閑話:内のニースレイ、外のバドラーゼ
ラーズグロム達の知らない裏側の動きです。
知りたくない人はご注意下さい。
「何たる事なの!」
ガシャーーーン!
ミスリル製のテーブルにワイングラスが叩きつけられ、シミ一つないカーペットに飛び散った。
行ったニースレイは顔を真っ赤に染め上げて肩を震わし、控えていたメイド達が顔色を伺いながら破片の片付けに入る。
傍らの護衛も直立不動で緊張する中、ニースレイは一気に捲し立てるように毒づく。
「わたくしが亡き父上に代わって反逆者共を刈り取るって言ってるのよ。それなのに非難の声が高まってるですって!? 冗談じゃないわ、わたくしのどこに非難される理由があるっていうのよ!」
ここ最近、ニースレイへの評判が急激に低下しつつあるのだ。
これには三つの理由があり、一つは騎士団を酷使しすぎたのが原因だ。
そもそも下した命令が【プラーガ帝国に不満を述べる輩を捕縛せよ】という内容では、捕らえる数は膨大に膨れ上がるというもの。
となれば従来の勤務に支障をきたし、詰所に在住できる団員が足りなくなるのも当然であり、彼らは著しく睡眠時間を減らされつつ駆り出されるため不満が蓄積される一方。
当然騎士団からの評判は低下するだろう。
二つ目の理由だが、こちらはかなり単純な理由だ。
少しでも不満を漏らせば不審者として捕縛されるので、平民から影で恐れられるのは当たり前。
少なくともニースレイに政権を握ってほしくないと考えるのは当然だろう。
三つ目の理由として、聖プリムラ教による裏工作の影響もある。
彼らは複数の貴族と秘密裏に繋がっているので、貴族達を通してニースレイを非難するよう動いたのだ。
さすがのニースレイも複数の貴族を敵に回したくないと考え、その辺りはうやむやに済ませている。
こうして無関係な平民を捕縛する一方で、関係者が集う聖プリムラ教は貴族に護られる形で被害を免れていく様は、一言でいえば悪循環と言えよう。
「平民も平民なら貴族も貴族よ。揃いも揃ってわたくしの足を引っ張るような真似を……」
腹立たしい現状に、プライドの高い彼女は周りが全て悪いとしか思っていなかった。
しかしこのままでは第2のラーズグロムの如く、国を追われることになりかねない。
「し、失礼します。その……バドラーゼ様がお見えになられましたが……」
どうしようかと首を捻っていると、恐る恐るといった感じに身を縮めた初老の執事が、バドラーゼ到着の報を知らせる。
「チッ、何しに来たっていうのよ。わたくしは今忙しいの、見たら分かるでしょ!? さっさと追い返し――「随分と荒れているな、ニースレイよ」
執事を押し退けて入室してきたのは長男バドラーゼ。
奇しくも以前会った時とは逆の立ち位置となった。
「……で、何の用なの? 用がないなら帰ってくれないかしら? わたくしは面倒な愚民をどうにかするのに忙しいのよ」
「……フッ」
「な!?」
苛立ちを隠さないニースレイに失笑して見せるバドラーゼ。
その挑発的な笑みを受け、ニースレイは更なる怒りを噴出させる。
「忙しいって言ったのが聴こえなかったのかしら!? 邪魔だからどっか行きなさいよ!」
「ああ、すぐに出ていくとも。だがその前に伝えてやろうと思ってな」
「フン、貴方のろくでもない話なんて聞きたくもないわ。さっさと消えなさい」
「まぁそう言うな、かなり重要な事だ。チョワイツ王国に対して脅しをかけてやったから、そのうちラーズグロムを拘束して差し出すだろうって話だ」
「だからさっさと――なんですって?」
とんでもない重要な単語が飛び出したことにより、逆にニースレイは冷静になった。
「何度も言わせるな、ラーズグロムを差し出せと脅してやったのだ。まぁ開戦する可能性も僅かにあるが」
「開戦って――アンタいったいどんな発言をしたって言うのよ!?」
「ああ、それはな――」
話題の要となったのはラーズグロムのことだ。
彼がチョワイツ王国内にいると知ったが、差し向けた追手は散り散りになって敗走した上、指揮官のガニーはいまだ拘束中。
戦争であれば初っ端から出鼻をくじかれての敗北である。
そこでバドラーゼは強行手段とも言える行動にでた。
なんと、ラーズグロムとチョワイツ王国がグルになってプラーガ帝国を陥れんとしているという疑いを掛けたのだ。
さすれば慌てふためいてラーズグロム捕縛に走るだろうと考えて。
「既に傭兵団にも依頼をしてあるが、それだけでは不安が残る。金に汚い奴らなら前金だけ貰って逃げるかもしれんしな」
「……ああ、そういう事。チョワイツ王国なら血眼になって捜している姿が目に浮かぶわ」
「――だろう? アルカナウ王国との戦争で消耗してるのだし、我が国との戦争など不可能というものだ」
チョワイツ王国を見下している両者だが、かの国では壮絶な論争が行われている真っ最中であった。
というのもアルカナウ王国の侵攻は、国境間際のパーラッドという街が陥落した以外に被害は出ていないのだ。
詳しい経緯は省くが軍の99%が無傷で終わり、アルカナウ王国との和解も進んでいる今、藪をつつくようなバドラーゼの発言はどのような効果をもたらすか。
当然のように強硬派は武器を取れの大合唱を行い、穏健派がまともな反論を展開出来ずに追いやられるという状況になっていた。
また穏健派の動きが鈍いのもプラーガ帝国が影響しており、アルカナウ王国を乗っ取ったのがプラーガ帝国の勇者という点が大きい。
追記すると、アルカナウ王国の元勇者であるエルシドが祖国を解放し、プラーガ帝国を批判しているのが穏健派を苦しめた。
これにより国民感情もプラーガ帝国許すまじとなっていき、バドラーゼの予想と反して開戦へと舵を切られるのはもはや時間の問題となりつつある。
そうとは知らないバドラーゼが慌てふためくのは、もう少し先になるが。
「さて、そろそろセレスティーラをエスコートしに行くとするか。アレクシス王国からの貴重な人質だ、大事に扱わなくてはな」
「あっそ。さっさと行きなさいな」
終始上機嫌だったバドラーゼが邸を後にすると、残されたニースレイは再び思考に入る。
「フン、他人の苦労もしらないで自分だけぬけぬけと……」
そこには上機嫌なバドラーゼに対する苛立ちも込められており、自身を窮地から救うのとバドラーゼを奈落へ落とすという思考が重なった結果、一つのアイデアを思いつく。
「フフフフ。そうだわ、何もわたくしだけ苦労する必要はないのよ。今に見てなさいバドラーゼ……」
黒い笑みを浮かべるニースレイ。
彼女の策がますますプラーガ帝国を迷走させようとしていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
帝都にある次男ザファークの邸にて、いつもは和やかな場が今日に限っては何とも言えない緊張感が漂っていた。
というのも本日は珍しい客が来訪しており、ザファーク本人からは呉々も粗相のないようにと厳命されているのだ。
そんな使用人達が厨房に集い、コソコソと情報交換を行っていた。
「ねぇねぇ、みんなはお客様を見た?」
「見た見た、凄く可愛い美少女だったわ」
「俺も見たぞ。黒髪でポニーテールの女の子だろ? 今まで見た記憶がないが、どこかの貴族様か?」
「いや、貴族で未成年なら顔合わせで親が同伴しないのは不敬だ。本人だという証明ができないし貴族ではないだろう」
「えーーっ、あんなに綺麗に着飾ってるのに貴族じゃないの? 平民にしとくには勿体無いくらい可愛いのに……」
「せやな」
来客は美少女だが貴族ではないようだ。
貴族でないなら平民かとも思われたが、只の平民を招くとは思えない。
それに粗相はするなと厳命したことも疑問で、平民ならそこまで気を使う必要はないだろう。
となれば当然来客の正体が気になるのが人の性というものであり……
「さすがに平民とは思えない。だって執事を伴っての御来訪だろ? 他国の貴族って事は考えられないか?」
「でも他国っていったら、アレクシス王国の第二王女が来るって話しか聞いてないぞ? 非公式で他国の貴族と面会とか疑惑を持たれるだけじゃ……」
「あ、ならこういうのはどう? 遠い昔に没落した貴族なら、執事付きで一応の生活は成り立っている状態とか」
「なるほどね、御家を立て直すのに上告しに来たって可能性なら考えられるわ」
「じゃあ粗相をするなってのも外面を良く見せるためのポーズって訳だ。それなら変に固くなる必要もないか」
「せやな」
彼らの中では没落貴族の令嬢が来たのだろうと結論付けられた。
しかし直後、ティーセットをトレイに乗せて戻った給士から、思わぬ情報が舞い込んでくる。
「ねえねえ、あたし決定的な事聞いちゃった!」
「決定的って……まさか来客の正体が分かったのか!?」
「その通り! ねえ何だと思う?」
「ついさっき没落貴族の令嬢だって話になったんだが、違うのか?」
「違う違う、もっと凄い存在よ」
目を輝かせて頭を振る給士の女性。
同僚達は互いに顔を見合せると、興味津々といった感じにせっつく。
「ダメだ、全然分かんねぇよ」
「なぁ、いったい誰なんだ?」
「勿体振らずに早く教えてよ」
「そうそう、早く言えって」
「はよ吐かんかい!」
皆の興味を引いて満足そうな給士の女性は、わざとらしく咳払いをすると来客の正体を明かすのであった。




