welcome to climb
「ここがクライムの街か。これまでの街と違って活気があるなぁ」
クライムの街の中央通りを進むラーズグロムが、周囲を見渡しながら呟く。
彼らはデルタファングのモフモフに助力される形で、ようやく目的地に到着したのだ。
肝心のモフモフはそのままどこかへ行ってしまったが。
「ちょっとラーグ、あんまキョロキョロしてると隙だらけだって言ってるようなもんだよ? 到着して早々スリに狙われるのは勘弁してよね」
「そうだぞラーズグロム。後ろからジュリアが狙っているぞ」
「そうそう――って、どういう意味!? だいたいパーティの懐に余裕ができたのはジュリアのおかげなんだからね?」
フールの忠告とジュリアの喚きをよそに、人混みをかき分けズンズンと進んでいく。
その後ろをフールを抱えたジュリアを挟むようにメッツとリオンが続き、更に後ろの方では露店の匂いに釣られそうになっているレシルの手をライザが引いていた。
「よしよし、ジュリアは偉いでしゅ」
「良かったなジュリアよ。メッツが誉めてくれているぞ?」
「素直に喜べない!」
ちなみにジュリアの言っていることは間違いない。
彼女がファイアドレイクからかき集めた血やその他の素材が、大金を産んだのは事実なのだから。
但し、彼女の食事が極端に豪華になったため、無駄に浪費してるのも事実だが……。
「確かこの街でダンマスのナレックと会う約束だったな?」
「うん。領主の邸で今後の打ち合わせをする予定だよ」
以前世輪になったグーチェスによれば、クライムの街を治める領主とダンマスのナレックは親しい関係にあり、領主であるドミニク子爵には話が通っているらしく、彼の邸を目指して街の中央まで来たのだが……
「おかしいでしゅ、この街には領主の邸がないでしゅか?」
「いや、そんなはずは……。領主の邸で会おうって話だったから、どこかにあると思うんだけれど……」
「ま、こういう時は住民に聞くのが一番でしょ。――あ、ちょいとそこのダンディなおじ様、領主様の邸ってどこにあるかご存知?」
「おお、領主様の邸のぉ。それならこの街の東門から出ればすぐじゃぞぃ」
「ありがと~!」
どう見ても80過ぎの爺様によると、領主の邸は街の外にあるらしい。
珍しい作りだなと思いつつも一行が東門を抜けると、なんとクライムの街と同じ規模の大きさは有る大豪邸が目に飛び込んでくる。
これにはラーズグロム以外が目を丸くして驚いた。
「デカイ……」
「デカ過ぎましゅ……」
ジュリアとメッツが絶句する中、ラーズグロムが門番へと取り次ぎ中へと通される。
金と銀が交互に張り巡らされている天上や繊細なオブジェと絵画で隙間を埋める壁を眺めつつ、まるでダンジョンをまんま豪勢にしたようなきらびやかな通路を進んでる間も、ラーズグロム以外は開いた口が塞がらないようだ。
この沈黙は、先頭を歩くメイドが足を止め応接室へと通されてからもしばし続いた。
「フール様、もしダンジョンをお作りになられるのなら、この邸を参考にされてはいかがでしょう?」
「リオンの言う通りですわ。フール様に相応しい見栄えかと存じます」
「侵入者をもてなしてどうする……」
フールが眷属二人の案を却下したところで扉が開き、いかにもな着飾り方をした青年が入室してくる。
なぜか護衛がいないのが無用心に見えるが、彼がドミニク子爵で間違いないだろう。
子爵を見たラーズグロムが姿勢を正そうとするが、丁寧にそれを制した。
「楽にしてて構わないよ。それと申し遅れたけれど、僕がクライムの街の領主でドミニクと申します、以後お見知りおきを……と」
「丁寧なもてなし、大変凝縮です。既にご存知とは思いますが、僕がラーズグロム・プリムラです」
ドミニクの砕けた雰囲気で緊張が和らぐ中、その後フールを含めて簡単に自己紹介を済ませるとさっそく本題に――の前に、キラキラとした瞳のジュリアから豪邸についての質問が飛んだ。
「ね~ぇ子爵様~ぁ? この豪邸やオブジェ等は貴方のご趣味で?」
「ん? 違うよ?」
「いや~ぁご立派なご趣味で――え?」
「勘違いしてるみたいだけれど、この邸は元々以前の領主が住んでいた邸でね、私財の殆どをこの邸に注ぎ込んでいたらしいよ」
以前はとある男爵が住んでいたが不祥事により捕らえられ、残された一族も他の街に移送されたのだという。
「……物欲しそうな顔をしてるけど、あげないからね?」
「え? いやいや、ジュリアはそんなつもりはなくてですね……いえ、貰えるんなら貰いますけれど……」
もしかしたらお土産に貰えるかもと考えていたジュリアの野望は脆くも崩れさった。
「それよりも、僕としてはフールの身の安全が気になるよ。僕に話してくれたのは嬉しく思うけど、あまり周囲には漏らさない方がいいかもしれない」
「勿論話す相手は選んでますよ。ドミニク子爵なら問題ないと思ったまでです」
フールに関しては、予め伝えておいた方が不足の事態に陥り難いと考えたためだ。
ドミニク子爵を完全に信用してる訳ではないが、遅かれ早かれいずれはバレるものだと割りきっているのである。
「ハハ、ありがとう。なら僕も誠意を示さないとね」
先ほどまでとはうって代わって、真剣な表情になり姿勢を正した。
いよいよ本題に入ろうというのだ。
「ナレックが到着するまでの間に、チョワイツ王国の現状から伝えておくよ。まずは国王のお考えなんだが、正直迷ってる――って感じのようだね」
「迷っている?」
ドミニクによると、チョワイツ王国の国王――ラーゼフォルドはプラーガ帝国からの要求に頭を抱えているらしい。
これはプラーガ帝国の後継ぎとして有力なバドラーゼが突き付けたもので、ラーズグロムを匿わずに差し出せという内容だ。
更にはラーズグロムを利用して前皇帝ムンゾヴァイスを暗殺したのではという疑念を持っているとも追記されており、これに対する協議を行った貴族からは猛烈な反発が起こったのである。
「はぁ……何となく予想がつくわ。好戦的な貴族らがプラーガ帝国との開戦を熱望しているのでしょう?」
「その通りだよ……」
冷めた口調のリオンに対し、ドミニクがティーカップを置いて静かに頷く。
「国王は開戦なんぞ望んではいないが、貴族達の突き上げが日に日に高まっている。食料品の値上がりもチラホラと見える事から、開戦に備えている貴族が出てきてるんだろう」
アルカナウ王国とは既に全面的に向こうが補償を行うことで話がついており、その切っ掛けを作ったプラーガ帝国からは上から目線の要求を突き付けられている状況だ。
これに憤怒する貴族が現れるのも無理はない。
「しかしそうなるといよいよこの国にも長居は出来んな。どうするラーズグロム?」
「…………」
現状打開には難易度が高すぎると言える。
多くの貴族がプラーガ帝国への敵対感情を強めているのなら、ラーズグロムに対しても風当たりは強いだろう。
渦中のラーズグロムが首を捻っていると、不意に扉がノックされた。
「失礼します。ナレック様がお見えになられました」
「分かった、すぐに通してくれ」
メイドの知らせから間もなく、ラーズグロムよりも僅かに年下に見える茶髪の少年が入室してくる。
この少年がダンマスのナレックのようで入るなり親しげにドミニクと会話を交わし、一行へと視線を移すと改めて自己紹介を始めた。
「僕がダンマスのナレックだよ。キミがラーズグロムで合ってる?」
「はい、ラーズグロム・プリムラです。本日はご助力――」
「あ、ちょっと待って。堅苦しい挨拶は抜きにして本題に入るよ。少し急がないと不味いみたいだからね」
額に汗を浮かべたナレックが、ラーズグロムを遮って状況説明を開始した。
「どうやら西にあるメロデロイスの街から、領主が私兵を引き連れてこちらに向かってるらしいんだ」
「そ、それはまさか――」
「うん、残念ながらキミの身柄が目的なんだと思う。街に出入りしている冒険者か商人が気付いて、向こうの領主に知らせたんだろうね」
近くのドミニクではなく、遠くの領主に伝わるというキナ臭さを感じる動きに、一同は顔をしかめる。
しかも伝達スピードが早すぎるのも気になるところであり、なにか大きな力が陰で動いてる気がしてならない。
「参ったなぁ。メロデロイスを治めてるのはガーミング伯爵だ。つまり僕よりも立場が上ということになり、彼に命じられれば断れない」
予想されるのはラーズグロムの身柄引き渡しである――いや、タイミング的にそれしかないと言っても過言ではないだろう。
「本来なら西の陸路を通って王都を目指すつもりだったけれど、それだとガーミング伯爵と鉢合わせしちゃう。だから南に広がっている海を渡って王都を目指すよ」
ナレックの案に従って一行は海を渡ることにした。
その後の予定では王都で国王ラーゼフォルドと謁見する流れになっており、もしも王都に着く前に捕らわれてしまえば、これまでの苦労は水の泡となってしまう。
「む? この反応は!」
「フール?」
邸を出た直後、フールが何らかの反応を感じ取った。
「ナレックよ、2キロ近く離れた海上に生命反応があるぞ? 人間や獣人が300というところだな」
「そんなバカな! この時期に船団が通過する話なんてないし……。――ま、まさかこっちの動きに気付いてるって事!?」
ナレックの動揺は激しい。
まるで計算しつくされたような動きに、完全に後ろ手に回っている感じにさせられている。
「くっ、何者かは知らないが海上での戦闘は危険だ。陸路から王都を目指そう」
「だけどラーズグロム殿、それだとガーミング伯爵に……」
そう、陸路からはガーミング伯爵が迫っており、切り抜けるのは難しい。
「ラーグ兄ちゃん……」
「大丈夫。何とかするさ」
不安そうな表情を見せたレシルの頭を撫でると、ナレックへと向き直った。
「ナレック殿、僕らは陸路から王都を目指す事にするよ」
「分かったよ。但し注意してね? 僕とドミニクも同行するけれど、ガーミング伯爵と遭遇したらすぐに逃走を開始して。彼に命じられたらキミ達を突き出さなきゃならなくなるから」
「分かりました。お二人の負担にならないよう心掛けます」
海上での移動だと安全面に不安が残るため、彼ら一行は陸路を南西に進むことにした。




