閑話:狂喜と狂気
前回に続きラーズグロムの知らない裏側です。
知りたくない人はご注意下さい。
すっかり日も落ち、オシャレなマジックアイテムを光源に彩られた貴族街。
その一等地とも言える場所に建てられた豪邸に、多くの兵士がなだれ込む。
何事かと集まった野次馬貴族の視線を受けながら、邸の中ではとある人物の捜索が行われていた。
「ダメです、1階には居ません!」
「こちらもダメです、地下にも居りませんでした!」
「ならば上だ! 徹底的に捜索し、ネズミ一匹逃すな!」
指揮してるのは次期皇帝が濃厚のバドラーゼであり、セレスティーラ暗殺を企てたとしてニースレイを捕縛するため、彼女の邸へと詰めかけたのである。
「3階に居たのは使用人のみです! 一人ずつ顔を見ましたので間違いありません!」
「2階にも居ません! もぬけの殻です!」
「チッ! 逃げられたか……」
しかしバドラーゼが到着した時には既に逃げ出した後のようで、恐らくは数名の護衛と共に逃亡中なのだろうと予想し、舌打ちすると自身の邸へと引き上げていった。
「逃げられましたか……」
「ああ。どういう訳か俺の動きに気付いたようだな、実に忌々しい!」
後日、情報交換を行うためザファークを邸へと呼び出した。
彼の方もニースレイが原因で取り引きが宙に浮いた状態にあり、片やため息――片や怒りを滲ませることに。
「まさかニースレイが凶行に及ぶとは思いませんでしたね……」
「まったくだ。もはやラーズグロムに構ってる暇はない、今はニースレイの捜索に全力を上げねば――」
コンコン!
「お取り込み中失礼します。チョワイツ王国からの使者が参られました」
「む、チョワイツ王国か」
ニースレイの事で忘れていたが、チョワイツ王国へはラーズグロム捕縛を要請してあったのを思い出した。
前段階では、匿うような真似をすればラーズグロムを利用して皇帝暗殺を企てたと判断する――という内容を伝えてあったが、果たしてどのような決断を下したのか……。
「兄上、あまり敵を増やすような発言はお控えなさった方がよかったのでは?」
「フン、案ずるな。チョワイツ王国ごとき小国、掌で転がしてやるくらいが丁度よいのだ。――おい、さっさと使者を通せ!」
「は、はい、畏まりました!」
ザファークの忠告を鼻で笑い、使者を通すよう申し付ける。
やって来た使者は無表情で一礼すると、懐から書簡を取り出しバドラーゼへと手渡した。
「国王ラーゼフォルド様より預かりました書簡に御座います。先の要請に基づいた返答をこれに記したと仰せつかっております」
「ふむ、御苦労であった」
読むまでもなく返答は決まっている!
――そう過信していたバドラーゼだったが、読み進めるうちに眉を潜めていき、やがてプルプルと肩を震わせるようになっていく。
ついには全身を震わせて……
「クソォォォッ!」
バシッ!
読み終えた書簡を床に叩きつけ、尚も無表情で佇む使者を睨みつけた。
「……どういう事だ?」
「どう――と申されましても、そのままの意味で受け取っていただいて結構です」
「くっ、ぐぬぬぬ……、チョワイツ王国ごときがいい気になりおってぇぇぇ!」
無表情な使者にポーカーフェイスで返され、顔を真っ赤に煮えたぎらせるバドラーゼ。
その間にザファークはサッと書簡を拾い上げると、素早く目を通していく。
「な……」
その内容を見て思わず声を失った。
ちなみに国王の直筆により書かれた内容は以下のとおり。
『貴国より要請されたラーズグロム殿捕縛の件であるが、先の皇帝暗殺は濡れ衣であるというラーズグロム殿の潔白を認め、我が国はラーズグロム殿を全面的に支援する事に決めた。もしも貴国が不服であると主張するのであれば、その時は武を持って応えよう。チョワイツ王国国王ラーゼフォルドより』
要約すると、ラーズグロムは潔白だから捕縛はしない。
納得いかないんだったら戦うぞという内容である。
再三に渡りラーズグロムに殿を付けているのもわざとだろう。
(これは計算外だ。何とかチョワイツ王国からの横槍を防がねば、下手するとラーズグロムを後継者として押し込みかねない……。まさかバドラーゼはこれを見越してる――)
一人思案するザファークがチラリとバドラーゼに視線を移す。
相変わらず無表情な使者に対して暴言を吐きまくっており、想定していたとは思えない。
(――わけはないか……。俺からすると、ニースレイもバドラーゼも同類だな)
肩を竦めて再び思案に戻るザファーク。
すると直後、バドラーゼの口から予想だにしない言葉が飛び出す。
「いいだろう。そっちがその気なら、我が国からは勇者を差し向けようではないか!」
「あ、兄上!?」
とうとう禁じ手とも言える勇者を持ち出したのだ。
これには使者も若干の驚きを見せたが、すぐに無表情に戻り……
「いいでしょう。つまりは宣戦布告――という事でよろしいですね?」
「無論だ! 弱小のチョワイツ王国ごときが調子に乗るなと国王に伝えておけ!」
「その旨、しかと承りました。では失礼致します」
そそくさと使者が退室すると、いまだ怒りが収まらないバドラーゼがブツブツとぼやく。
それを見たザファークは額に手をあて頭を振る。
(本格的に不味い。後継者が決まる前に他国と戦争だと? 冗談じゃない、一枚岩にならなければ勝てるものも勝てない。下手をすると領土を掠め取られて終戦だぞ!?)
いくら国力に差があったとしても、まとまらなければ烏合の衆だ。
滅ぶ事はないにしても、敗北に等しい結末が待っている。
チョワイツ王国もバカじゃない。
全ての領主を敵に回すことはせずに、必ず分断工作を行ってくるだろう。
(それにこの機を狙って他の国々も動き出すに違いない。なんとか打開策を打たねば……)
だがザファークの懸念はそれだけではない。
(恐らくバドラーゼは、ラーズグロムを放置してニースレイの捕縛に全力を上げるはず。もしも捕縛されたら、バドラーゼは正式な後継者として名乗りをあげるはずだ。そうなる前に始末せねば……いや、いっそのことニースレイをどこかに幽閉するのも……)
入念な計画に早くも狂いが生じる。
結局ザファークは、肉親二人により間接的に追い詰められることとなるのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
国外に大きな緊張が走っている頃、国内でもまた別の動きが発生していた。
邪教として知られる聖プリムラ教もまた策謀をめぐらせており、地下にある聖堂にて宣教師であるフルストが教祖ロドニーへと詰め寄る。
ドン!
「いったいどういう事ですか!?」
「落ち着けフルストよ。主語が抜けては話は通じん」
「ハイドラーの事です! なぜ奴を寄越したのですか!?」
祭壇を叩いて抗議するフルストにとって、派遣されたハイドラーは手柄を掠め取とろうとする邪魔者だ。
「お主が苦戦しとると見て送り込んだのだが……何か不味い事でもあったかな?」
「不味いなんてもんじゃありません。奴のせいで危うくラーズグロムが死にかけたのですよ!? 捕獲対象に死なれては意味がありません!」
「う~む……それはもっともだな」
実のところ、ザルムス達【貴人の密会】に怪しげな薬を渡したのはハイドラーであった。
続いて渡したのがレモードルツだったのだが、どちらも割って入る事に失敗しており無駄に終わっている。
「よし、一度ハイドラーはこちらに戻そう」
「畏まりました。本人には私から伝えておきます」
「うむ。それから――」
「失礼します、ロドニー様。三等星が動き出しました」
「む? 三等星が……」
話を続けようとしたロドニーに、信者の一人が報告にやって来た。
しばし顎に手を添えて考えると、ロドニーは一人ウンウンと頷きつつ新たな指示を出す。
「可能であれば召し抱えよ。不可ならば捕縛して連れてくるのだ」
「ハハッ!」
足早に去っていく信者を見送ると、フルストにも新たに命じる。
「フルストよ、すまぬが三等星の確保に協力してやってくれ。護衛が精鋭であれば確保は難しいのでな」
「承知しました。その程度でしたら、すぐにでも片付けてみせましょう」
信者とは違い転移によって姿を消すフルスト。
残されたロドニーは手を正面で合わせ、天を見上げる。
「我らを導くのは三等星か……それとも一等星か……」
そう呟やくロドニーの横顔を、燭台に灯された蝋燭が揺らめき照らしていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
貴人の密会が壊滅してから数日。
プラーガ帝国内で活動している闇ギルド――極上鮮血がそれに気付き、首領の男――エンダーロックが不適な笑みを浮かべる。
「フッヒヒヒヒ……、死んだか? あのザルムスが死んだか? アーーッヒャヒャヒャヒャヒャ! そいつぁ傑作だ!」
月明かりが差し込む崩れかかった家屋の中で、エンダーロックの狂気じみた声が響く。
事実【貴人の密会】にラーズグロム捕縛を依頼したのはこの男であり、単なる賞金稼ぎが目的であった。
しかしザルムスの死亡を知った今、本来の目的からかけ離れようとしていた。
「ザルムスも決して弱い奴じゃねぇ。まさかそれを皇族の坊っちゃんがねぇ……。ッケケケ、これだから番狂わせは面白い! 今度の獲物はどんな声を聞かせてくれるか楽しみでしかたがねぇ!」
エンダーロックは狂っていた。
かつてとある闇ギルドに所属していた彼は、やむを得ず殺しをする方針に異議を唱えたのである。
結果ギルドを追放された彼は新たなギルドを立ち上げた。
その名は極上鮮血。
殺しを楽しむために殺すことを生き甲斐にしているエンダーロックにとっては、まさに天国とも言える場所だ。
「いずれは帝国の勇者を殺っちまいたいと思ってたところだ、その前に楽しみが増えたぜ。クッククククク――ヒャーーッハッハッハッ!」
ラーズグロムの脅威がまた一つ動き出そうとしていた。




