辺境伯の決断
「国境が封鎖されている!?」
「……の、ようだな」
盗賊と冒険者を蹴散らしたラーズグロム一行は、丸1日かけて国境間際までたどり着いた。
後は国境を越えるだけ――のはずが、国境付近に展開している軍隊が彼ら一行を足止めしてしまう。
チャージクロウによる偵察によると、地平線に続く平原の先では【竜に股がった騎士の国旗】がはためいており、部隊の甲冑が太陽光に反射し、プラーガ帝国ここにありと強調していた。
「陣形が国内に向いている。チョワイツ王国を睨んで――という雰囲気ではなさそうだ」
「フン。余程お前が邪魔なのだろう。ここまで手際がよいと逆に感心するな」
こっそりと国外逃亡されないように、兄達に念を押されたようだ。
まさか軍隊まで動員してくるとは思っておらず、是が非でも殺したいという有り難みのない熱意が伝わってくる。
「ラーグ兄ちゃん……」
「心配ない。なんとかなる――いや、なんとかするさ」
不安げに見上げてくるレシルの頭を撫でつつ、さてどうするかと思考を巡らす。
フールに頼れば強行突破は可能だろうが、できれば秘匿したい奥の手でもあるのだ。
そうしなければ、ラーズグロムそのものが国家単位で危険視されかねない。
「フール、指揮官がどこにいるか探れるかい?」
「指揮官? ああ、なるほど。指揮官が暗殺されれば混乱するだろうな」
「いや、そうじゃない。指揮官と直接話せないかと思ってね」
「なんだと!?」
まさかの言葉にフールは耳を疑う。
それもそのはず、軍を率いてる相手との対話など普通はしたいと思わない。
ノコノコと現れたところを捕まって終わりだろう。
「この辺りの領主はヴァレリー辺境伯という人で、曲がった事が大嫌いという有名な武人だ。話してみる価値はあると思う」
「俺はヴァレリーとやらの人となりは知らんが、もし皇帝暗殺を真に受けてた場合、間抜けな最後になるだけだぞ?」
「分かってるさ。でもさすがにあの部隊を敵に回すのはマズイだろ? いくらフールでも、無限に魔力はないだろうし」
平地は軍が押さえており、南方は険しい山脈――北方は断崖の渓谷だ。
時間を掛けずに向かうのならば、このまま突っ切るしかないのだが……。
「ならば空から向かうのはどうだ? これでも以前より魔力保有量が上昇してるのだ。レッサーワイバーンなら背に乗って行けるだろう」
フールの言う通り最初に出会った頃に比べ使用上限が上昇してるらしく、いずれはBランクの魔物を召喚できるようになれそうだ。
脅威であるレッサーワイバーンでもCランクなので、Bランクともなれば冒険者と言えど安易に手を出せる存在ではなく、護衛としてならとても心強い。
「出来るならそうしたいけど、討伐対象と認定される危険性もあるんだ。チョワイツ王国に入ったのを目撃されたら、そっちからも追われることになりかねない」
「なんとも面倒だな……」
あまり時間を掛けたくないラーズグロムは、辺境伯との対話を選択した。
これが吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知るところだ。
「それらしいのを見つけたぞ」
「本当かい?」
「部隊のちょうどど真ん中に天幕を張ってる場所がある。恐らくそこにいるのが指揮官だろう」
上空からの偵察で指揮官の居場所は判明した。
問題はどうやってそこまで行くかだが……
「さすがにあの数を相手に認識阻害させるのは無理だぞ? それなら正面から戦ったほうが遥かに楽だ」
「そうか……」
馬鹿正直に正面から挑めば簡単に捕まってしまい、下手するとヴァレリーの元へ連行される前に殺される――なんて事も……。
やはり対話は難しいかという空気が流れたところで、レシルから思いがけないヒントを得ることになる。
「ねぇラーグ兄ちゃん。その人に来てもらうんじゃダメなの?」
「来てもらう?」
「うん。行くのが難しいなら来てもらうのがいいんじゃないかなって」
「いや、それが出来れば――」
苦労はしない――と言いかけ、ラーズグロムは思いとどまる。
ヴァレリーは自ら前線に立とうとする血の気の多い巨漢であり、敵を発見すれば自身のハルバードを振り回して襲いかかるほどだ。
魔物がチラついたのを見つければ、飛び出してくるに違いない。
「ありがとうレシル。お陰で良い作戦を思いついたよ!」
「どういたしまして!」
屈託のない笑顔を見せるレシルを撫でると、フールに作戦を伝える。
「フール。弱めの魔物を召喚して、部隊の前に出してくれ」
「構わんが、どうするつもりだ?」
「来てもらうのさ、ヴァレリー辺境伯にね」
ラーズグロム達の遥か先にいる辺境伯の部隊。
彼らが国境を封鎖する理由は二つあり、一つはチョワイツ王国からの難民が流れて来ないよう見張ってるのと、もう一つはラーズグロムの捕縛だ。
後者は皇位継承第2位の長女ニースレイによるもので、帝都で門番が殺されたのを知ると、八方手を尽くしてラーズグロムを逃さないよう手を打ったのである。
「う~む……」
「ヴァレリー様、いかがなさいました?」
天幕の中で粗末な椅子に腰を下ろしている白髭の老体に、兵士の一人が尋ねる。
この老体こそ曲がった事が大嫌いだと言われている、ヴァレリー辺境伯その人であった。
「いやなに、ムンゾヴァイス陛下を暗殺したのが三男のラーズグロムだと聞かされたが、些か妙であると思うてな」
「と、言いますと?」
「ラーズグロムは継承権第四位だ。陛下を暗殺したところで、自身が皇帝の座につかなければ無意味であろう? まさか陛下に続き上3人の暗殺まで企ててたとも思えんし。ふ~む……考えれば考えるほど謎だ」
目を瞑り腕組みしつつ思考するヴァレリー。
彼のように皇帝暗殺を懐疑的に見てる者も少なくないが、国民を含む大多数はラーズグロムが暗殺したのだと思い込んでおり、国内でのラーズグロムの味方は殆どいない。
「しかし、ラーズグロムが逃亡してるのも事実です。潔白ならば堂々と宣言出来るのでは?」
「どうかな。口封じをされそうになったため、やむ無く逃亡したとも考えられる。もしそうなら――む? 外が騒がしいな?」
天幕の外が気になり会話を中断すると、椅子から立ち上がり外を覗き込む。
外では兵士達が落ち着きなくソワソワしており、何か異常があったのだと気付いた。
「何があった!? さっさと報告せんかぁ!」
ヴァレリーの一喝で兵達の動きがピタリと止まると、近くの兵士が弁明のように報告し出す。
「そ、それがグレーウルフが3体現れまして、今それの対処を行っております。時期に討伐されると思いますので、今しばらく――「たわけがぁぁ!」――ヒィィッ!?」
弁明の仕方がマズかったのか、ヴァレリーが兵士の胸ぐらを掴む。
「報告が第一だといつも言ってるだろうがぁぁ! なぜ先に報告しなかった!?」
「ももも、申し訳ありません! 報告するまでもない事だと思い――」
「馬鹿者ぉぉ! その判断は儂がする事だ! 貴様らが勝手に決断するな!」
ゴツンッ!
「グヘッ!」
最後に拳骨をくれてやると、すぐさまハルバードを手に陣の外へと飛び出した。
「どけぃ貴様らぁぁ! Eランクのグレーウルフごとき、儂が蹴散らしてくれる!」
「「「は、はいぃぃ!」」」
なぜか守勢で回避に専念するグレーウルフに兵士達は手こずっていた。
そこへ現れたヴァレリー辺境伯は、ハルバードを構え直し突撃する。
「行くぞぉぉ!」
しかし、1体のグレーウルフが何かをヴァレリーへ放り投げたことで突撃を中断。それをキャッチして確かめる。
「む? 何々――こ、これは!?」
投げられたのは指輪を包んだ紙で、それを広げると、こう書かれていた。
ヴァレリー・バーガンディー殿へ。
僕は現在追われる身となっているラーズグロム・プリムラです。
こうしてやり取りするのも初めてではありますが、なにぶん逃亡中であるため直接顔を出さない非礼をお許しください。
まず前もって言わせていただくと、僕は父の暗殺など命じてはおらず、何者かの罠に掛けられたのです。
よって国内に留まるのは危険だと感じ、しばらくは国外にて機会を窺おうと思っております。
つきましては、チョワイツ王国への脱出を黙認することを検討いただきたく存じます。
この先の雑木林にて返答をお待ちしておりますので、誠に信のおける者のみを護衛としてお越しください。
尚、そこまでの案内はグレーウルフが行います。
一通り読み終えたヴァレリーは、改めて指輪を確認してみる。
「……うむ。間違いなく皇位継承権を持つ者のみが身につけている指輪だ。ではこの先に居るのはやはり……」
内容にあった南方の雑木林を遠目で眺める。
元より彼は、ラーズグロムが犯人であるということに懐疑的であったため、一度話を聞いてみようと決めたのであった。
一方のラーズグロム達は、ヴァレリーが眺めてた先の雑木林にて身を隠していた。
「上手くいきそう?」
「さぁね。五分五分かなとも思うけど、いざとなったらすぐに逃げるから大丈夫。レシルは安心してていいよ」
とは言ったものの、正直ギャンブル性の高い賭けだと言える。
成功するには、ヴァレリーが話を聞いてくれるのが絶対条件だからだ。
「来たぞ」
レシルに抱えられたフールが、こちらに近付く反応を感じとる。
「数は3つ。チャージクロウの視点だと、ゴツい男が一人と護衛が二人だ。どうやら話を聞いてくれるようだな」
「うん」
やがてお互いに認識出来る距離まで近付くと、一礼してヴァレリーを出迎える。
ヴァレリーも一礼しラーズグロムと握手を交わすと、さっそく本題に入った。
「手紙の内容を拝見させていただきました。儂としてもラーズグロム様が暗殺を企てたなど思っておりませぬ。――そこで一つ伺いたい。なぜ貴方が疑惑を向けられてるのです?」
「それは――」
ラーズグロムは、以前フールに語った内容と同じことをヴァレリーにも話した。
更にフールの協力を得てこれまでのピンチを切り抜けたことも伝えると、沸き出る憤りをラーズグロムの兄達へと向ける。
「なんと愚かな! 勝手に権力争いに巻き込んだ挙げ句、邪魔になって消そうとするなど、人の上に立つ者のする事ではありませぬぞ!」
「全くだ。俺としてもラーズグロムが不憫だと感じてな、こうして力を貸してるのだ」
ヴァレリーの憤りにフールも乗っかる。
何気にこの二人(一人と一匹)は気が合うのかもしれない。
「事情は分かりました。恐らく陛下を暗殺したのもバドラーゼかニースレイなのでしょう。ラーズグロム様のご要望通り、チョワイツ王国への越境を黙認いたします」
「ありがとう御座います、ヴァレリー辺境伯!」
話はまとまった。
これで争う事なくチョワイツ王国へ向かうことができる。
しかし、全てが解決したわけではない。
今ここにいる護衛の口は固くても、他の一般兵が同じとは限らないのだ。
「ねぇ、ラーグ兄ちゃん。どうやって兵士の目を潜り抜けるの?」
「うっ……そう言われると方法が思い付かない。どうすれば――」
いくら辺境伯の命令でも、勝手に動いては国に不信感を持たれてしまう。
下手をすると反逆の恐れありと取られかねない。
「それでしたらお任せを。儂にいい考えがございます。夜になったらもう一度ここへ参りますゆえ、それまではご辛抱いただきたい」
ヴァレリーには策が有るらしく、ラーズグロム達はそれに託すことに決めた。
そして深夜。ヴァレリーの天幕から二つの酒樽がコッソリ運び出されると、見張りの脇をすり抜けてチョワイツ王国側の森の中に棄てられる。
勿論ただの酒樽ではない。
この中には……
パカッ
「ふぅ……。なんとか脱出できたな」
まずはラーズグロムが這い出てきた。
酒樽に残ってた酒の匂いを、全身に浴びた状態で。
パカン!
「ううぅ、お酒臭~い……」
「フン、何がなんとかだ。こんな臭い樽に長時間も入れられるのは拷問もいいとこだ。こんなとこに好き好んで入る奴は、真っ昼間から酒を煽ってる中年オヤジだけだろう」
レシルが飛び出るなり敏感な鼻を摘まんで見せると、フールは全身を振るわせながら文句を言う。
確かにフールの言う通りだが、実際にこれしかなかったのだから仕方ない。
「文句は野宿する場所を決めてからにしてくれ。酒の匂いに釣られて魔物がやってくるかもしれないし」
「魔物を酔っ払いと同じに見るな」
酒まみれになりつつも、無事プラーガ帝国を脱出した二人と一匹。
だがチョワイツ王国とアルカナウ王国の戦争も懸念され、この先も安全とは言い難い。
彼らが落ち着ける日は来るのだろうか……。




