闇ギルド首領アスラン
「すまないな。本来レシルは無関係のはずなのに」
「ううん、あたしは大丈夫。それに受けた恩は必ず返せってお父さんが言ってたから」
帝都にあるスラム街を、表通りを避けるように入り込んで行く。
すぐに解放しようとしたレシルも何故か一緒だったりする。
理由は先に述べた通りだがもう一つ有り、一人旅をしてる最中に捕まってしまい、路銀を持ち合わせてないというのもある。
「だがいざとなれば逃げるのだぞ? 我々と一緒では何かと危険だからな」
「うん。ありがとうフールちゃん!」
「フールちゃ――コホン……。呼び捨てでいい」
レシルにちゃん付けで呼ばれ、嫌そうな顔のフール。
見た目が小動物だけに仕方のないことだ。
「しかしレシルは肝が据わってるというか、魔物を見ても怖がらないんだね?」
「うん! だってあたしを護ってくれるんだもん、全然怖くないよ?」
「うむ。下手に騒がれるよりやり易い。実に助かる」
実はレシルを救出した後も2度襲われてるのだが、その度にフールが魔物を召喚することで対処してきたのだ。
事前にフールの事を話してたとはいえ、ならず者に怯えグリーンウルフに抱きつく様を見せられた時は、さすがのならず者達もショックだったに違いない。
「さて、だいぶ奥まで来たが……フール」
ラーズグロムが振り向き様にフールへ呼び掛ける。
フールは彼の肩にピョンと飛び乗り周囲の気配を探ると、何かを感じ取った方向へ顔を向けた。
「あの右手奥の赤い屋根の建物だ。あの中から大勢の男の気配を感じる」
「ありがとう。大勢――ということは、構成員が常住してる闇ギルドの可能性が高いな」
廃屋が建ち並んでいる狭く入り組んだ路地を進み、目的の建物の前にやって来る。
扉の左右に松明が灯されてる以外なんの変鉄もない建物は、大勢の気配が有りながら不気味なほど静けさを保っていた。
「本当に入るのか?」
「勿論だよ。そのためにここまで来たんだから」
「あたしは怖い……けど、恩人のためだもん、あたしは付いてくよ」
「ありがとうレシル。――フール、もしもの時は彼女を頼むよ」
前日に続いてここでも他人を優先するラーズグロムに、フールは呆れを通り越して苦笑いをする。
だがそんな彼だからこそ力を貸してるのも事実だが。
「多分だけど大丈夫だと思うよ。闇ギルドは基本理性的に行動する者が多いはず。いきなり問答無用で殺しに来たりはしないよ」
「……だといいがな」
コンコン ギィィ……
扉を叩くと透かさず開かれ、中からごく普通に見える青年が顔を覗かせる。
「うちに何か用かい?」
「は、はい。実は探し物をしてまして……」
青年を見たラーズグロムがやや動揺してしまう。
てっきりガラの悪い男が出てくるとものと思い込んでたからだ。
だが努めて冷静さを装うと、さっそく本題を切り出した。
「スラムから外に出られる抜け道を使いたいんです」
「抜け道? いったい何の事だい?」
首を傾げる青年に、ラーズグロムは得意気に語りだす。
「この帝都には少なくとも一つは闇ギルドが存在します。これは多くの貴族が知っている事実で、その貴族の数だけ依頼が有ったと言っても過言ではありません。そして彼らの依頼は帝都だけにはとどまらず、外に対しても行われることがある。けれど犯罪に手を染めてる場合、街門を潜ることは出来ない。何故ならば、門に備え付けられている水晶は犯罪者が通過すると赤く光るのだから。――では外での依頼をこなす際、どうやって門を潜るのか……」
ラーズグロムはわざとらしく一旦区切る。
そして人差し指を立てて、真っ直ぐ青年に視線を合わせた。
「彼らは門を潜らない。その代わり、スラムのどこかにあるはずです。帝都の外で仕事をこなす際、コッソリと抜け出すために存在する秘密の抜け道が」
話し終えるまで聞き手に徹していた青年は、ラーズグロムのじっくりと顔を覗き込んでいた。
そして話が終わると唇を歪ませ……
「プックククク! 中々面白い推測だよ。うん、実にユニークな作り話だ。君の話をネタに筆を取るのも悪くない」
青年は笑い飛ばす。作り話にしては良くできた話だとして。
だがラーズグロムとしては冗談で言ったつもりはない。
貴族同士の会話をそれとなく記憶しており、それを青年に話したのだから。
「あのぅ……決して冗談では――「ハハハハ、分かった分かった。そういう事にしとくよ」
尚も食い下がったがまるで相手にされず、そのまま扉を閉じようとする。
しくじったか? ――という思いに唇を噛むが、フールが耳元で助言したことにより、再びチャンスが訪れた。
「そこの手前の角に隠れてる人。あなたはどう思います?」
思いがけない一言により、青年の動きがピタリと止まる。
それを見たラーズグロムは手応えを感じ、一気に畳み掛けた。
「右側の通路に隠れてる人、それから……階段裏に潜んでる人の意見も聞きたいですね」
仲間が潜んでる場所を次々と言い当てられ、青年の目付きが鋭くなる。
その鋭さのままラーズグロムを睨み付けたが、やがてため息をついたのは青年の方であった。
「……ふぅ。まさかお前のような少年に看破されるとはな。特殊なスキル持ちか?」
「それについては黙秘します。タダで情報をばらまくほどお人好しではありませんので」
これも貴族達の受け売りで、自ら手の内を晒すのは下策とされている。
特に闇ギルドのような裏家業を行ってる者は、情報に金を使うことが多いのだ。
なかには武勇伝のごとく自慢気に語る貴族も居るのだが、そのような貴族は体のいい金蔓として見られる。
「フッ、言うじゃないか。だがその判断は正しい。――ついてこい」
すっかり言動が変わった青年――寧ろ素に戻ったのかもしれない青年の後をついて行く。
存在を看破されたためかラーズグロムとレシルの横に一人づつ張り付き、最後尾を別の一人が固めるという徹底ぶりを見るに、警戒心が跳ね上がったのは一目瞭然だ。
「ここで待っていろ」
ボスがいるであろう部屋まで案内されると、青年が中へと入る。
微動だにしない構成員の監視の元しばし待機してると、部屋の中から青年が戻ってきた。
「中に入れ。お頭が話を聞いてくれるそうだ」
「ありがとう」
青年の言葉にホッと胸を撫で下ろしつつ中へと入る。
するとまず目に飛び込んできたのが中央に置かれているテーブルだ。その輝きはミスリルの物――つまり、ミスリルのテーブルだ。
そして床に敷かれてるカーペットも普通ではない。ところ狭しと敷かれてるのは、虎や熊の剥製である。
更に上を見上げれば、等間隔で備え付けられた宝玉が煌々と照らしつけており、壁には有名な画家が描いたであろう絵画がズラリと並んでいる。
「す、凄い。宝の山みたい……」
レシルが素直な感想を漏らす。
一般庶民から見れば貴族の部屋と大差はないだろう。
羽振りの良さからして、ここのボスは間違いなく闇ギルドの首領だ。
そんな宝の一つである絵画を眺めていた男が、ワイングラスを片手にこちらへと振り向く。
「ワスと話たいというのはお前達か?」
振り向いた男は、一見どこにでも居るような田舎爺。
だがそれは見た目だけであるのは間違いない。ただのスラムの住人が、多趣味に金を使う余裕はないのだから。
故にラーズグロムも油断なく相手を見据える。
「その通りです。帝都の外へ繋がる抜け道を使わせてほしいのです」
「ふむ……」
熟成された顎髭を撫でながら考える素振りを見せ、しばし間をおいて重々しく口を開いた。
「……確かに。確かにワスは抜け道を知っておる……が、それを使う前提条件として、第三者には絶対にバレてはならぬというものがある。……分かるか?」
「つまり、誰かに見つかってしまえば、二度とその抜け道を使えなくなる――そう言いたいわけですね?」
「その通りだ。若くして頭の回転がよいのは羨ましい」
グラスの中身を空にすると、穏やかな表情でラーズグロムの顔を覗き込む。
が、表情とは裏腹に、その目はとても老人のものとは思えない鋭さを感じさせた。
「仕事はよりスマートに。そこらの庶民に見つかるような雑魚はワスの部下にはおらぬ。過去に遡ればいるが、ソイツは既に土の中よ。――どうかね少年。お主に覚悟は有るか?」
真っ正面から捉えたボスの目が、ラーズグロムを威圧する。
もしもラーズグロム達がヘマをすれば命はない――暗にそう語っているのだ。
(僕はいい。もはや後がないのだから挑むしかないんだ。けれどレシルは違う。このままでは彼女を道連れにしてしまう)
そう考えつつ横にいるレシルへ顔を向ける。
だが彼女はニコリと微笑み、まるで危機を感じてはいない。
それが余計にラーズグロムを苦悩させるのだが、やはりここでもフールが助け船を出した。
「認識を阻害すればいいのだろう? それならば簡単だ。多数ならば難しいが、一人二人なら容易く誤魔化せるぞ?」
「あ、ありがとうフール!」
「まったく……。その台詞は上手くいってからにしておけ」
ラーズグロムは安堵した表情を見せ、フールはヤレヤレと首を振る。
「……その生き物は魔物か?」
「まぁ……そんなところですが、僕の大切なパートナーですよ」
表情こそ変えてないが、ボスの目はフールに釘付けになっていた。
存在価値という概念で考えれば人語を話す魔物は非常に珍しいので、想像もつかないくらいの価値が有ると言えよう。
そこで視線に気付いたフールが透かさず牽制を行う。
「言っておくが、俺を捕まえようなどと考えぬことだ。無駄な血を流したくはないのでな」
「フッ、分かっとるわぃ。外の死体をこれ以上増やしたくないからな」
「……!」
まさか!? と思いラーズグロムは冷や汗を流す。
だがスラムは彼らのテリトリー。それを考慮すれば、ならず者との戦闘(一方的な虐殺とも言う)が筒抜けになってたとしても不思議ではない。
「で、決行するのはいつだ?」
「早い方がいいです。できれば今すぐにでも」
「おい、それは――」
いくらなんでも早すぎる――そう言いたげな青年を制したのは他ならぬボスであった。
「よかろう」
「ボ、ボス!?」
青年は目を見開き驚く。
普段のボスからは想像も出来ないほどの即決だったのだろう。
「落ち着けペドロ。此度ばかりは急いだほうがよさそうなのだ」
「し、失礼しました。ボスが仰るのなら間違いないでしょう」
異を唱えようとしたペドロ青年だったが、ボスの一言により引き下がる。
ボスの言うことは絶対なのだろう。
「ではすぐに向かおう。――ペドロ、お主が先導しろ」
「分かりました」
先導役のペドロに続いて部屋を後にする一行。
そのまま外に出るかと思いきや、向かった先は地下であった。
「まさか建物の内部に?」
「そのまさかだ。少なくともここなら表のゴロツキ共には見つからないしな」
「しかし、それなら誰かに見つかる心配は不用では?」
「帝都の中ではな。問題は帝都の外にあるのだよ」
ジメジメとした薄暗い通路を歩きながら、ボスが簡単に説明をする。
目で見た通り、帝都の中では闇ギルドの拠点に直接繋がっているのだが、帝都の外では街道を外れた沼地まで続いてるらしい。
そしてここが重要なポイントとなる。
何故なら、沼地を訪れた冒険者等と遭遇する可能性が僅かながら出てくるからだ。
これは夜であっても同じで、下手をすると出口付近にテントを張って数日間居座ってる――なんてことも過去にあったらしい。
もしそのような事態が起こってればしばらくは出られず、自動的に失敗だ。
「さて、出口についたな。――ペドロ」
「はい」
突き当たりにまでやって来ると、ボスに促されたペドロ青年が壁をよじ登り天井に耳を当てる。
「コイツは耳が優れててな、多少離れた位置でも生命体の音を感じとれるのだ」
スキルの類いか、ペドロ青年は気配察知が得意らしい。
その得意な気配察知で一分が過ぎたところで、片手でマルを作り天井を押し上げた。
どうやら誰も居ないようだ。
「よっと。今なら大丈夫だ」
ラーズグロム、レシルと片手で引き上げていき、最後にボスが地上に出た。
辺りを見渡すと茂みと岩山で周囲から隔離されたような場所で、簡単には見つからないと思われる。
「さっきは脅すようなことを言って悪かったな。ご覧の通り、騒がしくしない限り見つかる危険はない場所だ。安心するがいい」
ボスが言ったのは、地上にでた際誰かに見つかれば命はないと暗に脅した件だ。
「では何故あのようなことを?」
「試したのさ……アンタの覚悟をな」
これは紛れもない本音だ。
クライアントを見極めるのも、彼ら闇ギルドの手腕の一つとも言えよう。
「ところでお前さん、どこに向かうか決めてんのか?」
「え……あ、と、とりあえず帝都を出て国外に行こうかと。向かう先は決めてませんが……」
ペドロ青年の問いに、行くあてがないラーズグロムがしどろもどろに答える。
国内だと知人に見つかれば密告されかねなが、かと言って国外に頼れる伝がない以上、どの国に行こうとも変わらない。
「ヤレヤレ。しっかりてくれよラーズグロムさん。こっちはお前さんに未来を賭けてんだからな」
「そ、そうでしたか。それは――え!?」
ヤレヤレと口に出して肩を竦めたペドロに、ラーズグロムが目を丸くして驚く。
名乗ってもいないのに、正体がバレてるとは思わなかったのだ。
「俺たちゃ闇ギルドだぜ? お前さんほどの有名人ならキッチリと記憶してらぁ」
「ま、そういうこった。ペドロの言った通り、アンタの肉親なら顔を見ただけで分かる。今後も闇ギルドに接触するつもりなら気をつけるんだな」
「そ、そうします……」
自身の想像以上の組織だったため、改めてラーズグロムは驚愕した。
そして今回は接触した相手に恵まれたことも、それとなく理解したのである。
「助言ついでに教えてやる。しばらく北に向かってけばアルカナウ王国に行けるが、そっちはお薦めしない」
「何故です?」
「ムンゾヴァイスが召喚した勇者共だ。ソイツらが集団で逃げ込んだ先なのさ。しかもかの国を堂々と乗っ取ったという噂もある。だからアンタが向かうにぁ危険だろう。」
プラーガ帝国から逃れた連中が、その皇族が目の前に現れればどのように扱うか……あまり楽観的に考えないほうがよさそうだ。
「では迂回してミリオネックに向かうのも危険ですね」
「そうだな。そっちに行くにはどうしてもアルカナウ王国を通過することになる。かといってアルカナウ王国を避けるには帝都に逆戻りするしかないし、残念だがミリオネックは諦めな」
こうなると選択肢は狭まれる。
国内に留まるか、東に進んでチョワイツ王国に入るかの2択しかない。
「これはお前さん次第だが、チョワイツ王国はアルカナウ王国との緊張が高まってるらしい。そっちに向かうなら巻き込まれないよう注意するんだな」
緊張が高まってる――つまり戦争が起こる可能性があるということだ。
ひょっとしたら、こうしてる今も既に始まってるかもしれない。
「元より危険は承知の上……チョワイツ王国に向かいます」
行き先は決まった。
さっそく移動を開始しようとしたところで、ラーズグロムがある重要なことに気付く。
「そ、そういえば料金は?」
「今頃かよ……。言ったろ? お前さんに賭けてるってな。料金はお前さんの出世払いだ」
「出世払い!?」
「ああ。その魔物が味方してくれるんなら、お前さんはいずれ帝国のトップに立てるだろうさ。そん時は是非とも我々をご贔屓に……ってな」
どうやら最初から打算的に動いてたようだ。
フールの存在価値が認められたとも言うが、いずれにしろラーズグロムに可能性を見出だしたのは間違いない。
「まぁ、殆どペドロが言った通りだが、最後にワスからの餞別だ。ワスの名はアスラン。宜しく頼むぞ、未来の皇帝陛下よ」
餞別代わりに本名を名乗ったボス――もといアスラン。
彼らに見送られる形で、ラーズグロム達はチョワイツ王国を目指すのであった。




