戸惑い
さっそくと言えばいいのか、バドラーゼの勇者を送り込むという発言に危機感を募らせた国王ラーゼフォルドは、直ちに王都から出兵させる選択をとった。
度重なる挑発でチョワイツ王国の貴族達はすっかり戦う気満々となっており、我こそはと挙って戦列に参加したのである。
「進め進めぇ~! 我らを侮るプラーガに、本気を見せてやるのだぁ~!」
「「「おおっ!」」」
重装備の歩兵を先頭にジワリジワリと進軍するのはチョワイツ王国国軍。
彼らの現在地は国境間際の街――ヤーマルの南に広がる平原で、もう間もなくプラーガ帝国の領内へと踏み込むところだ。
その後方では神妙な顔付きをしたラーズグロムが馬に跨がっており、先ほど声を張り上げた老将が隣につけてきた。
「そのように辛気臭い顔をしてどうしたラーズグロム殿。まさか勇者が出てくると聞いて怖じ気付いた訳ではあるまい?」
「エボルガント殿、勿論そうではありません。まさかこんな形で自国に帰ってくる事になるとは思わなかったもので……」
エボルガントはチョワイツ王国の元帥を勤める数多くの武勲をあげた老将で、血気盛んなその武は今もなお衰えを知らない。
そんな男が己の無精髭を撫でつつ興味深げな顔を見せる。
「……ふむ。貴殿も中々にして数奇な運命に踊らされたものよの。某には到底理解が及ばぬ領域に居るやもしれぬ」
彼もラーズグロムの経緯は知っている。
最初は国王より語られた内容により酷く混乱したものだ。
理由はラーズグロムに対して良い印象はもっておらず、軟弱な皇族の末子が後継者争いに敗れ、生き恥を晒しているとさえ思っていた。
しかしラーズグロムはそれに立ち向かう武を示しており、彼が返り咲く様を見てみたくなったのだという。
もっとも武に関してはフールやカズヨ達のお陰なのだが。
「話は変わるが、貴殿はプラーガ帝国の勇者について何かご存知かな?」
「勇者――ですか?」
「うむ。これから剣を交えるのだ、どのような武勇伝を持っているのかと思うてな」
エボルガントの目が輝いて見えるのは気のせいではないだろう。
彼は純に勇者との戦いを熱望しているのだ。
ゆえにソワソワとしつつもラーズグロムから聞き出そうとしたのである。
「……僕の知る限りですが、プラーガ帝国には4人の勇者がいます。彼らは皆別行動をとっており、いずれも自己主張の強い性格をしているそうで、聞く限りだと勇者足り得る存在とはほど遠いとさえ思います」
「ふむ、つまりはろくな性格ではない――と言いたいのかな?」
「はっきり言えばそうです。契約に応じて国家の危機には力を振るうらしいのですが、普段はだらけた生活を送っていると聞きます。それぞれ名前は――」
本城直哉――20年前に召喚された勇者で、普段はグロスエレム教国を警戒して南西付近で活動している。
由良川沙希――10年前に召喚された勇者で、魔女の森を警戒して西側で活動している。
西園寺将吾――20年前に召喚された勇者で、チョワイツ王国とサクサロッテ共和国を警戒して南東で活動している。
村上悟――15年前に召喚された勇者で、アルカナウ王国とミリオネック商業連合を警戒して北側で活動していたが……
「あ、そういえば村上悟は数ヶ月前に死亡したんだった。なので現在は3人ですね」
調子に乗って野心家な辺境伯とともにミリオネックをつついた村上悟は、返り討ちにあい死亡したという報告が上がっている。
この話は瞬く間に周辺諸国へと広がり、勇者と言えど無敵ではないのだと強く印象付けることになった。
「むぅ……剣を交える勇者が一人減ってしまったか……」
脅威が一つ減ったにもかかわらず残念そうな表情を見せるところは武将らしいと言えるのかもしれない。
「恐らく最初に遭遇するのは西園寺将吾となるでしょう。奴には奴隷や庶民を盾にして戦うという黒い噂があります」
「そ、それではなにか? 勇者でありながら卑劣な戦法を用いてくるというのか!? ――何という勇者にあるまじき行為だ! この手で引導を渡してくれる!」
勇者という存在を美化していたエボルガントが憤る。
そもそもの話、死亡した村上悟を含む残りの3人も大概な性格をしており、よくある正義の味方という姿からはかけ離れていた。
そんな現実を知らされてか憤りが収まらないエボルガントは、先頭へと馬を走らせる。
恐らくは真っ先に勇者を叩きたいのだろう。
「やれやれ、ようやく行ったか。――む?」
「…………」
去っていく元帥の背中を眺めたフールが懐から顔を出すと、しかめっ面を維持したラーズグロムを見上げる。
王都を発ってからというもの、度々顔をしかめる事が多くなったのだ。
勿論それには理由があり、詳しくは三週間ほど前に遡る。
「あのぅ……なぜわざわざドミニク子爵の邸に?」
「ここなら邪魔が入りませんし、貴方のお仲間も聞いてもらった方がよいと判断したからです」
先日知り合った魔女の森のダンマスであるアイリの妹アイカ。
彼女に連れられやって来たのはドミニク子爵の邸であった。
まさか日を改めてくると言った次の日にやって来るとは思わず、しかも連れて来られた場所がフール達が世話になっているドミニク子爵の邸だと知り二度びっくりである。
「……さて、本題に入る前におさらいです。先日わたくしが申し上げた事をもう一度説明しますね」
フール達を前にして、アイカは改めて身分を明かした。
既にナレックというダンマスの協力者がいるため今更ダンマスに対して各々が驚くことはなく、説明はスムーズに進んでいく。
「なるほど。カズヨ達には随分と助けられた。この場を借りて礼を言うぞ、アイカよ」
「っ! ……いえいえ、お役に立てたようで何よりです」
フールが礼を述べると、アイカは一瞬硬直したように固まる。
どうしたのかと一同が思ったが、その答えはすぐに判明した。
「まさか邪王からそのような台詞が――」
ガタッ!
なんと、アイカはフールの正体を看破していたのだ。
それを聞いたライザが透かさず爪を喉元にあてると、リオンが詠唱に入る。
「どういうつもりですか? 返答しだいでは貴女の首が跳びますよ?」
「右に同じだ。お前の目的を言え」
「ちょっ、ちょっと待つんだ二人とも!」
慌ててラーズグロムが止めようとするが、二人は聞き入れる様子はない。
レシル達――少女組にいたってはオロオロするばかりで、どうしたらよいのか分からないのだろう。
だが意外にも看破されたフールは、困った顔をしつつも二人を止めに入る。
「落ち着け二人とも。アイカに害する気があればここまでするはずはないし、手を貸すこともなかっただろう」
「し、しかし、コイツは……」
「そうです! コイツは危険過ぎます!」
「あ、あのさ、とりあえず二人とも落ち着いて。割とマジで」
フールの言う事にも渋る二人を止めたのは、更に意外なジュリアであった。
「鑑定して分かったけど、その子――ファイアドレイクより強いよ? 仕掛けたらマジで殺されるから勘弁してよね?」
「「「……は?」」」
今度はジュリア以外が驚いた。
あの死にそうな目にあったファイアドレイクより強いと言われ、ライザは爪を引っ込めリオンは詠唱を取り止める。
こんな場面でジュリアが嘘をつくとは思わないため、二人は素直に従うのだった。
「聡明な判断で助かります。わたくしとしても首を落とされるとお姉様に接合をお願いしなくてはならないので。あ、仮に襲われたとしても反撃とかはしませんので大丈夫ですよ? よろしければお試しいただいても――」
「「いえ、結構です」」
ライザとリオンは完全に尻込みをしてしまったようだ。
それに首を落とされても問題ないような言い回しに、この世界には首を落とされても生きて行ける人種がいるのだと、一同は強引に納得することにした。
「……それで話を戻すが、俺が邪王だと分かっていながらも協力してくれるのは何故だ? その口振りだと、以前の俺を知らない訳ではあるまい?」
邪王を知ってる者だと、いくつかの国を滅ぼした凶悪なダンマスとして知れ渡っている。
そんな邪王に協力するのは余程の物好きだと言えるだろう。
「ええ、確かに以前の貴方を知っていますが、生まれ変わった後まで因果を背負う必要はないと考えます。――それに今の貴方はフールなのでしょう?」
「……その通り。逆位置の愚者だった俺とは決別し、正位置の愚者として歩みだした」
「フフッ、でしたら何も言いません」
ニコリと微笑んだアイカはリオンに視線を移す。
「ですからリオンも気にする必要はありませんよ? お姉様は寛大な心をお持ちなので、貴女を殺したりはしません」
「うぐっ! やはりお前はあの時の……」
過去に面識があるらしく、水を向けられたリオンはバツが悪くて縮こまる。
「これが話しておきたい事の一つ目です。リオンは数ヶ月ほど前に色々とやらかしておりますので、グロスエレムに行く事があれば注意してください」
詳しくは不明だが、恐らくはリオンが派手に暴れた事があるのだと一同は認識し、残るもう一つの話を促すことにした。
「もう一つは他でもありません、ラーズグロムに関する事です」
「え? 僕の事かい?」
ラーズグロムが自分の顔を指すと、アイカはコクリと頷く。
「貴方にとっては少々酷な話になりますが、よく聞いてください」
「……分かった」
フールの過去を看破したくらいなので、息を飲んで身構える。
「貴方を皇帝暗殺の黒幕に仕立てあげたのは、貴方と仲がよかったザファークです」
「……えっ」
それはラーズグロムにとって死刑判決に等しい発言であった。




