伯爵の異変
ドミニクの私兵約100名の騎兵に護られる形で、見通しのよい平原を駆けていく一行。
彼らが目指すのは王都トラットギルだ。
「ドミニク子爵、ご助力感謝します。まさか護衛まで行ってもらえるとは」
「なぁに、ラーズグロム殿の苦労を考えればこの程度、どうって事はないよ」
トルネードホースに跨がるラーズグロムと並走するドミニク子爵が爽やかに微笑む。
ナレックから聞かされた事情により、子爵はいたくラーズグロムに同情していた。
まだ未成年の皇族が国を跨いで逃走劇を繰り広げるなど、大半の国ではあり得ない事だ。
他に追われる身になった者が居たとしても、その全ては逃げ切れずに殺されて終わるのだから。
「ところで一つ伺いたいのですが、ガーミング伯爵とは野心家なのですか?」
「いや、彼は野心家などではなく、根っからの平和主義者だよ。だから今回の動きは少々疑問に感じるんだ」
例の伯爵知るドミニク子爵によると、穏和な性格で平和主義者らしい。
「ではなぜ……」
「もしかしたらラーズグロム殿が平和を乱すと考えてるのか――いや、それにしてはいきなり兵を動かすなど行動が突発すぎる。何か裏があるのかもしれない……」
いずれにしろ、平和主義者とは思えない伯爵の動きには注意する必要がありそうだ。
「む? 何者かが近付いてくるな。例の伯爵とやらの使いではないか?」
フールが掴んだのは、馬が2頭に人間2人の反応だ。
程なくして視界に捉えたのは重装備の騎兵と軽装の中年男であり、中年男の方はガーミング伯爵からの書簡を手にしていた。
「思った通りだ。ラーズグロム殿の身柄を寄越せと言ってきたよ」
悲痛な表情でドミニク子爵が唇を噛む。
相手が伯爵である以上無視する訳にはいかない。
予定通り一行が抜け出そうとしたところで、レシルがラーズグロムの袖を引いた。
「レシル?」
「あの軽装の男の方、凄く嫌な臭いがする」
兵士には見えない中年男には、後ろめたい何かが有るらしい。
そもそもとして兵としての作法が無く、どちらかと言えば冒険者に見える事から、他言できない何かがあるのだろう。
「ラーズグロム殿、早く離脱を。その間に時間稼ぎを――」
「いえ、僕自ら投降することにします」
「え? し、しかしそれは――」
「そうだよ、それじゃあみすみす殺されに行くようなものだよ?」
「落ち着けラーズグロムよ、いったい何を考えておる?」
何かを閃いたのかラーズグロムが投降すると言い出し、子爵とナレックに続きフールも止めに入る。
「本当はこっそりと抜け出そうと思ったんだけれど、それだとやはりドミニク子爵の立場が危うくなる」
「……たしかに」
ドミニク子爵が力無く頷く。
子爵は協力的だがそれでも出来ることは限られ、下手をすると国王や他の貴族から睨まれる可能性もあるのだ。
「ですのでガーミング伯爵から協力を得られれば今後も動きやすくなりますし、何よりあの中年男、冒険者にしか見えません」
ラーズグロムの視線がアクビをしている中年男を捉え、その視線の先をフール達も追った。
「ああ、そういうことか。つまり伯爵が何者かに協力させられていると言いたいのだな?」
「その通り」
合点がいった3人(フールを含む)が納得して頷く。
よく考えれば、私兵ではなく冒険者が書簡を手にしていたというのも不自然だ。
「分かったよ、ラーズグロム殿。先に王都で待機してるから、無事にたどり着いてくれ」
「僕も大した力になれなくてゴメン。もう一度知人のダンマスに護衛依頼を出してるから、了解を得られたらキミ達の後を追うように頼んでおくよ」
「ありがとう。無事に切り抜けてみせますので、王都で会いましょう!」
固い握手を交わし、彼ら二人とはここで別れることにした。
前に出たラーズグロムが投降する旨を伝えると、使者は僅かに驚いたもののすぐに伯爵の元へ案内すると言って先導を始める。
後をついていくと数分でガーミング伯爵の本隊が見え、二人の魔法士を両脇に添えて伯爵が一行の前へと現れた。
「その……使者から聞いたのだが、投降するというのは、その……本当……なのだな?」
「え……ええ、そのつもりです」
本来なら目的を達成して顔が綻ぶところを、伯爵の目は泳いでおり言葉もたどたどしい。
それにチラチラと魔法士に視線が向かうのも不自然だ。
一行は不審に思いながらも伯爵の用意した馬車へと乗せられ、西へと反転させた部隊はメロデロイスの街に向かい始めた。
「……怪しいわね」
なぜか伯爵は席を外し見張りすらいない馬車の中で、最初に言葉を発したのは音声遮断の結界を張ったリオンであった。
「はいでしゅ。絶対何かを隠してるでしゅ」
「何かを躊躇うような、まるで本位ではないかのような印象を受けます」
メッツとライザもリオンに同意する。
投降したとはいえ、武器も取り上げずに監視も無いのは腑に落ちない。
馬車の外には魔法士が目を光らせてはいるが、こちらに一切関わろうともしないという不可思議な状態が続いていた。
「伯爵本人と話すことができれば、何か分かるかもしれない。けれど……」
顔を外へと覗かせれば、透かさず魔法士に睨まれる。
どうやら伯爵や他の兵との接触は難しそうで、それを決定付けるかのように御者を行っているのは先ほどの中年男だ。
「あの魔法士二人からも嫌な臭いがするよ? 臭いの濃さは中年男と同じ感じ」
「ふむ……とすると、その三人が仲間だと考えられるな。よほど伯爵と我々を分断したいのだろう」
レシルの発言により見えてきた部分がある。
一行と伯爵とで会話をさせたくないという思惑があるのだろう。
「いっそ倒してしまえばよい。魔法士二人程度なら私だけで焼き尽くしてやろう」
「リオン、それは最後の手段にしてほしい。下手すればラーゼフォルド様とは謁見できなくなってしまう」
好戦的なリオンは戦う気で満々のようで、ラーズグロムは汗を拭って宥める。
ここで判断を誤ればプラーガ帝国へ逃げ帰るしかなくなるだろう。
「仕方ない、このまま投降したフリを継続して伯爵本人と接触する機会を待とう。但し――」
ラーズグロムの頭上でフールから条件が出される。
「殺されそうになったら戦闘開始だ。そうなる前にガーミング伯爵との接触を果たし、真相を探るのだ。――よいな?」
「分かった」
さすがに殺させるのを待つ気はない。
襲ってきたなら遠慮無く返り討ちにすることを決めると、ひたすら機会を窺った。
結果移動中はまったく隙はなく、その日の夕方にはとうとうメロデロイスに着いてしまうのである。
「よぉし、全員馬車から降りろ。――ガーミング様、地下牢を使いますぜ?」
「あ……ああ、分かった」
ガーミング伯爵の邸へと着くと、中年男により地下牢へと連れていかれる。
格子で遮られた幾つかの小部屋の内、地上への階段に近い小部屋へと一行は放り込まれた。
ガシャン!
「しばらくはここで大人しくしてな」
鉄格子の扉を締めると中年男は地上へと戻っていき、完全に姿が見えなくなったのを確認すると、ラーズグロムの懐からフールが顔を覗かせる。
「さすがに荷物は取り上げられたが懐までは探らなかったか。詰めの甘さはまるで素人だ」
「――でしゅね。動きからして闇ギルドの構成員ではないでしゅ」
計画通りなのかそうじゃないのか、些かあやふやではあるが今は有り難くそこに付け入る事にし、定位置へと戻ったフールが詠唱を開始した。
「我に忠誠を誓いし僕よ――今一度生を受け、その生涯を我に捧げよ――サモン・インセクト!」
小部屋の中央に掌サイズの魔法陣が浮かび上がると、やがて実体化したのはGランクのクロコゲ虫だ。
召喚した理由は、小型であるのを活かして伯爵らの会話を盗み聞きするためである。
「そうか、コイツならコッソリと近付くことができる!」
「そういう事だ」
この魔物は攻撃力は殆ど無く実質無害に等しいのだが、見た目と動きが少々――
いや、かなり――
いやいや、最大限に気持ちが悪いことから、全ての種族から嫌われている(主に女性)というある意味殿堂入りな魔物である。
「行け――クロコゲ虫よ」
カサカサカサカサ……
「「「ヒィッ!?」」」
ズザザザザッ!
クロコゲ虫が動き出した途端、一斉に距離を取った女性陣に何か思うところがあるのかは定かではないが、一瞬だけ動きを止めたクロコゲ虫は石造りの壁を伝い、天井を這うようにして地上へと向かった。
「フ、フール様、あのゲテモノを召喚するのなら、事前に教えて下さい!」
珍しくもリオンがフールに噛みつくと、他の女性陣もウンウンと頷く。
フールとラーズグロムは首を傾げるが、彼女達にとっては恐怖の対象らしい。
余談だが、異世界から召喚された勇者がクロコゲ虫を見た時、ゴキブリという単語を発したという記録があるのだという。




