った。
刹那、青年は光の粒となり舞台上から消え去る。
「おぉっとぉ、オットー選出に死亡判定が出ました! 勝者はAランクの冒険者――カッター選出です!」
「「「おおおおおっっっ!」」」
勝敗が決し、空間が張り裂けそうな歓声が闘技場に木霊する。
まだまだ予選段階とはいえ、娯楽に飢えていた帝都の民にとっては手に汗握る試合展開だったに違いない。
さんさんと降り注ぐ日の光もまた闘技場の熱気を倍増させるのに一役かっており、あちこちでエールを片手に叫んでいる観客も見られた。
そんな中、会場の片隅にて出場者を気にもとめず、ひときわ目立った装飾が施された観客席を注視している三人がいた。
周りが騒がしいだけに目立っておらず、襲撃するなら絶好のチャンスと言えよう。
「あの二人がバドラーゼとザファークのようだな。どうだ、上手く狙えそうか?」
三人のうちの一人――リオンが傍らにいるレシルに尋ねると、その質問に対し無言で頷く。
この武術大会は飛び入り参加が認められており、武器の持ち込みは問題なかったのだ。
しかし全く問題ないかと言われればそうだとは言い切れない。
「狙うのは大丈夫。距離も角度も問題にはならない」
「フッ、頼もしい限りだ」
「けれど近くにいる男の動きが読めない。もしかしたら妨害されるかも……」
レシルが僅かにずらした視線の先には、つい最近煮え湯を飲まされた男――西園寺が襲撃対象の二人の間に写っていた。
本人はつまらなそうにアクビをしているが、恐らくは護衛なのだろう。
その西園寺が矢を叩き落とすところをイメージしてしまい、レシルは矢を放てない。
「ならば妾が挑んでやろうか? 正直言うと生ぬるい試合に飽々してたところじゃ。勇者ともなればそれなりに――」
「ま、待て、早まるな」
腕捲りをして突撃しようとしたアンジェラを、リオンが慌てて引き留める。
せっかくの助っ人を危険にさらすのは躊躇われたのだ。
「今は両脇の二人を始末するのが先だ。向こうが仕掛けてきたならやむを得ないが、本来の目的を優先する」
「むぅ、仕方ないのぅ……」
不満そうだが一応は理解してくれたようなので、リオンはホッと胸を撫で下ろした――のであったが……
『リオンよ、不味いことになった!』
『フール様?』
切羽した様子のフールから念話が送られてくる。
不味いというからには計画に狂いが生じている可能性が高い。
『フルストが闘技場を襲撃するために向かったらしい!』
「フルストが!?」
「!」
思わず声に出してしまい、レシルの表情が強ばってしまう。
もしもフルストと戦うことになれば、逃げるしか選択肢がないためだ。
『奴の目的もバドラーゼとザファークの暗殺だ。上手くいけば始末してくれるやもしれんが、こちらの存在に気付けばどういう動きをするか分からん。くれぐれも見つからないようにな!』
『承知しました』
――とは言ったが、フルストが現れるならここには来なかったと愚痴っても後の祭り。
こうなればフルストが暗殺してくれるのを待とうかと考えていると……
「むむ? なんじゃなんじゃ、警備員共がどこかへ行ってしもうたぞ?」
「――のようだな。いったい何が……」
乱闘が起こらないよう配置されていた警備員が慌ただしく駆けていく。
観客も不審に思っていると、すぐに原因が判明することになる。
「たたた、大変だぁぁぁ! 医務室に狂暴な男が現れて暴れてやがる!」
医務室で手当てを受けていた参加者の男が、観客席へと駆け込むなり大声で叫んだ。
なんでも一人の男が奇声をあげつつダガーを振り回しているらしく、既に運営スタッフと参加者に死者が出ているのだとか。
おおかた敗退した参加者が暴れているのだろうとリオンが考えていると、レシルが袖を掴み……
「リ、リオン、気持ち悪い匂いがしてきた。この匂いはエンダーロックの匂い」
「何だと!?」
耳にしたくない人物の名がレシルから告げられた。
あの狂人が近くにいるというのである。
「チッ、見つかったら厄介だ。こうなったら襲撃してから即座に転移を――」
ドゴォォォン!
リオンの台詞を遮るように、何かが直撃した音が響くと震動が襲ってきた。
「今度は何だ!」
音のした方へ振り返ると、観客席の一部が消し飛び、その周りに血塗れの観客達が折り重なるように倒れているのが見える。
何かが襲ってきたのは確かだが、どうやら観客席まではダンジョン機能が働いてはおらず、致命傷を受けても強制転移は発動しないようだ。
「あそこにおる人物がやったようじゃな」
アンジェラが見上げた方向には、もはや見飽きたと言ってもいいくらいの真っ白なローブをはためかせた人物――フルストが闘技場全体を見下ろしていた。
「クッ、エンダーロックだけでも厄介なのにフルストまでが……」
「だけどリオン、お陰であの二人から勇者が離れた。狙うなら今しかない!」
再びターゲットへと視線を戻せば、勇者である西園寺がフルストのいる上空へと飛び出していったところであった。
フルストも西園寺の存在に気付いたようで、そのまま激しい戦いが展開されている。
「今が好機だな。アンジェラは上空の二人を見張っててくれ、その間に我々がターゲットを始末する!」
「むぅ、つまらんが仕方ないのぅ……」
いまだ一歩も譲らない戦いを繰り広げている上空の二人をアンジェラに見張らせ、リオンは急ぎ詠唱に入る。
傍らのレシルもそれに習い、ターゲットに狙いを定めるのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
時は少々遡り、医務室にてエンダーロックが暴れだす前。
参加者が戦う舞台の真ん前に設置された特等席にて、皇位継承一位のバドラーゼと三位のザファークの二人が観戦を行っていた。
二人の間には護衛として連れて来られた勇者の西園寺もおり、万一のために対応させるつもりなのだろう。
「ふむ、中々見応えのある戦いであった。確か……カッターといったか? あのように屈強な男であれば、戦場に立たせるのも悪くはあるまい」
腕を組んでウンウンと頷いているのはバドラーゼ。
優勝者には賞金を与えると共に軍の指揮官として迎えるつもりなので、見るからに猛者だと分かる外見が望ましいと考えているのだ。
「まだ試合は始まったばかりですぞ兄上。他にも相応しい者がいることでしょうし、じっくり拝見するとしましょう」
対するザファークは表情こそ爽やかな笑顔であるが、内心では優勝者なんぞどうでもいいと考えていた。
(やれやれ、どうやらバドラーゼは本気で参加者に期待を寄せているらしい。優勝者に与えるのは捨て駒という役割だというのに)
指揮官として迎えるとはいえ所詮はお飾りに過ぎないので、精々民衆を奮い立たせるのに役立ってくれればそれでいい。
もしも退却が必要なら殿を押し付け、逃亡しようものなら一転して死罪だ。
つまりこの武術大会は、単なるパフォーマンスに過ぎないのである。
(それを理解しないとは――ん?)
急に慌ただしくなった警備員を見たザファークが思考を中断する。
すると間もなく、護衛として同行していた兵士が報告に訪れた。
「ほ、報告します! 参加者と思われる男が医務室で暴れているようです!」
「はぁ、まったく面倒な……」
おおかた敗退した参加者が暴れているのだろう。
そんなくだらない報告は聞きたくなかったが、文句を言っても始まらない。
「さっさと取り押さえてくれるかい? せっかくの観戦ムードが台無しだよ」
「まったくだな。――おい西園寺、諦めの悪いバカに力の差を教えてやれ」
「はぁ? なんで俺様が……」
ぶつくさと文句を言いながも西園寺が腰を起こしたその時!
ドゴォォォン!
「「何!?」」
バドラーゼとザファークが同時に音のした方を見上げる。
すると観客席の一部が消し飛び、その周りに血塗れの観客達が折り重なるように倒れているのが見え、何者かが襲撃したのだと理解した。
「あいつか」
元凶を発見した西園寺が好戦的に口の端を吊り上げる。
彼の目には上空に浮遊する真っ白なローブを羽織った人物――フルストが写っており、少なくともこれまで見た参加者の誰よりも強いと感じ取った。
「西園寺、奴を――」
「分かってるって!」
バドラーゼの台詞を聞き流し率先して行動に移す。
ギラついた目で見上げると、一気にフルストの元まで飛び上がったのだ。
「中々強そうじゃないか。ちょっと俺様の相手をしてくれよ」
「悪いけど、アンタには興味ないの。邪魔だから消えてくれない?」
「へぇ……」
フルストの言葉を受けた瞬間に楽しげな表情が一変、顔を歪ませた西園寺が……
ゴォォォッ!
「生意気だよお前……すっげぇ生意気なんだよぉぉぉ!」
挑発にのって威圧感を放出すると、フルストに殴りかかる。
しかしフルストは避ける素振りも見せず、そのまま西園寺の拳が……
バギギギギッ!
「……チッ」
「中々のスピードね。力も申し分ないわ」
そこには正面から拳を受け止めたフルストの姿があった。
見れば障壁も展開されており、その効果で拳の威力を軽減したのだと分かる。
「そんなチャチな障壁――俺様がブチ破ってやらぁぁぁ!」
「フフ、やれるものならね」
二人の対決は更に激しさを増していく。
一方で地上にいる二人は、武術大会の続行が困難であると判断し始める。
「運営に通達するんだ、武術大会は中止。観客達の避難誘導を行えと」
「ハッ!」
報告に訪れていた兵士が急ぎ戻っていく。
「フン、とんだ水差しだ。興が削がれたことだし、俺は先に帰るぞ?」
「お待ちください兄上、今ここを離れるのは危険で――っ!」
そんなやり取りをしている二人に、レシルの矢とリオンのフレイムキャノンが迫る!
ポスン!
しかし、矢は障壁のようなものに阻まれて落下し、炎の砲弾も波紋となって消え去った。
「な、なんだ今のは! いったい何が――」
「落ち着いてください兄上。何者かが襲撃しにきたようですが、我々のいる場所は不壊属性の障壁を展開しているため、ここにいる限り安全です」
取り乱すバドラーゼを宥めると、落ち着き払って腰を下ろした。
西園寺も襲撃者に気付いたので、彼に任せれば問題ないと考えたのだ。
「……まぁいい。襲撃者を捕らえれば、背後にいる奴が分かるだろう」
「はい。後は西園寺に任せましょう」
周囲で逃げ惑う観客達をよそに、二人は安全な場所で成り行きを見守るのであった。
二人とは真逆に襲撃に失敗したリオン達は、一転して即座に撤退を迫られることに。
「リオンよ、上空の二人がこちらに気付いたようだぞ?」
「チッ! 襲撃は失敗し、厄介な奴らにも見つかったか」
西園寺とフルストのどちらかだけでも襲ってきたら最悪だ。
やむを得ずリオンは、転移魔法の詠唱に入るのであった。




