アルカナウ王国の勇者
「ん……」
天幕のすき間から入り込む微風を頬をなでなれ、ラーズグロムが意識を取り戻す。
見れば簡易的なベッドに横になっている状態で、傍にいるレシルが見守ってくれてたみたいだ。
「ここは――イタタタ!」
「あ、ダメだよラーグ兄ちゃん。急に動いたら傷口が広がるよ?」
起き上がろうとして背中に激痛が走り、慌ててレシルに寝かされる。
そこで西園寺により背中を踏みつけられたのを思い出した。
「そ、そういえば西園寺は!?」
「引き上げていったみたいだよ? 仲間の勇者が負傷したとかで。だから安心して寝てて、今度襲ってきたらあたしが撃退するから!」
「分かった。けど無理はするなよ?」
「うん!」
いつもの癖で微笑みながらレシルの頭に手を乗せる――が、内心は複雑だ。
もし再び西園寺と対峙すれば、レシルをも巻き込んで終わるだけではないのかと思えてならない。
できれば勇者との戦いは避けて通りたいところだが……
「ところで他の皆は?」
「ライザさんとリオンさんは模擬戦をやってたよ? ジュリアちゃんとメッツちゃんは観戦してたけど」
「模擬戦?」
「ああ。西園寺にやられたのがよほど悔しかったのだろうな。今度こそ倒すと息巻いているぞ」
レシルの代わりに答えたのは、懐から顔を覗かせたフールであった。
あの後――西園寺にやられた後、回復した二人は互いに顔を見合わせて頷き合い、即座に模擬戦が開始されたのだとか。
「うん、二人とも張り切ってたわね。私はその場に居合わせなかったから西園寺の強さまでは分からないけれど」
「そうか……って――」
その場に居ないはずの第三者の声が聴こえ、慌ててキョロキョロと見渡す一同。
すると、これまた誰も居ないはずの天幕の上からドサリと誰かが降ってきた。
「「「カズヨ(さん)!」」」
降ってきたのは、これまで幾度となく助けられた存在であるカズヨであった。
「本当ならラーグの傍についててあげたかったんだけれど、表立って行動出来なかったの。ゴメンね?」
「ありがとうカズヨ、その気持ちだけでも嬉しく思うよ。直接は関係ないカズヨ達を巻き込むわけにはいかないし……」
――というラーズグロムの台詞に少々呆れ気味のカズヨが額に手を当てる。
「もぅ、殺されそうになったんだから遠慮しないの。アイカちゃんから聞いたでしょ? 貴方を皇帝の座につかせるって。私達にしたら、ラーグが途中で死んだ時点で負けなの」
「う、うん……」
王都を発つ前に聞かされた内容を思い出し、ラーズグロムは頷く。
まだザファークを討つ決心がついたとは言いがたいが、ここで死ぬつもりは毛頭無い。
「――だからボスと相談した結果、チョワイツ王国と連携できる助っ人を用意したから」
「助っ人?」
チョワイツ王国と連携でき、尚且つ勇者に対抗できる存在など限られてくる。
「ダンマスのナレックが魔物を率いてくるのか? 正直連携がとれるとは思えんが……」
「違うわよ。さすがにナレック君には荷が重いわ。もっと有名で、チョワイツ王国の国王も認めてる人よ」
フールが予想したナレックは違うらしい。
そうなるといったい誰なのかと疑問に思うところだが。
「多分会ったことはないと思うけど、アルカナウ王国の勇者よ。今回はプラーガ帝国の正当後継者を添える戦いという名目で参戦するみたい」
「アルカナウ王国の勇者が?」
驚いたことに、此度の戦いにアルカナウ王国の勇者が助っ人として参戦してるらしい。
アルカナウ王国は少し前にチョワイツ王国に対して宣戦布告を行った国であるが、その当事国を専属勇者が解放したのである。
「彼も自分の国がプラーガ帝国の勇者に乗っ取られたことに腹を立ててたみたよ? だからプラーガ帝国の勇者が出てくるって話をしたら即決してくれたわ」
「それは有り難いが、その……大丈夫なのだろうか? 自慢じゃないが、我が国の勇者は異世界から召喚した際に特殊な能力を授かっている。並の存在では……」
これは実際に西園寺と戦って痛感したことだ。
ライザやリオンなどのBランクの魔物でさえ太刀打ちできない相手であり、この世界の勇者で勝てる相手かと言われれば難しいと答えなくてはならない。
しかし、ラーズグロムの考えを否定するかのようにカズヨはクスクスと笑いつつ、どこからか薬瓶を取り出した。
「はい、とりあえずこれを飲んで。エクスポーションだからすぐに回復するはずよ」
「あ、ありがとう」
「それからアルカナウ王国の勇者だけど、多分もうすぐ来るだろうから、一度手合わせしてみるといいわ。あの人、私達よりも強いから」
「え!?」
カズヨ本人から自分よりも強いと聞き、ラーズグロムは固まる。
しかもカズヨは達と言った――つまり、アルカナウ王国の勇者はデールやボルチェよりも強いと言ったのだ。
これにはレシルも驚きを隠せない。
「デール先生よりも強いって本当!?」
「先生? ――まぁデールが先生かどうかは置いといて、デールよりも強いことは確かね」
「ふぇぇ……」
改めてレシルが目を丸くする。
カズヨ達よりも強いなら、西園寺に対抗できるかもしれない。
「じゃあ私は引き上げるけど、なるべく近くで護衛できないか話してみるね」
再びカズヨはいずこかへ消え去った。
「アルカナウ王国の勇者か。カズヨ達よりも強いのなら希望はあるやもしれんな」
「うん。正直藁にもすがりたいところだし、助っ人を引き受けてくれた勇者に――」
「「「おおっ!?」」」
ラーズグロムの台詞を遮るように、天幕の外で歓声が上がった。
「む? まさか再び西園寺が攻めてきたわけではあるまいな?」
「いや、そんな感じじゃない。寧ろ何かを称えるような……」
「模擬戦を観戦してた人達じゃないかな?」
歓声の元を確かめるため、三人は天幕を出る。
すると離れたところに人だかりが出来ており、掻き分けて覗いてみれば悔しげに膝をつくライザと仰向けに倒れているリオンが視界に飛び込んできた。
「これは……」
二人が模擬戦をしていたのは聞いている。
しかし、勝ったはずのライザが悔しげにしているのは何故なのか……そう思いライザの見つめる先に視線をずらせば、そこには見たことがない青髪の青年が立っているではないか。
「さすがは勇者エルシドだ、動きが全然見えなかったぞ!」
「おぅ、あっちの二人も強いが勇者は別格だと再認識させられたぜ!」
周囲へ耳を傾ければ勇者を絶賛する声の嵐。
こうなると俄然勇者への期待が増すというもので、さっそく対面するために前へと躍り出る。
「はじめまして、アルカナウ王国の勇者殿。僕はプラーガ帝国の元皇帝ムンゾヴァイスの末子でラーズグロムと申します」
「丁寧にありがとう。俺はエルシド。知っての通りアルカナウ王国の勇者さ」
互いに爽やかな笑顔で握手を交わす。
プラーガ帝国と聞いて嫌な反応をされるかと思ったがそんなこともなく、笑顔を絶やさず話を続けた。
「話はアイリさんから聞いてるよ。傍若無人な勇者を倒すため俺も力になる。だから安心してほしい」
「ありがとう、勇者エルシド。だけど勇者は三人もいるんだ、危なくなったら――」
「ハハッ、それは大丈夫。絶対に負けられない戦いだから、今回は俺の師匠も参戦してくれるよ。時期に来るだろうから、その時はよろしく頼むよ」
「わ、分かりました」
ライザとリオンを打ち負かす勇者がいる上、更に師匠までが来るらしい。
(これほどの助っ人とは正直予想以上だ。巡り合わせに感謝せねば……)
しかしそんな思考を遮るように、一人の兵士が大声をあげて走ってくる。
「大変だーっ! また勇者が現れたぞぉーーーっ!」
「何だって!?」
引き上げた勇者が戻ってきた――つまりは西園寺が現れたのだとラーズグロムは悟った。
思えば由良川という勇者は負傷したと言っていたが、西園寺自身は負傷などしていない。
ならばすぐにやって来てもおかしくはないだろう。
「不味い! 被害が大きくなる前に撃退せねば!」
カズヨから受け取ったエクスポーションを飲み干すと、兵士が指す方へと駆け出した。
するとエルシドもラーズグロムの横につけて並走を行う。
「ラーズグロム殿、危険ですのでお下がりください――」
「いえ、それは――」
「――と言っても聞いてくれそうにありませんので、極力ラーズグロム殿からは仕掛けないようにしてください」
カズヨから聞いたのだろうか、後ろで構えるのを良しとしないラーズグロムの意を汲み、強制はしてこなかった。
そしてエルシドは真剣な表情へと変え……
「……ご安心を。プラーガ帝国の勇者はこの手で叩き潰してみせましょう!」
微妙に殺意の籠った目を前方へ向けるのであった。




