プラチナウルフとデルタファング
嵐が過ぎ去った後のように、一行の周囲は静けさを取り戻した。
熱風がそよ風のように各々の頬を撫でる中、いち早く我に返ったフールが慌てて周囲を確認する。
「敵は全滅か。しかしこのようなところにデルタファングと遭遇するとはな……」
直にデルタファングを見た者は少ない。
その少ない中に自分たちが含まれようとは夢にも思わなかっただろうが。
「ライザさんは無事でしゅ。今ポーションを飲ませたところでしゅよ」
メッツの回復が間に合ったようで、フラつきながらもフールの元へと戻ってきた。
レシルもいまだ気絶中のリオンを引っ張り起こしている。
「ライザよご苦労だった。そしてすまなかったな。もう少し余力を残しておけばこのような事にはならなかったのだろうが」
「勿体無いお言葉――大変光栄です」
本来ならば避けるべき戦いであったと後悔の念を持つフール。
しかし皆が無事ならばそれでよいと考え、それ以上深く考えることはしなかった。
「ところで、彼はいずこに?」
「彼? ラーズグロムならそこに――」
「いえ、その雑魚ではありません」
いまだ身動きの取れないラーズグロムは、ライザの眼中にはなかったらしい。
ならばライザの言う彼とは誰の事を指すのか……。
考えるまでもない、先ほど現れたデルタファングの男を指すのだろう。
必死でキョロキョロと探しているところを見ると、相当気になっているのかもしれない。
「あ、戻ってきたでしゅ」
木から飛び降りてきた角刈り男にメッツが気付く。
連れ去ったカタコンベの首領――カージナルの姿はなく、どこかに破棄されたのだと考えられる。
「おぅ、お前ら。とりあえず無事――「ありがとう御座います!」――ぬぉ!?」
目をキラキラと輝かせたライザが、角刈り男に抱きついた。
これには抱きつかれた本人だけでなく、周りの全員が呆気にとられた顔をする。
「ラ、ライザよ、いったいどうしたというのだ?」
「恐れ入りますフール様。今は邪魔をせずに見守っててくださいますと、わたくしとしては大変助かります!」
「そ、そうか……」
フールを見向きもせずに角刈り男に釘付けとなっているライザ。
プラチナウルフ、デルタファングに恋をした! という号外記事が出るかは不明だが、ラヴリーな雰囲気が辺りを包み込む。
「あ、申し遅れましたが、わたくしはライザと申します。以後お見知りおきを」
「……お、おぅ、俺はモフモフってんだ。まぁよろしく頼――」
「まぁ、モフモフ様でございますか!? なんとも逞しいお名前ではありませんか! まるで救世主の如く現れた貴方様にピッタリのお名前ですわ!」
……嘘である。
ライザは名前を聞いた瞬間、軽く吹きそうになったのを我慢したのだ。
フールは地面で踞るようにして笑い転げ、メッツはプルプルの肩を震わせ必死に笑いを堪えていた。
これらの反応にモフモフは……
「おぅ、そこまで言われちゃ悪い気はしねぇ。――ほらよ、手を貸してやらぁ」
「あ、ありがとう」
ちょうどリオンを引っ張ってきたレシルが目に止まり、モフモフが代わりに肩を貸した。
名前を笑われたとは思ってないらしく、寧ろ上機嫌に見える。
どうやらこのモフモフ、周囲の反応には相当鈍いらしい。
「なんて紳士なのでしょう……」
ライザはライザでうっとりした視線をモフモフへ送り、端から見れば完全にバカップルとして見られることだろう。
(ライザがバカに見えるでしゅ……)
……否定はしない。
「そういやカズヨから聞いたんだが、苔を採取しなきゃならねぇんだろ? 早いとこ採取しちまったらどうだ?」
モフモフが顎でしゃくった先の岩に、シミのように苔が張り付いていた。
本来の目的を思い出した一行は、慌てて採取にかかる。
その一方で、奥の方ではジュリアがファイアドレイクの血をかき集めていた。
竜の血は錬金術に使われることが多いらしく、高額で買い取ってもらえるだろう。
商魂逞しいと思いつつフールがため息をついた時には、苔の採取は完了していた。
「調合なら任せるでしゅ。カタコンベはポーションの製造にも手を出してたので、キッチリと叩き込まれたでしゅ」
懐から取り出した器に苔を入れ、丁寧に磨り潰していく。
薬の調合はメッツに任せて大丈夫だと考えたフールは、ラーズグロムの横で寝かされているリオンの様子を気にかける。
「召喚して早々、無茶をさせてしまったな」
フールが邪王と名乗っていた時のパートナーであるリオン。
彼女を召喚したのはつい先日だが、その時は召喚できるとは思っていなかった。
思い返せば先日。
ラーズグロムとはぐれた後に目を覚ましたフールが意識を取り戻すと、同時にライザも傍らに戻ってきた。
直後、急ぎウェスタンシティへと向かう道中、フールの中で不安が芽生えてきたのだ。
さすがに眷属がライザのみでは、今後の行動に支障をきたすだろうと考えて。
そんな時、ふと昔を思い出す。
邪王として君臨していた時、良き参謀として自身を支えてくれたダークエルフのリオンの存在を。
そこでフールは決意した。
例えリオンではなくとも、同様に支えてくれる眷属を召喚しようと。
結果どういう巡り合わせか、はたまた運命だったのか、フールの理想を思い浮かべて召喚を行ったところ、召喚されたのはリオン本人だったのだ。
頼りになるパートナーを得たフールは、意気揚々とウェスタンシティへ乗り込んだのである。
「しかし結果がこれではな。俺もまだまだ未熟ということだ……」
「……んん」
「リオン?」
気絶していたリオンが目を覚ました。
「……フール……様?」
「ご苦労だったリオン。そしてすまなかったな、俺が不甲斐ないばかりに無茶をさせてしまった」
「そ、そんな、とんでもございません!」
小さな耳をクタッとさせて謝罪するフール。
彼を両手で拾い上げたリオンは面と向き合うと、無茶をさせたという部分に対して全力で否定する。
「私はフール様のお役に立てれば、それだけで幸せでございます」
「そうか……」
「――ですからフール様、これからも必要な時はどんどん頼ってください」
「分かった。その時はよろしく頼む」
「はい。ところで――」
終始感動的な雰囲気で終わりを迎えようとしたその時、慈愛に満ちていたリオンの表情が妖しい笑みへと変化した。
そしてフールを間近まで寄せると……
「何度見ても可愛らしいお姿でございます。此度の報酬といってはなんですが、頬擦りを一つ……」
「な、ちょ、ちょっと待て!」
「慌てなくても大丈夫です。これは頬擦り――ええ、只の頬擦りなのですから。フフ……」
「おい、やめ――フグゥッ!」
ついにリオンはフールの愛らしい姿に我慢できなくなったようで、まるでペットを可愛がるように頬擦りを始めた。
「……随分と楽しそうだねフール。それからリオン、助けてくれてありがとう」
「ムゥ? その声は!」
リオンとフールがスキンシップを行っているうちに薬の調合が完了し、ラーズグロムが快癒していた。
「あら? 私が来たときには既に神経毒にやられてたと思ったけれど?」
「それは間違いないよ。でもこれまでの記憶はあるからね、何も出来なくて歯がゆい思いをしたけれど」
実はフルストに毒を仕込まれた後も動けなかっただけで、しっかりと意識は保っていたのだ。
「礼はいいわよ。フール様の命令に従っただけだし。それよりも、礼ならライザに言ってあげなさい。あの新参者、相当無茶を――」
リオンがライザへと振り向く。
するとそこには……
「――んでよ、そん時俺は言ってやったんだよ。テメェの力はその程度か! ってな」
「まぁ素晴らしい! さすがはモフモフ様ですわ!」
バカみたいなカップルがそこに居た。
大岩の上で立ち膝をしてるモフモフに、隣からライザが寄りかかっているのを見て、今日知り合ったばかりの二人だとは誰も思わないだろう――ここにいる者以外は。
「……後で言ってあげなさい」
「……そうするよ」
二人の邪魔はしたくなかったので、礼は後で言うことにした。
「ちょっと皆、せっかくの戦利品なんだし手伝ってよ~!」
遠くでジュリアが叫ぶ。
どこに持っていたのか大きな樽に必死になってファイアドレイクの血を移していた。
彼女の倍はある大きさだが、どうやって持ち運ぶのかは考えてないらしい。
レシルとメッツは相変わらずなジュリアに若干呆れつつ手伝いに向かう。
二人の背中からファイアドレイクへと視線を移したラーズグロムは、目を鋭くして眺めていた。
「竜の血か……」
「どうしたラーズグロム。何か良くない記憶でもあるのか?」
「……正直なところ、良いか悪いかは判断できない。けれど次男のザファーク兄さんは、竜の血に拘っていた記憶が……。いや幼少の頃だったし、ドラゴンスレイヤーに憧れたりするのはごく自然だろうね」
ザファークが過去に竜の血を求めていたといううろ覚えの記憶が甦ったが、気にするほどじゃないとして記憶の片隅に追いやる。
「ザファークとやらで思い出したが、ダンマスのナレックに会ったら情報を仕入れないとな」
「そうだね。僕がチョワイツ王国にいるのはバレてるだろうし、王国を通じて仕掛けてくるかもしれない。慎重に動かなければ……」
三人の少女がファイアドレイクに群がるのを眺め、ラーズグロムはこの先どう動くかを思案するのであった。
これにて第2章は終わりです。
登場人物のまとめと閑話を挟んで第3章に移ります。




