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閑話:波紋

 ラーズグロムの知らない裏側の動きです。

 知りたくない人はご注意下さい。

 カシャン!


「うっぐ!?」

「い、如何なされた、セレスティーラ王女よ!?」


 帝都にあるバドラーゼの邸にて、自身の婚約者であるアレクシス王国第二王女セレスティーラを招いて晩餐会を行っていたのだが、セレスティーラがフォークを落としたかと思うと、突然苦しみだしたのだ。

 同席した貴族達も何事かとざわめく中、バドラーゼが素早く立ち上がりセレスティーラを気遣う。

 が、しかし……


「うっ……ゴフッ!」

「な!?」


 とうとうセレスティーラは吐血してしまい、テーブルに突っ伏すように倒れた。


「だ、誰か、すぐに医者を呼べ! それから治癒魔法を施せる宮廷魔法士もだ!」


 激しく動揺したバドラーゼを見たことがない貴族達は、ヒソヒソと話しながらも事の成り行きを見守っており、当の本人は顔を真っ青にして頭を抱えた。


(なぜだ! 昼間見たときは何事もなく過ごしていた。持病があるという話もないし、なぜ急に!) 


 バドラーゼが焦るのも無理はない。

 もしもこのまま帰らぬ人となれば、周辺国からは婚約者を殺したと影で(ささや)かれ、全力で否定しても白い目で見られるのは間違いないのだから。

 それにアレクシス王国との関係も険悪になり、下手すると孤立する可能性も……。


「ええぃ、医者はまだか!? 宮廷魔法士はなにをしている!?」


 周囲を見渡し怒鳴り散らすと、セレスティーラへと視線を落とす。

 当然回復する様子はなく、バドラーゼは歯軋りをして足を揺すり始めた。


「チッ、もういい! 王女をベッドまで運ぶのだ! それから――「その必要はないわ」


 バドラーゼの台詞を遮り、黒髪の少女がどこからともなく現れた。

 皆一様に驚き少女へと視線が集まる中、当の少女はセレスティーラの傍らへとやってくる。


「……なんだ貴様は? 見かけない顔だが宮廷魔法士か?」

「宮廷――じゃないわね。私はこの国の人間じゃないし」

「何ぃ!?」


 プラーガ帝国の人間ではない者がなぜここにいるのか……そう思ったのはバドラーゼだけにあらず、その場に居合わせた者達全員が思ったことだろう。

 だが少女はお構い無しにどこからか薬瓶を取りだし、セレスティーラの口へと流し込む。


「お、おい貴様――」

「邪魔しないで。すぐに回復するから」


 少女の剣幕に圧されてバドラーゼが手を引っ込める。

 本来なら不審者として即刻捕らえなければならないところだが、少女から放たれる異常な威圧感によりそれは出来なかった。

 いや、それよりも今はセレスティーラが助かればよい――そう思考を切り替えた直後!


「……んん……あら?」

「「「おお!?」」」


 顔色が良くなったセレスティーラが目を覚まし、顔を上げたのだ。

 それを見た周囲も声を上げて驚く。


「セ、セレスティーラ王女、具合はどうだ? もう大丈夫なのか!?」

「え、ええ、もう大丈夫みたいです。ご迷惑をおかけしたみたいで申し訳御座いません」


 どうやら完全に回復したようでバドラーゼはホッと胸を撫で下ろすと、他の貴族達も食事に戻ろうとする――が、それだけでは収まるはずはない。


「今回は間に合ったけれど、出された食事にも注意しないとダメよ?」

「あ、アイリちゃん! 貴女が助けてくれたのね!? ありがとーーっ!」


 なんと、セレスティーラとアイリという少女は知り合いらしく、王女はアイリへと抱きついた。


「ちょ、抱きつくのは後後! それよりも【毒を盛った犯人】を特定しないと」

「「ど、毒だと(ですか)!?」」


 アイリという少女から発せられた【毒】という言葉に、王女とバドラーゼの台詞がハモる。

 貴族達も食事に手を付けるのを止め、一層ざわめきが大きくなる。


「貴様――アイリと言ったか? この際貴様のことはいい。毒を盛ったとはどういう事だ?」

「そのままの意味よ。誰かがセーラの食事に毒を盛ったの。――ほら、見てみなさい」


 セレスティーラに盛られた食事にアイリが腕を近付ける。

 すると……


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


「な、なんだこの音は? その腕輪からか?」

「そうよ。毒を感知すると警告音が発生する仕組みなの。だからこの中にいるはずよ、食事に毒を盛った奴が」


 アイリが周囲を見渡しながら言うと、貴族達は互いに距離をとりあい給士は身を寄せあって縮こまった。

 周りが信用できなくなったセレスティーラはアイリの背中に隠れ、バドラーゼはイラつきながら声を張り上げる。


「誰だ、毒を盛った不届き者は!? この手で叩き斬ってくれる!」

「落ち着いて、犯人は特定できるか――」

「だったら早く言え! 誰が犯人なんだ!?」

「分かったっての……」


 うるさいなぁという顔をしたアイリが、どこからか正方形の石を取り出した。


「メモリーキューブよ。これは指定した人物や物の過去を見ることができるアイテムなの。今からこの料理を指定して時間を巻き戻していくわ」


 セレスティーラが手を付けた料理を中心に、立体映像となって時間が巻き戻っていった。


 まずは給士が現れ盛られた皿をテーブルから下げると、厨房へと後ろ向きに戻っていく。

 この時に不審な動きはなく、既に毒が盛られた後だと分かる。

 更に巻き戻っていくと厨房に置かれた皿に名札が付けられた。

 他の料理も同様であり、最初から配膳される相手は決まっていたのだろう。

 これは貴族の好き嫌いに対応した措置のため、別段おかしな事ではない。

 更に巻き戻り、毒見役らしき人物が現れたところで映像が止められた。


「どうやらコイツみたいね。ここからスローにするからよく見てなさい」


 ゆっくりと映像が流れていき、料理から白い粉のようなものが毒見役の手に収まっていく。

 そして何食わぬ顔をして口から料理を戻していった。

 つまり毒見の後にまぶした白い粉こそが、毒という事になる。


「こ、これは……」

「見ての通りよ。この男が毒見をした後に毒を盛ったってわけね」


 ズザザザザッ!


 ここで給士達が一斉に動く。

 皆で特定の男から距離をとったのだ。

 その男こそ給士兼毒見役として働き、セレスティーラを殺害しようとした犯人であった。


「貴っ様ーーーっ!」


 バキッ!


「ガハッ!」


 怒りに任せてバドラーゼが殴り飛ばすと、倒れた男に馬乗りになって胸ぐらを掴んだ。


「誰だ! いったい誰の差し金だ!? 言わねば生きたまま肉を削ぎ落とすぞ!」

「ずびばせぇん! ニ、ニースレイ様に頼まれたんです!」

「ニースレイだとぉ!?」

「はぃぃぃぃぃぃ!」


 真相はこうだ。

 バドラーゼの信用を失墜させるため、ニースレイが男を買収して毒を盛らせたのだ。

 即効性の強い毒であるため盛られた相手はさほど時間が掛からずに死亡する――あとは実行する()()()()()()()()()絶対にバレないと言いくるめて。

 

「おのれニースレイめぇぇぇ!」


 顔を真っ赤にしたバドラーゼは、セレスティーラとアイリを放置してその場を後にする。

 恐らくはニースレイを捕縛しに行くのだろうが、一方のアイリはヤレヤレと肩を竦めて助言を行った。


「セーラ、一度帰った方がいいんじゃない? このまま留まってると、また後継者争いに巻き込まれるわよ?」

「うん、そうするわ。まさか毒を盛られるなんて……」


 表情を暗くしたセレスティーラがアイリに支えられ、その場を後にする。

 その後セレスティーラが帰国したと聞いたバドラーゼは、再び激しく怒り狂う事になるのであった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 セレスティーラ王女へと毒殺未遂は波紋を広げ、別の方面へも影響を及ぼす事に。


「え、永久凍結!?」

「ええ、そうね」


 バドラーゼの邸を後にしたアイリは即座にザファークの邸へと立ち寄った。

 そして開口一番、出されたお茶にすら手につけずに取り引きの半永久凍結を突き付けたのである。


「ちょ、ちょっと待ってほしい、いくらなんでも唐突過ぎる! 取り引きが決まったばかりなのに数日で反故にするなんて!」

「こちらとしてもやむを得ずよ。もうすぐ知らされると思うけれど、ついさっきセレスティーラ王女が毒殺未遂に合ったわ」

「ど、毒殺未遂だって!?」


 窓の外に見える夕焼けを眺めながら、毒殺未遂が起こったことを告げた。

 これには普段冷静なザファークも二度ビックリである。


「犯人はニースレイって人に買収された給士だったわ。恐らく今はバドラーゼって人が捕縛に動いてると思うけれど」

「ニースレイが……」


 苦虫を噛み潰した顔で俯くザファーク。

 彼は心の中で深く後悔し始める。


(クソッ、まさかニースレイがそのような手段に出るとは! 少々野放しにし過ぎたか……)


「……ニースレイに関してはとても残念に思う。しかし、それとこれとは別で考えてほしい。なにより一度決まった事を急に撤回するのは、そちらの信用にも関わるのでは?」


 ザファークの言い分を端的に言うと、そもそも自分は関係ないし、そっちこそ信用を失うぞという内容だ。

 だがアイリはそら来たと言わんばかりに、即座に切り返す。


「確かに信用に関わるわ。特に皇帝の座が空席のままになっているプラーガ帝国は、信用に値するかどうか――ってね」

「……なるほど」


 よくザファークはポーカーフェイスを保ったと言うべきだろう。

 アイリがつついた部分は今のプラーガ帝国にとって、弁慶(べんけい)()(どころ)に等しい。


「だから取り引きを再開するのに条件を付けるわ」

「条件?」

「ええ。私からの条件は、キチンとした後継者を用意する事――それだけよ。まさかできないなんて言わないわよね?」

「……できなくはない。寧ろやらねばならない事だ」


 アイリの言っている事は間違ってはいない。

 特に発端となった暗殺未遂は後継者争いのために発生したと言えるし、それさえ解決すれば良いと言っているのだ、できないなんて口が裂けても言えないだろう。


「それじゃあまた。次に会う時は、後継者が決まってる時だと願うわ」

「うん、こちらも最善を尽くそう」


 出迎えた時と同じ笑顔でアイリを見送ったザファーク。

 彼女が視界から消えると大きなため息を一つつき、すぐに頭をフル回転させる。


(不味い事になった。経済面での出遅れもそうだが、セレスティーラ暗殺未遂とは……。ニースレイめ、余計なことをしてくれたものだ。こうなってはなるべく早く排除する必要があるだろう)


 しかしこの後、更なる厄介事がプラーガ帝国にのし掛かることになるとはバドラーゼもザファークも、夢にも思わないのであった。


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