貴人の密会再び
「ウィンドカッター!」
「フレイムキャノン!」
密かに詠唱を終えていた魔法士二人が、黒装束が動くのと同時に発動させる。
しかし相手は対人戦に特化した手慣れ。
まるで不意打ちを予想してたかのように左右に分かれ、二人へと斬りかかってきた。
キィィィン!
「くっ……」
「おっと、障壁かい? だがいつまで持つかねぇ?」
自身を【貴人の密会】だとバラした黒装束の男がノッティへと斬りかかる。
なんとか障壁を展開したが反撃する隙を与えないよう素早く斬り込んでくるため、身動きがとれない。
「さぁ根比べといこうか? あ、一応名乗っておくと、オジサンはザルムスって名前なんだ。よけりゃあ冥土の土産にどうだい?」
「お断りだ、クソが!」
斬り込むスピードを変えずに名乗りを上げたのを見て、やはり手慣れなのだとノッティは内心で舌打ちする。
(チッ、さすがは闇ギルドってところか。これじゃ迂闊に動けねぇ!)
隣のニーナも同じ状況に追い込まれており、魔法による援護は出来そうになく、女盗賊も避け続けるだけで攻勢に回れない。
「任せろ! 闇ギルドなんざ俺がブッタ斬ってやらぁ!」
それを見た男戦士はノッティを援護すべく大剣を振り下ろた。
ガン!
しかし、ノッティへの攻撃を止めたザルムスはヒラリと回避し、地面を打ち付ける音だけが響く。
「チッ、外したか!」
「そんな大振りじゃあオジサンは捉えきれないなぁ。それにオジサンを気にしてる余裕はなさそうだけどねぇ?」
「何ぃ? ――ぐぁっ!」
目の前のザルムスに気をとられてたせいか、別の黒装束に腕を切りつけられてしまう。
「クソったれが! おいブルーノ、さっさと加勢しろ!」
男戦士が距離をとって御者台に視線を向ける。
先程からブルーノの姿が見えないからだ。
が、そこにあったのは信じがたい光景だった。
「ゴフッ……」
「な……ブルーノ!?」
剣を抜く間もなく胸にダガー突き立てられたブルーノは、そのままズルリと御者台から落下し始めた。
更に落下した隣にはいつの間にか女盗賊も倒れており、この時点で早くも二人が殺られた事になる。
「コイツよくも――グッ!?」
仇をとろうとした男戦士が即座に動く――が、突然身体が言うことを聞かなくなった。
「バカめ、我々の使うダガーが只のダガーだと思ったのか?」
戦闘を有利に進めるためらなどんな細工をも行うのが闇ギルドだ。
中でも毒の仕込みは彼らの十八番と言っても過言ではない。
「……っくしょうがぁぁぁ!」
苦し紛れに大剣をブン投げるが、当然かすりもしない。
結果易々と心臓にダガーを突き立てられ、呆気なく地面へと伏せる羽目に。
「あっちは片付いた。後はコイツらだけだ」
「うぃ。そんじゃあもうひと頑張りしやしょうかね」
ザルムスのみだったのが別の黒装束が加勢に加わり、もはや四面楚歌な状態。
いよいよ助からないと思ったノッティは、交渉を持ちかけた。
「ままま、待て! お前らの目的はラーズグロムなんだろう? だったらソイツはくれてやる、だから俺らは見逃してくれ!」
「おんやぁ? 随分と弱気になられて。まぁオジサン達にとっちゃ有り難いがね」
ノッティの提案を受け入れ動きを止めるザルムス達――しかし!
ザクッ!
「ガハッ!」
「ノ、ノッティ!?」
障壁を解除した一瞬の隙に、ノッティの首に深々とダガーが突き刺さった。
「は、話が違うじゃ――ゴフッ!?」
抗議しようとしたニーナの胸にもダガーが生える。
「すまないねぇ嬢ちゃん。オジサン達は悪~い大人なんだ。悪い大人ってのはいつだって嘘つきさ。――ま、伯爵様を脅してる時点でキミらも大概だけどねぇ?」
少なくとも後で横取りをされるようなリスクを背負うつもりはなく、彼ら【ニューペガサス】の作戦はここに潰えたのであった。
「ザルムス、そっちの伯爵はどうする?」
ザルムスが視線を向けると、伯爵はいまだに震える手で剣を握ったまま棒立ちしていた。
しばし理解が追い付いてないのだろう。
「放っておきやしょうや。闇雲に貴族を襲うと後が怖いんでね。それより今は獲物が大事ってやつでさぁ」
ニューペガサスに代わって獲物を得た【貴人の密会】は、荷台へと上がり込み慎重にラーズグロムの様子を窺う。
「間違いない、本物だ。さっさと始末しちまうぞ」
「っ! 待て、ビルンズ!」
既に多くの仲間を失っていたことで、黒装束の一人が先走る。
だがザルムスは妙な危機感を覚え、ビルンズを止めようとする――が、それは僅かに間に合わず……
パキンッ!
「何!?」
ダガーはへし折れ、ラーズグロムが不可思議な光に包まれた。
この状況は前にも見た記憶が……そう思った彼らの思考は間違いではなく、ラーズグロムが消滅した直後に足元より出現した魔法陣には見たこともないシルエットが浮かび上がる。
「チッ、やはりか!」
舌打ちしたザルムスが思った通りの現象が発生する。
以前にも同様の罠に掛かった彼らは心臓が飛び跳ねるかのように後退り、ビルンズに至ってはあろうことか腰を抜かしてしまった。
「悔しいが作戦は失敗だ! 各自散開!」
ザルムスを含めた三人は、即座に転移石により離脱をはかる。
彼らにとっては同様の現象によりAランクのドレッドコングに襲われたのはトラウマものだろう。
一つだけ幸運なのは、今回召喚されたのはBランクのワイルドコングで前よりも脅威度は低い事かもしれない。
しかしBランクだからとはいえ、闇ギルドの構成員一人で立ち向かえるほど弱い相手ではなく……
「ブゴォォォォォォ!」
「や、やめ――グアァァァァァァ!」
掴み掛かったワイルドコングに締め上げられ、ビルンズは首をへし折られるのであった。
これはフールが【ニューペガサス】を奇襲するために仕込んだ罠であったが、皮肉にも【貴人の密会】が掛かってしまったもので、結果的にはプラスに好転したのである。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ドサッ!
事切れたビルンズを雑に投げ捨てたワイルドコングは、ガタガタと震えたままの伯爵へと向き直った。
そのままゆっくりと近付くと、辛うじて伯爵は顔を向ける。
「……う……く」
今の伯爵の顔は血の気が通ってないかのような蒼白さであり、明らかに普通の状態ではない。
だがこれは無理もないことで、【ニューペガサス】に続いて【貴人の密会】――更にはワイルドコングに遭遇するという危機的状況が立て続けに起こったのだ、とても尋常ではいられないだろう。
「ま、魔物め……」
それでも伯爵には剣を向ける以外の選択肢はない。
ここで死ねば息子は助からないのだから。
震える手を懸命に抑え、魔物へと切っ先を向けたその時!
「まぁ落ち着け、ガーミング伯爵よ」
「……は?」
信じられないことに、目の前の魔物が喋ったのだ。
目を白黒させて戸惑った伯爵の反応は当然かもしれない。
「すまんが詳しく話すと長くなるのでな、今の状況を簡潔に説明するぞ?」
ワイルドコングは――というよりワイルドコングを操っているフールが、これまでの経緯を噛み砕いて説明する。
自身はラーズグロムが召喚した(事にしてある)魔物である事。
邸での会話を聞いて罠を仕込んだ事。
そしてこれから伯爵の息子を救出するためヤデランへ向かうつもりだという事等々。
特に鋭く反応したのは、やはり息子を救出するという内容であった。
「息子を……助けてくれるのか?」
「うむ。お主が強制されていたのが分かったのでな、今ラーズグロム達が向かっているからもうしばらく待つがよい」
その言葉に従い、大人しく待つことにした伯爵。
そもそも今の状況は他者にすがる以外に助かる方法がないので当たり前ではあるが。
「お待たせしました、ガーミング伯爵」
「む? そなたらは……」
程なくしてラーズグロム一行が到着した。
ライザやリオンにとっては牢を壊す事など容易いため、地下牢から脱け出した後に使用人の目を盗んで荷物を取り返すと、こっそり伯爵らの後を追ってきたのである。
ちなみにワイルドコングはフールの到着と同時に消滅した。
「詳しく話したいところですが、今はガーミング殿のご子息を救出するのを優先しましょう」
「かたじけないラーズグロム殿、貴殿を捕らえた儂を救済してくれるとは……。本当にありがとう!」
感動の涙を流して力強くラーズグロムの両手を握る伯爵。
息子どころか自身も死の淵に立たされそうになったため、一行の存在はまさに救世主に見えたことだろう。
「ガーミング殿、喜ぶのは救出に成功した後にしましょう」
「そうでしゅ。ここに居たら死体の臭いを嗅ぎ付けた魔物がやってくるでしゅ」
立ち話もそこそこに、一行は死体を焼却すると荷馬車を使っての移動を開始した。
向かう先は勿論ヤデランである。
野宿する事も考えたが到着が遅れると人質の命に関わってくるため、あえて眠気を我慢して先を急ぐ。
途中何度か魔物が出現するも瞬時にリオンが焼き殺し、深夜皆が寝静まったであろう時間帯にヤデランへと到着すると、素早く宿に駆け込んだ。
「それにしても本当に警備が杜撰でしたね、まさか僕ですら簡単に通してもらえるとは……」
「うむ。ワドムンド侯爵は抜け目ない御方であったが、代官は正反対のようだ。これは先月あたりから影で囁かれてる事であったが」
驚いた事に、門番はラーズグロムやガーミング伯爵の顔をチラ見しかしないで通したのである。
深夜という時間帯も関係してそうだが、それにしては手抜きが酷すぎた。
特にラーズグロムは以前この街で領主による命令――もとい代官による命令によって捕らえられそうになったのだが、もはや風化してしまったのだろう。
「それで、これからどうするのです? 拐った連中がどこにいるのか分からないのでは、捜索に時間が――」
突然話を中断したライザが、扉の前まで移動する。
どうしたのかと他の面々が首を傾げる中、扉を勢いよく手前へ引く。
すると……
「「「うわっ!?」」」
ドサドサドサッ!
どうやら盗み聞きをしていたらしい少年達が、室内へと倒れ込んできた。
「おや? キミ達は確か……」
床にぶつけた頬を擦っているその顔は、よく見ると見覚えがあった。
以前立ち寄った際にレシル(仲間の方ではない)という少女の救出を依頼してきたのが彼らだ。
「んっと……確かピートとライアンとチックの3バカトリオだっけ?」
「「「3バカって……」」」
バカな真似をして友達のレシルを危険な目に会わせたため、ジュリアの言うことも間違いではない。
「それよりどうしたのです? こんな深夜にやって来て盗み聞きなど」
「ゴ、ゴメンなさい! 盗み聞きをするつもりはなかったんだ、ただどうしてもライザさん達にお願いしたくて……」
「お願い?」
以前同様に泣きそうな顔で訴えてくる彼らを無視できず、ライザは話の先を促した。
「レシルが領主に捕まったんだ!」
「なんですって!? いったいなぜ?」
「そ、それが……」
言い淀んだピートが意を決して告げた内容に、ラーズグロムは頭を抱えることになる。
その内容は……
「ラーズグロムさんと一緒にいるレシルって子と同名だから、仲間じゃないのかって疑われて……」
「そんな!」
これにはレシルがショックを受け、思わず声を荒らげる。
まさか自分が原因で無関係の人間が捕まるなど思ってもみなかったのだ。
(クソッ、どうすればいい……)
レシルも心配だがガーミング伯爵の息子も助けねばならず、ラーズグロムは悲痛な表情で頭を捻る。
やがて彼が出した結論は……
ここで補足しますが、ヤデランの街は第19話で登場した街になります。




