再会の辺境伯
平原の向こう側に夕日が沈もうとしている頃、ヴァレリー辺境伯が治める街へとやって来ると、こっそりとチャージクロウを使って領主の邸へ書簡を運ばせる。
首尾よく巡回している警備兵が発見し、難なくヴァレリーと面会できる手筈が整った。
「ラーズグロム様、よくぞご無事で!」
「ヴァレリー辺境伯もお変わりなく、なによりです」
激励とも言える熱い握手を交わされ苦笑いをしつつ、一同はソファーへと腰を下ろす。
手短にアンジェラを含む新たな仲間の紹介を済ますと、さっそく本題に入った。
「やはりラーズグロム様を貶めたのはザファークだったようですな」
「やはり――と言いますと?」
「実はですな、最近になり皇位を継ぐのはバドラーゼではなくザファークが相応しいという声が高まりつつあるのです」
「そ、そんなバカな……」
本来、何事もなければ後継者は長男であるバドラーゼが継ぐのが自然である。
例えバドラーゼの即位にザファークやニースレイが異を唱えても、対する影響など殆どないだろう。
貴族連中も継いだ方に従うだけであり、よほどの事がない限り覆ることはない。
なのに自然とザファークが持ち上げられるのはどう考えても不自然。
ザファークが水面下で工作を行ってると考えられるというものだ。
「いろいろと情報が錯綜してるようですが、ラーズグロム様を捕縛できずに野放しにされている事、婚約者であるアレクシス王国の第二王女――セレスティーラを殺そうとした疑惑、ニースレイを聖プリムラ教に追いやったという噂――等々でございますな」
「つまり悪評が流れて――いや、ちょっと待ってください」
そのまま続けようとして、サラッと聞き捨てならない情報が飛び出した気がしたのだ。
「ニースレイを聖プリムラ教に押しやったというのは?」
「ああ、ラーズグロム様はご存知なかったのですか。文字通りニースレイは聖プリムラ教に入ったのですぞ?」
「な!?」
とても信じられなかった。
あのプライドの高い姉が下等と罵っていた聖プリムラ教につくなど、天地がひっくり返るほどあり得ない。
「原因はバドラーゼにあるそうですが……まぁ、どこまで本当かは不明では御座いますが、少なくとも聖プリムラ教を表立って推奨しているのは事実ですな」
「…………」
なんでもニースレイ主導の下、聖プリムラ教をプラーガ帝国の正式な国教とすべく行動を起こしているのだとか。
経緯は不明ながらも帝国内が荒れてきてるのは間違いないようだ。
「国内の状況は分かりました。僕からはチョワイツ王国側の事をお話ししましょう」
次にチョワイツ王国の説明に入る。
バドラーゼの横暴により王国側の反感をかったこと、それに対して勇者を差し向けると言い放ってきたこと、そしてラーズグロムの潔白を認めて正式な後継者とすべく送り返そうとしていること――等々だ。
「うむ、さすがはラーズグロム様。外堀を埋めた後に内側を攻略するのですな、なんとも頼もしい御方だ!」
「い、いや、そんなことは……」
意図したことではなく成り行きでそうなっただけなので、心中は複雑だが特に深く言及することはしなかった。
「あちらの状況は分かりました。つまり、儂はチョワイツ王国軍と睨み合いを続ければよろしいのですな?」
「はい。今はまだ待機でお願いします。もしもバドラーゼやザファークが進軍を命じることがあれば、チョワイツ王国軍と共に帝都へ進軍してください」
睨み合いは言わば時間稼ぎだ。
本格的に軍を動かされる前に兄達を倒すのが理想である。
「承知致しましたぞラーズグロム様――と、そうそう。申し遅れましたが、近々帝都にて武術大会が行われるそうで、バドラーゼとザファークは共に観戦すると申してましたぞ?」
「兄上達が?」
チョワイツ王国との緊張が高まっている中、帝都では腕自慢の傭兵や冒険者などを集めて武術大会を開催するのだとか。
優勝者は勇者として迎え入れるという最高の栄誉を与えられ、更にはチョワイツ王国の毒牙からプラーガ帝国を護るための聖戦において指揮官に任命されるというのだ。
「ほぅ、それは良いことを聞いた。のぅ、ラーズグロムよ?」
「うむ、この機会を逃すべきではないな」
「そう上手くいくだろうか? それに下手すると参加者を敵に回しかねない」
アンジェラとフールは二人を討つチャンスだと言うが、言われた本人は否定的だ。
世間体的にはラーズグロムは完全に悪者であり、襲撃を目撃されようものなら忽ち袋叩きに合うだろう。
「ですがまたとないチャンスですぞ? 闘技場において、皇族が観戦する場所は決まっております。試合に熱中していれば護衛を突破して討ち取ることも可能かと」
「う~ん……」
「勿論無理なら別の機会を窺うのもよいでしょう。吉報をお待ちしておりますぞ」
辺境伯が言うように、試合を盛り上げて注意を引き付ければ可能かもしれない。
一応頭の片隅に記憶しつつ再度熱い握手を交わすと、一行は辺境伯の領地を離れた。
バレないよう行動するため、一週間近くかけるというやや時間を要した形になるも、帝都の近く――ファミートという小さな街まで戻ることに成功。
すっかり日が落ちたのもあり、一行は宿にて腰を落ち着ける事に。
「それにしてもアンジェラさんって、意外に強いよね? ジュリアびっくりしたよ~」
「でしゅでしゅ。さすがは勇者の師匠と言われるだけあるでしゅ」
口々に語るのは、道中で魔物と遭遇した際のアンジェラの戦いぶりだ。
人目につかないよう行動するというのは街道を大きく外れることを指し、魔物との遭遇率が上がってしまうのも道理というもの。
出くわしたゴブリンやオークなどを蹴散らす羽目になったのだが、ここで大きく貢献してくれたのが他ならぬアンジェラである。
「妾は特別なことはしとらんぞ? 邪魔な魔物を千切って投げただけじゃ」
――と、本人は言うが、剣や斧で斬りかかってくる魔物に対して正面から顔を掴み上げたり出来るのは、一行が知る限りアンジェラくらいだろう。
しかも100匹以上はいる群に単身で突っ込み、屈強な護衛を伴っていたゴブリンキングまでもを簡単に撃破した様は圧巻の一言だ。
「モフモフでも出来るのではないか? あやつは動きだけなら速いからのぅ」
「モフモフ様なら当然ですわね!」
……訂正。カタコンベの襲撃から助けてくれたデルタファングのモフモフも可能らしい。
「いや、もうアンジェラさんの凄さは充分理解させられましたよ」
「ラーズグロムよ、相変わらずお主は堅いのぅ。妾のことは呼び捨てで構わんと言うとろうに……」
「いや、しかしですね――」
ガサッ!
「ん?」
どうでもいい押し問答を繰り広げていると、扉の下から音がした。
気付いたレシルが近寄ると、床に紙切れが差し込まれているのを発見し、ラーズグロムへと手渡す。
「たった今差し込まれたみたい」
「どれどれ――」
さっそく広げて内容を読み上げていく。
『最愛なるラーズグロム殿へ。この度無事に帰国されたこと、大変嬉しく思います。しかしながらいまだ国内には多くの敵が潜んでおり、気を抜けない状況が続いております。特に闇ギルドの【極上鮮血】や邪教の【聖プリムラ教】は貴殿の潜入に気付いていることでしょう――我々と一緒でね。今後も充分に注意されたし。闇ギルド【アスラン】――ペドロ』
一通り読み上げ顔を上げるラーズグロム。
フールも読み終わったらしく、同時に顔を上げた。
「ふむ、アスランといえばあの闇ギルドか」
「うん。帝都から脱出する際に世話になった闇ギルドだ。首領の名前がそのまま組織名になってるのは知らなかったけれどね」
思えば組織名を聞いてなかったと今更ながら気付いたが、差出人のペドロ――最初に接触した闇ギルドの青年が丁寧に記してくれていた。
恐らくペドロは半分呆れながら記したのだろうが。
「この内容を見るに、極上鮮血と聖プリムラ教が既に動いてるのだろう? ならば今夜あたり仕掛けてきそうだな」
「ですね。当然殺られるつもりはありませんが」
道中の魔物の9割をアンジェラに取られたのもあり、リオンとライザは好戦的に目をギラつかせた。
この二人もそうだが、今はもっと協力な味方がいる。
「ふむふむ、楽しくなりそうじゃ!」
先の二人同様、アンジェラもまた好戦的な笑みを浮かべるのであった。




