相手が容赦しないのなら……
アスラン率いる闇ギルドと別れてから3日。
最初は不慣れだったレシルもだいぶ野宿に慣れ始めたところで、いよいよ国境まであと少しという距離に迫っていた。
「このお馬さん速いね~! 凄い凄~い!」
「確かに。普通の馬より断然速いな」
彼らが乗ってるのはフールの召喚した馬で、トルネードホースと言われるDランクの魔物だ。
当然フールに服従してるので暴れたりはしないが、本来は気性が粗く敵と判断するとどこまでも追い続けると言われており、年に数人は野生の馬と間違えて命を落としたりしている。
「こらレシル。はしゃいで振り落とされるなよ?」
「は~い!」
「ハハッ、すっかりフールはレシルの保護者だな」
「茶化すな。本来はお前がキチンと見てやらねばならないのだぞ?」
「分かってるよ」
いつもの定位置――ラーズグロムの頭の上でヤレヤレ口調で説教を行う。
実際フールはレシルを必要以上に気にかけており、その理由というのも好奇心旺盛なレシルが危なっかしいからであるが……。
「あ、嫌な匂いだ」
街道から外れた森の中を疾走してると、レシルが鼻をヒクつかせ顔をしかめる。
彼女は匂いによる判別を得意としており、害意のある者が近くにいると匂いで察知できるのだ。
残念ながら捕まった当時は居眠り中だったため、回避することはできなかったが。
「レシルよ、どの辺りだ?」
「あそこの大きい岩影。――あ、だんだん近付いてくる!」
レシルの反応により速度を落とし、指された大岩を注視してると、岩影から数人の男女が姿を現す。
見た目は冒険者のように感じるが……
「レシル、彼らが?」
「あの人達もそうだけど、もっと濃い匂いが奥から来る」
すると直後、大勢の男達が岩影から現れ、最後に首領と思われる派手な女も出てきた。
「野郎共、逃がすんじゃないよ!」
「「「へぃ!」」」
どうやら首領は先に出てきた男女4人を追ってるようだ。
「チッ、このままじゃ逃げ切れねぇ。なんとか――ん?」
追われてる4人組の一人がラーズグロム達に気付く。
「お~い、アンタら! 盗賊退治に協力してくれねぇか!?」
どうやら早くも巻き込まれてしまったようだ。
しかしラーズグロムとしてはここでフールの秘密を明かしたくはない。
加勢するなら彼本人しか出来ないところだが……。
「チッ、邪魔が入ったか……。だが構うこたぁない、まとめてやっちまいな!」
「「「おぅ!」」」
こうなると戦う以外道はない。
やむを得ずラーズグロムが剣に手をかけたその時!
「ああっ! お頭。アイツ、指名手配されてるラーズグロムですぜ!?」
「なんだって!?」
(しまった! まさか賊に気付かれるとは)
盗賊の一人がラーズグロムを指して叫ぶ。
すると冒険者達もラーズグロムに振り返り、まさかという顔をして驚いてる様子だ。
「た、確かにラーズグロムだ。賞金は金貨一万枚だったはず……」
「マ、マジで!? だったら盗賊相手にしてる場合じゃないじゃん!」
「おうよ。生け捕りなら一万枚――死体でも半額の五千枚だ。そんだけありゃ……」
ゴクリ……
盗賊と冒険者――双方から生唾を飲む音が聴こえた気がした。
「お、おい、そっちの首領さんよ。ここは一つ休戦といこうじゃないか?」
「賛成だよ。こんなチャンス、一生に一度あるかないかだ」
まさかと唇を噛みたくなる、悪夢のような展開を迎えてしまう。
つい先程まで敵対してた者同士が手を組んだのだ。
(くっ、それほどの大金が賭けられてたなんて……。このまま逃げたらすぐに僕の情報が拡散されてしまう!)
「いくぜぇ! 大物を逃すな!」
「おぅよ!」
「マジで逃がさないから!」
「ホラッ、お前達もいくよ!」
「「「がってんでぇ!」」」
金に目が眩んだ愚か者が、ラーズグロムへと殺到する。
それを見た彼は覚悟を決めた。
今は生きるため、彼らを殲滅する!
「フール、頼む!」
「フン、任せろ。特に掌反しの冒険者はなぶり殺しにしてくれる!」
多数に対抗するため、まずはグリーンウルフを群で召喚を始めた。
急に目の前に魔法陣が広がり、冒険者と盗賊は足を止める。
「こ、これは」
「魔法陣……だと!?」
「コイツ、召喚士だったのか!」
獣のシルエットはグリーンウルフとなり、彼らの前にズラリと並んだ。
数にして30。対する相手も30近くだが、低ランクなだけに時間稼ぎにしかならないだろう。
「へっ、グリーンウルフなんざ怖くない。さつさと片付けるぞ!」
「おぅよ!」
「お前達、やっておしまい!」
「「「あいあいまむ!」」」
やはりグリーンウルフには荷が重く、上手く連携した冒険者と数で押してくる盗賊によって次々と蹴散らされていく。
「ハッ!」
ズバッ!
「ギャイン!」
「へっ、余裕余裕。こんな雑魚しか召喚できないなら楽勝だぜ!」
「おぅよ、後は生け捕りにできるかどうかってやつだ」
1体、また1体と切り伏せて余裕の笑みを浮かべる冒険者。
だがこの時すでに戦況は変化していた。
「「「ぐわぁぁぁ!」」」
「何!?」
数人の盗賊が彼らの背後から吹っ飛んでくる。
グリーンウルフにそこまでの力は無いはず――そう思い、彼らは背後に振り向く。
すると驚愕の光景が彼らの目に飛び込んできた。
「ブモォォォッ!」
「「「ミノタウロス!?」」」
なんと冒険者達の後ろでは、盗賊相手に猛威を振るうミノタウロス――正確にはCランクのレッサーミノタウロスが、斧を片手に振り回してたのだ。
「ど、どうなってんだよ……まさかミノタウロスまで召喚できるってのか!?」
「コイツはレッサーミノタウロスよ。ミノタウロスよりランクは低いけど、それでもCランクだし、一斉にかからなきゃ倒せない!」
こうなるとグリーンウルフなんぞに構ってられない。
すぐにレッサーミノタウロスへ挑もうとする――が、そうはさせまいと、グリーンウルフが攻め立てる。
「一気に決めるぞ、俺に続――「リーダー、後ろよ!」――何!?」
ガブッ!
「ギャッ! やろう離しやがれ!」
「「「リーダー(クリント)!」」」
目標を変えた途端、冒険者のリーダーは忍び寄っていたグリーンウルフに噛みつかれてしまう。
「このクソ犬、クリントから離れやが――『ズバッ!』
リーダーの危機に、大柄の戦士が駆け寄る。
だがその瞬間、戦士の首から上が消滅し、リーダーの足元にソレが転がってきた。
「ヒ、ヒィィィィィィ!」
噛みつかれてることを忘れ、腰を抜かして悲鳴を上げるリーダー。
彼以外の二人も硬直して動けず、尻餅をついて無防備なリーダーをレッサーミノタウロスは上から覗き込んでいた。
「ブモォォォッ!」
「や、やや、ヤメロォォォォォォ!」
リーダーの顔に涎をたらしつつ、レッサーミノタウロスは斧を振り上げ――
ブン!
「ギャッ!」
何故かリーダーはスルーし、硬直していた弓使いの男に投げつける。
命中した斧は体を上下に分断し、回転しながら持ち主の元へと戻っていくと、当てられた冒険者は血を吐きながら倒れた。
「マ、マジ有り得ない! こんなの勝てっこないじゃん!」
紅一点の魔法使いは分が悪いと判断し、リーダーを見捨てて逃走を開始。
レッサーミノタウロスも遠ざかる彼女には見向きもせずに、盗賊達へと襲いかかった。
「ハァ……ハァ……リ、リーダーには悪いけど、囮になってもらっちゃうよ。そうしないと私がヤバイし」
脇見もせずに走り続ける魔法使い。
そんな彼女をレッサーミノタウロスは追っては来ないが、代わりに別の魔物が追ってきていた。
タタッタタッタタッタタッ!
「な、何かが近付いてくる!?」
後方から迫る足音に気付き、後ろを振り返る。
「ブルルルルルルッ!」
「う、馬――」
ドグシャ!
「グエッ!」
魔法使いを追ってたのは、先程ラーズグロムが乗っていたトルネードホースだ。
その暴れ馬の体当りをくらい、くの字に曲がってブッ飛んでいく。
胴体が押し潰されたため、この魔法使いも助かりそうにない。
「ブモォォォッ!」
「「「グヘッ!」」」
冒険者が戦闘不能になり、盗賊を僅かに残すのみとなった。
元々の力の差が有りすぎ、数でレッサーミノタウロスを倒せるほど甘くはなかったのだ。
だがそこには女首領の姿は既にない。
「チッ、まさか皇帝の三男が召喚士だったとは……。冷酷無比なムンゾヴァイスの肉親なだけはあるさね!」
密かに部下を囮にし、戦場から遠ざかる女首領。
実は対魔物のエキスパートとも言える冒険者の一人がやられた時点で、彼女は敗北を悟ったのだ。
そこで一人拠点に戻り、持てる物を持ちズラかろうとしてるのである。
「こうなったらしゃーない。金貨一万は諦めて新天地でやり直してやろうじゃ――「それは出来ないな」
女首領の行く手を阻む者が一人。
言わずと知れたラーズグロムである。
「君に生きていられては困るんだ」
「ハン、困る――だって? 今更なにが困るってんだい。どうせ今まで散々贅沢な暮らしをしてきたくせに、いざ追われる身になったら困るって? ケッ、これだから身勝手な貴族共は嫌いなんだ!」
ラーズグロムを前に不平不満を吐き出す女首領。
しかしソレとコレとは話が別だ。
贅沢な暮らしを夢見てラーズグロムと敵対した時点で――いや、盗賊に身を落とした時点で彼女も身勝手な存在なのだから。
「言いたいことはそれだけかい?」
「クッ、余裕ぶりやがって……。気に入らない……気に入らないんだよ、その態度! 皇帝殺して何を夢見たか知らないけど、あたしだって贅沢な暮らしをしたいんだ! 毎日遊び惚ける暮らしをね! アンタは黙って金貨に代わればいいんだよ!」
ラーズグロムの余裕ぶりに隙を見出だしたのか、女首領が短剣を突き刺してくる。
ガキィィィン!
が、決して隙を見せたわけではないラーズグロムはアッサリと捌いてみせた。
「なるほど。君の考えは分かった。要するに君にとっては金が全てなんだね?」
「知った風な口を……。だったら何だってんだい? おとなしく死んでくれるのかい?」
「いや――」
キィィィン!
「クッ!」
技量で上回るラーズグロムが短剣を弾き跳ばすと、女首領に切っ先を突きつける。
「おとなしく死ぬなんてゴメンだよ。僕には生きなきゃいけない理由があるんだ。僕のために死んでいった彼らのために。――だが君はどうかな? 金が全てと言うのなら、盗賊団という財産を失った君に生きる理由があるのかい?」
口調は丁寧だが、今のお前に生きる価値はあるのかとラーズグロムは問い掛けていた。
「クソガキが! 生きるのに理由なんざ必要ないんだよ! 生まれてきたから好きなように生きる――だから他人から簡単に物を奪える盗賊になったんだ。どうせアンタら貴族も弱者を虐げて金を巻き上げてんだろ? だからあたしも巻き上げる――それの何が悪い!?」
「そうか、そうだね、それも一つの考えだ。だが逆に言えば――」
ザクッ!
「ギャァァァッ!」
ラーズグロムは躊躇うことなく剣を突き刺す。
正面から心臓を貫いたため、女首領は助からないだろう。
「君が死ぬ理由も必要なかったんだ」
血を払って剣を納めると既に全滅した盗賊を無視し、いまだ生きている冒険者のリーダーの元へと向かった。
「何故あのような問答を繰り返した?」
「何か理由があって盗賊になったのかと思ってね。でも聞いたら特別な理由はなかったから安心してトドメを刺せたよ」
「もし理由が有ったら?」
「トドメを刺したさ。心の中で詫びながらね」
頭上のフールが尋ねる。
ラーズグロムとしては、今の問答に深い理由はなかったようだ。
「お前も随分と変わったな。出会った頃ならもう少し躊躇しただろう」
最初の頃、門番を殺めた後は深く後悔するほどであったが、最近だと人を斬るのに躊躇うことは少ない。
「そりゃ変わるよ。命を狙ってくる相手に手心を加えて殺されたんじゃ話にならない」
「確かにな」
「さて、次はコイツだな」
最後に残った一人を見下ろすと、グリーンウルフにより既にボロボロの様子。
傍らではレシルがグリーンウルフと戯れていた。
「この人も嫌い。盗賊ほどじゃないけど、嫌な匂いがする」
どうやら冒険者の方もろくでもない集まりだったようだ。
「た、た、頼む、助けてくれ……このままだと死ぬ……」
見苦しくも命乞いをするこの男こそ、ラーズグロムに助太刀を要請した人物だ。
まぁすぐに裏切ったわけだが……。
そんな哀れなリーダーを見下ろしてるラーズグロムはため息をつき、フールは目を吊り上げて男の耳に牙を立てた。
ガッ!
「グワァァァ、ヤメロォォォ!」
「助けてだと? 貴様のような奴を助けて何になる? 目先の欲に取りつかれ、掌を反す輩を助けるとでも思ったか!?」
呆れ返った様子のフールがリーダーから離れる。
リーダーは一瞬助かったのかと勘違いしたが、そんなことは有り得ない。
「……殺れ」
「「「グルルァァ!」」」
フールは静かに死刑執行を命じる。
「ヒィギャャャャャャ!!」
身体中を噛みつかれ、激痛の最中にリーダーは絶命した。
「レシル、一つ聞きたいんだが……」
「ん? 何何?」
「その……僕からは嫌な匂いはしないだろうか?」
首をコテンと傾けたレシルに、やや言いずらそうにラーズグロムが尋ねる。
彼としても積極的に他人を殺したいわけではないので、レシルからどう感じるか気になったのだ。
「変な匂いはしないよ? 悪人ならもっと嫌な匂いがするんだから、ラーグ兄ちゃんは大丈夫だよ!」
「そ、そうか……」
嘘偽りのないであろうレシルの台詞を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
実のところ、ラーズグロムはかなり無理をしてたのだ。
いくら身の安全のためとは言え、簡単に他人を殺めていいものか……。
だが彼の取れる選択肢は少ない。
相手が向かってくるならば、戦うしかないのだから。
「宿命か……」
「む? どうしたラーズグロム?」
「……いや、なんでもない」
父であるムンゾヴァイスからは、己が敵と判断するならば容赦なく叩き潰せと教えられている。
冷酷無比な父と同等になりたくないラーズグロムは避けていたが、彼の意志とは無関係に戦いを強いられいく――そんな考えが頭を掠めるのであった。




