追放の理由
「どういうことなんだレシル? この男がキミの父親だというのか?」
「……そうだよ。だってあたしが家族の匂いを間違えるなんて有り得ないもの」
それを聞いたラーズグロムは男の顔を真っ直ぐに覗き込む。
「…………」
静けさを保つ平原で微風が通りすぎる中、男の口は閉ざされたまま――が、黙して語らないという事は全てを語っていると同義であった。
つまりこの男はレシルの父親で間違いはないのだ。
すると男は観念したのか重々しく口を開く。
「……相変わらず鼻が良いのだな。いつから気付いていた?」
「街を出る直前くらい。姿は見えなかったけれど、匂いですぐに分かったよ?」
実は追われてた時点でレシルは気付いていたのだ。
しかし、その事実を口に出したりすれば必ずラーズグロムは動揺するだろうと考え、あえて語らなかったのである。
「それに他の人達は里の皆でしょ?」
「っ! そ、そこまで分かるのか……」
どうやらレシルの住んでいた里の獣人達が、【極上鮮血】の一員らしい。
正体がバレたとあって、赤装束達が次々と頭巾を外していく。
「やっぱり! 隣に住んでいたオッチャンに裏庭で畑仕事してたオバサン。それに里の入口を見張ってた兄さん達に、織物をしていたお姉さん達まで!」
なんと、男のみならず若い女性もメンバーに含まれていた。
これにはラーズグロムのみならず、他の面々も驚き戸惑う。
「そうだ。ここにいるのは皆が里のメンバーだ。今さらだが、お前を里から追放した理由が分かるであろう?」
ラーズグロム達には話してないが、レシルは決して一人旅をしていたわけではなく、住んでいた里を追い出されてしまったのだ。
「もしかして、あたしを【極上鮮血】に入れさせないために?」
「その通り。15歳を境目に里の掟では【極上鮮血】の構成員となるのが決まりなのだ。だからそうなる前にと――ゴフッ!」
「マズイ!」
話の途中でレシルの父が血を吹き出す。
慌ててラーズグロムがポーションを差し出そうとするが、本人は頑なに拒否をした。
「……これも定めよ。8年ほど前、奴が――エンダーロックが里に現れたのが全ての始まり。その時を境に血塗られた歯車が動きだし、里の皆は血を求める異端者と成り下がったのだ」
8年前にレシルの父――ルドルザの前に現れたエンダーロックは、皆殺しにされたくなければ【極上鮮血】の構成員になれと脅してきたのである。
当然戦おうという意見も多かったのだが、先走った若い獣人達が全員返り討ちに合い、族長であるルドルザの選択肢は一つに絞られたのだった。
「己の血を使った契約により、エンダーロックの命令には叛くことはできぬ」
「そ、それじゃあ……」
「そうだ、我らが生きている限り、お主らを襲い続けねばならぬのだ。それを終わらすには死を迎える以外にはない」
ラーズグロムの思った通り、彼らは契約により行動に制限がかけられていたのだ。
「お父さん……」
「すまぬなレシル。お前の成長を見るのはもう叶わぬ。できることは、ここで血塗られた運命を断ち切ることくらいだ」
エンダーロックが死ぬと他の構成員も全員が死ぬよう契約されており、もはや助かる術は残されていない。
――そう考えたルドルザは、ラーズグロムに介錯を頼みだす。
「頼む。一思いに落としてくれ」
「し、しかし……」
「よいのだ。我らは助かるために他者を殺め続けてきた。その報いを受ける時がきたのだ」
落としてくれとは、首を落とすという意味に他ならない。
ゆえにラーズグロムは大いに戸惑うのだが、なんと、レシルから耳を疑うような発言が飛び出す。
「ラーグ兄ちゃん、あたしからもお願い」
「レシル!?」
「あたしはお父さん達が無理矢理動かされているのは見たくない。だから……」
「…………」
レシルは無言で頭を下げる。
本当はレシルも辛いだろうに、それを圧し殺して言っているのだ。
ならばとラーズグロムも覚悟を決めると……
「……分かった」
剣をルドルザの首にあて、レシルへの遺言を促す。
「レシルよ、お前の存在が明らかになった以上、エンダーロックはお前を逃さないであろう」
「…………」
父親の言葉に無言で頷く。
里の掟を破っているのだ、それを野放しにする理由はない。
「奴を殺せ、それしかお前が生き延びる術はない! ――そしてすまなかった。私はお前にとって最低の父親だ……」
「お父……さん……」
詫びを述べると目を瞑り、座して最後の時を待った。
「レシル……」
「…………」
視線を移してもう一度レシルの意思を確認すると、辛さを殺して頷いた。
これ以上時間をかけるのも酷だと考え、なるべく苦しまないよう一太刀で首を落としていく。
やがて全員の首を落とした時には、啜り泣くレシルをジュリアとメッツが背中を擦っていた。
「リオン、すまないが――」
「分かっている。火葬してやるのだろう?」
「……うん」
ラーズグロムの意図を理解し、一ヶ所に集められた亡骸をリオンの火魔法で火葬する。
簡易的ではあるが、骨を地面に埋めると近くの岩を上に乗せると、その岩にレシルが記憶している里の獣人の名を刻んでいった。
その墓前で手を合わせるレシル達を横に、ラーズグロムは拳を握りしめる。
「エンダーロック……。西園寺もそうだが、奴も生かしてはおけない。必ずこの手で……」
「ああ。ちょうど他の赤装束共がやって来たようだし、居場所を聞き出してやろうではないか」
戦闘を嗅ぎ付けたのか、ファミートからこちらにやって来る反応をフールが捉えた。
数こそ10を下回るが、生け捕りにして尋問すれば吐く者がいるかもしれない。
――と考えた直後、その必要は無となる。
「俺だったらここにいるぜぇ?」
「「「!?」」」
街道からゆっくりと歩いてきた細身で長身の男が一行の前に現れた。
その男の前には赤装束達5人が横一列に並び、男を護るよう展開している。
「お前が……エンダーロックなのか?」
「クク……ああそうだ、俺がエンダーロックさ。そこにいる小娘の里を血の色に染めてやった張本人さ――アッヒャヒャヒャヒャ!」
目元まで隠れた髪をかきあげると、狂気を込められた真っ赤な目が露になり、両腕をダランと垂れ下げて奇声を上げはじめた。
一方でレシルは素早く弓を構え、エンダーロックへと狙いを定めると……
「許さない……死ね!」
シュシュシュシュ!
早射ちで放たれた矢がエンダーロックへ殺到する――が、そうはさせまいと赤装束が盾となり、惜しくも目標へは届かず終わる。
「ヒュ~♪ いいねいいねぇ、殺気溢れるその表情! 俺の手元に置いときたいぜ!」
手下が矢で倒れたにも拘わらず、些細なこととばかりに気にした様子はない。
それどころかレシルを称賛する有り様である。
「あたしはお前のものにはならない。お前を殺して皆の墓前に晒してやる!」
「ヒャッハァァァ! ますます最高だぜぇ! 俺を殺しにくるってか? 待ち焦がれてゾクゾクしてくらぁ! だが――」
ハイテンションから一転、一応は落ち着いた表情でレシルからラーズグロムへと視線を移す。
「今はこっちだ。なぁラーズグロムさんよぉ?」
「……なんだ? 貴様のような狂った奴と問答をするつもりはないぞ?」
舌舐めずりをしてくるエンダーロックに嫌悪感を示す。
ただでさえレシルの肉親知人を殺す羽目になったのだ、剣を向けることはできても馴れ合うつもりは毛頭ない。
「ヒャッハッハァ! つれねぇじゃねぇかラーズグロムさんよぉ。お前だって俺と同類だろうがよ、あ?」
「……何が言いたい?」
「おいおい、ここまできて惚けるつもりかぁ? お前も散々殺してきたんだろうが、賞金に目が眩んだ連中をよぉ?」
確かに殺してはきた。
盗賊にはじまり冒険者や傭兵団、闇ギルドの構成員だって手に掛けてきたのは事実だ。
しかし、それらは降りかかる火の粉を払いのけただけで、好き好んで殺してきたわけではない。
「殺しを好む貴様と一緒にするな。貴様と僕は――」
「違う――って言いたいのか? ハン、違わねぇよ、お前は無意識に血を求めてるのさ。よぉく思い出してみな、相手を斬った時の感触をよぉ? 肉を捌く時の感触が脳裏にこびりついてんだろ? あの肉汁のように溢れる血しぶきが絶景なんだろぉ!? んでもってその快感が忘れなれねぇんだろぉぉぉ!?」
エンダーロックの性癖ともいえる部分が露呈した。
ラーズグロムはますます眉を潜め、他の面々は不快感から顔を歪ませている。
「……もういい、黙れ」
「あ? 何が良いんだ? まだお前がやった数を聞いてねぇぞ?」
「……黙れ」
「なぁ、今まで何人やったんだぁ?」
「黙れ」
「ああ、言っとくがお前がまぐわった女の数じゃねぇぞ? そっちにゃ興味はねぇ」
「黙れ!」
「おい、さっさと白状しちまえよ。俺とお前は同――」
「黙れぇぇぇ!」
これ以上は話にならない――そう思い仲間に視線を送ると、ライザとリオンは共に頷く。
「貴様を生かしておくのは我が帝国にとって汚点でしかない。今この場で断罪してやる!」
狂った闇ギルドの首領――エンダーロックとの戦いが始まろうとしていた。




