葛藤
『何を悩んでおる?』
(父上!?)
ラーズグロムの脳裏に健在だった頃の父ムンゾヴァイスが蘇る。
亡き父が散々言っていた事が今、彼の頭を駆け巡りつつあった。
『いつも言っているではないか、弱者など捨て置け。そんな者を助けたところで足枷になるだけだ』
(そ、そんな事は出来ない! 彼らは……彼らは僕が助ける!)
『……フッ』
やや失望したかのようにムンゾヴァイスは失笑する。
これも過去に多く見られた場面であり、先の言葉に対してはいつも次のように切り返されていた。
『出来もしない事をやろうとするのは愚か者だと自白してるようなものだ。――よく考えよラーズグロム。今お前の目に写ってるいるのは所詮は他人だ、どうなろうとお前が気に病む事はない』
(それは……)
『この世とは弱肉強食だ。弱き者は淘汰され強き者は生き残る、当たり前の事なのだ。それが理解出来ぬのか?』
(ち、違う……)
『何が違う? お前とて弱者としての立場に陥りたくない一心で、剣術を磨いてきたのだろう?』
(う……確かに。けど僕は――)
『後継者はバドラーゼ。男が継承すれば女帝としてのニースレイは不要となり、いずこかへ嫁ぐ。ザファークはもしものための予備。そうなればお前は不要だ、まさか危機感が無かった訳ではあるまい?』
(う……く……)
『だがお前は兄達により追い詰められた――それはなぜか……』
(…………)
『お前が弱かったからだ、ラーズグロム!』
(僕が……弱かったから?)
『そうだ。だから国を追われ、更には異国でも追われ続けている。居場所がないのはお前の弱さが原因だ』
(……確かにそうかもしれない。僕は弱かった。一人ではなにも出来ないし、居場所さても護れない)
『その通り。一人ではなにも出来ない。だからこそ強者を利用してのし上がるのだ。どこの馬の骨とも知らぬガキを助けるよりも、伯爵を助ける方が遥かに理にかなうだろう』
(っ!)
『弱者は捨てよ! 所詮奴らは強者の踏み台なのだ』
(違う、彼らは踏み台なんかじゃはない!)
『弱者は捨てよ! 所詮奴らは生きる糧なのだ』
(黙れ! 僕は彼らを助ける、伯爵も見捨てない! 僕はもう一人じゃないんだ!)
『弱者は捨てよ!』
(うるさい、黙れ!)
『弱者は捨てよ! 弱者は捨てよ! 弱者は捨てよ! 弱者は捨てよ――』
(黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――)
(黙れぇぇぇぇぇぇ!)
「ハッ!?」
「どうしたの? ラーズグロムさん?」
気付けば宿屋の一室であり、ピート少年が心配そうに顔を覗き込んできたところだった。
他の面々からもどうしたのかと視線が集中したため、ひとまず冷静さを装い額の汗を拭った。
(父上、僕は貴方とは違う。誰も見捨てたりはしない!)
妙にスッキリした顔で決意すると、改めて少年達に顔を向ける。
「キミ達、レシルは必ず助け出す」
「ほ、本当?」
「ああ。だからもうしばらく待っててほしい、救出したら知らせるよ」
「うん、分かった!」
ラーズグロム達なら信用できると思ったのか、少年達は素直に帰っていく。
一度得た信用は簡単に消えたりはしない。
だが後ろ姿を見送ると、不安そうな顔をした伯爵が尋ねてきた。
「だ、大丈夫なのかラーズグロム殿? あまり人手を割けないと思うのだが……」
直接口には出さず、暗に息子を救出するのに支障が出るのではと言いたいらしい。
先ほどの少年達と顔見知りだというのは百も承知だが、それとこれとは別だ。
しかしいい加減な事を言うわけにもいかず再び首を捻ること数秒、今度は窓を叩く音が聴こえてくる。
コンコン!
「ん? 何だろ――ぅえ!?」
窓を見たジュリアが仰天した。
なんと窓の外から黒装束に身を包んだカズヨが覗き込んでいたのだ。
2階の窓にどうやって――などと野暮なことは聞かない。
元闇ギルドの構成員なら、このくらいは可能なのだと思うことにした。
「く、曲者か!?」
伯爵も驚き咄嗟に剣に手をかけるが、慌ててラーズグロムが止めに入る。
「心配いりません。彼女は僕の味方です」
「そ、そうであったか……」
窓を開けて室内に招き入れると、伯爵に聴こえないようにコッソリと耳打ちしてきた。
「王都まで護衛する事になったから、改めて宜しくね。他の面子も来てるから、後で紹介してあげる」
「ありがとう、とても助かるよ」
恐らくダンマスのナレックが依頼した結果、彼女が送り込まれたのだろう。
見知らぬ誰かよりは余ほど接しやすいので、ラーズグロムにとっては有り難い限りだが。
「それから伯爵の息子さんだけど、居場所は突き止めてあるから安心して」
「え?」
なぜそれを――という言葉が出かかったが、情報収集が得意な彼女達だ、ここに来る前に伯爵の私兵にでも聞いて回ったのだろう。
しかも誘拐犯の潜伏先まで調べ上げるというおまけ付きで、ここにやって来たのだ。
「ならすぐに助けに行――「その必要はないわよ」
カズヨとは別の黒装束を纏ったダークエルフの女が窓から入ってくる。
「ノアーミー!」
「人質ならほら――この通り救出したから」
女の正体はノアーミー。
彼女もカズヨ同様に一行の護衛を依頼されたのだ。
脇には身形の良い男の子を抱えており、この男児が伯爵の息子なのだろう。
「父上ーーーッ!」
「フォーリオ、フォーリオなのか!?」
ノアーミーの手から離れた息子が伯爵へと飛び付くと、伯爵もそれを受け入れヒシッと抱き締めた。
「父上……」
「おお、おお、よくぞ無事だった!」
二人のハグを見て一行の顔も自然と綻ぶ。
伯爵に至っては感動の涙を流しており、息子思いなのだと周囲も理解する。
「ついでに実行犯の3人も捕まえて荷台に放り込んであるから、煮るなり焼くなり好きにするといいわ」
相変わらず手際よく実行する彼女達によって【ニューペガサス】の残りは生け捕りにされたらしい。
後はメロデロイスに連れ帰れば無事解決となるが、そうもいかない事情がある。
つい先ほど約束したレシル(人間の方)の救出する必要があるのだから。
「カズヨ、頼みがある」
「頼み?」
「この街に住むレシルという少女が代官によって捕まっているんだ。彼女救出するのに協力してほしい」
「…………」
ラーズグロムの発言に、カズヨは僅かに眉を潜める。
暗に難色を示しているのだ。
「ねぇラーグ、私は今すぐにでも街から出た方が良いと思うの。長居すれば貴方の存在が代官の耳に届いてしまう」
「無理強いなのは分かっている。けれど彼女を助けられるのは僕らしかいないんだ。捕まった理由は僕らが原因である以上、助けないという選択肢はない――頼む!」
ラーズグロムが腰の位置まで頭を下げる。
後ろに控えてたレシル(獣人の方)もそれに習って頭を下げた。
レシルにしてみれば自分のせいで他人が捕まっているので、気が気じゃない様子。
やがてフゥとため息をついたカズヨが若干肩を竦めると、ラーズグロムへ向き直った。
「分かった。そこまで言うなら協力してあげる。このままじゃ説得する方が時間が掛かりそうだしね」
「あ、ありがとうカズヨ!」
「但し――」
「っ!」
カズヨは人差し指をピンと立たせてラーズグロムに顔を寄せる。
一瞬ドキッとしたが色気を出す場面ではないため、変な思考を振り払って姿勢を正した。
「私達の役目は、あなた達を無事王都へ送り届けること。それを忘れないで?」
「うん、分かった」
レシルの情報をカズヨに伝えると、彼女達は即座に夜の街へと消えて行く。
実は先のやり取りの後にラーズグロムもついていくと言いい、カズヨに軽く説教をされるとややシュンとする場面もあった。
お陰で彼は適材適所という言葉を学んだことだろう。
この流れに伯爵は苦笑いをし、フールは呆れを通り越していたりするが。
(レシルが酷い目に合ってなければいいんだが……)
ラーズグロムは目を瞑り、無事レシルが救出されるのを願うのであった。




