三人の勇者
「あの優しかった兄上が……」
表面上は冷静に振る舞っているつもりだが、引き吊った唇が認めたくはないと訴えていた。
「いや、恐らくは何か深い事情が――」
「その事情とやらは、貴方を陥れるよりも重要な事だとお考えで?」
「! そ、それは……」
アイカの言う通りであった。
事情があるにせよラーズグロムを陥れた張本人であるならば、肉親より大事なものとはザファーク本人のことに他ならない。
「すぐには受け入れられないかもしれません。ですが無警戒で近付いて危険な目に合うのは貴方の方だと言っておきます」
「…………」
ガクリと項垂れたラーズグロムが沈黙を保つ。
心配したレシルが傍らで見守るが結局それっきり言葉を発することはなく、しばらくはそっとしとこうと考えたフールが代わりに質問をぶつける。
「忠告は感謝するが、なぜそこまでして肩入れするのだ? お主らにとっては何も特がないと思うのだが……」
「確かに特はありませんね。ですが何もしなければ不利益になりえるのですよ」
「むん? 不利益とな?」
「はい。現在わたくしのダンジョンとプラーガ帝国とで、ダンジョン産アイテムの取り引きが始まろうとしているのです」
やや誇らしげにアイカが語る。
聞けばアイリのダンジョンと周辺国とで取り引きが開始されており、プラーガ帝国が出遅れているのだとか。
危機感を募らせたザファークが交渉を持ちかけてきたため、取り引きが始まろうとしていた――が……。
「バドラーゼの婚約者であるセレスティーラ王女が毒殺されそうになったのを受け、取り引きを中断した――と」
「そうです。お姉様が言うには、これって難民とか押し寄せてきたら保護しなきゃダメなパターンよね? とか仰られてますので、わたくし共としても内乱が発生するのは大変困るのです」
なるほど――と、一同が納得しかける。
しかし僅かな違和感を感じたジュリアが鋭く切り込んでいく。
「よく分かんないけど、ラーズグロムを助けるのが内乱を防ぐことに繋がるわけ? 寧ろ他の兄弟は殺しにきてるんだから、争いが激化しそうなんだけれど……」
「――でしょうね。他のお三方は野心家のようですので、ラーズグロムさんが生きている限り狙い続けるでしょう」
「なら――」
「なのでお姉様は後継者が一人に絞られるよう動き出したのです。それが――」
ジュリアの台詞に被せたアイカがラーズグロムへと視線を移す。
そのままアイカは口を閉ざすが、言わんとしてる事はフール達にはしっかりと伝わった。
「つまり、お主らにとってはラーズグロムが皇帝になるのが都合がよいと?」
「そうです。カズヨ達と親しくなられてるようですので、ラーズグロムを添えることに決めたのです」
決めた理由がカズヨ達にあるというのも複雑な気持ちにさせられるが、とりあえずは納得できる内容だ。
「お姉様は言おうか言うまいか迷っておられましたが、わたくしは敢えて言わせていただきます」
いまだに項垂れているラーズグロムへと近寄ると、静かに――そして透き通る声でこう呟いた。
「貴方には皇帝の座についてもらいますが、そのためには邪魔者が三人おります。いずれも生きている限り、必ずや貴方に牙を剥くでしょう。そうならないよう確実に殺しなさい。よろしいですね?」
【殺しなさい】と言われたタイミングで、ラーズグロムがピクリと肩を震わす。
「それでは失礼します。次に会う時は帝都になるでしょうね……では」
予言を残してアイカは転移していった。
残された場には重苦しい空気が漂っており、皆が言葉を発するのを躊躇う。
やがて意を決したフールが口を開こうとしたその時、意外にもラーズグロムが先に口を開いた。
「戦うしか……ないのだろうか」
相変わらず俯いたままにボソりと呟く。
その口調は明らかに何かを拒絶しており、その何かとは尊敬する兄――ザファークとの戦いである事が明白であった。
「覚悟を決めるのだラーズグロムよ。あの小娘の口車に乗るのは癪だが、お前が殺そうとしなくても向こうは殺しにくるのだぞ? まさか尊敬してるからという理由で殺されていいわけではなかろう?」
「それは……そうだが……」
結局その日はモヤモヤとした雰囲気を残したまま床につくのであった。
(あれから三週間近くが過ぎた。当初よりはだいぶマシになったが……)
王都を発つ際、表面上ではザファークとも戦うと明言したのだが、いまだ吹っ切れてはいないように見える。
少なくともフールには感情を殺しているように見え、このまま戦うのは危ういとさえ思っていた。
「「「うわぁぁぁっ!?」」」
「「「っ!」」」
しかし敵は待ってはくれない。
遥か前方で兵士が吹き飛んだのを視界に捉えると、すぐさまラーズグロムは馬の背を蹴る。
「気を付けるのだラーズグロムよ。恐らくは勇者だ」
「分かっている」
フールの忠告を受け、一瞬だけ後ろを振り返る。
レシル達三人は遥か後方に置いてきたため巻き添えを食うことはないと考え、吹き飛ぶ歩兵を避けつつ台風の目へとたどり着く。
そこでは大きな薙刀を背負った青年が周囲を威嚇しており、膝をついたエボルガントも兵に支えられつつ青年を睨みつけていた。
「ねぇオッサン、まだやる気なの? 俺様そういう汗臭いノリは嫌いなんだよね~。なんつ~かいかにも熱血漢って感じがしてさ、安っぽい青春ドラマを見てる気分なんだよね~」
「ほざけ! 貴様のような卑劣な男なんぞ勇者とは認めん! 某が叩っ斬って――ゴフッ!」
「あ、血がついた! ――ったくきったねぇオッサンだなぁ……」
強引に斬り掛かったエボルガントを軽くあしらい、逆に裏拳を叩き込んでその場に沈めた。
まさに一方的な戦闘とも言え、言わなくとも勇者なのだと分かる光景だ。
「奴が勇者で間違いないか?」
「数年前に見たけれど、外見は変わってないね」
綺麗な坊っちゃんガリに整えた黒髪が特徴の西園寺将吾。
召喚された当時は僅か7歳の男児であったため、今では27歳の青年となっていた。
幼少の頃から皇帝のお膝元で教育を受けているためか、人質をとったり無関係な者を盾にしたりという冷徹な面も見せている。
「あ~あ、もっと楽しめるかと思ったのに。こんな事なら本城と戦ってるやつんとこに行くべきかな~」
「その話、詳しく教えてくれないかい?」
「ん? ……誰?」
西園寺の独り言にラーズグロムが割り込んでいく。
それでもあまり警戒しているようには見えず、両手をポケットに突っ込んだまま振り向き様に首を傾げていた。
「あれ? キミって確かラーズグロムだよね? こんなとこで何してんの?」
「僕の事はいい。まさか勇者が二人も来てるなんて……。いや、まさか!?」
先ほど延べた本城というもう一人の勇者が来てるらしい事で、ふとある事実が脳裏を過る。
「ま、まさか勇者が三人も差し向けられたというのか!?」
西園寺は本城と誰かが戦ってると言っていた。
だとすると、三人いる勇者が全員来ている可能性も考えられたのだ。
「ん~? 由良川も居たけど、獲物を見つけたとか言ってどっか行っちゃったよ。――ったく、これだからガサツな女は嫌いなんだよね~」
「くっ、やはり……」
これで確定した。
バドラーゼは三週間の間に勇者全員を揃えて寄越してきたのだ。
かなり胆略的とも言えるが、それだけに厄介だとも言えよう。
「それよりさ、ちょっと俺様の相手してくんない? あの汚いオッサンじゃ獲物としては物足りなくてさ。バドラーゼさんが言うにはキミもそれなりに強いそうじゃん? だったら多少は本気出しても簡単に壊れたりはしないよね?」
「……相変わらずネジ曲がった考えを持っているようだね。まるで父上の人形に見えたのは間違ってなかったわけだ」
亡き皇帝――ムンゾヴァイスの教育により、他人を物として見下す傾向が強く見られるのが西園寺という青年だ。
当時の皇帝は冷徹な殺人マシーンとして育て上げたようだが、その皇帝亡き今、箍が外れて解き放たれようとしていた。
「人形じゃないさ。だって俺様を押さえつけていた奴は死んだんだから、俺様はもう自由――そうだろ?」
西園寺を纏うオーラが一気に膨れ上がる。
エボルガントや他の兵達は殺気に圧されて距離をとり、ライザとリオンは前に出た。
「本城もクロカゲとかいう奴と遊んでるみたいだし、俺様の退屈しのぎに付き合ってくれてもいいよね?」
「退屈はさせませんよ。なぜなら貴方を生かしてはおきませんので」
「フン、奇遇だな。私も同じように考えていたところだ」
「へぇ~、ならさぁ――」
口元を歪ませた西園寺が一気に距離を詰めてくる!
「まずはお前らからぶっ壊してやんよぉぉぉ!」




